作品タイトル不明
別行動のハートとテッド
研究所のある一本先の渡り廊下で、大きな袋を担いだ男の影が走って行った。
私は反射的にその男を無心で追いかける。
研究室に向かって走るガインさんが横目に見えた。
「テッド!」
「はい!」
同じタイミングで駆け出したハートさんが『向こうから抜けろ』と指を差す。
ハートさんと一旦別れ、指示通りに別ルートをとにかく走った。
逃げるから反射的に追ったけど、あの袋は何だ?
こんなに厳重な教会の警備を 掻(か) い 潜(くぐ) って泥棒か?
いや、あの大きさからして人?
まさかマリーが?
「テッド! 門で待ってろ!」
後ろから馬で追ってきたハートさんが勢いよく追い越して行く。
息が上がってフラフラになりながらも外壁門に辿り着くと、ハートさんが向こうから馬でゆっくりと戻って来た。
「はぁはぁ。王都の中に賊の仲間がいる可能性は?」
「中にいるならガインさんが逃さない」
しばらくすると、夕暮れの王都に警戒レベルが上がったことを示す 松明(たいまつ) が点灯する。
ガインさんがすぐに門番と巡回兵に指示を出したみたいだ。
という事は、もしかして本当にマリーは袋の中なのか?
ハートさんも同じ考えに至ったようで、松明の明かりを見ながら顔を曇らせた。
「少し息を整えておけ」
そう言って私に馬を預けると、ハートさんは道を丹念に調べ始める。
何度も行ったり来たりして、ようやくハートさんが戻って来た。
「こっちだ。やっぱり馬で逃げたらしい」
ハートさんが森を東南に抜ける道を指差す。
そのままハートさんは門まで歩き、私の馬を借りて来てくれた。
「追うぞ。死ぬ気で付いてこい」
「はい!」
私は馬に飛び乗りハートさんの後を必死で追いかける。
夕暮れで、辺りがどんどん暗闇に包まれて行く中をただただ無心で馬を走らせた。
しばらくすると前方から風に乗って馬の 蹄(ひづめ) の音が微かに聞こえてくる。
目視は出来ないけれど、進む道に希望が見えた。
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「教皇様! 聖女様が賊に誘拐されました!」
ノックもせずに神官が入ってくるなりそう叫ぶ。
「マリー様が?!」
先に声を上げたのはマリーを崇拝しているモーラス司教だ。
「して、状況は?」
「はい。聖女様を連れ去った賊をハート様とテッド様が追っています。森を東南に抜ける道に向かったと外壁門の門衛から情報が入り、第二聖騎士団がその後を追いました」
東南に抜ける道?
その先には国境しかないぞ。
どちらの側の国境警備にも掴まる恐れがある国境へ向かうとは考え辛いな。
確か……しばらく先で西に行けば川に出られるのか……。
国境へ向かうと見せかけて、本命は川?
「教皇様。川を使って逃げるなら逃走経路は西ですかね」
モーラス司教も同じ考えだ。
わしはモーラス司教に頷いた。
「第五聖騎士を西に向かわせるのじゃ」
「はっ」
伝令の白神官が走って行く。
「教皇様、第五を動かすのですか?」
「情報を聞き出したいのじゃ。やむえまい」
納得のいかない顔でモーラス司教がわしに聞いたが、しばらく考えてから頷いた。
「いえ、第四でと進言させて頂こうと思ったのですが、そうでございますね」
「心配するな。容赦はせんよ」
第五の隠密部隊は情報の為なら非道な拷問も辞さない奴らじゃ。
第四の暗殺部隊を使ってしまえば黒幕の情報が取れぬではないか。
モーラス司教は怒りを抑えて冷静になってくれたようじゃが……。
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「止まれ! テッド!」
ハートさんが目の前を横切る街道を前に、大きな声で私を制止させた。
賊をもう少しで目視できるという所で何故!
苛立つ気持ちを抑えて冷静になると、目の前が国境だという事に気付く。
ああそうか。この先は国境越えになるのか。
「まさかマリーを隣国へ?」
ハートさんが頷く。
「教皇様に連絡する。しばらくここで待機だ」
ハートさんが 懐(ふところ) から紙を取り出すと急いで手紙を書いている。
教会で使われてるあの綿毛の先に手紙を付けると、風に乗せて手紙を放った。
ふわふわの綿毛が朝焼けのピンクに染まった空を飛んでいく。
私は目を瞑り心の中で『急げ』と念じた。
ああ、まずい。
疲れで気絶しそうだ。
時間が惜しいが正規の手続きをしなければ国際問題になってしまう。
袋の中にマリーがいる事が証明できれば追って行けるのに……。
歯痒い思いで国境の先に目をやると、いつの間にか隣国側の国境警備隊に包囲されていた。
ん?
よく見ると彼らは既に攻撃態勢に入っている。
おかしい。動きが早すぎる。
警備が賊に反応したとしても対応が早すぎるぞ。
計画的なのか? まさか国もグルなのか?
あの時勢いで国境に突入しなくて助かった。
何かシナリオが出来ていたのかも知れないし。
マリーの安否が分からない今、相手の策に乗るのは危険すぎる。
ハートさんはこんな時でも冷静だから本当に尊敬するよ。
「誰だ?」
こちらの国境警備の兵達が森の奥からやって来た。
私達が聖騎士と色違いの制服を着ていたので教会関係者だと気付いたらしい。
彼らは軽く会釈をすると、敵の動きに警戒をしながら近づいて来た。
「完全に包囲されてますね。いったい何が?」
ハートさんは分かる範囲で簡単に状況を説明する。
とりあえず彼らの待機所まで案内して貰える事になった。
待機所は想像よりもしっかりとした建物で、一階には文字通りの待機所と隣に狭い会議室がある。二階には仮眠室やら食堂などが完備されているらしい。
我々は誰もいないガランとした待機所に案内された。
「仮眠するぞ。ベッドが無ければ寝られないなんて言うなよな」
ハートさんはニヤリと笑うと、そのまま壁にもたれ掛かって崩れ落ちる。
流石のハートさんも限界か……。
私も気絶するように眠りに落ちた。
ガタン!
激しく開けられたドアの音で飛び起きる。
寝起きの頭でぼーっとしながらドアを見た。
「第二聖騎士団が到着されました!」
「通せ」
ハートさんが警備兵にここへ聖騎士達を通すように伝えると、まだ頭がはっきりしない私の手を取り引っ張り上げる。
出て行く警備兵の背中を見ているハートさんの目は少しも冷静では無かった。