作品タイトル不明
毒
「マリーー!」
フェルネットの悲鳴が聞こえて、俺は急いで研究室に飛びこんだ。
「待ってガインさん! 毒かもしれない! 口を布で塞いで!」
「俺はいい! とにかく医務室に急げ!」
顔を覆ったフェルネットがマリーを抱えて教会の医務室に走りだす。
「おい! お前! 研究室の一番奥の薬品棚から薬をすべて医務室に持って来い! 聖女が毒を受けた!」
「は!? はい!!」
通りかかった黒神官に、すれ違いざまに指示をした。
間に合ってくれよ……。
医務室に向かう途中、騒動に集まって来た白神官に「賊が出た」と兵士に連絡を頼むと、俺は教会の警備レベルを上げて、爺さんとシドさん、当直の第二の聖騎士に医務室に来るようにと、手あたり次第に指示をしながらフェルネットの後を追う。
「ハートさんは!?」
「テッドと一緒に逃げた賊を追った!」
走りながらフェルネットが頷く。
身軽な二人が瞬時に向こうを選択してくれた。流石の判断力だ。
「どいてくれ!! 聖女が毒を受けた!!」
俺が先に医務室に飛びこんで驚く医者や白神官達をどかすと、フェルネットが奥のベットにマリーをそっと横たわらせる。
「神官! 採血の用意を!」
あっけにとられて固まっていた白神官達が、医者の声に反応して一斉に動き出した。
神官達がマリーを囲み、熱を測ったり毒の特定の為に採血し始める。
不安そうな顔のフェルネットが邪魔にならないように少し離れて、じっと医者の手元を見つめていた。
「ガイン様! はぁはぁ。研究室から薬! 持ってきました! はぁはぁ」
息を切らした黒神官が、開発中の薬の入った箱をガチャガチャと抱えて入ってくる。
「こっちに頼む!」
俺は近くの机を指さした。
薬、薬、薬、薬。
確か自分に何かがあった時……、応急処置で飲ませろって……、あいつの好きなピンクのラベルで……。
盗まれずに残っていてくれよ。
あった!
“マリー専用解毒薬”
「これだ! 早く飲ませろ!」
俺は薬の瓶を医者に渡すと、両手を組んで神に祈った。
頼む。間に合ってくれ!
医者はラベルをしっかり読むと、瓶にスポイトを突っ込んだ。
そのままマリーの口に少しづつ垂らしていく。
しばらくするとマリーが嫌がるように身じろいだ。
「応急措置にはなったようです。引き続き毒の特定を急ぎます。完全に解毒するにはやはり解毒薬が必要です。目覚めてくれたら自力で解毒して頂けるので、必要ないかもしれませんが」
医者の言葉にホッとして、俺はその場にへたり込む。
マリーがシドさんに言われて作った解毒薬。
石化の薬がどうとかで喧嘩をしながら作らされていたな……。
マリーの真っ白だった頬に赤みが少し差して来ていた。
「マリー!!」「嬢ちゃんは!?」
暫くするとシドさんが爺さんを連れて到着して、二人はマリーに駆け寄って行く。
「なんてことだ」
爺さんはベッドの脇にしゃがんでマリーの手を握り、黒神官から今の容態を頷きながら聞いていた。
涙を流す爺さんの横で、シドさんがマリーを見ながら眉を 顰(ひそ) める。
「これ……。嬢ちゃんじゃないな」
え?
驚きで声も出せずにシドさんを見上げた。
慌ててマリーに駆け寄ったフェルネットが医者達をどかして毛布を剥がす。
「ほんとだ…………。これ、マリーじゃない」
フェルネットが脱力してその場に座り込んだ。
医者も白神官達もベッドを囲んで固まっている。
え?
「じゃあ、こいつはいったい誰なんだ……」
「おそらく、妹ちゃんではなかろうか……。上手く化けたもんだな。ガイン。厄介な事になったぞ」
シドさんが腕を組んで難しそうな顔で唸るっている。
爺さんがシドさんを見上げて「リリーなのか?」と驚いていた。
「これ……リリーなのか?」
寝ているから分かりにくいが、そう言われると確かに少し雰囲気が違う。
でも、俺の知っているリリーとは別人だ。
薬が効いたのは双子だからか?
俺達はベッドで寝ているマリーの偽物を凝視する。
確かにマリーはこんなにジャラジャラと高価なアクセサリーを付けないな。
それに研究室にいたのならマリーが作ったあの “白衣” を羽織っているはず。
それでなくてもこんなに高価なドレスを夜会以外で着るはずがない。
「じゃあ、ハートさんとテッドが追ってる方にマリーが!」
フェルネットがそう言うとシドさんが「落ち着け」と椅子に座らせた。
俺はそれを茫然と眺めながら、耳鳴りがしている頭で考える。
賊が背負っていたあの袋の中にマリーがいたのか……。
「聖女様が誘拐された?」
横にいた白神官が事態を飲み込んで震えだす。
しっかりしろ俺。神官達と一緒に動揺してどうする。
「神官! リリーから情報を引き出すのが先決だ。引き続き毒の特定を頼む」
「「「はい!」」」
青ざめていた神官達が揃って頷き、治療を再開し始めた。
ハートは俺を信じて迷わず賊を追ったんだ。俺もあいつを信じよう。
リリーを爺さんと医者達に任せ、俺達は聖騎士を待機させている別室へと向う事にした。
「聖女様は?」「ガインさん! 説明を!」「無事なんですか?」
部屋に入るといきなり白神官や聖騎士達に囲まれる。
「落ち着け! 聖女は誘拐された! 安否の確認はできていない!」
シドさんが動揺する聖騎士達を一括すると「しっかりしろ」と俺の肩を強く叩いた。
「ガイン。嬢ちゃんに何があったのか、事の成り行きを最初から説明してくれんか?」
俺はシドさんに力強く頷くと、みんなを前にして今日の記憶を 辿(たど) り始めた……。