作品タイトル不明
薬の開発
巡礼からやっと戻ってしばらくお休みを頂いたので、今日は研究室に籠りに来た。
今、私の目の前には “ 裏(・) 庭(・) 薬草農園” 改め “ 聖(・) 女(・) 薬草農園” の看板がある。
実はこの看板はノーテさんが立ててくれたのだ。
私がいない間の薬草の手入れについて相談をしたら次の日にはこうなっていた。
流石ノーテさん。たったこれだけの事ですべてが解決するとは驚きだ。
白黒の神官達が私の代わりに様子を見てくれていたみたい。
おかげで薬草達は無事に冬を越し、元気いっぱいに育っている。
ついでにちょっとハーブを摘んでいこう。
「うわぁ。久しぶりだから研究室が薬品臭い。換気、換気」
息を止めてドアと窓を開け放ち、風魔法で 澱(よど) んだ空気を外に流した。
私はすぐに色々な薬剤や機材を机の上に並べ始める。
「ふぅ。どうしても麻酔薬みたいな物が欲しいのよね、出来たら局所麻酔」
眠りの魔法を薄く重ね掛けするのは本当に神経を使って疲れるし、緊急時の切羽詰まった状況だと余計にキツイ。災害派遣は時間との勝負だしね。
「全国の聖女様も絶対に欲しいはず。回復途中のあの絶叫はメンタルが崩壊するって」
私はグッとこぶしを握り締め『やるぞ』と気合を入れた。
「マリー。やっぱりここだった」
「あれ? ハートさん?!」
少し開いたドアの隙間から、ハートさんが顔を覗かせる。
「今日はどうされたのですか?」
私はあわててドアに駆け寄ってハートさんを中へ 招(まね) いた。
「ちょっと手が空いたんで、ここに来ればマリーがいるかなって」
しまった。
優しい目で笑ってるけど、きっとこれは護衛の為だ。
しばらくテッドさんが不在だからって何も考えずにひとりで来ちゃったよ。
教会みたいな安全な場所にハートさんは過剰戦力なのに、なんて申し訳ない事を……。
「黙って来ちゃってすみません。護衛に聖騎士さんを呼ぶべきでした」
「いや、いいんだよ。俺も久しぶりにゆっくりしたいんだ」
仕事人間がめずらしい。
そういえば最近のハートさんは昔より柔らかい雰囲気になった気がする。
それがなんだか心地いいけど。
「手を洗ってきますので中でお待ちください」
「マリーは泥だらけでも綺麗だよ」
まったく、その素敵笑顔でストーカーを量産している癖に。
懲りないな。
洗面所に入ると手を洗い、水で濡らしたタオルで顔を拭いた。
タオルを見たら泥が付いている。
やだ、顔にも泥が……。
それで『泥だらけでも』ね。恥ずかしい。
急いで白衣を羽織ると、先ほど摘んだハーブを洗ってお茶を入れた。
窓際で本を読んでいるハートさんの邪魔しないように、サイドテーブルにお茶を静かに置く。
私も自分のハーブティーを一口飲んで、机に向かって研究に取り掛かった。
「ああ、いい香りだ」
その声に振り返ると、ハートさんがお茶に気付いたみたい。
カップを手に持っている。
「それは冷たくしても美味しいのですよ」
少し冷めたお茶に凍結魔法を軽くかけると、ハートさんは一口飲んでにっこりした。
「本当だ。すっきりとした素敵な香りに変わったな」
「ええ、私が勝手にミントと名付けた茶葉なのです。効能はないのですが香りがとても良いのです」
ミントに似た香りで毒にも薬にもならない無害な雑草だったので、勝手にミントと名付けたのだ。
最近はハマってこればっかりをハーブティーにして飲んでいるのよね。
「マリーは昔から本当に薬草が好きだよな」
「ふふん。洗脳の成果です」
「洗脳?」と、ハートさんは眉を上げて微笑むと、お茶を飲み干して再び本を取った。
フッと視界の端で明かりが灯る。
「何を研究しているんだ?」
麻痺毒(まひどく) の成分抽出をしていた私の横にハートさんが片手を付いた。
気が付けば辺りが暗くなっていて、ハートさんが明かりを付けてくれたみたい。
「麻酔薬です」
「麻酔薬?」
「体の一部の感覚を一定時間、安全に麻痺させる薬を作れないかと……」
その目的を察したハートさんが「それは……」と辛そうな目をする。
ハートさんはあの時の光景を思い出した様子で心配そうに私を覗き込んだ。
「ふふふ。全国の聖女様もきっと欲しがりますよ」
心配無用と伝える為にワザと明るくおどけて見せると、ハートさんも「大発明だ」と私の気持ちを察して笑ってくれる。
「そうだ。この前ガインさんにも自慢したのですが、ここには試作品の薬品が色々あるのです」
そう言って一番端の薬品棚を開けて見せると「じゃーん」と手をヒラヒラさせた。
「へぇ。解毒薬が沢山だね。これは?」
ハートさんが興味深そうに “石化防止薬” と書いた瓶を手に取る。
「ふふん。それは、大蛇と戦う時の為です」
ハートさんは「大蛇?」と首を 傾(かし) げて笑っているけど、笑い事じゃなかったのですよ。
市販の物より効果の高い薬を作って、師匠に無言で……、いや嫌味も文句も言ったけど、とにかく抗議の為に作った薬。
師匠は陰で見てたと言ってたけれど、そういう問題じゃないんだから。
なんて思い出しプンプンをしていたらお腹が急に空いてきた。
「今日は、お夕飯はここで食べて行きますか? 教会のご飯を運んで貰えるのですよ」
「そうだな。一般食堂は禁止なんだっけ?」
ハートさんのその言葉で、私はパレードの日の事を思い出す。
人生で一番の黒歴史が聖女の初日とは、いかにも私らしい。
出来る事なら頭を抱えて転げまわりたい。
「あはは。そうなのですよ。ノーテさんに散々叱られました」
「フフ。そんなこともあったな。あれから3年近くたったんだな」
ハートさんが「あの小さかったマリーも、今年で18歳か」と遠くを見た。
そしてハートさんとふたりで研究室で食事を取って門限前に家に帰る。
しばらくはそんな平和な毎日が繰り返された。