作品タイトル不明
7.モブ令嬢の学園事情
聖女は 可愛らし(あざと) く首を傾げた。
「ほらぁ? 王太子妃になるって言ってもねぇ、お城に住むなんて何が起こるか分からなくて……私怖いの」
「大丈夫だ、ロクサーヌ。私が守るから!」
「でもぉ、マクシミリアン様は男性だし、ルーカスくんも男性でしょ? 入って来れない場所があるんじゃないかと思うの」
ルーカスはまさかの『くん』呼びだった。
(一応ソレ侯爵令息なんだが、本人がいいなら……いや、よくないな)
本当に、神殿もどっからこんなの拾って来たのか。
それとも神殿の教育の成果なんだろうか?
責任者を知りたい……
聖女はこちらに向かって、まるでアイドルのように両手を広げた。
「だからね、クロエ様にも守っていただきたいです!」
会場の冷気がまた一段と強まった。
いっそ王太子共々、凍ってくれれば面倒がないのに……と、思ったのは絶対に私だけではない。
最初、神殿に『聖女の編入』をゴリ押しされた、学園側は困惑した。
それというのも当該の聖女は、あまり裕福でない平民の子として生まれ育っており、一度も机に向かう『学習』というものをしたことがない、という話だったからだ。
せめて家庭教師を付けて一年、いや半年なりとも学んでから……と打診したが、『しっかりした子だから今すぐにで大丈夫!』と、相手は話を聞かなかったという。
(起こった事を振り返れば、王太子殿下と同じ学年に入れたいとの思惑があったんだろうな~)
そんな未来を、 欠片(かけら) も予想できなかった学園側は、神殿側の主張を信じるしかなかった。
神官の言葉をむやみに疑うのは、王立の学園としても、王国貴族の一員としても好ましい行為ではなかったからだ。
学園では、身分には関係なく成績順でクラス分けをしている。
だが、家で家庭教師に歴史、算術など『教科』を既に学んできた上位貴族の子弟と、一部を除き主に読み書き、礼儀作法のみを学んできた下位貴族の子弟は、自然と分かれる事になる。
礼儀作法をこれから学ぶという聖女は、当然下位クラスに配された。
成績は問わない事にして、周囲の令嬢達から、緩やかに礼儀作法を覚えてくれれば、それで義理は果たせると皆思っていた。
何人かの子爵、特に平民に近い男爵令嬢には、理事長が直接、聖女の付き添いなどを頼んだ。
だが編入してきた聖女は、同じクラスの令嬢達には目もくれず、彼女らを撒いてどこかへ行ってしまう日が続いた。
(この辺りは、デュフィ侯爵家配下の家の令嬢から聞いたのよね)
情報は時として、剣よりも有用になる。
エレインはデュフィ侯爵家の娘として、学園では寄子である彼(彼女)らを保護する役目があり、彼らは彼らで寄親である侯爵家に、様々な情報をもたらす義務があった。
デュフィ侯爵家は貴族としては珍しいほど昔から――商取引が貴族たちに見下されていた頃から、商いに関わってきた。
昔は、先祖が海賊だったという 流言飛語(かげぐち) が、貴族社会には飛び交っていたらしい。
(それも案外本当かもしれないんだけど)
エレインは、家に遺された、日焼けしたたくましい先祖の肖像画や、記憶を刺激されるソレっぽい宝箱を発見してドキドキした事がある。
代々の当主は、商売で得た潤沢な資金を腐らせず、親戚や家門の人間は勿論、お金に困っている優秀な人材がいれば、貴族、平民問わず援助してきた。
勿論学園にも多額の寄付をしているし、生徒の支援もしている。
(国や学園に奨学金制度がなく、高位貴族から出すというのがいかにも封建社会だわ)
在学中 後援(バックアップ) をしていても、卒業後の進路は自由だ。
うちの商会で働きたいという人間も多いが、なんだかんだいっても貴族の子弟。
向き不向きがあるので、大半は別の道を勧めている。
ただ今回のリンディア行きで私が学園生に募集をかけたのは、単純にリンディア語ができる事務系人員が欲しかったのと、あちらでは貴族と平民の境が曖昧になるからだ。
(貴族階級が凋落している訳でもなく、平民の生活水準や知的水準が上なのよね)
この国にも近代化の波は押し寄せてきているが、まだまだ貴族と平民の壁は厚い。
あちらには平民の入れる学校もあるというだけで、かなりこちらとは差がついている筈だ。
舐められない商会員を育てるのは急務だった。
……それはともかく、学園には、デュフィ侯爵家に恩のある子女が少なくない。
彼らは当然、デュフィ侯爵家の令嬢に対する不実な(元)婚約者と、ソレをたぶらかした聖女を敵視している。
同様にシルヴェーヌ様の、グリーグ公爵家に連なる者も、聖女を嫌悪し遠巻きにしている。
(大体、これだけで、学園内の半分以上の令嬢が含まれるのよね)
また、今聖女を囲んでいるのは、王太子、宰相の息子(公爵令息)、騎士団長の息子(侯爵令息)、あと2人は大きな商会を持つ、ルノー子爵令息と、留学してきた他国の伯爵令息だ。
留学生は祖国に婚約者がいるとの事で、こっちの国での事は所詮火遊び気分なのだろう。
炎のような赤色の目と髪という見掛けも派手な彼が、一番積極的に聖女を口説いていた。
ルノー子爵令息は、祖父の代に大金で貧乏な子爵家の横面を叩き、そこの娘と結婚した成り上がり家系で、次なる成り上がりを目指して、家系は古いが家計が火の車のモラン伯爵令嬢と婚約している。
一学年下にいる伯爵令嬢は、何を言われても「はい」「分かりました」としか、子爵令息に返さないらしい。
清楚で儚げな外見にそぐわず、どれだけ蔑ろにされても矜持を失わず、常に背筋を伸ばして立っている事から、モラン伯爵令嬢は、密かに『白百合の君』と呼ばれているという。
下級生たちから話を聞き、何かできる事はないか? とエレインも考えた事があるが、少し調べただけでも伯爵家は子爵家の商会に借金で雁字搦めにされていて、手を伸ばしようがなかった。
(せめて、入学前に知っていればやり様はあったんだけど……)
子爵令息が、聖女に出会う前は伯爵令嬢を大切にしていた可能性も――3%くらいはあると思うし、基本的にエレインも、他所の家の事情には(よほどのことがなければ)首を突っ込まなかった。
下級生の上位クラスでは、聖女を嫌っているというより、モラン伯爵令嬢への態度で、ルノー子爵令息が蛇蝎のごとく嫌われており、下位クラスの女生徒も、積極的に聖女を嫌ってはいなかった。
中には、『聖女様と王子様の身分を超えた恋なんて素敵!』と思っている令嬢も少なくなかった。
これは、上級生の下位クラスでも見られる反応で、
『どうせ自分達には王子も公爵令息も手が届かない存在だけど、そんな自分達よりも低い身分からでも、お側に侍る事が出来る夢物語を見せてくれる存在』
……としての聖女は、ある程度需要があったといえる。だが……
物語を夢見る令嬢達は、総じて、男装の麗人にも憧れる。
騎士なのに、荒々しくもなく、所作も体形もすらりと美しく、当然男臭さもなく、汗さえもきらめいて見える端整な面。
(男性に交じっているので、その差がありありと分かるのよね……)
そして騎士なので、レディファーストが染みついている。
さりげなく庇われた事のある令嬢は勿論、庇われたいと思っている令嬢達にとって、クロエ・ランベール辺境伯令嬢は、絶対的な不可侵の存在だった。