軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

6.モブ令嬢の名も刻まれます

聖女が、最初にターゲットにしたのが、騎士団長の息子で侯爵子息でもあるルーカスだった。

騎士課程を採っていた彼は、 か(・) 弱(・) い(・) 聖女が他の令嬢達から爪はじきにされて一人でいるのを見て、『騎士として守らねばならない』となったらしい。

実際の所、聖女が浮いていたのは事実だが、どの令嬢も『いじめ』にカウントされるような行為は一切していなかった。

にもかかわらず、聖女が一人でふらふらと、騎士課程の鍛錬場へ続く廊下を歩いているのは、何度か目撃されていた。

近くに彼女が使う教室等はない。

ルーカスが落とされ、そこから同じ王太子の側近だった男子生徒へ近づく足掛かりが作られ、最終的には王太子が搦め捕られたのだから、彼の罪は大きいと考える人もいるだろう。

(私としては、時間の問題だったと思うんだけど)

斯(か) くして彼は『聖女のお付き』と呼ばれるようになり、婚約者は消え、現在に至った訳だ。

その『お付き』は、元婚約者に向かって吠えた。

「お前は『騎士として王家の方に一生仕えるため』と言って、俺との婚約を解消したのではなかったのか!」

「……一部違いますが、まぁそれはいいか」

クロエ様は興味がなさそうに『お付き』を軽く受け流し、王太子殿下の方に向き直った。

「殿下、ご下問へお答えする前に、聞いておかねばならない事があります」

王太子殿下は、真っ直ぐに自分を見つめてくる辺境伯令嬢に、簡単に気圧された。

「な、なにをだ?」

「殿下は、本日の会場にグリーグ公爵令嬢ではなく、お隣にいる方をエスコートなさっていらした。という事は、次のご婚約者、ひいては王太子妃殿下を、お隣にいる方に決められた、という事ですね?」

殿下はなぜかあわてたように周囲を見回し、シルヴェーヌ様を縋るように見て(シルヴェーヌ様はただ微笑んでいらした……)、己の隣にいる聖女を視界に入れた。

聖女は口元に両手を当て、瞳をうるませ彼を見ていた。

「……そ、そうなるな! あぁ、そうだ。私はこの聖女ロクサーヌと結婚する!」

「嬉しいです、マクシミリアン様ぁ!」

聖女が、躊躇なく王太子殿下に抱き着いた。

――何度も確認したいところだが、ここは公の場である。

学園は王立。卒業資格授与式並びにその後のパーティは、国の将来を担う若き貴族の成人式でもあるので、立派な国の行事の一つだ。

故に、起こった事は全て記録され残される。

(いいのか、コレ……)

デュフィ侯爵令嬢(わたし) が家の事業を宣伝して人員を募集した事も記載されるだろうが、それはむしろ望むところだし、断罪も醜聞だが、婚約は事前に解消されていたため(王太子殿下の醜態がさらされただけで)、記録されるべき所は少ないだろう。

だが今度は卒業生、先生方、来賓、関係者各位の前で、婚約者関係でも親族でもない男女の抱擁……。

しかも男の方は、この国の王太子殿下で、抱き締めている平民女性を王太子妃にすると宣言している。

いい訳はない。

また、そんなあり得ない行為の前には、もはやどうでもいいのかも知れないが、婚約者でもない(ましてやいまだ平民の身が)王太子殿下の名前を『殿下』も付けずに呼ぶのも、マナー違反なんてかわいらしいものではない。

彼らを取り巻く王太子の側近達、高度な貴族教育を受けている筈の彼らが、(表面上は)微笑ましそうに二人を見ているのは、いまだ頭がお花畑にいるからか。

(さすがに、センセイ方は顔色が悪いな……)

特にこの場の責任者である理事長と、礼儀作法を担当しているガレット女史は、これが終ったら辞表を出して失踪しそうな雰囲気を醸し出している。

(ガレット女史は伯爵家の未亡人だったっけ)

婚家にも実家にも居づらいから、学園の招聘を受けたという話が囁かれていた。

後で、 再就職支援(スカウト) してみようかと思う。

「分かりました、それでは私は不要です。殿下」

クロエ様は、抱き合う二人に和やかに告げた。

朗らかな声とは裏腹に、その目は氷点下を思わせるほど冷たい。

(…… 怖(こわ) 。怒らせちゃダメな人だよこの方。何で気づかないんだ、あの連中)

「不要?」

「はい。その方が王太子妃になられるのでしたら、ブルトン侯爵令息が王太子妃の護衛騎士になるからです。私の居場所などありません」

クロエ様はきっぱりと言い切った。

「侯爵令息は 永遠(とわ) にその方を守ると、神殿で騎士の誓いを立てたそうです。同じ騎士として、『聖女』であるとはいえ平民の一少女に、生涯で た(・) だ(・) 一(・) 度(・) の誓いを立てた侯爵令息の勇気に敬意を表し、私は彼の意志を尊重させていただきます!」

(畳みかけるなぁ……クロエ様)

しかし……立てたんだ。

立てちゃったんだ、一生に一度の騎士の誓いを。

神殿で、正式に、主人たる王太子殿下でもほかの王族でもなく、『聖女』とは名ばかりのそこの小娘に。

(そりゃ見放されるわ……というか、知った時のクロエ様の絶望を思うと、こっちまで泣けてきそうだ)

昔、王城では不定期に、王太子殿下と同世代の子供達の交流会があった。

次世代への布石だ。

何度か顔を合わせた事のある、幼いクロエ様の夢は『王妃様の護衛騎士になる』だった。

既に王太子殿下とシルヴェーヌ様、ついでに私とロドニー様も婚約が決まっており、クロエ様も同い年の騎士団長の子息と婚約の為に、辺境伯の領地から王都に連れてこられた頃だった。

そう遠くない未来に、2人は王太子殿下と 王太子妃殿下(シルヴェーヌ様) の護衛騎士になり、いつかは国王陛下と妃殿下の後ろで、自分と夫が並んで立つ姿を夢見た事だろう。

その為に、女性には一層厳しい環境に身を置いて、厳しい訓練を積み重ねていたというのに……

想いを無残に踏みにじった当人はといえば、クロエ様の宣言に感動しているようだ。

脳筋だとは思っていたが……侯爵家に他に男子がいて、この人が騎士団長を継ぐんじゃなくて本当に良かった。

(辺境伯令嬢を娶れば、功績次第で在り得たかも知れない未来だったけど……)

もう完全にないだろう。

ここにいる皆が証人だ。彼は永遠に『聖女のお付き』だと。

「あー、確かに、それは尊重されるべき事かもしれないが、ルーカスはそもそも私の護衛騎士では……やはり女性には女性が……」

(今頃何おっしゃってるんでしょーね、この王太子殿下は!)

もっときちっと手綱握っとけ!

確かに自分の奥さんの傍に常に、暑苦しい大男がいるのは抵抗があるだろうが、100%自業自得なのできちっと受け入れていただきたい。

「あの~、私からもいいですか……?」

王太子殿下がぐちゃぐちゃとした愚痴を口から垂れ流している脇から、妙に明るく軽~い声が入ってきた。

「ロクサーヌ?」

「私もぉ、女性の騎士様にも側にいてほしいな……って。えへへ」

――思えばこれが、聖女が会場内の全ての女性の庇護を失った瞬間だったと思う。

元々半分以上の女性は、シルヴェーヌ様から王太子殿下を奪った彼女を忌み嫌っていたが、残りすべてが彼女の敵に回ったのだ。