軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

5.モブ令嬢とリボンの騎士

「返事を伺ってませんわ?」

傾国の美女から沸きたつ、オーラのようなモノに当てられ、もう何でもいいから頷きたい衝動にかられたが、私も前世はソコソコいい歳までいった女。

この世界の辞書にはない、『根性』を振り絞って口を開く。

「シルヴェーヌ様」

「はい」

「シルヴェーヌ様は、平民と共に仕事が出来ますか?」

周囲から短い悲鳴のようなものが上がる。

王妃にも推挙される血筋の公爵令嬢に何たる無礼を……の突き刺すような視線が、不思議な事に王太子方面からも感じるな!

(分かってる、私だって分かってるよ! でもねーこれが真面目な話なら……)

商会員の8割は平民だ。

彼らと関わらずに働けるわけがない。

相手がそこいらの貴族だったら、『侯爵令嬢の私が率先して彼らの意見を聞いているのですよ?』で黙らせることが出来る。

だが、公爵家や王族はダメだ。

侯爵令嬢マウントが効かない。

シルヴェーヌ様が今まで、身分をかざして下位貴族を貶めるような話は聞いた事がないし、実際やっていないだろう。

以前、 殿下達(だれか) が、元平民という事で聖女を虐げたという話を広めようとしたが、皆に否定されてあっという間に駆逐された事もあった。

それなのに、殿下はどんな(無茶苦茶な)理由で婚約破棄するつもりだったんだろうか?

(さすがにもう聞くことはないだろうが、ちょっと興味があるな……)

――いや今はそれどころではい。

下位貴族に寛容だからと言って、平民の中で働けるか? とはまた別の話だろうと私は思っている。

そんな私に押しかかる、『お前は何を言っているんだ!?』という圧を振り払うように、明瞭な声が響く。

「当たり前です」

うあぁ……、声にならないため息がそこいら中にこだまする。

「すでに仕事をされている方なら、どなたでも先輩です。私は一から教えを乞う立場ですわ」

う……おぉぉーー! という歓声とも悲鳴ともつかない叫びが湧いた。

あくまでも凛とした彼女の態度に、私も観念した。

これは絶対に引く気はないなーと。

(お父様、お兄様ごめんなさい。後始末はお願いします)

隣国語が出来れば誰でもウエルカム!と宣言したのは私ですが、王太子と婚約していた公爵令嬢が釣れるとは誰が想像できようか……

「……歓迎します、シルヴェーヌ様」

「後悔はさせませんよ」

複雑な想いが交差する胸に手を当てて、頭を下げた私の手をシルヴェーヌ様が両手でそっと取ると、会場の盛り上がりは最高点に達した。

その熱気の中、シルヴェーヌ様はこそっと私に囁いた。

「宰相家を切るなら、グリーグ公爵家を味方にしておいた方がよろしくてよ……?」

……一応、婚約解消後の、ケリー公爵家に対する補填も考えてはいましたが、同じ家格の別の公爵家のバックアップがある方が、勿論ウチも助かります。

そうですが、しかし……

「シルヴェーヌ様、まさかそれで……?」

「それこそまさかですわ。私は、私の為に、我が家を利用させていただくだけです」

シルヴェーヌ様はふふっと、いたずらな妖精のように微笑んだ。

公爵家の方は何と言うだろうか……国内のパワーバランスに思いをはせかけた私の頭をノックするように

「お待ちください」

との声がかかったのはその時だった。

(あ、このクリアーな声は知ってるぞ……)

「エレイン嬢、どうか私もお連れ下さい」

人々の間から颯爽と現れた令嬢は、私の、というか私とシルヴェーヌ様の前で美しい礼を執った。なぜか騎士の。

「クロエ様……」

周囲からは令嬢達の、『きゃあ~…』『クロエ様よ……!』という、一応押し殺した歓声が満ちていくのを感じる。

今日はさすがに女子の制服姿だが、クロエ・ランベール辺境伯令嬢は、学園では実習用の騎士服を着用されていることが多かったように思う。

トレードマークの頭高く結ばれたポニーテールに、そよぐリボン。

真っ直ぐの長髪を揺らして、キリリと歩いている姿を構内で見かけるたび、私の頭の中には『剣士』とか『武士』とかいう言葉が浮かんでいた。

焦げ茶の髪と深緑の瞳。顔立ちも整っているのに何故か美女より、美青年に見えるクロエ様は、いわゆる『男装の麗人』という枠だ。

(ヅカだよね~。こちらの世界にもその需要はアリだと思ってたけど)

シルヴェーヌ様とは、いわば別のジャンルで学園の人気を博している令嬢の登場に、ぐらぐらする頭をなだめて私は口を開いた。

「クロエ様は、確か卒業後は、近衛騎士として王国騎士団に入団が決まっていたのでは?」

女性騎士は少ないが、需要は多い。

特に王族の女性の警護には欠かせない存在だ。

だから学園で騎士課程を選択し、優秀な成績を修めた女性は、ほぼ100%王国騎士団に入り、王族を守護する近衛騎士となる。

その中でもクロエ様は、剣の才能も体術も男性に引けを取らないと認められ、在学中から騎士団で鍛錬していると聞いたことがあった。

「心配には及ばないよ、エレイン嬢。入団の件は保留にしていただいていたので、問題はない筈だ」

クロエ様は清涼飲料水のCM(この世界にはありません)のように爽やかに笑い、観客は抑えきれない黄色い悲鳴を上げていた。

(保留? なんで? クロエ様は辺境伯の三女だった筈。後継問題じゃないよね)

いやそれ以前に、問題があるよねー、ある筈なんだが……

「問題はあるぞ! ランベール辺境伯令嬢!」

案の定、背後から殿下が口を挟んできた。

「王太子殿下には本日もご機嫌麗しゅう、ランベール辺境伯三女クロエが、ご挨拶を申し上げます」

やや芝居がかった仕草で、クロエ様は頭を下げた。

どことなく略式、そこはかとなく心がこもってない様子で。

「君は、近衛騎士として王家の、王太子妃の護衛騎士になると決まっていたではないか! 今さらそれを撤回するのか!?」

「今さら……とおっしゃいますか」

クロエ様は物憂げにフッと笑った。

周囲で何かが崩れるような音が複数聞こえた。

『今さら婚約を破棄したお前に言われたくない』との副音声が聞こえたのは私だけでないだろう。

「そうだ! クロエ! お前は何を言っているんだ!」

「これは、これは、ブルトン侯爵令息。いらっしゃっていたのですね、気づきませんでした」

激昂する体格の良い男にちらっと視線をやり、クロエ様は強烈な皮肉を浴びせた。

(まぁその男は王太子と聖女の背景だもんね)

気づかなくても仕方ないよね。

貴女の元婚約者ですがねー。

ルーカス・ブルトン侯爵令息は王国騎士団長の息子であり、三か月ほど前まではランベール辺境伯令嬢の婚約者だった。

婚約解消の理由は、クロエが『騎士として生涯お仕えしたい方がいます』と告げたからだとされる。

騎士団長はその心意気に打たれ、王妃の近衛に入っても結婚する者はいるから、このまま我が家の嫁にと説得したが、妻としての役目を果たせないのでは結婚する意味はないとの彼女の固い意志の前に敗退した。

そんな話が学園に流れ、彼女の人気はまた上がったけど、私としては、『原因は聖女だよねー』としか思えなかった。