軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

4.モブ令嬢と麗しの御方

少し静まるのを待って、私は続ける。

「決して平坦な道ではありません。見知らぬ国、人の中で戸惑い、心が挫ける事も多いでしょう。ですがそれと同様に、今の自分には想像がつかない経験、喜びを得る事が出来るかもしれません」

苦労は確定していて、喜びは未確定。

貴族の子弟として、安定している彼らに響かないのは承知だ。

ただ……

「自ら切り開く新しい世界を見たいと思われる方は、何が出来るのかをご自身に問いかけてください。そして得意な事、やりたい事などを私に聞かせてください。応募条件は、リンディア語で読み書きができる事のみです!」

隣国の言葉は、学園で必須科目ではないが、文官武官など王宮へ仕官する者には求められるスキルだ。

それだけに、習得している卒業生には、既にこの国での未来が約束されている。

だけど、それが必ずしも自らの望んだものとは限らないだろう。

私のように。

(一人や二人、優秀な人が捕まればめっけもんだけど、とりあえず、この場は宣伝できただけで良し!)

私は再び殿下達に向き直って、制服のミモレ丈のスカートで出来る限り優雅に頭を下げた。

「……デュ、デュフィ侯爵令嬢! 君はここをどこだと……!」

「王太子殿下におかれましては、快くこの場をお貸しいただけた事を、誠に感謝いたします」

長年培った、侯爵令嬢の鉄壁の笑顔で、引きつった面々(5人の貴公子と1人の聖女)を見渡す。

隣国での新規事業――それに関われなかった事を悟ったのか、ロドニー様が唇を噛みしめて私をにらんでいる。

(あらあら、随分骨のある表情も出来るのね~)

見える角度を気にしているような笑顔より、何倍も好ましいと思う。

まぁ、彼はお家に帰ったら、それどころじゃないだろうけど。

(何せ、父親のケリー公爵はこの国の宰相だ)

だから当然、今回の話――デュフィ侯爵家が出資している商会が、隣国へ出店する事を 既(・) に(・) 知(・) っ(・) て(・) い(・) る(・) のだ。

だからこそ、息子夫妻(予定)に気前が良かったのだ。

これから親戚として、甘い汁が吸えるのを見越して。

宰相といえど、職務上知り得た公表前の情報は家族にも口には出来ない。

おそらく息子に『 デュフィ侯爵令嬢(こんやくしゃ) を大切にしなさい』位は言ったと思う。

頭に花が咲いている息子は、父親に『もちろんです!』と自信をもって答えたに違いない。

(見解の相違もここまでくると、喜劇のようだわ……いや悲劇かな)

ケリー公爵家に男子は彼だけなので、廃嫡はないと思うが、彼の使い込んだ金額によっては、公爵は娘に婿を取らせて家を継がせる事を考えるかもしれない。

(そういえば最近、公爵家で妹のビアンカ様(御年12歳)の婚約者を選んでいると聞いた事があったわ)

まだ決まっていなかったら、ロドニー様の公爵家での地位はかなり危ういんじゃないだろうか。

知らんけど。

言いたいことは言ったので、私は踵を返しその場から立ち去ろうとした。

だがそこへ、鈴を鳴らすような――という形容が相応しい、美しく玲瓏な声が聞こえ、私をその場に引き留めた。

「女性でも構わないかしら……?」

まだざわめきが残っていた会場の中、不思議とその声は隅々まで響き渡っているように思う。

ゆるやかなウェーブをつけて滝のように流れる銀色の髪、揺れる黎明の紫の瞳。

一度見れば忘れられない、掛け値なしの美少女、いや美女――私が振り向いた先には、この国一番の淑女、シルヴェーヌ・グリーグ公爵令嬢が立っていた。

「シルヴェーヌ様……」

彼女の名が王太子に呼ばれる前に、私は口を挟んだので、当の彼女がこんなに近くにいた事に驚きを隠せなかった。

(本当に、王太子はどうして、この御方と 聖女(あんなの) を天秤にかける事が出来たのか……)

目が腐っているのか、頭が腐っているのか、両方か。両方だな。

皆同じデザインの制服を着ているはずなのに、彼女が着用しているだけでこの国でただ一つのドレスのように見えるのが不思議だと、私は頭のどこかで思っていた。

「リンディア語、ツェリ語、帝国公用語、カイ・ゴス語……この大陸の主な言語は全て習得しています。読み書きだけなら、少数民族の言葉も理解できてよ。あとそれぞれの国の法典も、上辺だけですが学びましたわ」

凄い。

王妃教育の成果なのかもしれないが、それらはあの王太子にも詰め込まれただろうか?(無理だろう)

交易に重きを置いているデュフィ侯爵家の令嬢である自分でも、リンディア語と帝国公用語が精いっぱいだ。

(――いや、そんな事より、何で!何で公爵令嬢が売り込んでくるの!?)

当然、パニクっているのは私だけではなかったが、意外な事に王太子殿下がいち早く口を挟んできた。

「シルヴェーヌ! 何を言っているんだ!? お前は僕の婚約者だろう!」

「あら殿下、私をまだ婚約者とお認めになるんですか? お近くにおいでの方が、泣きますわよ」

怒鳴る王太子と、さらっと優雅に返す、一応その婚約者。

「あ!あ、その、いや……まだ、その」

指摘を受け、慌てて聖女に言い訳をするようにしどろもどろになる王太子。

格の違いがありありと分かる光景だった。

(この場には、他国からの来賓もいるんですが、いーのかしら……)

「そうだ! 邪魔が入ったが、今からお前に言い渡す事がある。いいかシルヴェーヌ・グリーグ……」

「承ります」

「はっ……?」

「グリーグ公爵家、長女シルヴェーヌは、謹んで王太子殿下との婚約を解消させていただきます」

キィーーー……ンとした沈黙が彼らを包んでいた。

会場内では、もう誰も話をしていなかった。

皆固唾を呑んで、この光景を見守っている。

シルヴェーヌ様は決して急がず、ゆったりとした優雅な動作で王太子に向かい礼を執った後、何故か私に向かって艶やかな微笑みを浮かべた。

国内最高峰にある高嶺の花による、滅多に見られない微笑みは存外に殺傷能力が高かった。

周囲では被弾したのか『うっ』とか『あぁ……』とかのくぐもった声と、ドサッと倒れる音も幾つも聞こえている。

私も自分の頬がどんどん熱くなっていくのを感じた。はわわ……

「シルヴェーヌゥーーー! 何故お前が言う……いや違う! 解消じゃないぞ、婚約破棄だ! お前に問題があるから 僕(・) が(・) お前との婚約を破棄するんだ!」

「……そうですか、解消でも破棄でもお好きなように。グリーグ公爵家と王家との話し合いは既に済んでおります」

「なにぃぃーー!」

「正確には、本日殿下が私をエスコートしなかった時点で、殿下と私の 縁(えにし) は切れております」

「……は?」

全く理解できない言葉に頭が空っぽになったのか、王太子殿下は間抜け 面(ヅラ) を会場中にさらした。

「ひと月ほど前、この国の未来について、我が父が国王陛下と話し合った結果です。『学園卒業とは成人と認められる神聖な場。そこに伴わないというなら、もはや婚約者たる資格はないと認めざるを得ない』という結論に至りました。陛下からお話があった筈ですが……」

「き、聞いてない!」

「そうですか。ですが、聞いてなくても構わなかったですね」

シルヴェーヌ様はにっこりと可愛らしく微笑んだ。

「先ほど、殿下は私との婚約を破棄されると宣言されました。結果は同じですね」

まぁそれはそう……主導権を殿下が握れなかっただけの話だ。

だが そ(・) れ(・) が彼の中では大きかったのか、すんごい表情になってうなっている殿下を最早目の端にも入れず、シルヴェーヌ様はこちらへいらっしゃった……。