軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

13.モブ令嬢と近代史

「少し、昔話をしよう……私はこの学園に通っていない」

興奮している場の雰囲気を和らげるように、王太后殿下はふっと微笑んだ。

「50年前には、この学園は存在しなかったのだ。貴族は皆それぞれの屋敷で学び、限られた者としか交流もなく、特に女は顔も知らない男に嫁いで、時折社交で連れ出される他はその屋敷で一生を終えた」

そんな時代に生まれる可能性もあったのか、と少し背筋が寒くなる。

いや、でも前世も、何十年か前はそんなものだったかも。

(女学校っていつ頃できたんだっけ? 朝ドラでやってたよね……)

あっちでもこっちでも、学校を作った人には多大な感謝を贈りたい。

「思い出しても気が遠くなるような……様々な議論や揉め事の末に、ようやくこの学園は作られた」

当時は王太子妃殿下として、それらに関わっていたのだろう。

お声にとても実感がこもっている。

「当初は男女別々の校舎で、それが一つになったのは、流行り病で国民が減り……貴族の子弟もまた減ったからだ」

エレインの両親が通っていた頃は、すでに男女一緒だったと聞いている。

二人は婚約者としてでなく、この学園で初めて出逢ったそうだ。

『お父様とお母様は恋愛結婚なのね、素敵だわ……』等と思っていたけど、

(もしかしたらお互いの婚約者も流行り病で……って話だったのかも)

今更ながら、侯爵家の跡取りに婚約者がいないのは、国全体が異常事態だったからだろう。

この流行り病は大陸中を席巻し、この国では王族も何人か亡くなった。

今、王族が少ないのはそれが原因でもある。

(王太后殿下の御子様も、御一人亡くなられたのよね……)

今の国王陛下は、第二子、そのパンデミックの後の生まれの筈だ。

流行が終息を迎えた頃、帝国が隣のリンディアに攻め込んだが、返り討ちに遭うという歴史的事件が起こっている。

これも知った時、『何でわざわざ疫病で国民が弱ってる時に攻め込むの!?』って思ったけど、相手も弱っているから余裕で勝てると思い、奪った他国の財で自国を立て直そうと思った結果らしい。

歴史の教師の淡々とした解説に、皆ゾッとしたものだ。

(戦争起こすヤツって、負ける事考えてないのが本当に怖い)

以降、それまで大陸一を誇っていた帝国は鳴りを潜め、リンディアの国力が増す結果になった。

数年後、両国は国交を回復した。

その際、和平の証としてリンディアの姫が帝国に嫁いでいる。

(その人が今の帝国妃なのかな? 何かあの国もよく分からないんだよね……)

リンディアを挟んだ向こう側にある帝国とは、儀礼的な国交はあるけど、それだけだ。

(帝国がリンディアに攻め込んだ時も、こちらは友好国であるリンディアを支援していたそうだし)

リンディアが負けたら、次は自国の番だと思ったのは想像に難くない。

商会の船は帝国の港へも行くので、お父様は良く知っているだろうが、『帝国人は信用するな』以外教えてくれない。

(……ある意味、その言葉が 彼(か) の国を雄弁に物語っているのかも)

デュフィ侯爵家では、兄も私もリンディア語と同じように帝国語をしっかり学ばされた。

それは帝国語で交わされるマーケットが大きいだけでなく、言葉や書類で騙されるのを防止する為でもあるのだろう。

「男女別々の学び舎だったら、今度のような問題も起こらなかったかも知れぬな……先に何が起こるかは、誰にも分からぬものだ」

意外だが、殿下は困ったという顔をしているのだが、声音からはどこか面白そうな響きを感じた。

「この50年だけでも周辺各国では様々な事が起こっており、今も速足で動いている。我が国も例外ではなく、今までもこれからも、たくさんの変化が訪れるだろう」

何かを思い起こすように殿下が目を閉じて、また開いた。

王太后殿下の瞳の色は、王太子殿下と同じ筈なのだが、受ける印象が随分違うなと思う。

(今目にしている蒼に、深みを感じてしまうのは仕方ないよね)

「だが、若いそなた達にとって、それは憂うものではない。受け入れられるものである事を、私は信じている」

生徒たちが一心に王太后殿下を見つめているように、殿下の視線、言葉は全ての生徒に向けられていた。

「困難から目を背けず、常に前を向いて歩いていくがいい。その先にきっと、己が望んだ未来がある ――これを私からの、はなむけの言葉とする」

一瞬の静けさの後に、万雷の拍手が湧く。

儀礼でなく、本気の情熱のこもったものだった。

その中をゆっくりと、王太后殿下は去っていった。

その後、理事長による、簡素な締めの挨拶があり、散会となった。

(ちょっと早いけど、もう続けられないよね)

余った料理は、是非教職員や裏方の皆様で食していただきたい。

一斉にガヤガヤと、人と物が慌ただしく動く音がする。

私はどう動くか悩む前に、背後から近づいて来た、少しお年を召した執事のような服装の紳士に恭しく頭を下げられた。

「少しお時間をいただけますでしょうか? あちらで尊き御方が待っておられます」

私、シルヴェーヌ様、クロエ様は顔を見合わせ頷き、共に会場を後にした。