作品タイトル不明
12.モブ令嬢を取り巻く世界の変化
「私も覚えているよ」
クロエ様の朗らかな声がした。
「茶色の髪と藍色の瞳のチャーミングな令嬢だった」
これも正解だ。私も微笑み頷いた。
令嬢――そう、私の侍女は平民ではない。
在学中にデュフィ家の援助を受け、その後、就職先としてもデュフィ侯爵家を選んだ、この学園の卒業生だ。
彼女は由緒ある子爵家に生まれたが、父親が慣れない商取引に手を出した挙句、家が借金漬けになり、弟妹の為に学園へ行かず働く予定だったそうだ。
娼館の主人から『場違いな未成年が来たぞー』と通報された彼女は、
町の顔役から、『貴族の家の娘らしい、面倒事は御免だ』と、貴族の経営するウチの商会に回された。
商会の人事担当は、事情聴取並びに軽いテストを行い、今から働くより学園向きと判断。
彼女の奨学金の手続きを取ったが、その一方で、借金は商会で肩代わりし、父親の子爵を働かせることにした。
さすがに娘が身を売ろうとした事で目が覚めたのか、父親は商会で働きながら懸命に経済観念を育て、今では港町で 宿泊所(ホテル) を任されるほどになった。
他にも食事処や土産屋の管理を担当していて、母親や学園を優秀な成績で卒業した、彼女の弟妹もそちらを手伝っている。
なので5年前、もうデュフィ侯爵家で働く必要はないのでは(そろそろ結婚されては)?と執事が尋ねたのだが、
『お嬢様から目が離せませんので……』
と真顔で返されたらしい。
(え、私、面目なさすぎ?)
というか……そんなに手を焼かせた記憶はなかったが、一時期、淑女教育より、商会の仕事に興味を持ち過ぎた事で、要らぬ心配をさせた可能性はあった。
エレインは早くに母親を亡くしていたので、その分私が!との使命感を燃やしていたのかもしれない。
その後も、お父様やメイド長がさりげなく良縁を持ち掛けたが、心は動かなかったようだ。
今回も、彼女は当然のように、私の侍女として一緒にリンディアへ行かせて下さいと、雇い主であるお父様に願い出た。
お父様は、『もう結婚する気がないのだな』と納得して了解していたが、私としては、婚期(~20代前半)を逃すとまともな縁がないこの国よりも、女性が外で働くのが当たり前で3~40代での結婚も多いという リンディア(あちら) なら、出会いもあるのではないかと思い賛同した。
結婚するもしないも彼女の自由だが、可能性は多い方が良いだろう。
私も、今は結婚なんて全ーく考えられないが、一応『あちらに素敵な人がいればいいなー』位は思っている。
少なくとも元婚約者よりマシな……
実のところ 元婚約者(ロドニー) は、給金を全て実家に送り、地味に装っていた私の侍女を、平民だとみなしたから軽視していたのではない。
使用人や平民、家柄、美醜、己より下に見た相手すべてを侮っていただけだ。
(結局、私も侮られていたわけですし!)
ある意味公平とも言えるけど、その基準も結局は自分なので、あんなに怪しい聖女を自分だけでなく、嬉々として主人にも近づけた訳だ。
(王太子の側近として、ダメすぎる)
クロエ様は、いつの間にかロドニー様を牽制する位置に立っていた。
シルヴェーヌ様を護っているのだろう。騎士様はさすがである。
この場に平民はいないが、あの様子から己より下の階級など眼中にも入っていないのが伝わったのだろう。ロドニー様を見つめる周囲の視線は冷たい。
ここにはもう、自分の味方が一人もいない事が分かったのか、ロドニー様は忌々しそうに足を鳴らし去って行った。
「あれで良かったのか、デュフィ侯爵令嬢」
「はい、殿下」
王太后殿下に水を向けられて、簡易的な礼を執りつつ肯定する。
そして、思いついた事を付け加える。
「あの方が本気で働きたいと言うのなら、考えないでもないですが……」
「ほう?」
「船に乗る気があるのなら、お父様に口を利いても良いかと。ただし、遠方へ行くので3年から5年は帰れません」
南の島を巡って、こちらの大陸に乏しい資源を買い付けるお仕事で、そういう意味では、前世で言う遠洋漁業みたいなものだ。
まだ高度な冷凍技術がないから、生鮮食料品は積まないが……
「長時間の拘束、過酷な環境と肉体労働にさらされる分、報酬は物凄く良い仕事です。あれなら借金も返せるでしょう」
(新しい航路を開拓する仕事よりは、生還率も高いので港湾労働者には、割と人気のある仕事だけど……)
「……あの公子には無理だろうな」
「……ですわね」
王太后殿下が断じて、シルヴェーヌ様も賛同して、私も『ですよねー』と心の中でつぶやいた。
近衛騎士に連れられ、理事長が近づいてきた。
「マウザー伯、我が孫が迷惑をかけたな」
「と、とんでもない事でございます!」
王太后殿下から鷹揚に声を掛けられ、学園長は震えながら頭を深く下げた。
「本来、学園の卒業……成人の儀には、父兄の参加は認められないが、王族として一言よいか?」
「もっ、勿論でございます! 皆、光栄に思う事でしょう!」
理事長は、一気に十も老けたような相貌を歓喜に輝かせた。
光栄に思うのも本当だろうけど、この状況に是非収拾を付けて欲しいとの願いが強そうだ。
騒動の原因の一端を作り出した者としては、少し胸が痛む。
「この場にいる卒業生、および在校生よ」
王太后殿下の呼びかけに、それまで個々に様子をうかがっていた全員が一斉に礼を執った。
「この国の未来を担う者として、先刻まで王太子を名乗っていた者の振る舞いに、不安を隠せない者も多い事だろう」
修辞儀礼を省いて、いきなり核心をお突きになる王太后殿下。
痺れるわぁ……。
「皆の心配は至極当然であるが、私の名において、このままのあの者を、王位に就ける事だけはないと約束しよう」
先ほどの流れから想像できる事ではあるが、王太后殿下からはっきりと言葉にされると事実の重みが加わってきた。
(再教育が上手く行かない場合も在り得るよね……?)
そんな周囲の心配に答えるように、殿下は続ける。
「……またしばらくの間、この先かの者の職務には、私と宰相、及びバロウズ公爵が当たる」
どよめきが流れた。
バロウズ公爵は、先帝の側妃腹の元王子で、現国王陛下にマクシミリアン王子が生まれた際、臣下に下っている。
元々母である側妃は身分も低く、既に亡くなっていて後ろ盾がない事もあって、本人の強い希望で王籍を抜けたという話だった。
(王族が少ないので、周囲は留まって欲しかったらしいんだけど、どーしても!で乗り切ったというのはお父様から聞いた事がある)
その際、王家が色々条件を付けたらしいので、今回の件もその一つなんだろう。
「公爵は穏やかな生活を望んでいるところを、不測の事態として無理を言い、王宮に戻ってもらったので、煩わせることがないよう配慮してもらいたい」
これは我々へというか、我々の父兄への言葉だろう。
必ず伝えろよ? と言われているのに間違いはない。
子や孫からそれを聞いて、各家がどのように対応するのか……
(その辺りも、これからの貴族間のパワーバランスの参考になさるんだろう)
いずれにせよ、国内の貴族はこれからの身の振り方を考えねばならないだろう。
この場には、来賓として招かれた他国の公使もいる。
(国外にもすぐに広まるから、そちらの対応も大変だな)
私は、『これから他国へ行く自分にも、影響が出そうかな……?』等と、この時はまだ楽天的に考えていた。