作品タイトル不明
14.モブ令嬢と聖女談義
学園内にある来賓用の貴賓室で私達を待っていたのは、予想通り、先ほど顔を合わせた皇太后殿下だったが ――ここへ来る前に宰相様とすれ違った。
……というか、ちょうど陰になるように案内の人が誘導してくれたので、あちらはこちらに気づかなかったと思う。
義父予定だった宰相様は、幾つもの苦虫を嚙み潰したような表情だった。
『これから色々大変でしょうね』
……などと心の中で手を合わせた私だが、全然、他人事じゃない事が、この後明らかになってしまう。
他人を憐れんでいる余裕など、私にはなかったのだ。はは……
「すまない。少し話があってな」
控えめな礼を取り、促されるままに、私とシルヴェーヌ様は皇太后殿下の向かいのソファに座った。
余裕で女性3人座れるサイズのソファなのだが、クロエ様は何故か私達の後ろに立った。
「騎士の 倣(なら) いなのでお気になさらず」
笑顔でそう言われても、同い年の制服の令嬢が後ろに立っているのは気になるのだが……(ちなみにシルヴェーヌ様は当然のように微笑んでおられる)。
皇太后殿下はそんなクロエ様に、親し気にお声を掛けた。
「クロエ、その二人に付いていくのだな?」
「はい」
「あ……」
思い当たる事があり、私の声が勝手に口から出た。
「失礼いたしました!」
「よい。これの、『騎士の誓い』についてであろう」
「……はい。やはりクロエ様が忠誠を誓ったのは、」
私の問いに、クロエ様の朗らかな声が答える。
「そうです。皇太后殿下です」
あの時の流れから行って、もしかしたらと思っていたが、こうして確証を得ると、とても納得がいった。
(王族だし、人格者だし……普通こっちだよね)
比べるのも 烏滸(おこ) がましい組み合わせが、脳裏に 過(よぎ) る。
「ですが……お近くでお仕えできず残念です」
え?
「よい。そなたは、これから荒海に乗り出す、そこの若葉達を守るがよい」
「はい! 命に代えましても」
待って!
聞いてない……いやクロエ様も一緒に来るって言ったっけ?
言ったか! 言ったな。
受け入れた覚えはないけど……いや、何にせよ命なんてかけないで欲しい!
「デュフィ侯爵令嬢」
皇太后殿下に呼ばれ、混乱したまま背筋を伸ばす。
「はい」
「私からも頼む。リンディアへはクロエを同行させるように。そなたやシルヴェーヌの身辺警護が、この先必要になるゆえの措置でもある」
「はい?」
とりあえず自分もシルヴェーヌ様も貴族令嬢として、屋敷や学校の外では常に身辺警護は付いています……が、その 段階(レベル) の話ではない空気が、高貴な方から漂っていた。
「実は、あの『聖女』、どうやら我が国の人間ではないらしくてな……」
(あーそうだったんだ!)
「驚いておらぬな?」
シルヴェーヌ様は神妙なお顔をなさっていたので、私への質問だった。
「本名ではないとは、思っておりましたので……」
『ロクサーヌ』という名は、貴族の女性の名前だ。
元から平民という触れ込みで、本人にも貴族らしさのない彼女には違和感しかなかった。
「学園に入るに際し、貴族らしい名前を、神殿で付けられたのかと思っていたのですが……」
殿下は頷いた。
「成程な。神殿は平民と言っていたが、記録させた言葉や行動は、平民としてもおかしいだろう。あの娘は」
「そう……ですね」
今までを振り返って、殿下に同意する。
「私は商会を通して平民とも話をしますが、あのような女性はおりませんでした」
「あのような?」
シルヴェーヌ様の紫の瞳が私に向けられた。
「自由過ぎます。身分の高い相手に、平然と話しかけられる事自体、通常あり得ません」
例え相手が『普段通りでいい』と言ったしても、貴族に タ(・) メ(・) ぐちで話す平民なんかいない。
「平民には身分はないと言われますが、幼い内から自分たちと『貴族』との違いは、きっちりと教えています。迂闊な行動が命取りになる事を、彼らは知っているからです」
「そうだな」
「ですね」
数多くの奉仕活動をこなしてきた王太后殿下や、平民もいる騎士団へ通っているクロエ様が頷いた。
許可なく話すだけでなく、べたべたと触って来る平民というのは、想像を絶している。
「あまりに態度が異様なので、神殿側が……貴族の子弟を、その、篭絡する為に、あのように教育したとすら思ってしまいました」
妄想として、少し恥ずかしそうに言ったのだが、殿下は笑わなかった。
しかも……
「鋭いな、侯爵令嬢」
「え」
「確かにアレは、あのように振る舞うようにとの使命を帯びて来たのだろう」
使命って……私の頭の疑問とシルヴェーヌ様の声が重なった。
「使命……とは、どのような?」
「デュフィ侯爵令嬢の言ったとおりだ。我が国の貴族の子弟を惑わしに来たという訳だ」
つまり使命=お仕事として貴族の男子を落としに……ってマジに!?
「そんな事をして、どこの誰に得があるのですか……?」
思わず声を上げた私に、冷静に殿下が返す。
「アレが学園に来て、何が起こった? デュフィ侯爵令嬢」
「学園内の風紀が乱れ……私、だけでなく、何組かの婚約が解消されました」
「それだけか?」
「……恐れ多くも、その結果、王太子殿下がその地位を追われました」
「そうだな」
「では、それが目的だったんですか? 王太子殿下を 下(おろ) すことが?」
王太子が下りて得をする人間なんて国内には……あぁだから国外なのか。
「お待ちになって、エレイン様。王太子殿下が再教育になったのは、王太后殿下がいらしたからかと?」
シルヴェーヌ様のツッコミに、成程……と王太后殿下が来なかったらを考える。
「王太子殿下は王太子殿下のまま、あの『聖女』と婚約され、いずれは……王太子妃、ひいては」
……この国の王妃様に? あんまり考えたくない未来だが、それが誰かの意図だとすると、
「国の乗っ取りですか!?」
「あわよくば、はあったかも知れぬが、アレではそこまで進む前に私以外でも、誰かが止めただろう」
「そうですね……あの方に妃教育は、無理でしょうから」
皆頷く。後ろからも頷いている気配がする。
「単純に我が国を『掻き回しに来た』というのが、正確な所だろう」
確かに掻き回されたが……うーむ。
「バロウズ公爵閣下に野心があれば、真っ先に疑われた所ですが……」
「それだけはない。今回も本当に無理を言って引き摺って来たのだ。この国で一番、マクシミリアンの再教育が成功するように祈っているのは、あやつだろう」
きっぱりとした殿下の口調に、また皆頷く。
コレだけ、野心がないと認定されている王弟も珍しかろう。
再び、ここでそんな事して誰に得がある? が脳裏を過ぎるが、国がコケて得をするのは、仮想敵国と決まっている。
「では、先ほどおっしゃっていた、『聖女』の出身国が、関係しているのでしょうか?」
「我々……私と宰相、あと陛下はそう考えている」
つまり、我が国の 上層部(TOP) の判断=ほぼ確定、と言う事だ。
「神殿を疑うのを渋る連中もおるので、言動を疑った時から、アレの背景は密かに調べさせた」
神殿にあった資料を探ると、彼女の出身とされているのは、王都から遥かに離れた山里だった。
この国では、どんな村にも1軒はあるとされる雑貨を扱う店もなく、年に数回訪れるという行商人に尋ねると、ここ数十年、年老いた者しかおらず、子供の姿どころか、若い人間の姿すら見た事がないという話だった。
「そう遠くない先に廃村になる……そうなれば、もう誰も調べようがない。そんな場所が選ばれたようだ」
真っ黒だな。
「大方関わった神殿の関係者に、その地方の出身者でもいたんだろう」
と言う事は……
「神殿が彼女を、我々に聖女だと 謀(たばか) ったと?」
「神殿全体ではないだろうが、一部は確実だな」
シルヴェーヌ様が口が開いた。
「聖力についてはどうでしょう? 彼女は確かに、小さな傷なら治す事ができました」
3年前、神殿で行われた聖女の認定式には、王族、高位貴族も列席した。
王太子の婚約者として、シルヴェーヌ様もその場にいたのだろう。
デュフィ侯爵として、お父様も出席したが帰って来て
『治す必要のないほど小さい傷だったな』
と呆れたように話していた。
それでも『聖力』であることには間違いがなかった。
だから神殿だけでなく、参列者にも認められたのだ。
「アレが『聖女』と呼ぶ 存(・) 在(・) である事は間違いなかろうよ」
どこか投げやりにそう言うと、皇太后殿下は口の端を上げた。
「国として、 公(おおやけ) には出来ない資料の中に、『聖女』には治癒だけでなく、他人に好意を持たせる力があったと記載されているものがある。アレは、こちらの能力の方が強かったのかもしれぬな」
思わず顔が強張った。おそらくシルヴェーヌ様もそうだろう。