軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第94話:豚の将軍

ゲートを潜り抜けた先、カイトたちの眼前に広がっていたのは、それまでの九層とは完全に一線を画す異様な光景だった。

まばらな木造の集落ではなく、そこにあったのは、巨大な丸太と強固な岩石で組み上げられた、まるで中世の砦のような防壁に囲まれたエリアだった。平らな草原の真ん中にそびえ立つその砦は、侵入者を拒むかのように重々しい威圧感を放っている。

その砦の中心部、広場となっていたそこに彼らはいた。

「ブモォォォォォッ!!」

大地を激しく震わせる、極低音の咆哮。

正面に立ち塞がっていたのは、計五匹の重武装を施したオークの集団だった。

前衛を固めるのは四匹の『オークナイト』。身長二・五メートルに達する巨体を、鈍い金属光沢を放つ全身鎧で包み込み、手にはさび付いた鋼鉄の長剣を握り締めている。これまでの棍棒持ちのオークとは違い、構えの姿勢一つとっても、確かな「武技の習得」していることが一目で分かった。

そして――その四匹のオークナイトに守られるようにして中央に君臨するのが、十層の主たる中ボス、『オークジェネラル』である。

その体長は、優に四メートル。家屋と見紛うほどの圧倒的な質量を誇る巨体は、ナイトのものよりもさらに分厚い全身鎧に覆われている。彼が片手で無造作に肩に担いでいるのは、カイトの身長よりも大きい鋼鉄の大剣だった。

オークジェネラルがその場に存在するだけで、パッシブ能力により、オーク種の連携力が上昇している。

「なるほど、十層のボスにふさわしい陣容だな」

カイトは冷静に敵の戦力を分析する。

調教師という後衛職ではあるものの、レベル60のステータスがあれば致命傷を負うようなことはまずない。だが、目の前の敵の攻撃力はこれまでの雑魚とは格が違う。

オークジェネラルの一撃は、まともに食らえば現在の黒白竜へと進化したティロフィであっても手傷を負ってしまうほどの破壊力を秘めている。また、統率されたオークナイトたちの剣戟も、イストにとっては軽く傷がつく程度には鋭いものだ。

「ここ二日間の訓練の成果を試すには、これ以上ない相手だ。――よし、ティロフィ!」

カイトの呼びかけに、黒形態のティロフィが、喉を鳴らして一歩前に出た。

「君はあの大物、オークジェネラルの相手を頼む。大振りの一撃にだけは絶対に当たらないよう、ヒットアンドアウェイで翻弄するんだ」

「グルァァッ!」

ティロフィは黄金の瞳を爛々と輝かせ、主人の命令に力強く応じた。

「イスト、君は連携力が上がっているオークナイト四匹の相手だ。数の暴力と、統率された人型の剣技をどう捌くか、昨日までの技術の集大成を見せてくれ」

「承知いたしました、主。我が刃に懸けて、完璧に処理してみせましょう」

イストが静かに盾を構え、片手直剣を引き抜いた。

これまでの戦闘よりも、場に確かな緊張感が漂う。しかし、二体の闘志は最高潮に達していた。

「――作戦開始だ! いけ!」

カイトの鋭い号令とともに、一斉に地を蹴った。

「ブモォッ!!」

オークジェネラルが地響きを立てて突進を開始し、その巨体から繰り出される大ぶりの斬撃が、空気を引き裂く凶悪な音を立ててティロフィへと振り下ろされる。

凄まじい攻撃。だが、ティロフィは恐れることなく、翼を大きく羽ばたかせて空へ飛ぶ。魔力を纏った翼が彼女の巨体を軽々と宙へと押し上げ、オークジェネラルの大剣が虚しく地面を叩く。大地が爆ぜ、大きなクレーターがそこに現れた。

「グルァ!!」

滞空したティロフィは、すぐさま反撃に移る。空間を壊す衝撃波【破壊の風】が、オークジェネラルの全身を目がけて容赦なく叩きつけられた。

ガガガガンッ! と激しい衝撃音が響き、さしものジェネラルもその場に縫い留められる。さらにティロフィは上空からの急降下を交え、魔力を爪に収束させた【魔纏・爪】による強烈な爪撃を、ジェネラルの全身鎧へと叩き込んで火花を散らせた。

一方、地上ではイストと四匹のオークナイトによる、剣戟が幕を開けていた。

「シッ!」

オークナイト二匹が左右から同時に息の合ったタイミングで斬りかかってくる。オークジェネラルの統率によって引き上げられたその連携は、一分の隙もない。

しかし、イストは至って冷静だった。

目にも止まらぬ速さで移動する固有の歩法【瞬動】を発動。イストの姿がブレたかと思った瞬間には、彼女はすでに右側のオークナイトの死角へと回り込んでいた。

空振りに終わったナイトが驚愕する間もなく、イストは剣に魔力を込め、流れるような動作で白銀の剣を横に払う。

ギチィィン! と鎧の噛み合う音が響き、イストの鋭い斬撃がナイトの関節の隙間を的確に切り裂く。

すぐさま残りの二匹が後方からイストの背中を狙って突きを放つが、イストは背後に目がついているかのような滑らかな動きで盾を掲げ、 完璧な角度でその突きをパリングした。

「この程度の連携であれば、問題ないですね」

【主への誓い】によって全ステータスが上昇しているイストの強度は、ナイトたちの想像を遥かに超えていた。

イストはシールドバッシュで一匹を突き飛ばして体勢を崩させると、もう一匹のナイトに対して、魔力を込めた鋭い連続斬撃【連閃】を叩き込む。光の軌跡を描く高速の数撃がナイトのフルプレートアーマーをズタズタに引き裂き、まず一匹を確実な光の粒子へと変えて消滅させた。

危なげなところは、何一つとしてなかった。

一匹倒されたことにより、オークナイトたちの統率にわずかな乱れが生じる。イストはその隙を見逃さない。再び【瞬動】で間合いを詰め、流れるような剣捌きで二匹目の首筋を正確に刈り取った。

後方で戦況を見守るカイトは、その完璧な戦いに深く満足していた。

オークジェネラルの猛攻を【飛翔】による立体的な機動力で完全にいなし、翻弄しながらも隙をみて適度に攻撃も入れるティロフィ。そして、敵の連携を個の技術と圧倒的なスピードで各個撃破していくイスト。ここ二日間の地道な訓練が、彼女たちの戦闘力を確実に引き上げていた。

「ブモォォォォッ!?」

残されたオークナイトたちが焦燥の声を上げる中、イストの白銀の剣が再び輝きを増す。

イストは深く踏み込むと、彼女の得意技を発動させた。

「これで、終わりです――【一閃】」

刹那、二体のオークナイトの体が上下に分かれる。

鎧ごと分割されたナイトたちは、悲鳴を上げることすら許されず、一瞬にして光の粒子となって霧散していった。

イストが最後の敵を討ち果たし、静かに剣を腰に戻す。その光景を、上空から見届けたティロフィは、黄金の瞳に凶暴な勝利の光を宿した。

ティロフィはオークジェネラルの頭上へと滞空すると、その巨大な喉元を赤黒く染め上げた。

彼女が放つのは、かつて灰塵竜の時代に獲得した、触れたものすべてを焼き尽くす遠距離範囲ブレス。

「グルァァァァァッ!!」

轟、と大気を焦がす爆音とともに、超高熱の灰を孕んだ破壊の濁流が、オークジェネラルめがけて垂直に放たれた。

逃げ場のない直撃。オークジェネラルは自慢の大剣を掲げて防御の姿勢を取ろうとしたが、ティロフィの放つブレスの圧倒的な熱量と質量数の前には、その大剣も、身に纏った分厚い全身鎧も、何の意味もなさなかった。

鎧が融解し、肉体が焼き尽くされていく。

数秒の間、十層の砦を赤黒い光が満たした後、ブレスが止むと同時に、そこには灰一つ残されていなかった。四メートルの巨体を誇ったオークジェネラルは、跡形もなく消滅し、輝く魔石へと姿を変えていた。

――戦闘終了。

十層の中ボス達を相手に、カイトたちは完全無欠の、文字通りの圧倒的勝利を収めたのだった。

「ふぅ……。二人とも、本当に完璧だったよ。これ以上ないくらい素晴らしい戦いだった」

二体に歩み寄りながら惜しみない賛辞を送ると、ティロフィは嬉しそうに地上へ降り立ち、大きな頭をカイトの胸元へ擦り付けてきた。カイトはその頑強な鱗を優しく撫でる。イストもまた、膝を突き、一礼した。

「すべては主の的確なご指導のお陰です」

「はは、謙遜しなくていいよ。君たちの実力だ」

カイトは微笑みながら、地面にドロップしていたオークジェネラルの巨大な魔石と、彼が遺した大きな鋼鉄の大剣を拾い上げた。なかなかの希少価値がありそうな戦利品だ。【宝物庫】を展開し、それらを丁寧に仕舞い込んだ。

「よし、これで十層のボスは撃破だ。このまま目の前にあるゲートを潜って、十一層へ行こう。次の層の地面を踏んでショートカットの登録さえ済ませてしまえば、明日からはいつでも十一層からスタートできるからね」

カイトの言葉に従い、一行は砦の最奥にある巨大な光のゲートへと進み、それを潜り抜けた。

視界が引き締まるような感覚とともに、第十一層の草原へと足を踏み入れる。これで、このダンジョンに、結城カイトが「十層を踏破し、十一層への到達を完了した」という情報が正式に刻まれた。明日からは長々と一層から歩く必要はない。

「よし、登録完了だ。今日はまだ演習時間が残っているけど、中ボス戦を終えて集中力も使ったし、少し早めだけどこれで帰還しよう。明日からは、十一層以降のさらに進化した人型モンスターたちとの本格的な訓練が始まるからね」

「グルルゥ」

「御意に。明日からの訓練も、全力を尽くします」

カイトの合図とともに、イストとティロフィは【眷属の庭園】へと帰還し、光の粒子となってカイトへと溶け込んでいった。

夕暮れにはまだ時間のある新宿の街へと繋がる帰還ゲートへと向かいながら、カイトは自身のパーティの確かな仕上がりに、確固たる手応えを感じていた。

『現在のジョブ:調教師(Lv.60)』

『使役モンスター:イスト(Lv.22・銀騎士)、ティロフィ(Lv.22・黒白竜)』