作品タイトル不明
第93話:遠距離攻撃への対処
翌日、午後の演習時間になり、カイトは再び単独ダンジョン『オーク族の狩猟草原』へと足を運んでいた。
昨日の訓練によって、人型モンスター特有の間合いや、前衛としてのオークの挙動、そして重心移動の癖などは、イストもティロフィも確実にその身体へと馴染ませつつある。一撃で倒せる圧倒的な実力差がありながら、あえて手加減をして相手を観察し続けるという高度な訓練は、二体の使役モンスターにとっても非常に新鮮で、技術的な向上心を大いに刺激するものだったようだ。
「よし、今日も始めよう。イスト、ティロフィ」
入場ゲートの周囲を行き交う他の探索者たちのざわめきを、昨日に引き続き適度にいなしながら、二体を召喚した。イストとティロフィが、主人の言葉にそれぞれ応じるように静かに、しかし力強く気配を漲らせる。
「今日は、昨日攻略した六層まではパパっと通り抜けて、七層から本格的な訓練を開始するよ。準備はいいかい?」
イストは長剣の柄に手をかけて深く頷き、ティロフィは翼を軽く羽ばたかせてカイトの顔を覗き込んできた。
一〜三層の平原ボアの突進は完全にスルー。四〜六層のオークたちの集落も、戦闘の基本をなぞる程度に数秒で制圧し、カイトたちは瞬く間に昨日到達できなかった「第七層」へと足を踏み入れた。
――第七層。
草原にまばらに点在する木造の簡易な建物の規模が、少し大きくなっている。それと同時に、一つの集落の周囲にリスポーンしているモンスターの密度も上昇していた。
「ここからは、出現するオークの数が少し増える。一つの集落につき、だいたい七〜九匹の集団だ。……そして、何より注意してほしいのは、新しい個体が混ざることだ」
カイトは視線を鋭くし、前方の集落の陰からこちらを睨みつけている影を指差した。
茶色の剛毛に覆われた二メートルを超える筋肉ムキムキの巨体、醜悪なイノシシの顔――そこまでは通常のオークと同じだが、彼らが手にしている武器が違っていた。
それは、粗末ながらも強靭な木で作られた、彼らの巨体に見合う巨大な「弓」だった。
「『オークアーチャー』。見ての通り、弓を使用して後方から矢を撃ってくる遠距離タイプのモンスターだ。通常のオークに比べて知能が少しだけ高く、前衛のオークを壁にしながら、後方から正確にこちらを狙ってくる。集落の集団の中に、だいたい二〜三匹は混じる形になるはずだ」
カイトはイストとティロフィに、今日の訓練の最重要事項を伝える。
「今日の課題は『飛び道具への対処』だ。……正直に言って、今の君たちの能力値を考えれば、オークアーチャーの放つ矢が直撃したところで、掠り傷一つつかないだろう。大したダメージは受けない。……が、それはそれとして、今回は『矢をまともに受けないこと』を厳命する。どんなに小さな攻撃であっても、身体に当てることなく完璧に捌く練習だ。いいかい?」
実戦において、「効かないから受ける」という悪癖をつけてしまうのは危険だ。いつか防御力を無視する攻撃やほんの少しでも傷がつけば即死するレベルの猛毒が仕込まれていた場合、その一瞬の慢心が致命傷になる。ゲーム時代の知識があるからこそ、カイトはそのあたりの隙を絶対に許さない。
カイトの厳しい言葉に、イストは凛とした佇まいで了解の意を示し、ティロフィもまた黄金の瞳を引き締め、低く唸った。
「よし、戦闘開始だ!」
カイトの号令と共に、前方からブモォォォッ! と複数のオークの咆哮が響き渡った。
集落から飛び出してきたのは、棍棒を手にした六匹のオーク。彼らは雄叫びを上げながら、突進の構えを見せる。そして、その後方――木造建築の屋根の上や柵の影から、三匹のオークアーチャーが、ギチギチと音を立てて巨大な弓を引き絞っていた。
ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ!
鋭い風切り音と共に、太い丸太のような矢が同時に放たれた。狙いは当然、前衛へと躍り出たイストとティロフィだ。
「イスト、右だ!」
「把握しております」
イストの動きは完全に無駄がなかった。
正面から飛来する一本の矢に対し、半身を引いて最小限の挙動で軌道をかわすと、時間差で飛んできた二本目の矢を、手に持った白銀の剣の腹で小気味よい音を立てて叩き落とした。さらに、前衛のオークの棍棒を大盾で受け流しながら、その盾の表面で三本目の矢を正確に弾く。
剣と盾を駆使したその完璧な対物防御能力は、まさに熟練の騎士そのものだった。イストの防御に関しては、カイトも何一つ心配する必要はなかった。
問題は――ティロフィだった。
ティロフィの元にも、オークアーチャーが放った鋭い矢が容赦なく降り注ぐ。
ティロフィは持ち前のスピードを活かして、草原をジグザグに飛びながら矢を回避しようとした。しかし、彼女の身体は、黒白竜へと進化したことにより立派に、巨大に成長している。黒の美しい鱗に覆われたその巨体は、狭い範囲での「完全な弾幕回避」を行うには、どうしても少し面積が大きすぎた。
「グルルッ!?」
一本の矢が、ティロフィの大きな翼の先端を掠めるように通り過ぎていく。ダメージ自体は皆無だが、カイトの『矢をまともに受けない』という命令を忠実に守ろうとするあまり、ティロフィの動きがわずかに硬くなっていくのが分かった。
巨体を必死に捻り、時に翼を畳んで地面を転がるようにして矢を避けるティロフィだったが、その表情には明らかな苦戦の色と、思うように動けないことへの「悩み」が滲み出ていた。
(なるほどな。ティロフィは飛んだ時の動きは早いが、それは直線的な突進や空中からの急降下での話だ。これだけ身体が大きいと、バラバラに飛んでくる小さな飛び道具をすべて肉体的な『回避』だけで躱し切るのは、構造的に無理がある……)
前衛のオークをいなしつつ、カイトはティロフィの様子をじっと観察していた。ティロフィは戦闘の合間に、どうすれば綺麗に避けられるのか、少し困ったようにカイトの方へ視線を送ってくる。
「ティロフィ、ちょっとこっちへおいで! アドバイスだ!」
カイトは戦闘の合間を縫って、ティロフィを自身の近くへと呼び寄せた。迫り来るオークの棍棒を自身の剣で弾き飛ばし、後方に下がらせながら、カイトは相棒の大きな頭を優しく撫でる。
「ティロフィ、真面目に避けることだけが回避じゃないよ。君のその大きな身体を無理に動かして躱そうとするから大変なんだ。……だったらさ、自分の周りに『矢が近づけない領域』を作っちゃえばいい」
ティロフィが不思議そうに首を傾げる。カイトは不敵に笑ってみせた。
「君には強力な風のスキルがあるだろう? 飛んでくる矢に対して、まともに肉体で避けようとするんじゃなくて、【灰風】や【破壊の風】を局所的に発動させて、強い気流を起こしてごらん。迫ってくる矢の軌道を、その強風で力任せに『弾き飛ばしてしまう』んだ。避けるだけでなく、迎撃するのも立派な対処法だよ」
カイトの言葉に、ティロフィの黄金の瞳がハッとしたように見開かれた。
カイトの柔軟な発想は、ティロフィにとって全く新しい視点だった。
「グルゥァァッ!」
理解したティロフィの行動は早かった。
再び後方のオークアーチャーたちが、同時に三本の矢をティロフィめがけて一斉に放つ。完全に彼女の巨体を捉えたかのように見えた、鋭い必殺の精密射撃。
しかし、ティロフィはもう、身体を縮めて避けるような真似はしなかった。
彼女は堂々とその巨体を誇示するように立ち塞がると、黒と白の翼を力強く一閃した。
「――グルァ!!」
ティロフィの咆哮と共に、彼女の周囲の空間に、猛烈な密度の魔力を孕んだ【灰風】の暴風が巻き起こった。
局所的に発生したその風は、カイトたちの前方に強固な「壁」を作り出す。そこへ突っ込んできたオークアーチャーの太い矢は、ティロフィの鱗に触れる遥か手前、風の領域に捕らえられた瞬間に、木の葉のように激しく回転しながら弾き散らされていった。一本残らず、完璧な迎撃だった。
「お見事! それだよ、ティロフィ!」
カイトが声を大にして絶賛すると、ティロフィは最高に嬉しそうに胸を張り、ダンジョン全体に響き渡るような、高らかな喜びの咆哮を上げた。
遠距離攻撃という、自身の巨体における最大の弱点の一つを、自身の得意とする風の技で完全に克服したのだ。
後方のオークアーチャーたちは、自分たちの放った自慢の矢が、風で紙切れのように吹き飛ばされたことに驚愕し、完全に呆然としている。
「よし、二人とも。ここまでの訓練の成果をぶつけて、あの集落のオークたちを全滅させよう。イストは前衛の処理、ティロフィは風で射線を塞ぎながら後衛に突撃だ!」
指示が出た瞬間、戦場は完全な一方通行の蹂躙へと変わった。
イストの長剣が正確無比にオークたちの急所を捉え、ティロフィは【破壊の風】を後衛に向けて使用。放たれる矢をすべて風圧で消し飛ばしながら、後方にいたオークアーチャーごと吹き飛ばし、倒れた者たちをその鋭い爪で一瞬にして肉片へと変え、粒子にしていった。
その後も、カイトたちは七層、八層、そして九層へと順調に歩みを進めていった。
だが、今のカイトたちに死角はなかった。
イストが矢を盾で完璧にプロテクトし、ティロフィが広範囲に風の結界を展開して射線を強引にねじ曲げる。カイト自身も、風の隙間を縫って飛んできた数本の矢を、最低限のステップと剣の腹で叩き落とすという、弓矢に対しての対応はどれも完璧と言えるほどだった。
飛び道具を完全に封じ込められたオークたちは、ただの動きの鈍い的でしかなかった。
九層の探索を終える頃には、遠距離攻撃を交えた戦闘における「立ち回り」を、完全にその身に叩き込んでいた。
「ふぅ……。お疲れ様、二人とも」
夕方の演習時間の終了を告げるアラームが懐に入れたスマホから鳴り響く。
ただのレベリングだけでは、絶対に得られなかった「戦術の引き出し」。ティロフィの応用力も跳ね上がり、パーティとしての動きは昨日とは比べ強固なものへと仕上がってきている。
「グルルゥ」
ティロフィは自慢げにカイトの服の袖を軽く噛み、褒めてくれと言わんばかりに目を細める。カイトはその顎の下をたっぷりと撫でてやった。イストもまた、自身の剣の技術が人型を相手にさらに研ぎ澄まされたことに、静かな満足を覚えているようだった。
「よし、じゃあ今日はここまでにして帰ろう。明日はいよいよ第十層――最初の節目だ。気合を入れていこう」
二体を【眷属の庭園】へと帰還させ、カイトは九層のゲートを潜って現実世界への帰路についた。
明日は十層、このダンジョンにおける中ボスとの戦闘が控えていた。
『現在のジョブ:調教師(Lv.60)』
『使役モンスター:イスト(Lv.22・銀騎士)、ティロフィ(Lv.22・黒白竜)』