軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第92話:オークで訓練

翌日、放課後の演習時間。

カイトは新たな単独ダンジョン『オーク族の狩猟草原』の第一層へと足を踏み入れていた。

このダンジョンは新宿駅の近くに存在し、そのアクセスの良さと、難易度が階層ごとに段階的に上がっていく特性から、初心者から一線で活躍するプロの探索者まで、幅広い層に人気を誇っている。入場ゲートの周りには、今日も多くのパーティが行き交い、賑わいを見せていた。

「よし……まずは二人の顔出しからだな」

カイトは周囲に配慮しつつ、自身の固有スキルを発動させて【眷属の庭園】から相棒たちを呼び出す。

光の粒子が収束し、白銀の全身鎧を纏った『銀騎士イスト』と、黒と白の美しい鱗を持つ『黒白竜ティロフィ』がカイトの両脇に姿を現した。どちらもレベル22へと至り、放たれるオーラの密度は以前の比ではない。

その瞬間、周囲にいた他の探索者たちから、小さく、だが確実なざわめきが沸き起こった。

「おい、見ろよ……あのモンスター……」

「騎士に、竜? まさか、あれってこないだテレビのニュースでやってた……」

「例の特異な新しい職の学生か……!? おい、本物だぞ」

すれ違う冒険者たちが、驚愕の表情でカイトたちを凝視する。テレビ報道の影響は大きく、カイトの容姿と、イスト・ティロフィの組み合わせは一部で非常に有名になっていた。

だが、カイトはフッと苦笑いを浮かべ、肩をすくめる。

「少し目立っちゃったな。イスト、ティロフィ、初心者の狩場を荒らさないように、早めに下の階層へ移動しちゃおう」

カイトの指示に、イストは小さく頷き、ティロフィは愛らしく尾を振った。周囲の視線を気に留めることなく、カイトたちは足早に草原の奥へと進んでいった。

この『オーク族の狩猟草原』は、全二十層からなる広大なフィールド型ダンジョンだ。十層ごとにゲートによるショートカットが解禁される仕様だが、今のカイトは初入場のため、地道に進む必要がある。

一層から三層までは、見渡す限りの平らな草原が広がっており、遮蔽物になるようなオークの建物はまだ存在しない。次の階層へ進むためのゲートが、大自然の真ん中にそのままぽつんと点在している特殊な構造だった。

歩き始めて間もなく、前方からブモォォォッ! と地響きのような荒い鼻息が聞こえてきた。

草むらを掻き分けて姿を現したのは、このダンジョンの低層を支配するモンスター――『平原ボア』だ。

緑色の体毛に覆われたその巨体は、優に二メートルを超えている。太く鋭い二本の牙を突き出し、カイトたちを明確な敵と認識して地面を蹴った。それも一匹ではない、三匹の群れだ。

「よし、今更苦戦する相手でもないし、まずは小手調べだ。イスト、ティロフィ、一匹ずつ相手をして、ここの空気感に身体を慣らしてくれ。残りの一匹は俺が引き受ける」

カイトが指示を出すと同時に、イストが滑るような足運びで前方へ飛び出した。

突進してくる巨体に対し、イストは一切の無駄なく盾を構える。ドンッ! という鈍い衝撃音と共に、二メートル超の平原ボアの突進が完全に受け止められた。力比べをするまでもなく、レベル22の銀騎士の筋力が勝る。イストは盾を受け流すと同時に、流れるような動作で白銀の長剣を一閃した。深々と肉を切り裂かれたボアは、そのまま横転して地面に倒れ込む。

平原ボアは一度倒れると、その自重と体型ゆえに、自力では起き上がれないという致命的な弱点を持っていた。

バタバタと短い四肢を動かして藻掻くボアの首筋へ、イストは冷徹にトドメの突きを突き刺した。

一方のティロフィも、見事な立ち回りを見せていた。

正面から突っ込んでくるボアに対し、ティロフィは飛び上がり軽々と身をかわす。すれ違いざま、強靭な尾を鞭のようにしならせてボアの側腹部へと叩きつけた。ベキッという不穏な骨折音が響き、勢い余って前のめりに転倒したボアは、そのまま自力で起き上がれなくなる。ティロフィは楽しげに喉を鳴らしながら、その頭部へと容赦のない鋭い爪の一撃を叩き込み、粒子へと変えた。

「はは、二人とも完璧だね。おっと、俺の分も来てるか」

残った一匹が、仲間の仇と言わんばかりにカイトへと直線的な突進を仕掛けてくる。

カイトは慌てることなく【ホーリー・バレットⅡ】をいくつか叩き込み、何もさせないままボアを倒す。

「うん、一〜三層のボアに関しては問題ないな。たまに、転んだ個体を他のボアが助け起こす様子が見られるらしいよ……それは気になるけど、まぁ先に進もうか」

数匹の群れをあっさりと殲滅し、カイトたちはそのまま一気に四層へと繋がるゲートを潜った。

――そして、四層。

ここからが、カイトが今日このダンジョンを選んだ本当の目的、すなわち『人型モンスターとの実戦訓練』の本番だった。

四層に足を踏み入れると、これまで完全な平原だった景色に、まばらに木造の簡易な建物――オークの集落と呼べる規模の構造物が視界に入り始める。その集落の一番大きな家の中に、次の階層へ進むためのゲートが設置されている仕組みだ。

「よし、二人とも聞いてくれ」

カイトは歩みを止め、イストとティロフィに向き直った。

「ここからは『オーク』と呼ばれる、二足歩行の人型モンスターが出てくる。茶色の毛並みで、身長二メートルを超える筋肉ムキムキのイノシシ人間だ。彼らは力任せに棍棒を振るってくる。知能は低いけど、群れで最低限の連携を取ってくるのが特徴だ」

カイトは真剣な表情で、二体に本日の訓練の「縛り内容」を提示する。

「今の君たちの攻撃力なら、オークなんて一撃で即死させられる。……でも、最初のうちは、敢えて一撃で殺さないでくれ。手加減をして、わざと戦闘を長引かせてほしいんだ。相手の出方を見極め、攻撃を捌き、二足歩行の武器持ちがどう動くのか――人型のモンスターとの距離感や、集団での連携の崩し方に『身体を慣らす練習』をしよう。いいかい?」

カイトの提案に、イストは深く、力強く頷いた。自身の技量をさらに高めるための提案だと理解したのだろう。ティロフィもまた、主人の意図を察して、真剣な瞳で小さくコクリと首を縦に振った。

「よし、了解だ。さっそく来たぞ」

集落の入り口と思わしき柵の向こうから、ブモァァという低い咆哮と共に、三匹のオークが姿を現した。

茶色の剛毛に覆われた醜悪なイノシシの顔、引き締まった丸太のような太い腕には、今まさにカイトたちの頭を叩き割らんとする凶悪な木製の棍棒が握られている。

オークたちはカイトたちを視認すると、低い知能なりに左右に広がり、こちらを包囲するように突撃してきた。

「訓練開始だ。一撃は厳禁、いなして、捌いて、観察しろ!」

カイトの号令と共に、イストが前に出る。

中央のオークが、雄叫びを上げながら上段から棍棒を叩きつけてきた。まともに喰らえば骨を粉砕されかねない質量攻撃。しかし、イストはそれを大盾で完全に弾き返すのではなく、盾の表面を斜めに傾け、受け流すように棍棒を滑らせた。

ガガッ、と嫌な音を立ててオークの棍棒が虚空を叩き、大きく体勢を崩す。普段のイストなら、ここで生じた決定的な隙に長剣を突き立てて終わらせる。しかし、今日の目的は訓練だ。イストはあえて追撃をせず、体勢を立て直したオークの次の攻撃を待った。

オークは自身の攻撃が外れたことに苛立ち、今度は横薙ぎの一撃を放つ。イストはそれを今度は剣の腹でピタリと止め、刃を滑らせてオークの腕の筋肉を「薄く」削いだ。致命傷にならない程度の反撃。痛みに激昂したオークが、さらに大振りの攻撃を仕掛ける――その一連の泥臭い戦闘、イストはしっかりと観察し、最小限の動きで捌き続けていく。

一方、ティロフィの側にも二匹のオークが同時に肉薄していた。

左右からの同時挟撃。オークたちは知能が低いながらも、数による優位を活かして、同時に棍棒を振り下ろすという最低限の連携を見せる。

だが、ティロフィは翼を羽ばたかせ、圧倒的な速度でその包囲の隙間をすり抜けた。オークたちの棍棒同士が空しく空振りする。背後に回り込んだティロフィは、オークへ向けて、手加減を施した前足の打撃を叩き込んだ。

ドサリ、と片膝を突くオーク。ティロフィは、倒れかけたオークがどのようにバランスを取り戻そうとするのか、その立ち上がりの挙動をじっと見つめ、再び相手が棍棒を構えるのを待った。

「そう、その調子だ! 相手の重心の移動、武器のリーチ、攻撃の予備動作を徹底的に身体に染み込ませるんだ!」

後方からカイトが的確に指示を飛ばす。カイト自身も、時折近づいてくるオークの棍棒を剣でいなし、あるいは紙一重でかわしながら、人型特有の「間合い」を徹底的に復習していた。

竜の巣の深層にいた炎竜たちの攻撃は、どれも破滅的な威力だったが、動作は直線的で、かつ「巨体の暴力」という一点に尽きていた。

しかし、目の前のオークたちは、どれほど知能が低くとも、武器を持ち、二本の足で立ち、仲間とタイミングを合わせて襲いかかってくる。この「自分と似た形をした存在」との戦闘データこそが、今のカイトたちに決定的に不足していたものだった。

十分ほどの間、その三匹のオークを徹底的に「生かし殺さず」の状態で弄び、人型のあらゆる攻撃パターンを観察し尽くした後、カイトは静かに右手を挙げた。

「よし、そこまでだ。トドメを刺していいよ」

その言葉が終わるや否や、イストの長剣が閃光となってオークの首を刎ね、ティロフィの鋭い爪がもう二匹の胸元を正確に貫いた。先ほどまでの手加減が嘘のように、一瞬で三匹のオークが光の粒子となって霧散する。

「素晴らしいね。二人とも、感覚は掴めそうかい?」

イストは剣を払いながら頷き、ティロフィは楽しそうに尻尾を大きく振った。効率的に一撃で倒すよりも、相手の動きを制御し続けるこの訓練は、彼女たちにとっても非常に新鮮で、技術的な刺激に満ちていたようだ。

「よし、この調子で六層まで、何度も何度も戦闘を重ねよう。今日はレベリングじゃなくて、徹底的な『技術の向上』を目指す!」

その後、カイトたちは四層、五層、そして六層へとゆっくり時間をかけて進んでいった。

階層が進むごとに、オークの集落の規模は少しずつ拡大し、配置されているオークの数も増えていく。時にはカイトが無抵抗の状態でオークの群れと対峙し、イストとティロフィが相手を殺さない様に全力でカイトを守る、といった訓練も行った。

実戦の中で、カイト自身の戦闘勘も急速に向上されていく。自身の動き、そして使役モンスターとの連携という「実戦経験」として、完全に血肉に変わっていく確かな手応えがあった。

結局、その日は六層のゲート前まで到達したところで演習時間が終了となった。

何度も何度もオークとの手加減戦闘を重ねたため、肉体的な疲労よりも、集中力を使い果たした精神的な疲労が心地よく身体に残っている。

「ふぅ……。効率は竜の巣に比べたらガタ落ちだけど、めちゃくちゃ有意義な訓練ができたな。イスト、ティロフィ、今日は付き合ってくれてありがとう。本当に助かったよ」

カイトが労いの言葉をかけると、二体は満足げな表情を浮かべ、カイトの合図と共に【眷属の庭園】へと帰還していった。

夕焼けに染まる『オークの狩猟草原』を後にし、帰路につくカイト。

レベル60という圧倒的なステータスを持ちながらも、奢ることなく自らの弱点を潰し、技術を磨き上げる。その地道な積み重ねこそが、やがて来る深層攻略において、彼らの命を救う最大の武器になることを、カイトは確信していた。

『現在のジョブ:調教師(Lv.60)』

『使役モンスター:イスト(Lv.22・銀騎士)、ティロフィ(Lv.22・黒白竜)』