作品タイトル不明
第85話:銀騎士の力と乱数への祈り
大阪での一日旅行から一夜明けた日曜の朝。カイトは心地よい疲労感を少しだけ引きずりながら、最近の日課となった『竜の巣』二十一層に立っていた。
足元から伝わる岩の熱気、鼻を突く潮の香り。昨日、道頓堀で嗅いだソースの香ばしさとは正反対の、この殺伐とした、だけど地上よりも過ごしやすい気候が今のカイトにはしっくりときた。
「……さて、始めようか」
精神を集中させ、二体の仲間を召喚する。
空間が揺らぎ、現れたのは巨大な灰色の巨躯を持つティロフィ、そして――昨日、新幹線の車内で進化を遂げた銀騎士、イストだった。
「グルゥァ!」
ティロフィは、自身の隣に立つイストの姿を見るなり、驚きと喜びに満ちた声を上げた。以前の白騎士時代よりも美しく、そして何よりその全身から放たれる魔力の密度が、仲間であるティロフィの肌すらピリつかせたのだ。
「主、そしてティロフィ。いただいたこの力をもって、お役に立てるよう更に精進してまいります」
イストは膝をつき、白銀の兜の奥にある炎の塊が、意思を伝えるかのように揺らめき、鏡面のように磨き上げられた装飾の金が、洞窟内に漏れ出る溶岩の光を反射して美しく煌めく。
「ああ、頼りにしてるよ。じゃあティロフィ、いつも通り索敵をお願いできるかな?」
「グル!」
ティロフィは力強く頷くと、巨大な翼を広げて空へと舞い上がった。目指すは、この階層のモンスターの一角であり、ティロフィの進化に不可欠な最後のピース――『炎竜』だ。
ダンジョン内の時間は、地上の日本と何ら変わることなく流れていく。
他のダンジョンでは固定された太陽の時もあるが、ここのダンジョンの二十一層からは地上と同じように日が昇り、落ちてゆく。
朝日に照らされながら、悠々と空を舞うティロフィのシルエットを眺めつつ、カイトとイストは岩陰でしばしの雑談に興じていた。
「それにしても、イストは本当にかっこよくなったよね。正直、ちょっと羨ましいくらいだ」
カイトが冗談めかして言うと、イストは生真面目に首を振った。
「恐縮です。私としては、主のように知略に長け、何でも器用にこなされる御方を尊敬しております。騎士にとって見た目などは二の次、三の次ではあるのですが……」
「わかってないな、イスト。見た目っていうのはすごく重要なんだよ。例えば、の話をしていいか?」
「はっ、なんなりと」
「もしイストが、か弱い女の子だったとする。そこに暴漢が襲いかかってくるような絶体絶命のピンチに陥った時、君を救ってくれたのが絵に描いたような正義のヒーローだったら、どう思う?」
「……それは、心からの感謝を覚えるでしょう。まさに救いの手ですから」
「だよね。じゃあ、助けてくれた男が、その暴漢よりも凶悪な顔つきで、不潔な身なりの大男だったら?」
イストは数秒間、沈黙した。兜の奥で真剣にシミュレーションしているらしい。
「……失礼ながら。助かった安堵よりも先に、別種の恐怖を感じてしまうかもしれません」
「そういうこと。見た目が整っているっていうのは、それだけで相手に与える安心感や説得力が違うんだよ」
「なるほど、左様でございますか。……見た目は信頼の証、ということですね。ありがとうございます主、また一つ、主の思考に近づくことができました」
イストが深く感銘を受けていると、上空から鋭い咆哮が響いた。ティロフィが一番近くの炎竜を捕捉した合図だ。
「よし、お喋りはここまでだ。行こうか」
ティロフィの案内で辿り着いたのは、溶岩が川のように流れる窪地だった。そこには、朱色の鱗を纏い、悠然と地を這う炎竜の姿があった。
「じゃあイスト、新しく手に入れたその力、俺たちに見せてくれ」
「承知いたしました。――ゆるりと、ご覧ください」
イストはカイトに一礼すると、一人で炎竜に向かって歩き出した。
炎竜が不快そうに鼻を鳴らし、侵入者である銀騎士を認識した瞬間、世界から音が消えた。
「――【瞬動】」
誰の視界からも、イストの姿が掻き消えた。
炎竜が「?」と首を傾げ、辺りを見回そうとした時には、すでに勝負は決していた。いつの間にか炎竜の懐、その喉元に潜り込んでいた白銀の影が、静かに剣を抜き放つ。
「――【百連斬】」
瞬きをする暇さえなかった。
白銀の剣が太陽の光を反射させ煌めいたと思えば直後、数え切れないほどの斬撃が、まるで空間を細切れにするかのように炎竜の巨躯を襲った。
「グガッ―――!?」
炎竜は何が起きたのかすら理解できなかっただろう。断末魔を上げる暇もなく、その身は千々に引き裂かれ、魔力の粒子へと変わった。
後に残されたのは、コロンと地面に転がる魔石が一つ。
「……お疲れ様。レベル1でこれか。流石だな、イスト」
カイトが歩み寄ると、イストは抜き放った時とは違い、ゆったりとした動きで剣を鞘に収め、カイトに向かって片膝をついた。
「主、これは……凄まじい力です。この身体に宿る力、主のために十全に使うこと、ここに改めて宣言いたします」
「ああ、期待してるよ。よし、今の実力は確認できた。このまま狩りを続けよう。今日中に、ティロフィも進化させてやりたいからな」
「グルァ!」
それからの数時間は、まさに「蹂躙」と呼ぶに相応しい光景だった。
先の焼き直しかのようにティロフィが上空から獲物を見つけ、イストが【瞬動】で肉薄し、【百連斬】で一瞬にしてカタをつける。
時には海辺に近づきすぎて、こちらを認識した海竜から超高圧の水圧ブレスを浴びせられることもあった。
「危ない!」
カイトの警告に、イストが瞬時に【流剣】でブレスの軌道を逸らし、事なきを得る。
またある時は、索敵中のティロフィが空竜と突発的な戦闘に突入したが、カイトの適切な指示と、駆けつけたイストの猛攻により、返り討ちにした。
トラブルを乗り越えるたびに、三者の連携は更に深まり、討伐数は積み上がっていく。
しかし、肝心の『炎竜の宝玉』だけがなかなか姿を現さない。
朝日が高い空を通り過ぎ、周囲が橙色の夕焼けに染まり始めた頃。カイトの顔にも焦燥の色が見え始めた。
「……こいつで最後だ。これで出なきゃ、今日は引き上げるぞ」
その時だった。イストの放った本日何十回目かの【百連斬】が、一体の炎竜を霧散させた。
カタン、と。
魔石とは違う、重厚な音が岩場に響く。
そこには、今まで手に入れてきた『海』や『空』の宝玉と同じ形状をした、燃えるように赤い珠が転がっていた。
「……『炎竜の宝玉』。ようやく、ようやく来てくれたか……!」
「グルァ♪」
ティロフィが尻尾を振って喜びを表現する。イストもまた、胸をなでおろした。
「これで……揃ったな。海、空、そして炎。ティロフィ、待たせたな。今、進化させてやる」
「グルァ!!」
カイトは【宝物庫】から残りの二つの宝玉を取り出し、計三つの竜の宝玉をティロフィの前に掲げた。それらをティロフィの額にかざし、魔力を流し込む。
『進化条件:三種類の竜の宝玉(炎・海・空)を使用する、を達成しました。個体進化を開始します』
瞬間、ティロフィの巨躯が内側から溢れ出す金色の光に包まれた。
夕闇が迫りつつあった二十一層の荒野が、まるで昼間のように明るく照らし出される―――。
『現在のジョブ:調教師(Lv.41)』
『使役モンスター:イスト(Lv.3・銀騎士)、ティロフィ(Lv.50・進化待機中)』