作品タイトル不明
第97話:バフと優先順位
『オーク族の狩猟草原』第十七層。
ゲートを潜り抜け、カイトたちが新たな階層に足を踏み入れた。
見た目こそこれまでの草原と変わらない。だが、そこに配置されているモンスターの密度の高さ、そして何より漂う空気の重さは、十四層から十六層までの難易度とは完全に一線を画していた。
「ブモォォォォォッ!!」
カイトたちの姿を認めるや否や、草原の奥から凄まじい咆哮が上がった。
現れたのは、大規模なオークの群れだ。前衛にはフルプレートアーマーで身を固めたオークナイトが複数並び、その隙間を縫うようにオークライダーが槍を構えて突撃の機会を窺う。後方からはオークアーチャーが弓を引き絞り、さらにその隣ではオークマジシャンが不気味な詠唱を始めていた。
これだけでも十分に脅威的な陣容だが、今回の群れには、その中心にさらに異質な一匹が君臨していた。
そのオークは武器を持たず、代わりに自身の身長を超えるほどに巨大な、血のように赤い「戦旗」を両手で力強く握りしめていた。
「――『オークフラッガー』。ついにバッファー職の登場か」
カイトがその名前を口にした瞬間、オークフラッガーが手にした戦旗を地面へと激しく突き立てた。
刹那、戦旗を中心に禍々しい赤い光の波動が広がり、群れにいるすべてのオークたちの身体を包み込んでいく。
「ブモォォッ!!」
「ブモォッ!」
赤いオーラを纏ったオークたちの目が一斉に血走った。存在しているだけで常に周囲の味方の攻撃力、防御力、そして敏捷性を爆発的に上昇させるパッシブ能力。その強化倍率は、およそ「倍」にまで達している。
ナイトの構えは目に見えて鋭くなり、ライダーが跨るボアの足並みは爆発的な速度へと跳ね上がっていた。
「全員、気を引き締めて! こいつらは今までとは格が違う。手加減して戦えば、レベル差があっても手傷を負う可能性がある。――出し惜しみはなしだ、全力で正面からねじ伏せるよ!」
「はっ、全力を以て、すべてを灰燼に帰します!」
「グルァァァッ!!」
カイトの鋭い指示に、二体は最高の闘志で応じた。
バフによって倍化された速度で突撃してくるオークライダーに対し、イストは【主への誓い】を発動して全ステータスを上昇。正面から迫る長槍の突きを、白銀の剣に魔力を込めた【流剣】の技術で強引に弾き飛ばし、そのまま【連閃】の高速斬撃で鎧ごとライダーを切り刻んでいく。
一方のティロフィも、オークマジシャンが放つ超高威力の火球や雷撃を、カイトの【属性エンチャント・ガード】に守られながら正面突破。魔力を爪に宿した【魔纏・爪】を激しく振り下ろし、赤く輝くオークナイトたちをその圧倒的な大質量で強引に叩き潰していった。
激しい金属音と爆発音が草原に響き渡る。
カイトの指示通り、最初から全力で当たったおかげで、結果としては何一つ問題なく群れを殲滅することに成功した。しかし、光の粒子となって消えていくオークたちを見つめながら、イストとティロフィは、その実力の高さを確かに肌で感じ取っていた。
(今までの雑魚なら一撃で消し飛ばせていたのに、確実に手応えが硬くなっていた……。攻撃の速度も、油断すれば一撃を貰いかねないほどだった)
二体の胸中を察したように、カイトが歩み寄りながら声をかける。
「二人とも、お疲れ様。ノーダメージで勝てたのは流石だけど、やっぱり手強かっただろう? オークフラッガーがいる群れを正面から力押しで倒そうとすると、どうしても無駄な魔力や集中力を消費してしまうんだ」
イストは静かに剣を納め、カイトの言葉に耳を傾ける。ティロフィもまた、黄金の瞳をカイトへと向けた。
「こういう複数の能力を持った相手が混ざる群れと戦う時はね、何よりも『優先順位』が大事になるんだ。どれだけ周りの敵が強化されていようが、その大元を真っ先に潰してしまえば、ただの雑魚に戻るからね」
カイトは草原の奥、次の群れが潜んでいるであろう方向を指差した。
「次は作戦を変えよう。最優先撃破対象はあの戦旗持ち――オークフラッガーだ。こいつを魔法の発動やバフが本格化する前に、最速で殺す。いいかい?」
主人の明確な戦術提示に、二体はハッとしたように表情を引き締めた。
そして、すぐに二戦目が訪れる。
前方の起伏を越えた先に、一戦目とほぼ同等の混成部隊、そしてやはり中央に戦旗を掲げたオークフラッガーの姿があった。
「ブモォッ!?」
カイトたちの接近に気づいたオークフラッガーが、慌てて戦旗を掲げようとする。
「――作戦開始! ティロフィ、【挑発の咆哮】!」
「グルァァァァッ!!」
カイトの号令とともに、ティロフィが大きく翼を広げて上空へと【飛翔】。あえて自らの存在を誇示するように、空間を震わせる衝撃波【破壊の風】を群れの前衛へと叩きつけた。
ドガァンッ! と激しい衝撃が走り、オークナイトやライダーたちの視線が一斉に上空の黒白竜へと釘付けになる。マジシャンたちも迎撃のためにティロフィへと杖を向けた。
群れ全体の意識が、完全にティロフィへと割かれたその瞬間。
地上で完全に気配を消していた白銀の影が、爆発的な速度で動き出した。
「【瞬動】――」
イストの身体がブレたかと思った次の瞬間には、彼女は敵の前衛のあらゆる隙間をすり抜け、文字通り目にも止まらぬ速さで中央のオークフラッガーの死角へと肉薄していた。
「グモ――ッ!?」
オークフラッガーが驚愕の声を上げる暇すら与えない。
イストは一切の迷いなく、魔力を限界まで込めた白銀の直剣を、最速の軌跡で振り抜いた。
「【一閃】」
鋭い閃光が走る。
戦旗を突き立てる直前だったオークフラッガーの身体は、その巨大な戦旗もろとも、斜め一文字に両断された。バフを発動する大元を完全に絶たれたことで、戦場に広がりかけていた禍々しい赤い光が、霧散するようにパッと消滅する。
直後、フラッガーは悲鳴を上げることも許されず、一瞬にして光の粒子となって霧散していった。
「ブモォッ!?」
後ろで頼みの綱だったフラッガーがいきなり消滅したことに、前衛のオークナイトやライダーたちが目に見えて狼狽し、その統率に致命的な乱れが生じる。
強化の入らなかったオークたちなど、全力を出したイストとティロフィの足元にも及ばない。
「グルァッ!」
上空から狙いを定めていたティロフィが、機を逃さず急降下。無防備になったオークマジシャンたちを【魔纏・爪】で一網打尽にすり潰す。
地上ではイストが【瞬動】からの【連閃】を流れるように繰り出し、狼狽するオークナイトたちのフルプレートを次々と切り裂いていった。
一戦目の苦労が嘘のように、物の数分で全ての片が付いた。
戦場には、静寂と、綺麗に転がった魔石だけが残されている。
「うん、完璧だ。見事な連携だったよ、二人とも」
後方から歩み寄ってきたカイトは、満足げに深くうなずきながら二体に惜しみない賛辞を送った。
複数の敵と対峙した際、どの敵から排除すべきかという『優先順位』の重要性。それを完全に理解し、実践してみせた二体の成長は、目を見張るものがあった。
「主の的確な優先指示があったからこそです。厄介なバフさえなければ、彼らは恐るるに足りません」
「グルルゥ」
イストは誇らしげに胸を張り、ティロフィもまたカイトの手のひらに大きな頭をすり寄せた。
「よし、この調子でどんどん進もう。戦い方のコツさえ掴めば、この十七層もこれ以上の苦戦はしないはずさ。――今日はこのまま、一気に十七層を突破して十九層まで駆け抜けてみようか」
カイトの言葉に、二体は力強く頷いた。
『パーティー』としての戦術をさらに深めたカイトたちは、夕暮れの迫る広大な草原の最深部、第二十層のボス部屋を目指し、確かな足取りで歩みを進めていくのだった。
『現在のジョブ:調教師(Lv.60)』
『使役モンスター:イスト(Lv.23・銀騎士)、ティロフィ(Lv.23・黒白竜)』