軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

お嬢様に届いた手紙

★ クルヴァーン聖王国 スィリーズ伯爵邸 ★

部屋のドアがノックされたが、その音はふだんよりもほんのわずかに強い音だった。これは幼いころから「執事が鳴らす快適なノック音はかくあるべし」という音を聴き続けたヴィクトル=スィリーズ伯爵でなければ気づかなかっただろう。

「——セバスではありませんか。あなたにしては珍しくあわてているようですが、なにか事件ですか」

入室を許可した伯爵が、いつもと同じ——ようにエヴァには見えるのだが——執事長であるセバスを迎え入れてそう言うと、

「はっ……申し訳ありません。ですが、こればかりは閣下とお嬢様の語らいのお時間に割り込んででもお届けしなければと」

ソファで向き合って座るふたりは、そのまま絵画に収まりそうなほどに美しい父娘だった。

つい数日前までレッドゲート戦役の最前線にいた伯爵も、エヴァも、ともに疲れひとつ見せず、凜としたたたずまいだ。

特にエヴァは日を追うごとに美しく成長している。

彼女のためにドレスを仕立てる際、仕立屋のデザイナーがその可憐な姿に感激してあらゆる仕事をそっちのけでデザインしたという話が、聖王国の貴族社会でも話題になった。

おかげで、最近は婚約打診の手紙が引きも切らない。

「まさかとは思いますが、6大公爵家からの婚約打診などではありませんよね?」

「はっ……その程度ではあわてません」

「執事長。お父様も、仮にも公爵家の方々を冗談に使うなんてお行儀がよろしくありませんよ」

「ふふ。これはエヴァの言うとおりですね……それで、用件は?」

「はっ」

セバスはいつも通りの歩調で近寄ってくるが、じっとりと汗をかいている——かなりの重要な用件らしいと伯爵が目を細めると、

「……レイジ殿からの手紙です」

恭しく、一通の手紙を差し出した。

「!」

「……エヴァ、そのようにはしゃぐのはお行儀がよろしくありませんよ?」

「うっ……」

思わず目を輝かせ、腰を浮かせたエヴァは伯爵に言われてうろたえる。

「閣下。そう意地悪をするものではありません。お嬢様、ではお嬢様に先に読んでいただきましょう」

「セバス。それは……」

「お二方宛となっておりますからな」

「……いつの間にか、セバスは娘の肩を持つようになりましたね……」

ほっほっ、と好々爺然として笑う執事長を見て、

(セバスも変わったな……前はもっとぴりぴりしていたというのに)

伯爵は思う。

エヴァの成長を見守るその姿はまさに孫を見る祖父のようであり、最近では次の執事長を誰にするかなんて相談もしてくるので、本気で引退してただエヴァを見守る老人になりたいのではないかと伯爵は考えてしまう。

だが、それはそれでいい。

代替わりというものは必要なのだ——自分が、エヴァに家督を継がせようと思っているように。

「それで、エヴァ。レイジさんはなんと?」

最初は喜色満面の笑みで、不意に真顔になり、それから——深刻そうな表情に変化していくエヴァ。

「お父様……レイジは言っています。『世界の危機』だと」

差し出された手紙を受け取り、伯爵もまたその文面に目を通す。

このお屋敷で過ごしている間に、だいぶ改善されたとはいえ、レイジの筆はまだまだ下手くそだったし、文章の稚拙さも感じられる。

だがそれでも十分内容は伝わった。

ふう、と伯爵はため息を吐いた。

「……彼は、問題を引き寄せる魔道具でも持っているのでしょうか」

伯爵が立ち上がると同時に、エヴァも立ち上がっていた。

その横では伯爵から手紙を渡されたセバスが大急ぎで目を通している。

「行きますよ、エヴァ」

「はい、お父様」

スィリーズ伯爵父娘は、手紙を受け取るやすぐに行動を開始する——向かう先はこの国の中枢である聖王宮だ。

約束(アポイント) なしの訪問を認められているのは、ごく一握りの貴族だけだった。

6大公爵家の一角であるリビエレ家は、「 一天祭壇(ファーストアルター) 」から出現する天賦珠玉を横流しにしていた疑いで現在はお屋敷へ軟禁されており、それに連なる貴族たちが降爵や改易——爵位の剥奪で平民に落とされたりしているさなかだ。

主立った貴族への調査は終わっているのでスィリーズ伯爵の「審理の魔瞳」——相手がウソを吐いているかどうかを確認できる——の出番はもうほとんどなかったが、それでも「祭壇管理庁」の「長官特別補佐官」という肩書きをもらっているので日々、聖王宮を出入りしている。

伯爵とエヴァが聖王宮に入ってすぐの停留所で馬車を降りると、同じタイミングでやってきたであろう人物がそこにいた。

「よう、ヴィクトル」

「これは——グレンジード公爵閣下」

「ああ、よせよせ、こんなところで礼は取らんでいい」

すぐにその場に 跪(ひざまづ) こうとした父娘を止めるが、

「しかし、閣下。ここは聖王宮でございます。王族の閣下に対して礼を失するのは臣下として……」

「うるせえ。俺がいいっつってんだよ。エヴァ嬢の服が汚れて可哀想だろ」

「…………」

グレンジードは数か月前まで聖王であり、その青色の光を放つ髪はこの国の頂点であることをはっきりと示している。

不承不承、スィリーズ伯爵とエヴァは立ち上がる。

「しかし、お前も耳が早いな、ヴィクトル」

連れ立って歩き出しながらグレンジードは言った。

3人の周囲に供はいない。

この聖王宮にはできうる限り供を連れてきてはならないという不文律があり、中で働いている使用人も最小限、いちばん多いのは「一天祭壇」のための祭司だった。

「なにが、でしょうか?」

「ん、レイ——聖王陛下の案件じゃないのか」

レイ、と言いかけたのは今の聖王がグレンジードの娘であるレイファルジアだからだ。

さすがに、それまでの呼び方がすぐには抜けないらしい。

「違います。陛下に申し上げたいことがありまして、参上しました」

「そうか。だが、同じことかもしれんな」

「え?」

「まあ、行けばわかる」

それ以上は言葉もなく3人は進んでいく。

通されたのはドアも窓も開かれたままの解放感のある会議室だった。

テーブルこそ巨木から切り出した一枚天板を使ったすばらしい出来のものだったが、それとて装飾は最小限で、「質素」という言葉がなにより似合う。

太古の生活様式をなるべく生かし、冬は寒く、夏は暑いという聖王宮は、「国の頂点」というイメージからはほど遠い生活を送ることになる場所だった。

「——陛下、グレンジード参りました」

「スィリーズもここに」

「スィリーズ家が娘、エヴァでございます」

会議室のテーブルに座っている人物を認めた3人は、一斉に跪いた。

「グレンジード、スィリーズ伯爵、そしてエヴァ、よくぞ参りました。こちらへ」

かつてグレンジードが着ていた、着流しのような服を身に纏っている女性が現在の聖王——聖女王だ。

手入れのされた長いストレートヘアは胸の下まで届きそうに長く、青色の光とあいまって神秘的に見える。

髪飾りは黄金の地金にルビーをあしらったものだ。

怜悧な面持ちは、 豪放磊落な父(グレンジード) とは似ても似つかず、母親に似ているのだともっぱらの評判だった。

彼女の背後にいるのは聖王騎士が護衛のために2名、控えており、直立不動の体勢である。

現在の聖王騎士は、団長が調停者との戦いにおいて死亡したために団長不在で、一時的に聖女王が全権を預かっている。

そこも含めて、この、まだ20歳にもならないという聖女王の双肩に掛かる重圧は大変なものだった。

「グレンジードの意見を聞きたくて喚びました。忙しいでしょうに、感謝します」

「はっ。いつでもお喚びください」

聖女王の近くに腰を下ろしたグレンジードの言葉に——実の父からの言葉に、励まされたのだろうか、聖女王はほんのりと微笑んだ。

「スィリーズ伯爵も、エヴァも座ってください」

「はっ……しかし、よろしいのですか」

「構いません。どのみち、伯爵にも協力してもらうことになったでしょうから。『聖王国きっての切れ者』と評判の、スィリーズ伯爵にはね」

「畏れ多いことでございます」

伯爵とエヴァはグレンジードの対面に座った。

「本題に入りましょう。教会のトマソン枢機卿から軍事行動の要請がありました」

「! それほどの緊急事態ですか」

グレンジードは目を見開いたが、

「……その様子ですと、スィリーズ伯爵はすでに情報をつかんでいたのですね」

「我々もつい先ほど、 信頼できる筋(・・・・・・) から手紙をもらったのです」

伯爵はレイジからの手紙を差し出すと、聖王騎士がやってきて聖女王へと手渡した。

内容は——これがレイジからの手紙でなければにわかには信じられないようなものだった。

ふたつの世界が崩壊の危機にあること。

これを回避するにはふたつの世界をひとつにするしかないこと。

その場合、凶暴なモンスターが雪崩れ込んでくるのでこれを防ぐ態勢を整えなければならないこと。

「枢機卿も同じ内容を送ってきていますが、どうやらレイジは枢機卿と行動をともにしているようです」

「……教会ナンバー2と」

思わずエヴァが声を発してしまうほどに、それは驚きだった。

この世界に広く散らばる教会組織。

武力こそほとんどないが、その影響力たるやすさまじいものがある。

時の教皇が思想的に問題がないのかどうか、各国のトップが常に目を光らせているほどだ。

そこのナンバー2ということは、一国のトップよりも権力がある。

「陛下。俺も何度か会いましたが、トマソン枢機卿は信頼に足る方です」

「はい。余もそう思いますが、グレンジードのその言葉を聞いておきたかったのです」

「軍事行動というのは、つまり、この未曾有の事態に対応しろということでしょうか」

グレンジードの言葉に、聖女王はうなずいた。

「ですが、どのような規模で、どの国がどこを担当するのか……枢機卿からの連絡には、天賦珠玉の産出も困難になる可能性についても示唆されていました。実際、『一天祭壇』から出現する天賦珠玉が減っています」

それは「祭壇管理庁」に所属するスィリーズ伯爵も知っていた。

だがこのことは極秘であり、外部に漏れていないはずだ。

それをトマソン枢機卿が知っている——それは、枢機卿の意見に信憑性を持たせていた。

「教会は、各国の代表を集めて『 世界結合(ワールド・ユナイト) 』に対応する会議を招集したいと言っています。本来なら余が向かうべきですが——」

「それはお止めください。陛下が今、聖王宮を離れると、6大公爵家がバラバラになる可能性があります」

グレンジードの言葉に、聖女王はうなずいた。

「余も同意見です。グレンジード、帰ってきたばかりで申し訳ありませんが、あなたが余の名代として会議に参加してくれませんか」

ちりん、とテーブルに置かれた鈴を鳴らすと、祭司のひとりが盆を持ってきた。

そこに載せられてあったのは青色に光る勾玉のようなもの——これがなんなのか、知っている貴族は少ない。

「すべての決定権を、あなたに預けます」

聖王の、聖女王の代理人として認める「全権委任紋章」だ。

「はっ。謹んでこの大役、お受けします」

グレンジードは椅子を立つと、跪いて紋章を受け取った。

「スィリーズ伯」

「はっ」

「あなたもグレンジードに同行してください。期待しています」

「はっ!」

これが、先ほど聖女王の言っていた、「伯爵にも協力してもらう」という言葉の意味か——エヴァは、目の前で起きていることの重大性を知りつつも、現実感がないような気持ちだった。

ふたつの世界がつながろうとしている——もしエヴァが、レフ魔導帝国で「レッドゲート」を見ていなかったら、さらに現実感がなかっただろう。

危機感もなかったかもしれない。

だが、レイジが知らせてくれた。他ならぬレイジが。

彼はその信じがたい内容の手紙の最後にこう記していた。

『非常に危険な状況になると思われるので、エヴァお嬢様には前線に来て欲しくありません。ですがきっと、お嬢様は前線に向かうのでしょう。「鼓舞の魔瞳」を有効に使える場所が前線であると知っているお嬢様なら。

でもそのときは必ず僕に知らせてください。なにかあったら、僕がお嬢様を護ります』

ふつふつと湧き上がってくる感情。

レイジの手紙を読んだときに感じた切迫感と、レイジの言葉への喜び。

聖女王が「切れ者」だと父を評し、さらには各国代表が集まる世界会議への参加要請。

緊張、興奮、恐怖、名誉——様々な感情がない交ぜになっている。

それをすべて「貴族」の冷徹さで覆い隠し、エヴァは父とともに旅立った。

世界会議の行われる場所は、教会の総本山であるブランストーク湖上国だ。

キースグラン連邦の広大な領地と、南部に広がる未開の地「カニオン」とに挟まれた小さな土地が、ブランストーク湖上国だった。

カニオンとの境界は生命の生存を許さないほどの高山地帯によって遮られており、実質、キースグラン連邦とのみ国境を接しているような形だった。

巨大な湖であるカニ湖に、浮島がいくつかあり、それらがブランストーク湖上国のすべてだった。

人口は1万人程度。

そのほとんどが聖職者であり、教会のための国家であり、なんら実権を持たない国家でもあった。

「あれが……教会の総本山なのですね」

魔導飛行船は決められたルートに限り簡単な事前申請によって飛行可能となるよう国際条約によって結ばれている。

エヴァは眼下に広がる景色に目を奪われていた。

穏やかな湖面は空の青と流れゆく秋の雲を映しており、豊かな緑の森が湖全体を囲んでいる。

渡り鳥が飛来しては、湖で羽を休めていた。

最も巨大な浮島にそびえる、白亜の大教会が総本山だ。

そのすぐ隣には小さな浮島があり、魔導飛行船の停船所となっている。

そこにはすでに二桁に上ろうという魔導飛行船が到着していて——中でも、他のものより数倍は大きいであろう巨大船はキースグラン連邦の首都ヴァルハラが所有している船だった。

もうひとつ、人目を引く船があり、それは外装のほとんどを木材によって覆い、甲板にいくつもの樹木が生えているという、ハイエルフの国、シルヴィス王国が所有する魔導飛行船だった。これは「飛ぶ森」などとも言われている。

「多くの国々がトマソン枢機卿の呼びかけに応えたのだと思いますが……彼らはどこの国の者でしょうかね」

エヴァの横に立ち、外を見ていたスィリーズ伯爵が言った。

今、魔導飛行船は停船所に向かって降下している。

その浮島の片隅に——見慣れぬ衣服の集団がいたのだ。

それは聖女王が着ていた服にも近い、着流しのような簡素な服。焦げ茶色の長髪を後ろに流し、複雑に結っている。

全員が全員、手には紙の束や書籍を持っているのだ。

国の代表である貴族や、騎士が集まるここには似つかわしくない集団だった。

「あちらはノームに、ドワーフでしょうか?」

エヴァが気づいたのは、背の低い集団、そして樽のような腹を抱えた集団だった。

「そのようですね……。国家代表が集まる会議かと思っていましたが、トマソン枢機卿はなにをお考えなのでしょうか」

「おい、考えるのは後だ。行くぜ」

飛行船が大きく揺れ、着陸が完了する。

魔導飛行船のクルーに先導されて、グレンジード、伯爵、エヴァが続いた。

「お供いたします」

「おう」

聖王騎士団の第2隊隊長アルテュールが恭しく頭を垂れて言うと、グレンジードはその腕をぽんと叩いて甲板へと出た。

この日、16の国の代表と、ライブラリアン、獣王種族、ノーム、ドワーフの代表がここブランストーク湖上国へと集まった。

世界会議は翌早朝から、始まる。