作品タイトル不明
「災厄の子」
★ ブランストーク湖上国 教会総本山「白の聖堂」大会議場 ★
円形の会議場だった。それはとてつもなく広く、舞踏会を開けそうなほどだった。
スリットが入ったような窓にはステンドグラスがはまっており、東から南、西に掛けて32個あった。
分厚い布地のカーテンが掛けられることはなく、差し込む光によっておよその時間帯がわかる仕組みになっている。
だが広い会議場を満遍なく明るくするには光量が足りず、円卓と、その周囲に設けられた控えのテーブルには多くのロウソクが灯されている。
(すごい……そうそうたるメンバーなのだわ)
控えのテーブルに、貴族や文官とともに座っているエヴァは背筋が伸びっぱなしだった。
クルヴァーン聖王国を含む16の国の代表。
その中には——特にキースグラン連邦に所属する小国には——国家元首が来ているところもある。
円卓に着座できるのは代表者1名だけなので、クルヴァーン聖王国の代表にして聖女王の「全権委任紋章」を持っているグレンジード公爵が円卓にはついて、その背後にひっそりと立っているのがスィリーズ伯爵だった。
「エヴァ嬢、ご覧ください。あれは獣王種族ですね……とても目立ちます」
エヴァの隣に座っているのは同い年で、6大公爵家のひとつであるエベーニュ家のエタンだった。
ハーフリングでもある彼は、レイジがクルヴァーン聖王国を出なければいけなくなったときに揉めたエベーニュ家の当事者でもあったが、今はエヴァとも和解している。
「災厄の子」を処刑したがったのは彼の父や上位貴族たちであり、エタン本人にはそんな気持ちはなく——レイジが去った後に、彼の護衛がレイジを追い出すようなことをしたと聞いて深く後悔し、エヴァに謝罪を申し入れた経緯もあった。
「はい。皆様とても大きな身体でいらっしゃいます」
まるでゴリラの身体を少し修正し、ヒト種族に似せたような男が極彩色の着物を羽織っていた。
なんと背中には羽の装飾まである。
彼が獣王種族の代表のようだが、大柄であるグレンジードよりも二回りは大きく、円卓の立派なイスですら軋むので、今、さらに巨大なイスが4人がかりで運ばれてきたところだった。
彼のみならず随行のメンバーも大柄で、全員が全員、「獣人」と言うより「人型の獣」という感じがするほどに獣寄りだった。
「あそこまで獣になってしまうと、モンスターと勘違いしてしまいそうだの」
「左様」
「どこに住んでおるのだ、あやつらは」
エヴァと同じテーブルでは上位貴族たちがそんな会話をしている。
(……我が聖王国は多様性を認める国家だというのに、そんな会話をするなんて……)
抗議したい気持ちが湧くが、ぐっとこらえる。
大体クルヴァーン聖王国にだって、特級祭司のエル=グ=ラルンのような者もいる。彼は見た目は完全にウサギだが言葉を話すし、聖王宮の難しい祭司職をこなしている、国にとって必要不可欠な人材——ウサギ材だった。
エヴァとしてはざわざわしているこの広い会議場で、このぶしつけで、失礼千万の会話がかの種族に聞こえないことを祈るだけだったが——エルよりもむしろヒト種族寄りの獣人女性がひとり、こちらを見ていた。
ぴんと立ったふたつの耳はしっかりと会話を捉えていたらしい。
30メートルは離れていようというのに。
エヴァが席を立って向こうのテーブルに謝罪に行こうと思ったそのとき、カラーン……カラーン……と乾いた鐘が鳴った。
16の国の代表席に、4種族の代表席。
だが座席は22あり——残りふたつの座席につくべき人物がここにやってきたのだ。
『第320代教皇、エルメントラウト=エイリヒ=クラウゼグート聖下、枢機卿トマソン猊下の御 入来(じゅらい) でございます』
司祭が魔道具を使い拡声して言うと、会議場はしんとしずまり返った。
奥にある、よく磨かれて照り光る木製のドアが開くと、ねずみ色の修道服にねずみ色のヴェールを掛けた女性——いや、少女が現れ、その左右には修道女が付き従っていた。
それが教皇だとわかるのは、彼女の手に握られた銀色の錫杖が 天銀(ミスリル) 製であるからだ。
妖しくも神秘の光を放つそれは、この場にいる2百を超える瞳を引きつけるには十分だった。
だけれどエヴァは、彼女の後ろを見て声を上げそうになった。
臙脂色の恰幅のよい男はトマソン枢機卿だ。
むっつりとして、半世紀も前から刻まれていそうな眉間の皺は深い。
彼は後ろに3人を連れてきており、そのうちふたりは分厚い書類を抱えた上級司祭だった。
だが、もうひとりは——この場にはあまりにもそぐわない、カラフルな旅装束を着た少年だったのだ。
(レイジ……!?)
髪を染めるのは止めたのか、黒髪黒目の少年はまさに、エヴァの護衛だったレイジその人だ。
★
広い会議場でも、そこにお嬢様がいるのはすぐにわかった。
いやぁ……お嬢様、どんどん美人になっていくね。
その隣にいるのはエタン様みたいだ。僕を見て驚き、それから複雑そうに顔をゆがめた。
僕をかつて、国から追い出す片棒を担ぐみたいになったことを後悔しているのかもしれない。でもエタン様は関係ないし、それは彼のお父さんと、彼の護衛のレレノアさんがやったことなのでエタン様には気にしないで欲しい。
しん、と静まった会議場を教皇聖下が進んでいく。
トマソン様や僕はその後にくっついていくだけだ。
教皇聖下が、円卓でもいちばんゴージャスな——とはいってもきらびやかなわけではなくて、イスの背に見事な彫刻が施されているというだけに過ぎないのだけれど——イスに座ると、付き人たちは後ろの控えテーブルに下がった。
トマソン枢機卿が教皇聖下の横に座り、付き人の司祭たちは必要な書類を猊下の前に並べる。そして控えのテーブルに下がるので僕もついていこうとすると、
「レイジ、君はここにいなさい」
「え、でも……」
「護衛代わりだよ。私と聖下の護衛ができるのだ、光栄に思ってもいいぞ」
むっつりとした顔で言うので真面目にとらえてしまいがちなのだけれど、トマソン枢機卿は意外とお茶目な人だ。
僕は小さく笑って、
「わかりました。後出しでいいので冒険者ギルドに護衛依頼を出しておいてくださいね」
と答えた。
「まったく、冒険者は金にがめつくて困る」
ぶつぶつ言うトマソン枢機卿は、だけれどどこか楽しそうなことに僕は気づいていた。
ここまで偉くなると冗談を言ってくれる人もいないのかもしれないな——そんなことを僕は思う。
破天荒な格好で男たちを魅了してやまないリビエラさんを重宝するのも、真面目一辺倒な教会組織の中でリビエラさんが異彩を放っているからだろうし。
「…………」
僕と猊下のやりとりを、少し驚いたように——ヴェールが掛かっているのであまりよくは見えないのだけど——教皇聖下が見ていた。
『これより、世界国家間協定第18章1項、「教会発議による招集」に基づき世界会議を開催いたします』
先ほどと同じ、拡声の魔道具を使って司祭がアナウンスする。
それから彼はトマソン枢機卿が各国、各種族代表に送った手紙の内容をさらに詳しく説明する——それらは僕がすでに知っていることだった。
(ここに至るまで、めちゃくちゃ早かったな)
僕は少しだけ過去のことを振り返る。
トマソン枢機卿に面会してから、枢機卿が教皇聖下に連絡を取るのはすぐだった。
数が少ないながらも教会は長距離通信の魔道具を持っていて、1秒間に金貨が1枚溶けるほどの燃費の悪さながらお互いに顔を映し出し、声を届けることができる。
枢機卿は教皇聖下と話をして世界会議の開催を決定した。
こういう緊急事態のために教会が発議すれば会議ができるような協定が結ばれているのだという。
各国がそれに応じるかはわからなかったけれど——最大国家であるキースグラン連邦の首都ヴァルハラを擁するゲッフェルト王が召集に応じたのがよかった。
各国は次々に参加を表明し、独立自尊を貫くいくつかの小国以外は参加が決まる。
——なぜゲッフェルト王は承諾したのでしょうか。
僕が疑問に思うと、
——「 六天鉱山(シックスマイン) 」で天賦珠玉が採れないからだろう。
と枢機卿はこともなげに言った。
枢機卿の召集通知には、天賦珠玉の出現率の減少はもとより、「問題を解決できるかもしれない」ということをほのめかした内容が書かれてあったのだ。
結果、これだけ多くの代表者が集まった。
盟約者の代表としては「ライブラリアン」「ノーム」「獣王種族」「ドワーフ」の4種族が来ていて、「ハイエルフ」のシルヴィス王国からはアーシャの姉でありマトヴェイさんの双子であるユーリーさんが代表として、「聖水人」の代表としてはクルヴァーン聖王国からグレンジード公爵が来ている。
唯一不明だったのが「大陸人」の代表者だったが、僕はその人物をすでに発見していた。
(あの人……どこの国の人だろう)
見た感じはふつうのヒト種族だけど、16カ国のうちのひとつの代表として席に着いている。
長い栗色の髪を後ろでひとつにまとめた、音楽の教科書に出てきそうな感じの貴族姿だった。
年齢は30歳前後の男性で、知性的な瞳を瞬かせて説明を聞いている。
つまりここには「盟約者」の代表もそろっているというわけだった。
(アーシャはさすがにいないか)
彼女はシルヴィス王国の王族ではあるけれど、すでにその籍は「ない」という立場だ。
それでもアーシャはシルヴィス王国に向かったし、こうしてユーリーさんが来ているのはアーシャが働きかけたからこそなんだろうと僕は思う。
『——以上がことの経緯でございます。今回の件については教会にて過去より綿々と検討されている事項であり、極めて信憑性が高いことと受け止められております』
説明が終わると、場は静まり返った。
一癖も二癖もありそうな各国代表者は改めて告げられた、「世界崩壊の危険性」「その結果の天賦珠玉の枯渇」「解決方法はふたつの世界をひとつにすること」——その事実を受け止めているようだった。
『——よろしいか』
そこで小さく手を挙げたのは、「大陸人」の代表である彼だった。
卓上には拡声の魔道具が置かれてあり、それに手を載せると小さな声でも会議場の隅々まで届く。
『キースグラン連邦ウインドル共和国人民代表のホリデイだ。今回の召集は「ふたつの世界」とやらをひとつにすることの同意、そして出現するという「もうひとつの世界」からの 来客(・・) をいかに処理するべきか、その討議であると理解してもよろしいか?』
『その通りです』
教会側の代表としてトマソン枢機卿が答えた。
『では討議を始める前に伺いたいが、枢機卿猊下の後ろにいるのは「災厄の子」ではありませんか?』
ホリデイ代表が言うと、会議場全体が揺れるようにざわりとした。
貴族たちは気づいていた者は「やはり」とか「恐ろしい」と言い、気づいていなかった者は「なぜ猊下の背後に」「猊下が危険では」とそんなことを言い始める。
「…………」
すると小さく、トマソン枢機卿が手を挙げた。
『お静かに願います。枢機卿、お願いいたします』
相変わらずのむっつりとした顔で枢機卿は口を開いた。
『……黒い髪、そして黒い目が災厄を運ぶという話は古来より伝わっています。ですが、それは迷信であり、黒い髪、そして黒い目に災厄との因果関係がないことは教会の長年の研究で明らかであります。これは各国教会へ通達される節目節目の教典にも明確に書かれています』
えっ……そうなのか?
教会には「災厄の子」なんてものは「ない」ってことが伝わってる?
実は——僕は黒髪に戻すようトマソン枢機卿に言われ、それは無駄にみんなを刺激するからイヤですと一度はお断りしたのだ。
だけど枢機卿が「どうしても」と重ねて言うし、それは教皇聖下もご存じのことだからとなればあらがえず——それにいい加減自分を偽るための染髪剤の使用に嫌気も差していたので思い切って黒い髪に染め直したのだった。
『そのような通達は見たことがございませんが』
ホリデイ代表が言うと、
『それはウインドルの教会に問題があるようですな。こちらにその写しがあります』
すでに手回し済みだったらしく、枢機卿は写しを各国代表に見せる。
ホリデイ代表はそれに目を通すとフンフンとうなずき、再度言う。
『しかしながら猊下、キースグラン連邦でも、500年前に現れた黒髪黒目の人物が、人智を越える力を発揮してひとつの国を焼いたという記録が残っておりますが』
他の代表たちでもうなずく者が何人かいた。
『……それはその人物の力なのでしょう。たとえば我が悪の心に染まれば、教会の力を利用して多くの人々を不幸にすることができます。そうすれば、「女教皇は災厄である」と言うのでしょうか』
『なるほど。教皇聖下はそこにいる黒髪黒目の少年の身元を保証すると仰せなのですな』
『はい』
このときに起きたざわつきは今まで以上のものだった。
ざわつきはすぐには収まらず、トマソン枢機卿がちりんちりんとベルを何度も鳴らして、ようやく静かになっていく。
(え? なに? どういうこと?)
僕はと言えば、ことの重要性をよくわかっていなかった。
身元を保証する……っていうのはレフ魔導帝国のそれと同じ?
いや、違うっぽいな。
ここにはレフの代表者もいるけれど、彼はおろおろしているし。
渉外局の副局長であるアバさんが来てくれればよかったのに、全然知らない人だ。
ただ僕にもわかっているのは、きっと枢機卿は——こうなることを見越して僕に黒髪にするよう命じたのだ。
そのとき——教皇聖下が、この城の主である少女が手を挙げた。
『皆、教皇聖下のご発言があります』
ハッ、と息を呑むような気配の後、場は静まり返った。
聖下は、その白く細い指先を魔道具の上にそっと載せると口を開いた。
『「レッドゲート戦役」の英雄であるレイジは、教会がその身元を保証し、保護します。よって黒髪黒目であるというそれだけの、いわれなき偏見をなくすよう各国に要請するものです』
はっきりと、そう、言ったのだ。
「あ……」
そういうことか。
僕は、ようやくわかった。
根深く残っている「災厄の子」に対する偏見を、教会はこのタイミングでもって完全に払拭するつもりなのだ。
僕というわかりやすい人物をバックアップすることで。
「ふっ」
ちら、と半身だけをひねって見せたトマソン枢機卿が、そのむっつりした顔に似合わないウインクをしてみせる。
僕は頭を下げそうになるのをぐっとこらえた。
——仲間だけでない、見も知らぬ人々の命すら想像できるこの子は……やはりこれまでの「災厄の子」とは違う、あまりにも優しい子だ。よいのだ。そなたが背負う必要はない。
そう言って僕の頭をなでてくれた、賢者様のことが思い出される。
前を向いてきて、よかった。
みんながいたからだけれど、間違った方向ではなくて、正しいと自分が信じられる道を進んでこられてほんとうによかった。
これから生まれるであろう黒髪黒目の子が——それが転生者であろうとなかろうと——偏見に悩んだり迫害されたりしないことを僕は願った。