軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

トマソン枢機卿

光天騎士王国の王都は、今まで見た中で最も美しく、そして最も近寄りがたかった。

青々とした山脈に囲まれた都市は六角形になっており、整った町並みが広がっていた。

王都の中央に位置するのは騎士王のいる居城でありいくつもの尖塔が空を突き刺すようにそびえている。

居城の近くにあるのが王都教会だ。

ここは「大聖霊礼拝堂」と呼ばれ、教会のトップである教皇がいる総本山の次に規模が大きいものだという。

「大聖霊礼拝堂」は詰まるところ、教会ナンバー2である枢機卿の屋敷なのだ。

「そこを行く者たち、止まれ」

リビエラさんを先頭に、ノンさん、ミミノさん、僕が続いて「大聖霊礼拝堂」にやってくると、入口までの長い石段を登っている最中に声を掛けられた。

きっちりした光天騎士王国で、汚れひとつない白い石段。

そんなところへ、修道服を 着崩して(・・・・) 行くのだから目立たないわけがない。

先ほど馬車を降りたら、周囲がざわついたもんね。

(リビエラさんって、ほんとうに教会関係者なんだろうか?)

と僕が何度目になるかわからない疑問を抱いたとき——「大聖霊礼拝堂」を守護する神殿騎士に声を掛けられた、というわけだ。

フルフェイスの鉄仮面に、ねずみ色の光沢があるチェインメイル。前掛けは緋色と白色を組み合わせていて、汚れどころか刺繍のほつれもなかった。

一般的な騎士と違うのは、神殿騎士は刃物を持たず、錫杖と、腰にメイスを持っている。

「なぁによぉ、トマソン枢機卿に話があって来てるのよ? むしろこっちは呼ばれてるんだからぁ」

「……枢機卿猊下に?」

神殿騎士たちが顔を見合わせる。

「その証拠はあるのか?」

信用されてないな、リビエラさん……。

一応この人、教会組織の偉い人じゃなかったっけ?

「証拠ぉ? そんなの枢機卿に聞いてくればわかるでしょ」

「しかし、枢機卿猊下はお忙しい御方。なにかの間違いでは……」

と神殿騎士が対応に困っていると、

「これはこれは……リビエラ様。研究棟にしかおられないあなたが本堂へなんのご用で?」

そこへ、がっちりした体躯の聖職者がやってきた。

年の頃は40代後半といったところで、左手には革製のバッグを抱えていた。

のっぺりとした顔で、ビー玉をはめ込んだような青くつぶらな目が、不機嫌そうにリビエラさんを見つめている。

「こ、これはレッグサン司祭様」

神殿騎士たちが敬礼し、ノンさんが膝を折って礼を取るあたり、この人も結構偉いようだ。

「トマソン枢機卿に会いに来たのよぉ」

「……枢機卿猊下があなたと? 失礼ながらなにかの間違いでは?」

「同じこと、今言われてたわよ」

「ふむ……君たち、もういい。この人は研究棟にしかいないからわからなかったのだろうが、リビエラという工部司祭筆頭だ」

「!」

神殿騎士たちはあわててリビエラさんにも頭を下げたところを見るに、工部司祭筆頭という肩書きは確かに偉いものらしい。

「それじゃ中に入らせてもらうわよぉ?」

「——お待ちください。この様子では中に入って神殿騎士と顔を合わせるたびに 誰何(すいか) されますよ」

「……通達しといてよ、『リビエラが来たから通せ』って」

「無茶をおっしゃらないでください。あなたのためだけに神殿騎士があるのではない。むしろあなたがその服装を改めれば問題がなくなるのでは?」

「私のアイデンティティーが失われて大問題よぉ」

服装を直せば通れるなら僕ならすぐに直すけどなあ……と思ってしまうが、僕はふと視線を感じて顔を上げた。

「大聖霊礼拝堂」も城と同じように尖塔が並んでいるのだけど、そのうちのひとつの窓が開かれていて、ひとりの男性が顔を出していた。そして僕が見ているとわかると手を招くような仕草をしたのだ。

「あの、上の人が『こっち来い』って言ってますよ」

「ん? ——猊下!」

レッグサン司祭が声を上げると、その場に膝を折った。あわててリビエラさんとノンさんも同じように膝を折るのだけど、

「——早よ上がってこい!」

という言葉が降ってきて、あわててレッグサン司祭がリビエラさんを導いて本堂へと入っていくのだった。

全世界に散らばる教会組織のナンバー2というのは、やはりすごいのだなと思った。

意匠の凝らされた分厚い扉を開いてその執務室に入ると、目に飛び込んでくるのは見事なステンドグラスだ。

その光が降り注ぐ場所に置かれた陳列棚には、年代物の酒器や、宝石の埋め込まれた文箱、天銀製のペーパーナイフといったものが置かれている。

陳列棚は入り口前のスペースにでんと置かれてあるので、それを見ながら奥へ進むと、先ほど顔を出していたらしい窓があって、その前に置かれた執務机にトマソン枢機卿がいた。

臙脂色の布に、金糸の刺繍。描かれた紋様は葉やツタといったもので、花はなかった。

でっぷり太ったトマソン枢機卿は白髪をオールバックになでつけており、そこに載せられていた円形の帽子は——地球にもあったカロッタ帽に似ているけれど、これは頭頂部に本物の植物の葉っぱがつけられてある——服と同じ臙脂色だった。

「なにを入口でぐずぐずしておったか」

枢機卿は不機嫌そうに人差し指でトントンと机を叩きながら言った。

「申し訳ありませんわぁ。レッグサン司祭が足止めをするので……」

「なっ!? ち、違います。私は、ふだん本堂に近寄ろうともしないリビエラ工部司祭が枢機卿に会われるというものに不審を覚え——」

「レッグサン司祭」

トマソン枢機卿が言うと、

「はっ」

「お前の熱心さはわかっておる」

「はっ。ありがたきお言葉」

「下がれ」

「……はっ」

すごすごと去って行く司祭を見送ってから、トマソン枢機卿は、

「リビエラ工部司祭」

今度はリビエラさんに視線を向けた。

「はぁい」

「服を直せ」

「えぇ〜……? でも、これは私のアイデンティティーでぇ」

「直せ。直さないならお前ひとり出て行け」

「…………」

うわぁ……リビエラさんの顔がメチャクチャ渋くなってる。世界一酸っぱい梅干しを食べてもこうはならないという顔だ。

「い、いいですよ、リビエラさん。僕のことは自分でどうにでもなりますから……」

リビエラさんのアイデンティティーのほうが、この場合大事なような気がする。

「君がレイジくんかね」

ぎょろりとした枢機卿の目が僕を向いて、

「は、はい」

思わず声がうわずった。

すごい迫力がある、この人。貴族や騎士とは違う凄みで……なんというか、「校長先生の威厳」みたいな凄みだ。

「リビエラ工部司祭を甘やかすことはならんぞ。本人はどうでもよくとも、下で研究にいそしむ司祭たちが迷惑なのだ。リビエラが工部司祭筆頭であるがゆえに、『工部は交尾』などと陰口をたたかれる」

「文句言ってんのはレッグサンがいる『法部』の連中でしょぉ……」

「だからなんだ? 工部も法部も、7部12局すべて教会の重要な機関だ。お前ひとりのせいでここにヒビを入れてもいいと?」

「うっ……」

ばつが悪そうにリビエラさんは服装を正した。「この人年食ってどんどんガンコになるのよぉ……」とぼやきながら。

「よし、よし。お前はそうしておれば押しも押されもせぬ筆頭司祭だ。これからも教会のために尽くせよ」

「…………」

リビエラさんはふてくされたように唇を尖らせたが、トマソン枢機卿はまるで気にもかけずに、

「で、君がウワサの少年か……なるほど、こうして見るとただの少年だな」

「ウワサの?」

「ああ、いやなに、クルヴァーン聖王国から『災厄の子』についての情報が上がってきておってな」

「!」

クルヴァーン聖王国を、僕は円満に出てきたわけではなかった。

僕が「災厄の子」だと知った六大公爵家は僕を捕らえようとしたくらいだ。

「そう身構えるな。 そのつもり(・・・・・) なら先に動いておるし、エルからも君のことはくれぐれもよろしく頼むと手紙が来ておる」

「エル……。特級祭司のエルさんですか?」

「そう。ワシの数少ない文通仲間だ」

顔をほころばせながら言った枢機卿は、先ほどまでの威厳はなく、どこにでもいる優しそうな老人のように見えたから不思議だった。

「来なさい。奥の部屋へ」

立ち上がった枢機卿は杖を突きながらこちらへやってくると、僕の腕にそっと手を触れた。

「枢機卿、それってぇ……」

「心配するな。ここはワシと少年が腹を割って話したほうがいいだろうと思ってのこと。皆、よいな?」

よいな、と言われればノーとも言えない。

ノンさんは先ほどから緊張して固まったまま、ミミノさんは不安そうな顔で僕を見ていたが、

「わかりました」

と僕は枢機卿に続いて奥の間へと入った。

窓がなく、魔道具のランプが点って部屋が明るくなった。

そこはこぢんまりとした部屋で、古ぼけた小さなデスクには書きかけの手紙があり、横の書見台には大きな書物が開かれてあった。

壁の三面は書棚になっていて、最後の一面は地図や宗教画が貼られてある。

こちらにはなんだか生活感があると僕は感じた。

枢機卿は書棚から1冊の書物を手に取ると、2脚あるイスとテーブルのところへとやってきた。

「掛けなさい」

「あ、はい」

「早速だが、これだ」

表紙もなにもない書物だけれど、すさまじく古いものだった。

革の装丁はぼろぼろではあったが中の羊皮紙に比べればそれでもマシ。きっとカバーを付け替えているのだろう。

中身は——ざっと、

「1千年以上古いものとお見受けしますが……」

「そのとおりだ」

トマソン枢機卿は中のページを開いて見せた。

各ページはそれぞれ筆致が違っていて、なんらかの書き付けを残してきたようだ。書物というより私的なファイルだろうか。

「このページ……古語で書かれているのだが読めるかね?」

「いいえ。不勉強で、申し訳ありません」

「いやいや、構わんよ。古語を読める者などこの礼拝堂にも何人いるかというくらいだ。これはね、君の言うとおり、1千年、いや、それよりもずっと昔の教皇聖下が書かれたものなのだ。真筆だぞ」

驚いた。

それはそんな昔から教会があったのかという驚きでもあるし、教皇聖下の書かれたものがこうして——博物館でもないところに、ひっそりと残ってきたことに対する驚きでもある。

「もしかして、代々枢機卿猊下が受け継ぐものなのですか」

「そのとおりだ。ゆえに枢機卿になるには古語を読めなければならぬ。……ここに書かれているのはな」

そして僕は、今日いちばんの驚きを味わうことになる。

「『ふたつの世界がひとつに交わるとき、教会がいかなる役割を果たすべきか』について考察されている」

つまり、千年を超える昔から、教会はもうふたつの世界がひとつになることを想定していたのだ——。

★ ノン・ミミノ・リビエラ ★

レイジと枢機卿がいなくなった部屋に残った3人は、応接用のソファに腰を下ろしていた。修道士が運んできたのは、白湯だった。

最初ミミノは「もしかしたらこれは『帰れ』っていう意味だべな!?」と思ったのだが、

「ミミノさん、教会では贅沢を戒めるためにお客様に白湯を出すことはよくあるのですよ」

とノンが言った。

「そう……なの?」

「はい。特に枢機卿猊下を始め、上層部の方々はその傾向が強いですね。猊下は、この豪奢な造りの執務室は受け継いだだけで、お住まいも教会所有の邸宅ですから」

「そうなのよぉ、あの人とか初めて見たとき『うわぁ、この人絶対賄賂とか受け取ってる〜』って心が躍ったのにぃ、話してみたらすさまじい堅物なんだから」

「師匠……賄賂に心を躍らせてどうするんですか……」

ノンがハァと息を吐くが、

「ノンも、猊下に気に入られるようにしとくと得よぉ。賄賂は通用しにくい組織だけどぉ、権威を重視する司祭はいっぱいいるんだからぁ」

「……そういうのは、結構です」

「なぁに言ってるのよぉ、あなただってこれからここで働くんだから、おろそかにはできないわよぉ」

「堅物や権威に逆らいまくっている師匠の言葉とは思えませんね」

「私だって偉くなんてなりたくないけどぉ、私の才能を周りが放っておかないんだから罪な女よねぇ」

手をひらひらさせて笑うリビエラは、いつの間にか服が着崩れている。

(いつの間に……!? どうやったんだべな……!?)

とミミノは驚愕しつつ、

「あ、そうか……ノンとはここでお別れになるんだべな」

「ミミノさんには長くお世話になりました。父のこと、よろしくお願いします」

「ううん、ダンテスに助けてもらってるのはわたしのほうだよ。——ノンはどこかの教会に行くのかと思ってたけど、ここで研究をするべな?」

「最初は私も地方の教会に行くつもりだったんですが……」

歯切れ悪くノンは言った。

師匠のリビエラからは元々「研究職になる道もある」と聞いていた。その場合はリビエラの下に所属するのだが、ノンとしては地方の教会で、そこに住む人たちと交流するほうが自分に合っている気がしていた。

リビエラはそこまで言わないが教会は組織としてすさまじく巨大なので、政治的なつながりがどうしても必要になってくる。そんなの、やりたくない。

だが——レイジから聞いたこと。

聞いてしまったこと。

あの石化治療薬に、天銀が使われており、彼はそれを重罪だと知りながらダンテスを助けるために作ってくれた。

それを知ってしまえば、前にリビエラが言ったとおり、レイジに対する恩返しとして石化治療薬の研究をするべきではないかと思うのだ。

「……うまく師匠にのせられましたね」

リビエラはノンを手元に置いておきたいというフシがあり、石化治療薬をダシにしてノンの進路を決めようとしたのかもしれない。

その証拠に、リビエラはにこにことして、

「ノンが来てくれたら、いっぱいお願いしたいことあるのよねぇ〜」

「掃除や洗濯は自分でやるのが教会の常識ですが」

「…………」

図星を指されたとでも言うようにリビエラは黙ってしまった。

「研究のことですよね、師匠?」

「も、もちろんよぉ〜」

「ここに残ることになればこっちのものだから、なし崩し的に雑用を押しつけようだなんて思ってませんよね、師匠?」

「…………」

またしても図星を指されたとでも言うようにリビエラは黙ってしまった。

それを見たミミノは、少し安心する。

(この師匠さん……行動はちょっとアレだけど、ノンとは気安い間柄なんだなぁ。それならノンを安心して任せられるな)

これからも冒険者として生きていくつもりのミミノは、ノンとはここで離れることになる。

いっしょにいた時間は5年に満たないくらいだけれど、それでも、ノンは実の家族のように感じていたのだ。

ノンが、安全な場所にいて、幸せに過ごしてくれるのなら、ミミノもうれしい。

「リビエラさん」

「ん? なぁに」

「ノンのこと、よろしくお願いしますべな」

頭を下げたミミノに、リビエラは目を瞬かせてから、

「もちろんよぉ」

と答えたのだった。

それから女3人の話には花が咲いた。