軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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★ 光天騎士王国 港町ザッカーハーフェン ★

開いた窓から入り込んでくる風は潮の香りをたぶんに含んでいる。ウミネコの鳴く声も遠くに聞こえ、光天騎士王国でも指折りの港町であるザッカーハーフェンはのどかな昼下がりを迎えていた——のだが、室内に漂う空気には緊張感があった。

修道服を着た初老の男性は額の汗を拭うと、

「……相当に身体が弱っているようですな。精のつくものを食べて、しっかり寝るしかありません。食欲はおありか?」

「…………」

【回復魔法】による治療を受けていた少女——ラルクは、青白い顔を左右に振った。

「それはいけない。食事は身体を作る基本中の基本ですぞ。魔法はあくまでも身体が自然に回復するその補助をするだけですから」

「…………」

「滞在されている間は毎日来ましょう。しっかり食事を取ること。よろしいな?」

言って、男は立ち上がった。

「少しよろしいか? 確か、クックさんと言ったか」

「へい」

宿の廊下へは、ラルクとともに行動をしてきた空賊の男が——もともとは山賊で、その前は家具作りの職人だった男、クックがいっしょに出た。

「先生、お嬢の具合はそんなに悪いので?」

「うむ……いったいなにをやったらあれほど生命力が尽きてしまうのだね。まるで消えかけのロウソクだ。クックさん、彼女の家族はどこに?」

「……今は、俺たちが家族みてえなもんで、はい」

「そうか。なるべく多くの時間をともに過ごしてあげなさい。私もなるべく来るから」

それは、手を尽くしようがない危篤の病人を相手にしたかのような言葉だった。それほどだったのかとハッとすると、クックは顔をうつむけながら、

「先生、こちら今日のお礼です」

革袋にずっしりと入った金を差し出した。

「こんなにはもらえない——」

「お嬢のことはどうぞ内密にしてもらえますか? 穏やかに過ごしてもらいてえもんで」

「うむ……そういうことなら」

修道士は革袋をもらうと自分のカバンに詰め、宿を出て行った。

「ふぅー……どうしたもんかな。金だって限りがあらあな」

クックはため息を吐いた。こんな陰気な顔を見せるわけにはいかないと、ラルクの部屋には戻らず宿の食堂へやってくる。

食堂には誰もいない。背もたれもない粗末な木製のイスに座ってクックは、

「酒をくれ」

「あれまあ、昼から呑むのかい? 病気のお嬢ちゃんはどうした」

「うるせえババア、とっとと持ってこい」

「はー、いやだいやだ。子どもを置いて酒を呑む甲斐性なしに酒を出さなきゃならんなんて。これも商売だから仕方なく出すが、因果なもんだわ」

宿の老女はジョッキに入ったエールを持ってくる。口に含むと温いが、多少はささくれだった気持ちも収まる。

「さあて、どうするかな……」

レフ魔導帝国から逃げ出すように出てきたのは、あそこにはキースグラン連邦の連中がいたからだった。ラルクは目立ちすぎ、彼女の天賦が「 六天鉱山(シックスマイン) 」で採掘された【 影王魔剣術(シャドウキング) 】であることはとっくにバレているだろう。

帝国の危機の真っ最中に取り上げられることはさすがになかったが、レッドゲート問題が終息すればすぐにもキースグラン連邦はラルクを寄越せと言ってくるのは想像に難くなく、だからクックはラルクたちとともに帝国を抜け出した——まさかレッドゲートが閉じられたその翌日に逃げ出すとはさすがに見抜かれないだろうから。

そのあたりはレイジが推測したとおりだった。

「だけどまあ、急な旅はお嬢をさらに痛めつけたようなもんだったな」

どこぞの貴族の令嬢がなぜかラルクを治療してくれたおかげでラルクは延命できたようなものだ。だがキースグラン連邦ともめるとなれば、その貴族だってラルクを見放さざるを得ないだろう。

いずれにせよラルクは貴族の令嬢によって延命し、その生命力を使ってなんとかかんとか帝国から光天騎士王国までやってきたものの、エネルギーが切れて動けなくなってしまったのだ。

血を吐いた数など数えられない。ひどいときは一晩に2回や3回なんてこともあった。

「あと少しなのに……」

彼女を治療できる最後の希望は、医薬に通じた「賢者」の存在。

そのために港町までやってきたが、問題はふたつあった。

「お嬢は船に耐えられるのか……? 数日は乗らなきゃならんだろうし。それに——」

「——お頭、昼から酒かよ?」

町に出ていた仲間のひとりが戻ってきた。「月下美人」を動かすときにはエンジニアとして活躍していた男である。

「どうだった?」

「はぁー……どうもこうもねえよ。漁師どもはそろって『船を出さない』ってそればっかし。これじゃあ『賢者』を捜すどころじゃねえわ」

もうひとつの問題、それは——船を出せない、ということだった。

金の問題ではない。金は、帝国にいたときに出納係に無理を言って少しずつもらっていたものをこのクックが貯めておいた。こう見えて計画的なアウトローなのである。

ではなぜ船を出せないのか。

「海に出た正体不明の怪物か……」

「こっちの連中は『海坊主』って呼んでるみたいだけどな。——あっ、俺にも酒ください、お姉さん」

エンジニアが気安く呼ぶと、老女は「いやだいやだ、そろいもそろって昼から酒飲んで」と言いながらもお姉さんと呼ばれたことがうれしかったらしくいそいそとジョッキを持ってきた。

「『幽霊の正体見たり枯れ尾花』——だったか」

「なに、それ」

ジョッキを口元に運ぶエンジニアに、クックは、

「いやさ、昔の詩人が遺した言葉よ。海坊主だの言ったところで、実際はたいしたことのねえものなんじゃないか? たとえば、一時的な海流のうねり、あるいはクジラ、あるいは雲の影……」

「それはそうかもだけど、船乗りが船を出さないってんだからしょうがねえさ。連中、海坊主が出たら沖には船を出さない、沿岸で漁業やる、海坊主がいなくなるまでひたすら待つ……って感じだもんな。帆を操って動かす船は経験が物を言うから俺らじゃ動かせねえし」

「ふーむ……」

クックは太い腕を組んで天井を見上げたが、

「俺も俺で考えてみるが、お前、このこと、口滑らしてお嬢に言うんじゃねえぞ。お嬢のことだ、なに言い出すか……」

「そうだな、たとえばアタシが海坊主とやらを退治してやるとかな」

「そうそう。言い出しかねねえ——」

背後からの声にあわてて振り返ると、そこにいたのはベッドにいたはずのラルクだった。

「お嬢!?」

「おいおい、大の大人が昼からエールか? アタシにも寄越せ」

「あっ」

止める間もなくクックのジョッキが奪われ、ラルクは細い喉をごっごっと鳴らして飲んでいく。

「ぷはーっ、うめえな!『酒は百薬の長』とはよく言ったもんだぜ」

「お嬢……身体にもよくねえし、大体まだガキだろうが」

「アタシはもう17だ。この辺じゃ珍しくもなんともねーっての」

「そりゃまあそうだが、『万病の元』だなんて言葉もあるぜ」

「出た、お頭の謎知識。どこで仕入れたんだよ」

「うるせえ、俺は学がある空賊なんだよ」

「飛行船はもうねえけどな」

「そりゃあないが……いや、待てよ?」

クックはぽん、と手を叩いた。

「……お前、エンジニアだよな?」

隣に座ったエンジニアの腕を、がっちりとつかむ。

「そういう質問するときって大体無茶振りするよな!? 俺、やだよ!」

「まあまあ話を聞けや……いいか? 飛ばねえ船なら飛ぶ船より動かすの楽だろ?」

「だから言っただろ、帆を操るのは経験が——」

「帆じゃねえ」

「あ?」

「海坊主を倒すよりよっぽど現実的じゃねえか、俺らにとっちゃ。……盗むんだよ、船を。数は少ねえが、探しゃどっかにあるはずの魔導船を」