軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

39

翌早朝、まだ太陽がその姿を見せず、東の空がほんのり明るくなったころ。

僕らは準備をすべて整えてルルシャさんの天幕を出た。

「気をつけて。まあ、君たちは十分にそれを承知しているだろうけれど」

「ルルシャさんも。これからお忙しいでしょうが……」

「ああ。だけど、それは望むところだよ」

にこりと微笑んだルルシャさんと握手をする。

その微笑み方は——全然似てないのに、どこかヒンガ老人の面影を彷彿とさせたので思わず僕は目を見開いてしまった。

——この身は、罰を受けるためにあり。死ぬことでは償えぬ罪を犯したゆえ。されど、今際にて日の光を浴びるほどの僥倖に浴した。天地を統べる万能の神よ、願わくばこの忌み子に祝福を授けよ……。

ヒンガ老人が最後に告げた言葉を僕は完璧に覚えている。

「死ぬことでは償えぬ罪」……それがなんなのか、僕はまだ知らない。

「君は、祖父に導かれてこのレフ魔導帝国に来てくれた。そして私の救世主になり、のみならずこの国の救世主にもなってくれた。ほんとうなら国を挙げて君の、君たちの栄光を讃えなければいけないのだけれど……」

「そ、そんな。要らないです、そんなの。帝国の兵士さんだってみんながんばってつかんだ結果ですから」

「君はほんとうに謙虚だね。ここのお偉いさんたちにも見習わせたいよ」

するとアバさんが、

「まったくだね……。部下の手柄はすべて上司のもの、上司の失敗はすべて部下のせい。これでは役人は仕事をしなくなる」

「それでも君は副局長まで上り詰めたのだからたいしたものじゃないか。早く局長になってまずは渉外局を改革してくれたまえ」

「……そのつもりだよ。局長になったらまずやることは決まっているけどね……」

「へえ? 楽しみだね」

「ああ……楽しみにしていてくれ」

アバさんは長楊子をくわえながらなにか考えるように言った。

あー、これはアレですね。局長になったらプロポーズする気ですね。僕だけじゃなくみんな察したのか(ルルシャさん本人はのぞく)、ニヤニヤしている。

僕らの表情に気づいたアバさんがあわてて、

「そ、そうだ、仕事があるんだった。では、『銀の天秤』。また会おう」

そうして去っていった——いくら仕事が山積みでもこんな朝早くは誰もまだ働いてないだろうにね。

「……ううっ、皆さん、お世話になりました」

見送りに来てくれたもうひとり、ムゲさんは順々に僕らと握手をし、目に涙を浮かべていた。

「ほんとうは私もいっしょに出たかったんですが……猫チャンの拡張がまだ終わらなくて」

ムゲさんは行商を再開するにあたって、復興のための資材を大量に運べるように猫チャンを改造しているのだった。なにげにムゲさんは、「英雄武装」の研究に始まり今度は猫チャンの改造と、毎日睡眠時間を削って働き続けているいちばんのブラック労働者かもしれない。

「ムゲさん、お願いだから猫チャンの前にアンタがへたばるなよ?」

「気をつけますよ、ダンテスさん。今度は運転手を雇って、私は寝ていこうかと思っています」

「…………」

移動時間に休んで、あとは寝ずに働くというのか。ダンテスさんが真顔になる。発想がブラック労働から出てこない。この世界では聞いたことがない「過労死」という言葉が僕の頭をよぎるけれど、移動の時間に寝るのなら大丈夫なんだろうか……?

「それじゃ、そろそろ行きますね」

僕らはルルシャさんとムゲさんに別れを告げて天幕から離れていく。

日の出直前とはいえ、すでに起きて朝食の準備を始めている人たちも多く、ぽつりぽつりと炊煙が上がっているのが見えた。

この広場に展開している天幕たちはいつ、なくなるのだろうか。あるいは復興が進んでも、今後は帝国を訪れる人たちのために残したりするんだろうか——。

「今日はどこまで行けるか?」

「その馬車がどれくらい速いかわからないべな」

「乗り心地はともかく、あまり窮屈だと長時間は大変ですね」

「眠れればなんでもいいっすわ〜」

ダンテスさん、ミミノさん、ノンさん、それにゼリィさんが話しながら僕の前を進んでいく。

そのとき曙光が射して、多くの人々によって踏みならされ、荒れた平原を照らし出した。

ふと振り返った僕は視線の先に「月下美人」を見た。

太陽に片側を照らされた月下美人の甲板に、ひとりの姿を見つけた。

それが見間違いでなければ——いや、見間違えるわけがない。

僕が、エヴァお嬢様を見間違えるわけがない。

エヴァお嬢様は、緩やかな風に髪をなびかせながら僕を見つめていた。

両手を口元に寄せて大きな声でなにかを叫ぶ。

それは、この距離では聞こえるわけもないのだけれど、僕にはお嬢様がなにを言っているのか完璧に聞き取ることができた。

——早く戻ってきなさい。約束があるのだわ。

と。

僕は振り返り、片膝をついて右手を胸に当て、頭を垂れた。

それで十分伝わっただろう—— 護衛(僕) が 雇い主(お嬢様) にする返答としては。

まあ、お嬢様は「はい」か「イエス」か「かしこまりました」しか受け付けないんだけどね。

立ち上がった僕は少し遅れてダンテスさんたちに追いついた。

「あれ? 坊ちゃん、なにかしてました?」

ゼリィさんに言われ、

「はい。ちょっとしたお 暇(いとま) を告げに……」

詳しく話すのは恥ずかしいので誤魔化した。

「——さあ、早く行きましょうか。そして早く追いついて、早くなんとかしてやりましょう」

僕の姉、ラルクを。