軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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僕は胸騒ぎがして、走っていた。夜の荒野を走っていた。

「ちょっ、お、おまっ、マジ、そんなっ、ずっと、お、おえっ、おえぇっ」

「キミドリゴルンさん! 吐くときはさっき渡した袋に出して!」

僕は走っていた。背中にキミドリゴルンさんを乗せて。

ダークエルフの集落を出たときからなるべく早く戻るべきだと感じたのは、いわゆる「虫の知らせ」みたいなヤツだったのかもしれない。

とにかく僕は、猛スピードで竜人都市に戻り、キミドリゴルンさんと「ゆで卵判別機」を持って休む間もなく折り返したのだ。

(——間に合った)

化け物を目の前にして僕は思う。

遠目に見えた、巨大な【火魔法】は明らかな緊急事態を示していた。「怖いぬ!?」と叫んでいたキミドリゴルンさんに「声を出すと猛獣が来ますからじっとしていてください」とお願いし、森の木の上に置いて、そこからは全力疾走でやってきた。

だから化け物の接近もわかったし、魔法が切れたときが敗北のときだとわかっていた。

ほんとうにギリギリだった。

アーシャの莫大な魔力を使いきってなお倒れなかったこの化け物は、フォレストイーターの名を持つ。

視力はすでに失われていたけれど鼻は利くようで、僕という新たな人間が登場したことでぴくりと顔を止める。

そして、口を大きく開け、

『ぇぇぇおおおおおお——』

咆吼を上げようとしたが声は途中で止まった。

僕が【風魔法】を放って、喉の奥にある声帯で空気を拡散させたからだ。むせたフォレストイーターが吐き出す唾液はあちこちに雨のように散らばったが、これも【風魔法】で弾いてこちらに来ないようにした。

「時間を掛けるつもりはないから」

疲労困憊しボロボロのアーシャ、ぼろぼろになった集落。

どれほどの犠牲が出たのか。

怒りに任せて魔法をぶっ放したい気持ちを押さえつけるだけで精一杯だ。

僕は踏み込み、跳ぶ。

「お、お、お、おおおおおおおおおおおお!!」

【身体強化】【補助魔法】【跳躍術】を合わせた僕のジャンプは見上げるほどに巨大なフォレストイーターだとしても、その顔にまで届く。

巨大なモンスターを倒すにはどうしたらいいか、僕はずっと考えていた。

この化け物を最初に見たのは、「表の世界」のレフ魔導帝国で空に現れた亀裂の向こうだった。

あのとき、僕は恐怖した。

僕の知らないとてつもないモンスターの存在を知り、「勝てるわけがない」と思ったのだ。

でもそれからずっと考えていた。

頭の片隅で。

もしも遭遇してしまい、どうしても戦わなければならなかったときに「倒せる手段」を。

「正解は、きっと——」

相手が巨大ならばこそ、近づくこと。

できうる限り最大の火力を撃ち込むこと。

それを叶えるのに必要なのは、

「——『勇気』」

やれることをやり尽くしたのだろうアーシャを見て、僕は勇気をもらった。

でなければできる限り「逃げる」という選択肢を選んだに違いない。

僕の目の前には、むせて、なにが起きたのかわからないといった顔のフォレストイーターがいる。

とてつもなくデカイ顔だ。

その大半を焼き尽くしたのがアーシャの魔法なのだから、とてつもない。

「燃えろぉおおおおおおおおお!!」

僕の両手から放たれたのは、炎の槍だ。

それは実際に 硬い(・・) 槍で、【火魔法】に【土魔法】を組み合わせたもの。

さらには槍と言っても巨人が振り回すほどの大きさだ。

その槍は、熱によって赤々としている。熱すれば柔らかくなるが、体表が焼けたフォレストイーター相手ならばさほど問題はなかった。

『——————————————————』

炎の槍は、フォレストイーターの眉間にめり込むと、勢いを殺すことなくずぶぶとめり込んでいき、頭蓋骨にあるフォレストイーターの脳を焼いていく。

巨体は感電したように震え、足踏みを連打し、吠えようとしても僕が再度【風魔法】をコントロールしているので声も出ず、やがて後ろ足だけで立ち上がる。

地面に降りたった僕は、アーシャの前に戻って最後の警戒をする。

フォレストイーターは、夜空を駈け上がるような仕草を見せ——だがその巨体が浮き上がることはけっしてなく、横倒しに倒れるといくつもの木々を薙ぎ倒して沈黙した。

(完全に沈黙した)

倒してみるとあっけなかったけれど、敵の生命力の9割はすでにアーシャが奪った後だったからできたことだ。

僕がアーシャのところに戻ると、彼女はすでに魔力欠乏症で気を失っていた。

だけれどその顔は苦しそうなものではなく、満足そうな、僕に向かって「後は頼みました」と信頼しているような、そんな顔だったのだ。

一夜明けると、被害の大きさが明らかになった。

周囲の大地は掘り起こされ、大樹は薙ぎ倒され、集落は踏みにじられていた。

ダークエルフたちの被害も甚大で、5人が亡くなり、10人が一命を取り留めたものの重傷だった。

無傷のものはほとんどおらず、残りの41人が必要な道具や衣服をかき集めた。

「…………」

僕の隣で口を開けているキミドリゴルンさんは、倒れたフォレストイーターを見て呆然としているのだ。

フォレストイーターは、調停者が以前召喚したウロボロスと違ってこの場に残っている。灰になって骨に変わったりはしないので、巨大種とやらは調停者が召喚するものとはちがうのだろう。

ダークエルフの族長から聞いたところでは8の巨大種がいて、過去にダークエルフたちが撃破したのは巨大な虫だったらしい。話を聞けば羽根が極彩色の巨大カブトムシだ。そんなのが突っ込んできたらぞっとするよね……。

過去にドワーフたちが巨大鳥は退治しているので残っているのは5種ということになる。

巨大蝶 幻惑する災厄(ダズル・バタフライ)

巨大トカゲ ヒトマネ

巨大虎 終焉牙

巨大亀 封印亀骨(ロストジュエル)

巨大ナメクジ ギガントスライム

どれもこれも戦わずに済むならそれに越したことがない。

「おーい、護衛殿。朝食ができたぞ」

壊滅的な打撃を被ったというのに、それを吹き飛ばすような明るい声でノックさんが言う。

すでにフォレストイーターの解体が始まり、「食べられる肉は食べ、保存できる肉は保存する」という方向で動いているのだ。

たくましい。

彼らは、アーシャの魔法を見て、「この人についていけば間違いない」と改めて感じたのだという。

アーシャは、よほど疲れていたのだろう今も昏々と眠っているけれど。

「ありがとうございます。こんな巨大なヤギを食べるの、初めてです」

「アタシたちもそうダ」

身体中に包帯を巻いたニッキさんが笑っている。この人も相当の重傷だったけど、もう動いているのがすごい。

僕は昨晩、【回復魔法】を掛けまくり、すでに亡くなっていた人以外の命はなんとか救えた。

「そっちの竜人の旦那も食べな。まあ、今日はアタシが料理できないから男どもの料理ダけどねえ」

「なるほど」

受け取ったのは串に刺さった焼肉である。がぶりと噛みつくと、鼻一杯に香辛料の香りが広がって——。

「うええええええッ! 臭ッ! なんですかこのニオイ! おえっ!」

その直後に鼻を突き抜ける獣臭さ! 1ヶ月間敷きっぱなしの布団を押しつけられたような、毛足の長い犬をまったく風呂に入れず雨に濡れたあと飛び掛かられたような、そんな獣臭さだ。

「やっぱりそうか」

「やっぱりってなんですか、ノックさん!?」

「我慢すれば食えるな。肉の臭みを消すとか男どもがやるわけないダろ」

「ニッキさん……それを先に言ってください」

僕は涙目になるが、ニッキさんはガツガツと肉を食い、ノックさん始め他の人たちも食べ始めた。

静かに、ひたすら肉を食う。

マズイのは間違いない。だけど、仲間たちが命を懸けて倒した敵の肉だ。せめて食らって弔いにしてやろう——そんな思いを感じた。

僕ももう一度、ヤギ肉を噛んだ。

香辛料の香りのあと訪れる、ごまかしのきかない獣臭さ。

(……でもこれは、生きてるって証拠か……)

そう思うと、食べようという気持ちになれた。

「——誰か、誰かいないのか……!」

とそこへ遠くから声が聞こえた。

「百人長! どこですか……! 百人長!」

向こうで、木の陰に座っていた——なぜかここにいた地底人ががばりと立ち上がる。

彼が走っていった向こうから現れたのはボロボロになった数人の地底人たちだった。