軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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★ ダークエルフ集落跡地 ★

「誘導……? そ、それでは御身が危険です」

「私の魔法が効かなければどちらにせよ死ぬしかありません」

「しかし!」

「誘導、できるのですか? できないのですか?」

有無を言わせぬ迫力に、ノックはたじろいた。

「……できます。命に替えても、成功させます」

「行きなさい」

「はっ!」

地を蹴ってノックは走り出した。

フォレストイーターは走った先、百メートルは離れたところで急ブレーキで止まり、周囲を見回している。ただでさえ明かりが乏しいところで、大木が倒れ、砂埃が舞い上がっているせいだろう。

「すぅ——はぁ——」

全身から汗が噴いて、アナスタシアは深呼吸をする。

ノックに、ああは言ったものの気を抜けば今にも膝から崩れ落ちそうだった。

身体に残っている魔力は、あと4割くらいだろうか。初夏鳥にだいぶ使ってしまった。

ただ残魔力を一点に込めれば——これまで使ったことがないほどの強力な魔法が使えるだろう。

レフ魔導帝国で、空の亀裂から落ちてきたモンスター相手に魔法を撃ち込んで以来の魔力使用だが、あのときよりも魔力の扱いに慣れ、さらには一点集中となる。

(落ち着いて……落ち着いて)

遠くで、ノックが声を上げて仲間に呼びかけているのが聞こえる。誘導し、ハイエルフ様に討伐していただくのだと。

(私の奥底に眠る魔力を、すべて吐き出して……)

周囲の空気が変わっていくのを感じる。

アナスタシアは瞳を閉じているのでわからなかったが、彼女は今、黄金色に輝き、発する熱のあまり空気はどろりと溶けたようにすら見えた。

(……ッ、うまく、いかない……)

魔力が暴れている。今までのように自由気ままにぶっ放してくれと暴れている。

ふわふわとした綿菓子を、強風の中でまとめて小さなボールにしていくような作業だ。次々に魔力がこぼれていき、それを集めようとすると、先に集めた魔力が散ってしまう。

(どうしよう、間に合わなかったら……)

焦る。

すでにノックは仲間とともにフォレストイーターに弓矢を撃ち込み、注意を引くことに成功している。

フォレストイーターは苛立たしげに鼻を鳴らすとその鼻息が倒れていなかった木々を揺らした。

(ああ、魔力、魔力、魔力、私の魔力なのに、どうして……!)

ずしん、と大地が響いた。

フォレストイーターが走り出す。

(急がなきゃ、でも、できないっ……)

集中が乱れる。極度に濃縮しようとしていた魔力が逃げようとする——。

——僕は、一歩一歩進んでいるだけなんです。

ふと耳元に、アナスタシアの信じる彼の声が聞こえた。

——どんなに長い旅路もすべては一歩ずつで構成されていますからね。確実に歩いていくことしか、僕にはできません。

そうだった、と思い返す。

(レイジさんも、あのレイジさんであっても、少しずつでしかできないって言っていました)

自分も彼にたずねたではないか。

——私も、一歩一歩進めるでしょうか。

と。

彼は少しだけ驚いたようにしてから、優しく微笑み、こう言った。

——もちろんですよ。

アナスタシアは目を閉じたまま集中する。

逃げていった魔力を集め直す。ひとつずつ。ほんのわずかでも、ひとつずつだ。

「ハイエルフ様!?」

いつしか地響きは近く、激しくなっていた。

ノックの驚く、注意を促す声が聞こえる。

(まだ、足りない。まだ、まだ)

アナスタシアは魔力を圧縮していく。その速度は狂おしいほどに遅かったけれど、それでも確かに魔力は集まっていった。

「ハイエルフ様ァー! そちらへ、フォレストイーターが行きます!!」

今まで感じたことがないほどの魔力の圧縮。まったく新しい体験にアナスタシアは驚きと感動を覚える。

できないと思ったことでも、できてしまえばそれはなんとも当たり前の光景のように感じられる。

「——!! ————!!」

ついにノックの声も聞こえなくなった。フォレストイーターが走る轟音がかき消すからだ。

「——整いました」

フォレストイーターとの距離があと10メートル、というところでアナスタシアは目を開いた。

彼女を中心に突風が発生し、渦を巻く。

差し出した両手の先に現れたのは一抱え以上はある真っ白な球だった。球はちろりとした炎をまとい、弾丸のように射出されると突進するフォレストイーターの眉間に激突する。

「————」

誰かがなにかを叫んだかもしれない。

しかし音は聞こえなかった。

無音の世界でアナスタシアは、自分が成し遂げたことを見守る。

爆発が起き、衝撃波がいまだ立っていた大樹を薙ぎ倒していく。アナスタシアの身体も後ろに飛んだが地面を何メートルも転がって止まると、顔を上げる。

最後まで、見届けなければならない。

超重量のフォレストイーターの突進を食い止めた火球は、いまだヤギの眉間に残り、回転しては顔を焼いていた。

顔面の大半を焼かれたフォレストイーターだったが、四肢で踏ん張って火球に抗っている。

『————————————————————』

滝のようなヨダレとともに発せられた咆吼。

フォレストイーターがねじって首を振ると、火球は顔からようやく離れ、はるか後方の夜空へと飛ぶと——巨大な花火のような爆発をした。

その爆発による炎はしばらく続き、周囲は白く照らされた。

『…………………………・……・……・……・……・・・』

フォレストイーターの身体はあちこちが焼けていた。気づかぬうちに炎が飛び散っていたのかもしれない。

だが、

(立っている……)

顔を焼かれ、目も焼かれて白く濁り、視界は不良かもしれなかった。

さらには震える足は今にも曲がりそうだった。

それでも、立っている。

(倒せませんでした……)

アナスタシアの胸に、じわりと、こみあげる悔しさ。

ここまでやったのに。やれるだけはやったという満足感はあったけれど、それを上回って悔しさが広がっていく。

涙がこぼれる。

倒しきれなかった。ダークエルフたちの集落を壊され、おそらく何人もケガ人が出ているというのに、自分は倒しきれなかった。

『……・……・……・・・・』

フォレストイーターはアナスタシアを見つめている。

きっとヤツは、自分を許さないだろう。ここまで追い詰めた自分を放っておくことはあり得ない。

ダークエルフたちは近くにいなかった。魔法の余波で飛ばされたらしい。

のろのろと、フォレストイーターが足を踏み出す。

見えないはずの目の代わりに、すんすんと鼻を鳴らして近づいてくる。

(動かないと……でも、これ以上は指一本動きません……)

アナスタシアは倒れたまま立ち上がれない。

このまま死を受け入れれば気持ちは楽になるのか。

死ねば悔しさも忘れられるのか。

(最後に……レイジさんにお会いしたかったです……)

そう思ったせいだろうか、アナスタシアは幻覚を見た。

レイジが自分の頭をなでてくれるのだ。そして、

「よくがんばりましたね」

と、ねぎらってくれる——。

「……レイジさん?」

温もりを感じ、アナスタシアは目を見開いた。

いるはずがない。

だって彼は、遠く離れた竜人都市に向かっているのだから。

「お待たせしました。後は僕に任せてください」

だけれどそこにいる少年の存在感は紛れもなく本物だった。

ああ——声なき声が喉から漏れる。もはや魔力もないので火の粉が飛び散ることもなく。

それでも感情だけは、狂おしいほどのうれしさと、愛しさと、喜びが、爆発するように心からあふれる。

来てくれた。

自分が戦うところを見てくれた。

それだけで——すべてが報われたように感じられたのだ。

すっくと立ち上がったレイジは、怒りの視線をフォレストイーターに向けた。

「最後の始末は僕がつけます」