軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

欠陥品?

「……エリノラ姉さん、なんで俺の部屋にいるの?」

「ん? 別にいいじゃない」

お土産を渡し終わって自室でゴロゴロしようと思っていたのだが、俺のベッドはそのままついてきたエリノラ姉さんによって占領されていた。

俺のベッドの上に転がっているクッションを抱き締めて、ただゴロゴロとしているだけだ。

それは俺がやりたかった行動なのでシンプルに変わって欲しい。

俺はただベッドの横で突っ立ってるだけだ。

「というか、エルナ母さんと魔法の勉強は?」

「……一時間ほど休憩をもらってる」

疑問をぶつけると、エリノラ姉さんは嫌なことを思い出したかのような顔で言った。

勉強が苦手なエリノラ姉さんに詰め込んで授業をやっても、却って効率が悪くなると判断しての猶予だろう。

「あと三十分くらいか……」

シルヴィオ兄さんの部屋で過ごした時間がそれぐらいなので残っている時間は幾ばくもない。

なら少しの時間だけ俺が我慢すればいいか。

俺は仕方なくベッドの上に乗っているクッションを一つ取って、自分のお尻の下に置いて座った。

俺は座り込むと、エリノラ姉さんが足をピーンと伸ばし、その反動を利用して起き上がった。

ただゴロゴロするのに飽きたのかもしれない。

ベッドから退いてくれるかもと淡い期待をしながら見つめていると、エリノラ姉さんはベッドに上に座り込んでストレッチをし始めた。

……それ、自分の部屋でできるよね? なんて言葉が喉から出そうになったが、それを言えば姉という生き物は不機嫌になるので心の内だけに留めておいた。

俺が諦観の念を抱いている間にも、エリノラ姉さんはのびのびとストレッチをする。

足を高々と上げたり、猫のようなポーズをして背中を反らせたり、それらの姿を見るとエリノラ姉さんのスタイルの良さが改めてわかる。

だけど、所詮は姉だ。美しいものだと認めはするけど、異性というカテゴリには入るはずもないのでドキドキすることはない。

狂暴な肉食獣と同じ檻に入れられているようなドキドキならあるけどね。

あんまり眺めているとセクハラだと勘違いされたり、ストレッチを手伝わされる可能性がある。

俺は視線を合わせないために王都から持ち帰った品々の整理に没頭することにした。

お土産とは別に買い込んだ自分用の本を本棚に収納したり、スパイスクッキー、魔石の端材などをテーブルの引き出しに入れていく。

「うん? なんだこれ?」

お土産とは別に大きな木箱があったので開封してみる。

「あら、ヴァーシェルじゃない? アル、王都でこんなものを買ったの?」

蓋を開けると同時に後ろから覗き込んできたエリノラ姉さんの声が落ちてきた。

「いや、シューゲル様から勘違いのお詫びとして貰ったんだ」

「楽器を貰うくらいならもっといい物を貰いなさいよ」

「でも、これかなり高級品らしいよ? バリトンってすごい人が作った国内に五十もないやつだって」

「ふうん……」

楽器にまるで興味にないエリノラ姉さんは、バリトン製のヴァーシェルの凄さがまるで伝わらないようだ。

「伝説の名工が打った、国内に五十本も存在しない名剣みたいな?」

「え! すごいものじゃない!」

別のたとえをしてみたら稀少さが理解できたらしい。相変わらず残念な姉だ。

「でも、そんなすごいものを貰っても弾け――いいえ、アルは無駄に器用だから弾けそうだわ。あっさりと魔力弦を作成して、即興で作った曲を弾きそう」

エリノラ姉さん、実は王都についてきてた?

エルナ母さんとノルド父さんからウォーターショーの話でも聞いたんじゃないかっていうほどの推測の精度だった。

「自慢じゃないけど、初心者の割には弾ける方だと思うよ。ちなみにエリノラ姉さんは弾けるの?」

「……まあ、それなりに弾けるわよ」

答えるまでに微妙な間があった。

「本当に? エリノラ姉さんが楽器とか弾けるイメージないんだけど?」

「……そのヴァーシェルを貸しなさい。あたしが一曲、弾いてあげるわ」

軽くあおってみると、エリノラ姉さんが額に薄っすらと青筋を浮かべながら言ってくる。

俺にヴァーシェルを弾けない奴認定されるのは我慢ならないようだ。

「どうぞ」

エリノラ姉さんはベッドの腰掛けると、受け取ったヴァーシェルを抱えるようにして持った。

エリノラ姉さんの指先に魔力の光が宿り、そこからヴァーシェルの魔力弦が生成される。

しかし、パシュッと乾いた音を立てて弦が霧散した。

「は?」

「あはは、エリノラ姉さん、ヴァーシェルを弾くどころか魔力弦すら作れてないじゃん」

「そんなはず……」

俺が笑う中、エリノラ姉さんは真顔になって魔力弦を作ろうとする。

指先から細長い魔力の光が伸びるが、形になる前に霧散。

「できないじゃん」

「弦が通らないんだけど! なにこれ!?」

驚きの声を漏らしながらさらに五回ほど魔力弦の生成を試みるが、すべてが霧散してしまう。

「これはヴァーシェルがおかしいわ! 欠陥品よ!」

仮にも公爵家当主からの贈り物なのに欠陥品扱いしてしまうエリノラ姉さん。

「いや、そんなわけないよ。ほら!」

エリノラ姉さんからヴァーシェルを受け取ると、俺はすんなりと魔力の弦を通してみせた。

軽く弾いてみると、ピイィンッ、ピイィンッと甲高い音が響いた。

正常に魔力弦を通すことができるし、音だって綺麗なものだ。このヴァーシェルは欠陥品なんかではない。

これみよがしに音を奏で続けると、エリノラ姉さんがイラっとした顔になる。

「……ちょっとシルヴィオを呼んでくるわ」

え? なんでそこでシルヴィオ兄さんを呼ぶことになるのだろう?

彼は報告書の修正に取り組んでいるので邪魔したら可哀想なのだが、エリノラ姉さんは不機嫌そうな顔でのしのしと部屋を出て行ってしまう。

ヴァーシェルを抱えながら部屋で突っ立っていると、程なくして連れてこられたシルヴィオ兄さんがやってきた。

「シルヴィオ、このヴァーシェルを弾いてみて」

「ええ? 姉さん、急にどうしたの?」

「いいから早く」

「う、うん」

ロクに説明もされずに無理矢理連れてこられたことが容易にわかった。

「よくわからないけど、このヴァーシェルを借りていい?」

「いいよ」

律儀に一声かけてきたシルヴィオ兄さんに俺は抱えていたヴァーシェルを渡した。

それ白金貨二十枚以上するから気を付けてって言うと、シルヴィオ兄さんは驚いて落とししそうだからやめておこう。

「じゃあ、いくよ」

シルヴィオ兄さんがヴァーシェルを抱えると、指先に魔力を収束させる。

しかし、収束した魔力はバシュッと乾いた音を立てると霧散した。

「……え? なにこれ?」

「ね? おかしいでしょう?」

シルヴィオ兄さんが間抜けな声を漏らし、何故かエリノラ姉さんが誇るように言う。

「ちょっと待って。もう一度張り直すよ」

シルヴィオ兄さんは深呼吸をすると、先ほどよりもグッと意識を集中させた状態で指先に魔力を集める。集められた魔力はやがて放出され、一本の魔力弦が出来上がった。

「ええ? たった一本? しかも、かなり太くない?」

リュートの弦の太さは、種類や張り方によって幅はあるが、一般的とされるのが高音弦で0・4ミリであり、低音弦で1・0ミリ前後である。

しかし、シルヴィオ兄さんが通した魔力弦の太さは五センチ以上ある。

まるで、うどんを二本束ねたみたいな魔力弦だ。

「はぁ、はぁ……僕には……これが限界……」

ふとシルヴィオ兄さんを見てみると、青白い表情を浮かべながら額に汗をかいていた。

魔力欠乏症一歩手前といったところだ。

「やっぱり、このヴァーシェルが変なのよ!」

「……要求される魔力量がとても高いし……弦を生成するのが……とても難しいよ、これ……」

呼吸を荒くしながらも必死に言葉を紡いでくれるシルヴィオ兄さん。

うん、そこまで無理しなくていいから休んでいてほしい。

エリノラ姉さんが魔力弦を生成できないのは納得だが、それなりに魔力操作のできるシルヴィオ兄さんまでもが魔力弦を通すことができないというのは変だ。

もしかすると、二人の魔力操作が未熟というより、ヴァーシェルの性能面での問題なのかもしれない。

「うーん、エルナ母さんに聞いてみよう」

「そうね。それが早いわ」

動けなくなってしまったシルヴィオ兄さんを放置し、俺とエリノラ姉さんは部屋を出るのだった。