軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

公爵家の策略

「……当たり前よ。これはバリトン製のヴァーシェルなのよ?」

先ほどの経緯を説明すると、エルナ母さんが呆れたような声音で言った。

「え? このヴァーシェルってそんなに扱いが難しいの?」

「バリトンは演奏家、製作者だけじゃなく、魔法使いとしての腕も一流だわ。そんな彼が製作したヴァーシェルを扱うには、並以上の魔力量と魔力操作がないと無理ね」

要するにバリトンという優秀な男が作ったヴァーシェルは、彼を基準とした特殊なチューニングを施されており、並の魔法使い程度では扱い切れない代物となっているようだ。

「ほら、あたしが悪いんじゃないでしょう?」

エルナ母さんの言葉を聞いて、なぜかエリノラ姉さんが偉そうに言う。

魔力量が低い、魔力操作が未熟という烙印を押されているのに気づいていないのだろうか。

「エリノラの未熟さを擁護するつもりはないけど、並の魔法使いじゃ魔力弦を張ることすらできないし、できたとしても二本や三本が限界ね」

「……え? 俺ってば普通に七本とか十本とか通せるんだけど……」

「きも」

瞬時に七本、十本と魔力弦を生成してみせると、エリノラ姉さんがシンプルに酷い言葉を言ってきた。

可愛い弟に向かってなんて言葉を吐くんだ。

「あなたは自分の魔力量が桁外れだってことをいい加減に自覚しなさい」

エルナ母さんが頭の痛そうな顔で言ってくる。

サルバ、バグダッド、シャナリアといい、ここ最近そういった忠告をされることが増えてきた。そこまで俺は自分の魔力量の多さに無頓着だということなのだろうか。

「ちなみに母さんは何本弦を張れるの?」

ここ最近の出来事を振り返っていると、エリノラ姉さんが素朴な疑問を投げかけた。

俺も地味に気になる。エルナ母さんはバリトン製のヴァーシェルで何本の魔力弦を生成することができるのか。

俺とエリノラ姉さんがジーッと視線を向けると、エルナ母さんはぷいっと視線を逸らした。

「……そろそろいい時間ね。エリノラ、授業を再開するわよ」

視線を辿ると、テーブルの上にある砂時計がちょうど落ちきったところだった。

妙にタイミングがいい。こうやっていつでも会話を切り上げられるように会話をコントロールしていたのかもしれない。さすがはエルナ母さんだ。

「あ! 誤魔化した!」

「エリノラ、選ばせてあげる。午前と同じように魔法の座学を受けるか、アルと一緒にヴァーシェルを弾きながら魔力操作の扱いを学ぶかどっちがいい?」

エリノラ姉さんが噛みつく中、エルナ母さんが突拍子もない提案をする。

え? それ俺にとって何もメリットがなくない?

「ヴァーシェル!」

「じゃあ、部屋に戻って自分のものを取ってきなさい」

「わかったわ!」

俺が呆然とする中、エリノラ姉さんはあっという間にリビングを飛び出して行ってしまった。

「俺も一緒にやる意味ある?」

「ヴァーシェルを貰ったからには、次までに腕を磨いておかないとマズいわ」

「次までにってどういうこと?」

「そのヴァーシェルはお詫びとはいえ、公爵家の当主であるシューゲル様からの頂きものよ? もし、彼から演奏会のお誘いがあれば、アルは断ることができないことくらいわかっているわよね?」

「ええ!? なにそれ! 完全に罠じゃん!」

「……やっぱりわかってなかったのね」

俺がギョッとした声を漏らすと、エルナ母さんが額に手を当てながらため息を吐いた。

お詫びと称してそのような物品を渡し、俺への首輪をかけてくるとは。

転んだとしてもタダではおかず、次の機会へ繋げようとする機転の高さと貪欲さ。これが陰謀と策謀の世界を生き抜いてきた公爵家の当主の力なのか……。

「ラーナ様と別れの挨拶をする時にヴァーシェルを一緒に弾くって約束していたでしょう?」

「あ、確かに、そんな約束をしたかも。でも、所詮は子供同士の口約束だし、ラーちゃんも忘れているんじゃ……」

「わざわざ辺境の領地にまで遊びにくる子よ? 忘れるわけないでしょう? それに会話の途中で専属メイドが口を挟んできたじゃない」

確かに最後の挨拶の時に、ロレッタが口を挟んでラーちゃんの喜びようを代弁し、次の機会にまた一緒にヴァーシェルを演奏しようとお願いしてきていた。

「あれも罠?」

「罠ね」

信じられない。公爵家の人たちを信じられなくなりそうだ。

「じゃ、じゃあ、もしかして、ラーちゃんも……」

「あれは天然よ。そこは同じ女性として断言するわ」

「だ、だよね。よかった」

安堵した後に罪悪感に駆られる。

一瞬とはいえ、あんな幼く純粋な子を疑ってしまうなんて恥ずかしい。

「というわけで、いずれ招待されるであろう演奏会に備えて、アルにはヴァーシェルの練習をやってもらうわ」

「うん、わかった」

「あら、意外と面倒くさがらないのね?」

素直に頷くと、エルナ母さんが目を丸くする。

俺ってば、そんなに何事にもやる気のない息子に見えるのだろうか。

「楽器を触りながら一日を過ごすっていうのも、のんびりとしたいい一日だと思わない?」

「ふふ、アルらしい理由ね」

エルナ母さんがクスリと笑った。

シンプルに楽器が弾けるってだけでカッコいいし、スローライフをおくる上で趣味がたくさんあるのはいいことだと思う。

程なくして廊下からドタドタという足音が響いてくる。

エリノラ姉さんが戻ってきた。

「母さん、ヴァーシェルを持ってきたわ!」

「……どこに置いていたらそんなに埃塗れになるのよ。先にヴァーシェルを綺麗にしてきなさい」

相変わらずの女子力の低さを誇るエリノラ姉さんだった。

エリノラ姉さんがヴァーシェルを綺麗にすると、リビングにて急遽ヴァーシェルの授業が始まることになった。

三人して向かい合うようにしてイスに座り、それぞれがヴァーシェルを抱えている。

「さて、エリノラは魔力弦の生成から始めましょうか」

「さすがに普通のヴァーシェルなら魔力弦くらい作れるわよ」

エリノラ姉さんが舐めないでとばかりの表情をしながら指先から魔力弦を生成する。

三本の魔力弦がヴァーシェルに通された。

「……アル、どう思う?」

エルナ母さんが何故か俺に感想を求めてくる。

「杜撰」

「は? どこがよ?」

思ったことを素直に述べると、エリノラ姉さんがドスの効かせた声を響かせてくる。

「そもそもの弦の幅が太いし、練り込まれた魔力の密度も均一じゃないじゃん」

「そうね。今のままでは音にムラが出るでしょうね」

エリノラ姉さんが試しに弦を弾いてみると、みょんみょんと変な音が響いた。

「しっかり魔力が練り込まれた魔力弦の場合は澄んだ音が響くわ」

エルナ母さんが手本を見せるようにして魔力弦を生成し、ピィィンッと澄んだ音を響かせる。同じようなヴァーシェルを使っているのに、響いている音の質は段違いだ。

俺も煽るようにして澄んだ音を響かせると、無言でチョップを食らった。酷い。

「というわけで、エリノラには質の高い魔力弦を張ってもらうわ」

「具体的にどうするの?」

「まずは一本の質の高い魔力弦を作りなさい。一本目を作ることができたら二本、二本ができたら三本とドンドン制御できる数を増やしていくのよ」

「わかった。やってみるわ」

エルナ母さんからの指示を受けて、エリノラ姉さんが集中して魔力弦の生成をする。

「……エリノラ、弦が太いわよ」

「わかってるけど、魔力を振り絞るのが難しい……ッ!」

エリノラ姉さんの生み出した一本の魔力弦が徐々に細くなっていくが、魔力を振り絞ることができていないからかすぐに太くなっていた。

まったく安定していない上に、魔力の光がチカチカとしていて眩しいや。

目をしょぼしょぼとさせていると、エルナ母さんがこちらを向いた。

「エリノラが魔力弦を生成している間は、アルの方を進めるわ。魔力弦を生成してちょうだい」

「はい」

俺はすぐにヴァーシェルを抱え直し、魔力弦を生成した。

「三本、五本、七本、十本、二本、六本、一本、九本……もう十分よ」

エルナ母さんの口から本数を指示される度に、俺は魔力弦を霧散させて瞬時に張り直してみせた。

隣で一本の魔力弦を生成するのに、四苦八苦していたエリノラ姉さんが唖然としている。

「……予想はしていたけど、魔力弦に関しては完璧ね」

「なんか反射神経を鍛えているみたいで面白かったよ」

「普通の魔法使いは、そのヴァーシェルを使ってポンポンと弦の再構成なんてできないのだけど」

リズムゲームをやっているみたいな感じで面白かった。

バリトン製のヴァーシェルは、弦を組むだけでバカみたいに魔力を消費するので魔力増量訓練のいい鍛錬になりそうだ。

魔法を使えない時は、これで魔力を消費することにしよう。

「次は音階通りに音を鳴らしてみなさい」

エルナ母さんに言われ、俺はドレミファソラシドと順番通りに弦を弾いた。

こちらの世界の音階は、前世とまったく同じなので戸惑うことはない。

一音、一音、意識して綺麗な音色を響かせることを意識した。

「……音の響かせ方も完璧ね」

「まあ、自分の魔力で組み上げた弦だからね」

どれくらいの硬度なのかは自分がよくわかっているし、どれぐらいの力を加えれば、どのくらいの音が鳴るかは感覚的に把握できる分、前世で触れたことのあるギターなどに比べれば遥かに簡単だ。

「そうは言うけど、それを感覚的に理解するのが難しいものなのよ」

自分の魔力で組んだ弦のことがわからないって、それこそ俺には理解できない。

魔力は自分の身体の一部みたいなものなのに。

「これを弾いてみなさい」

ひと通りの音階を鳴らしてみせると、エルナ母さんが一枚の楽譜を差し出してくる。

「……なんの歌?」

「コリアット村の民謡曲よ」

「ああ、収穫祭とかで村の皆が歌っている歌だね」

言われて歌詞の部分を見ると、確かに聞き覚えのある歌だった。

こちらは前世と少し違って独特な記号などが書かれているが、初心者用にわかりやすく音階が振られている。

俺は音階を確かめるようにしながら魔力弦を鳴らした。

「うん、これぐらいは簡単だね」

曲調もゆっくりだし、音階の幅も狭い。別にそう難しいやつじゃないな。それに何度も聞いたことのある歌だし。

「別の曲とかない?」

「今はちょっと手元にないわね。初級用とはいえ、簡単に曲をマスターするとは思ってなかったから」

エルナ母さんがちょっと困った顔になる。

今日はこの民謡曲のマスターを目標と定めていたらしい。

さすがにそれは舐め過ぎだと思ったけど、今世ではまともに音楽の授業なんて受けていない七歳児だ。普通はここまでいけないんだろうな。

「メル、悪いけど私の部屋に楽譜がないか探してきてくれる?」

「わかったよ」

控えていたメルが頷き、リビングを退室していく。

「ちなみにドラゴスレイヤーの曲の楽譜とかないの?」

「え!? ドラゴンスレイヤーの曲!? あたし聴きたい!」

「そんなものはないわ」

エルナ母さんがきっぱりと真顔で言う

「待って。エリノラ姉さん、俺なら弾ける気がする」

「え? 本当?」

楽譜はないけど、俺の脳内には鮮明にドラゴンスレイヤーの劇を見た時の記憶がある。

俺は記憶を頼りにドラゴンスレイヤーの曲を弾いてみせる。

新しい冒険の幕開けを告げるラッパのような音を高らかに響かせる。

その音は力強く堂々とし、これから冒険者の物語が始まるという期待感を抱かせるような旋律だ。

「あ! それノルド父さんが初めて登場した時の旅の序曲だわ!」

「そうそう! 確かこんな感じだったよね!」

印象的だった序曲を奏でると、エリノラ姉さんがキラキラとした瞳をこちらに向けてくる。わかってくれて嬉しい。

前世でもこんな耳コピのような真似はできなかったが、今の柔軟な若い頭脳であればこんなこともできてしまうようだ。

「……なるほど。確かに想像以上の才能ね。クロノワインド家の人が門下生にと誘ってくる気持ちが何となくわかったわ」

俺とエリノラ姉さんがきゃっきゃと騒ぐ中、エルナ母さんの頭の痛そうな呟きが響くのだった。