軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

悪くない

串揚げの仕込みを終えて自室に戻ろうとすると、ノルド父さんの執務室から出てくるシルヴィオ兄さんの姿が見えた。

「シルヴィオ兄さん、仕事の話は終わったの?」

「うん、今終わったところだよ」

「結構、時間がかかっていたね?」

「報告書を書いたんだけど、読みにくかったみたいで修正を貰っちゃったんだ」

シルヴィオ兄さんが肩をすくめて苦笑いをした。

「ちょっと見せて」

「うん、いいよ」

シルヴィオ兄さんが抱えている報告書の一枚を確認させてもらう。

「……うーん、確かに読みにくいね」

社会人時代に数えきれないほどに報告書を書かされてきた俺からすれば、シルヴィオ兄さんの書いた報告書は稚拙に見えた。

ノルド父さんも何とかして報告書を良いものにしようとしているが、こういった書類作業はあまり得意じゃないのか訂正が甘かったり、微妙にずれている気がする。

「やっぱり、そうだよね。アルはどうすればいいと思う」

「何についての報告か一目でわかるタイトルにしてほしいかな。それに最初に全体の要点を一言くらいでまとめてほしい。『何が起きたのか』『どうなったのか』『今後どうするか』を先に提示した上で詳細を書くといいんじゃない?」

「ちょ、ちょっと待って、アル! 僕の部屋でもう少し詳しく教えて!」

「え? うん、別にいいけど……」

軽い助言のつもりだったが、シルヴィオ兄さんからすれば重要なことだったらしい。

珍しく強引に手を引かれて部屋の中へと連行されてしまった。

シルヴィオ兄さんはすぐにイスに座ると、テーブルの引き出しから新しい羊皮紙を取り出した。どうやら今すぐに修正した報告書を書き直すつもりらしい。

マジか。勤勉過ぎる。

羽ペンをちょんとインクにつけてガリガリと報告書を書いていく。

俺はサイキックで浮かせていた木箱を床に置いてから、その報告書を覗き込んだ。

「あ、一文は長くせずに短く区切ってね。長いと読みづらいし、何が問題なのかわかりにくくなるから」

「わ、わかった」

「『思います』『感じました』っていう言葉は使わない方がいいよ。欲しいのは客観的な事実と根拠だからね」

「……なるほど」

ああ、報告書の書き方を教えるなんて何年ぶりだろう。

会社で働いていた時に、新しく入ってきた新卒の子に教えた時以来だっけ?

まあ、その新卒の子も会社のあまりのブラックさにドン引きして、二週間もしない内に辞めちゃったけどね。

この世界に転生してから報告書なんてものとは無縁だったので、とても懐かしい。

ちなみに報告書のアドバイスについては、社会人一年目の時に上司から言われたことだ。社会人からすれば、当たり前のことばかりだな。

「まあ、報告書なんて上司とか他の人が短時間で理解し、判断できるように情報を整理するだけだよ。ある程度の書き方を覚えて、自分なりにフォーマット化すれば、そこに情報を整理して流し込むだけでいいしね」

なんてコツを話すと、シルヴィオ兄さんがこちらを見上げながら目を瞬かせた。

「……アルは書類作成に慣れているんだね?」

あ、しまった。つい、社会人時代の知識をひけらかしてしまった。

領地や書類作成に関することに口を出すと、シルヴィオ兄さんみたいに仕事を振られることになるから敢えて触れないように立ち回っていたのに。

「エリノラ姉さんに反省文をよく提出していたから」

「姉さんに反省文を?」

「うん、エリノラ姉さんにも理解させられるように工夫したらこうなった」

「……なるほど。姉さんに理解されられるようにか……そう考えると、僕の今の報告書類じゃダメだね」

やや苦しめの言い訳ではあるが、エリノラ姉さんの文字嫌いについてよく知っているシルヴィオ兄さんには刺さったようだ。

まるでストンッと心に落ちたかのような顔をしている。

エリノラ姉さんの読解力はどれだけ低いんだ。

「――あたしがなんだって?」

シルヴィオ兄さんが作成した種類とにらめっこしながら呟いていると、扉の隙間からエリノラ姉さんが顔を出してきた。

「ひぃ! 変な覗き方してこないでよ!」

「覗いてなんかないわよ。ちょっと顔を出しただけじゃない」

俺が悲鳴を上げると、エリノラ姉さんがやましい気持ちはないとばかりに堂々と侵入してくる。不法侵入だ。

「まだ入ってきていいって言ってないんだけど?」

「弟の部屋に入るのに、許可とかいらないでしょ?」

「ちなみに逆は?」

「許可がいるに決まってるでしょう」

素朴な疑問を投げかけると、何を当たり前のことを言っているんだとばかりに返事された。

清々しいまでの横暴だ。前世の姉たちと同じである。

やはり、どこの世界であっても姉という生き物はこの独自の一方通行ルールを強いてくるものなのか。

「で、なんの話をしていたの?」

「シルヴィオ兄さんの報告書が読みづらいって話だよ。ほら、これ」

「……黒いわ!」

修正前の報告書を試しに見せてみると、エリノラ姉さんは眉間に深い皺を刻んで突き返してきた。

非常に端的でエリノラ姉さんらしい感想だな。

「じゃあ、こっちはどう?」

「……これなら何とか読めるわね」

俺のアドバイスを元にして作成した修正書類を見せると、エリノラ姉さんはジーッと文字を追いかけながら言った。

これだけ情報を整理してもその感想なのか。エリノラ姉さんに書類を見せる時は、すべて三行以内にした方がいいのかもしれない。

「あ、目撃された魔物の数は多いとか、少ないとかじゃなくて数字で書いておきなさい」

その癖に指摘する箇所は妙に鋭い。

「確かに。数字があるだけで信頼度は増すからね」

「目撃者からの報告が曖昧だった場合は?」

「多いって言っても五匹よりも多いとか、七匹よりも多かったとか最低限わかるでしょう? わかる範囲だけでもいいのよ」

「なるほど」

エリノラ姉さんは、自警団を率いて領内に出現した魔物を討伐しに向かうので、魔物に関する数字には敏感のようだ。

「ところでアルがイス代わりにしている木箱はなんなの?」

「あ、忘れてた。お土産を渡そうとしていたんだ」

元はシルヴィオ兄さんにお土産を渡そうとしていたのだが、報告書の相談を受けてすっかりと忘れていた。

「もしかして、頼んでいた本かい?」

「うん、そうだよ」

報告書の書き直しをしていたシルヴィオ兄さんが、パタリと手を止めてしまった。

それだけ楽しみにしていたのだろう。我が兄の可愛らしい反応に頬を緩めてしまう。

「王都周辺の山菜に関する本と、キノコに関する本だよ」

「うわぁ! アル、ありがとう!」

木箱から二冊の本を取り出すと、シルヴィオ兄さんは嬉しそうに目を輝かせた。

「コリアット村から西方面に植物に関する図鑑はあまり持ってなかったもんね?」

「うん、そっちはまだ手を出していないんだ」

本棚に収容されている本の傾向から、シルヴィオ兄さんがコリアット村を中心に範囲を広げるようにして植物図鑑を収集しているのはわかっていた。

「ポリシーはわかっていたけど、シルヴィオ兄さんもいずれは王都の学園に通うことになるし、早めに王都周辺の植物図鑑も持っておいた方がいいかなって」

「ありがとう。その心遣いが嬉しいよ」

俺とシルヴィオ兄さんが兄弟仲を深めている中、本をまったく読んでいないエリノラ姉さんは不思議そうな顔をしていた。

俺たちのやり取りの意味がわからないのだろう。

その人の本棚を見れば、どのような趣向をしているのか、どんな法則で本を集めているのかそういった癖がわかるものである。日頃から本に興味を示さないエリノラ姉さんには理解できないコミュニケーションだろうな。

「お土産はまだあるよ。次のやつは本だけど、本じゃないんだ」

「どういう事よ?」

「まあ、見ればわかるよ」

気の急いているエリノラ姉さんを落ち着かせ、俺はシルヴィオ兄さんのために用意したもう一つのお土産を取り出した。

「……なにこれ? 本じゃないの?」

「いや、違うね。本にしては大きいし、装丁の材質が妙に硬質だ」

シルヴィオ兄さんが妙に精巧な造りをしている分厚い本を手にしながら呟く。

「そのまま本を開いてみて」

「わっ! 本が光った!」

助言すると、シルヴィオ兄さんがゆっくりと本を開く。

すると、ページが開いて暖かな光を放ち始めた。

「ええ!? 光る本ってこと!?」

「違うよ。本型のランプだよ」

「わ、わかってるわよ! あたしもわかっていてそう言いたかったの!」

エリノラ姉さんが少し顔を赤くしながら言ってくる。

ちょっと恥ずかしそうにしている辺り、言われるまで理解していなかった可能性は高いけど、これ以上からかうと手痛い仕返しを食らいそうなのでやめておく。

「閉じると光は消えるよ」

「本当だ」

開いて始まり、閉じて終わる。そんなところも本みたいだ。

シルヴィオ兄さんは本を開いては明かりをつけ、閉じてはまた消してを繰り返す。

「ありがとう。アル! とっても素敵なランプだよ! 本の形をしたランプがあるなんて思いもしなかった!」

「どういたしまして」

「今日の夜がとても楽しみだよ」

本型ランプを抱き締めてにっこりと笑うシルヴィオ兄さん。

きっと今夜は本型ランプをつけて、王都の山菜図鑑や植物図鑑を開くのだろう。

中々に素敵な夜の過ごし方だ。

ここまで喜んでもらえると用意した方も嬉しいものだな。

英雄譚もこの場で渡そうかなと考えていたが、今それをやると台無しになりそうなので今度にしよう。

あっちは遊園地事業を引き受けてもらうための交渉材料という側面もあるので、別の機会にした方がいい。

「さて、お土産も渡したし、俺は自分の部屋に戻ろうかな」

「……ねえ、あたしへのお土産は?」

木箱を抱えて自室へと戻ろうとすると、エリノラ姉さんが唸り声のような声を上げた。

「ぐえっ!? あ、あるよ。ちゃんと用意しているから襟を引っ張らないで」

「ふん、ならいいのよ」

「はい、香辛料」

襟から手を放してもらうと、俺は木箱の中から香辛料の入った瓶を手渡した。

「これはあたしがお小遣いをあげて買ってきてって頼んだものでしょう? お土産じゃない」

「え? そうなの?」

「まさか、本気で鵜呑みにしてあたしへのお土産だけ買ってきてないわけ!?」

「いや、冗談だよ! ちゃんとエリノラ姉さんのお土産も買ってきたから!」

エリノラ姉さんが半泣きになりながら握りこぶしを作り出したので、さすがにこれ以上ふざけるのもマズいと俺は理解した。

「こちらの耳飾りになります」

「ふーん、耳飾りね……」

黒と翡翠のカラーが走った耳飾りを見つめて、エリノラ姉さんが呟く。

感触としては悪くはない。後はしっかりセールスポイントを告げるだけだ。

俺は魔石細工の店で紹介してくれたオーケンの台詞を思い出し、自分なりのアレンジを加える。

「こちらは本物の蝶の羽を使用し、魔石へと封じ込めた耳飾りとなります」

「すごく綺麗だと思ったけど、本物の蝶の羽なんだ……」

シルヴィオ兄さんが耳飾りを覗き込みながら感嘆の声を漏らした。

「はい。夜光蝶の鮮やかな羽を楽しむだけでなく、魔力を込めればちょっとした明かりにもなります」

「あ、本当ね。光ったわ」

エリノラ姉さんの手の平の中で耳飾りがほのかな光を放った。

「ふうん、意外に光量があるのね」

ここでようやくエリノラ姉さんの目が見張った。

こういう実用的な使い道があるアクセサリーとかエリノラ姉さんは好きだよね?

もちろん、それを見越してのチョイスである。

「つけて」

「え? あ、はい」

自分でつけた方が早いじゃんなんてことは言ってはいけない。姉がつけろと言えば、弟は粛々とつければいいのだ。

エリノラ姉さんがイスに座ると、シルヴィオ兄さんがテーブルの上に鏡を設置し、俺はお髪を手早く整えて差し上げる。

この耳飾りはピアスタイプではなく、クリップ式のイヤリングだ。

鏡を見ながらエリノラ姉さんの耳たぶの位置に耳飾りを押し当てる。

この時、直接どこがいいと聞くのではなく、エリノラ姉さんの顔色で好みの位置を探り当てるのが弟として必要な察する能力である。

エリノラ姉さんの表情がどことなく満足げなのを確認すると、俺は適切な位置でクリップを挟んだ。

「いかがでしょう?」

エリノラ姉さんが顔の角度をずらしながら耳飾りを確認する。

「……悪くないわね」

その一言が貰えた瞬間に俺は安堵した。

エリノラ姉さんの『悪くない』は、大抵褒め言葉として受け取って大丈夫だ。

日本語だと『悪くない』『まあまあ』に聞こえる言葉だが、エリノラ姉さんの中では『思った以上にいい』『なかなかいい』という肯定的な意味合いなのだ。

たまに日本語的なニュアンスが発生するのだが、今回は表情を見る限りはそうではなさそうなので問題はなかった。