軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【アニメ第4話放送記念】残骸4 エニチーデ地下研究所実験体暴走事故について

顔面の渦巻いたオーガが、己を閉じ込める透明の筒を脱出するべく何度も拳を叩きつける。

ズドン、ズドン、と施設全体が揺れるような衝撃が繰り返し俺たちの足元を揺らした。

「何をしている、早く鎮静ガスを投与しろ!」

俺が端末を操作する部下に向かって怒鳴りつけると、彼は萎縮しながら答えた。

「すでにやっています! まるで効果がありません!」

「コアの出力はどうなってる!」

また別の部下に怒鳴りつける。

そちらはどこか諦めたように言った。

「停止命令を出しても止まりません。出力、なおも上昇中。完全に暴走しています」

「やむを得ないか……実験体は廃棄処分とする。溶解液を投入しろ」

筒にはヒビが入り始めていた。

周囲で作業をする職員たちは慌てふためき、逃げ出そうとする者までいる。

所長である俺がいるこの場所は分厚いガラスに守られているため安全ではあるが、あれが外に出てしまえばそんなものは気休めにしかならない。

なぜこんなことになったのか。

やはりエニチーデなんて田舎に飛ばされるのは左遷だったんだ。

戻ってきたらそれなりに出世させてやると言われたが、今回みたいに無茶な実験をさせるため捨て駒だったに違いない。

「クソッ、いくら〝意志〟を抑える技術があると言っても、あそこまでコアの出力を上げれば暴走するのはわかりきっていたというのに……!」

それでも逆らえなかった。

所長と言っても、教会内部で言えば俺は下っ端と言ってもいい立場だ。

リーダーであるあの女には逆らえないし、逆らえば殺される。

もっとも、逆らわなかったとしても命が安全というわけでもないが。

「所長、廃棄設備が機能しません!」

「どうなっている、故障か!?」

「わかりません、日常的に点検は行われていたはずです」

俺は舌打ちをすると、壁際に取り付けられた水晶球――風魔法を用いた拡声設備に近づき、喋りかけた。

「手作業で薬品を投入しろ。絶対に実験体を檻から逃がすなよ!」

設備を使えば、俺の声は施設中に響くはずだ。

命令を聞いた職員たちは青ざめた顔をしながらも、しぶしぶ命令通りに動き出す。

ひとまずこれであのオーガはドロドロに溶かされ、コアだけが残るはずだ。

だが安心したのもつかの間、部下の一人が言った。

「所長、他の個体が動き始めました」

「何を言っている、停止中の個体が動き出すはずなど!」

そう言った直後、ズドンッ! と別のケースに閉じ込められたオーガの拳が、施設を揺らす。

さらにその横にいた三体目の個体まで動き出した。

「馬鹿な……実験中の個体はまだしも、なぜあちらまで――そうか螺旋か。リトルオリジンと同じだ、三体集めてしまったからこそ互いに干渉しあって想定しない力場が発生したんだ! まさかあの女、このデータを取るために――」

三体使えというのも、上からの命令だった。

複数の実験体が集まることで制御不能に陥る原因不明の現象。

もしかすると、俺たちはその原因を暴くための生贄として使われたのかもしれない。

ここで一体目のオーガが入ったケースに、ようやく薬品が満たされる。

「よし、よくやった! これで残る二体も――」

「残る二体、止まりません」

「チッ、一度動き出したら無駄ということか。こうなったら……仕方ない」

俺は再び拡声設備に向かって叫ぶ。

「我々はこの施設を放棄する!」

「ですが所長、逃げれば私たちも消されます!」

「残ったところで死ぬのは変わらん! これよりすべての隔壁を封鎖、その後に脱出しろ。逃げ遅れても責任は取らんからな!」

ああ、言った、言ってしまった。

これで俺の出世街道もおしまいだ。

いくら親が司教でも、教会にはそれより上の立場の連中がゴロゴロいる。

そいつらから見れば、俺も親父もゴミみたいなものに違いない。

楽して権力を得られるかもしれないと、教会なんぞを選んだのが間違いだったんだ。

悔しさに拳を壁に叩きつける――が、一向に隔壁は下りてこない。

「何をしている、隔壁封鎖はどうした!」

「う、動きません……あらゆる設備が、私たちの制御を拒んでいます!」

部下は青ざめた顔で言った。

「は、はは……教会はそこまでするのか。俺らを消すために。都合の悪い教会の裏側を隠すために。それともこれすらもオリジンの意志とでも言うつもりかッ!?」

俺の心からの叫びは、部下をビビらせるだけで元凶たちには届かない。

「もういい、勝手に逃げろ。その後はどうなっても知ら――」

そのとき、ついにオーガを拘束していたケースが割れた。

二体はほぼ同時に野に放たれる。

ガラス越しに目が合った。

いや、顔は螺旋に埋め尽くされているので、それが目かはわからないが――明確な意思を持って、俺を見ているような気がする。

「化物が……!」

「ひっ、ひいぃぃぃいっ!」

部下の一人は椅子から転げ落ち、這いずるようにして部屋を出る。

もう一人はバカ丁寧に俺に頭を下げると、駆け足で去っていった。

「逃げ場なんて……あるのか?」

一人部屋に残された俺は、化物を見ながらそう呟いた。

するとオーガの片方が拳を振り上げ、こちらに向けて突き出す。

そこから渦巻きが放たれ、ガラスに叩きつけられた。

実験体が暴走しても受け止められる頑丈なガラスだと聞いてる。

だがなんともあっけなく割れて砕け、俺と化物を隔てる壁は消えてなくなった。

「生きてやる」

飛び散ったガラスが俺の頬を裂き、血が流れ落ちる。

「あんなもんに殺されてたまるかよ……ッ!」

恐怖で声が震える。

二体のオーガは同時に飛び上がると、割れたガラスにしがみついた。

そのまま部屋に入ってくるつもりらしい。

もちろん大人しく捕まるはずもなく、俺は急いで部屋を飛び出した。

廊下を走る。

前方には他の職員の姿が見えた。

緊急用に出口はいくつか用意してある、そして敵は二体だ、分かれて逃げれば誰かは助かるだろう――そう思っていたが。

ガゴォンッ! と遠くで壁が崩れる音がする。

同時に職員たちの悲鳴も聞こえてきた。

「さっきまで目の前にいたはずだ、もうあんな場所まで移動したのか!?」

道理で背後から追跡してこないはずだ。

すると一足先に逃げたはずの長い黒髪の女性職員が引き返してきて、息を切らしながら言う。

「所長、こっちの出口はもう駄目です、破壊されています!」

「出口を壊す知能があるのか!? そんなもの与えた覚えはないぞ!」

「別の出口があるはずです、そっちに向かいましょう!」

そう言って走り出すも、そちら側からも職員が引き返してくる。

「お……こち、は……ムリ……」

しかも様子がおかしい。

首を傾けながら、口の端からよだれを垂らし、おぼつかない足取りで近づいてくる。

「ムリ、ムリイィ、いひいぃぃいいっ!」

そして奇声をあげたかと思うと、頭がぐるりと百八十度回転した。

「いやぁぁぁぁああああっ!」

女の叫び声が廊下に響く。

俺の背中を冷や汗がじっとりと濡らしていた。

おそらくオーガに何かされたんだろう。

だが知らない。

知らないんだ、俺は。

上の命令に従ってあのオーガを作っただけなのに、作った覚えのない動きばかりする。

あれは何だ?

俺たちが作っていたものは、俺たちが思っていたものと違うのか?

上は――本当に〝アレ〟が何かわかっているのか!?

「おぶえぇぇえぇえっ! えぎゃっ、ぎゅっ」

男の体はさらに回り、やがて体そのものがぐるぐるとねじれ、最後は絞った雑巾のような形になった。

裂けた皮膚から筋肉と黄色がかった脂肪が露出し、血は床にたまるほど溢れ出し、口や鼻からは内臓と思しき物体がぶちゅるっとひねり出される。

腐った肉の臭いが周囲に撒き散らされ、それを目の前で見た職員はすっかり腰を抜かし、身動きが取れない。

そしてそんな彼女に、同じように引き返してきた研究員が迫っていた。

「に、にげ、にげれろ……」

「だずげ……ねじれ、肉、なが、はい……っ」

そして次々とねじれて、回って、肉片へと変わっていく。

一体何をされたらああなるんだ?

オーガは何をしている? 俺が知らないどんな力を使っている?

優しいオリジン様はそんな俺の疑問に答えるように、それを見せてくれた。

ずるりずるりと、〝赤い群れ〟が這いずってくる。

芋虫のように体をくねらせながら、天井壁床すべてを埋め尽くしながら近づいてくる。

俺は気づけば後ずさっていた。

そのことに気づいたのは、背中と後頭部が壁にぶつかったときだった。

意識ではなく、本能が告げている、あれに――〝ねじれた肉塊〟に触れてはならないと。

茫然自失の状態に陥った女性職員は、ぼーっと近づいてくるそれを見ている。

そして誰より早く一等賞を取った肉片が、ぼとりと天井から落ちた。

べたりと女の目の前に落ちる。

彼女は視線でそれを追った。

そしてゆっくりと足にまとわりつき、這いずるそれを前に小刻みに顔を振る。

「や……や……」

女の体はゆっくりと後ろを向き、俺の方を見た。

「た、たすけ……所長、たすけ……」

「……すまん、無理だ」

彼女の表情が絶望に染まった。

絶望を共有した相手に裏切られた瞬間の顔は、色気を感じるほどに人間らしさに満ちていた。

けれど〝らしさ〟は墜ちていく。

「ひぎゅうぅぅっ!」

肉塊は脇腹の皮膚を突き破り、女の体内に入り込んでいった。

そのねじれた体をびちびちと激しく左右に振って、奥へ奥へと沈む。

血と肉をかき分けて、ちょうどミミズが地中に潜るような要領で。

「あっ、あひああぁぁああっ!」

女は失禁するほど恐怖しながらも、痛みで苦しむことはなかった。

ただ肉塊が体の中に入り込んでくる感触だけがあったのだろう。

優しさだ。さすがだよ神様。

そして今度は、肉塊が体の中を動き回りだしたんだろう。

「うぐうぅぅっ、おごっ、ごええぇぇっ……」

そのおぞましさに嘔吐し、そして恨めしそうに俺を見る。

「へへ、へへへへ……」

俺は額を冷や汗でべっとりと濡らしながら、なぜか笑っていた。

きっと俺もおかしくなってるんだ。

だからこの女の死に際が、とても美しいものに思えるに違いない。

だってそうだろ、これから俺もそうなるんだ。

そうなるのなら、そうなってもいいように心を変えてしまおう。

人間の生存本能がそうさせているに違いない。

「あがあぁあああっ!」

そして、ねじれていく。

柔らかな命に満ちた体はただの肉と腸の混合物へ。

艶っぽい失意の顔は廃棄室にある有象無象の同類へ。

価値あるものが、価値なきものへと変わっていく無情。

ああ、美しい。

いやだ。

素晴らしい。

なりたくない。

ああなりたいだろう?

なりたくない!

「う、う、うわあぁぁぁあああッ!」

俺は狂気を拒んだ。

まだ、まだ何かできることがあるはずだ、と。

みっともなく声をあげて走り出し、所長室へと逃げ込んだ。

◇◇◇

所長室は入口の隔壁を降ろすと、一種のシェルターのようになる。

魔力を使い自動で降りる設備は故障していたが、手動で強引に動かすことはできた。

それでもあのオーガならば、簡単に壁くらい壊せるだろう。

気休めだ。

祈りだ。

バレるな、気づかれるな、そして誰か助けに来てくれ。

そう祈るだけの、礼拝堂より俺にとっては神聖な場所。そうなった。今、この瞬間に。

隔壁を降ろした俺がしたことは、膝を抱えて耳を塞ぐことだった。

外からはわずかに職員たちの悲鳴と、オーガが暴れる音が聞こえていたから。

怖いんだよ。怖くて怖くてしかたないんだ。

だからそれが静まるまで現実から逃げていたかった。

そうなったとき、俺はここで一人きりになるのだという現実からさえも目を背けて。

ただただ、時間が過ぎるのを待った。

◇◇◇

初日は耳を塞いでいるうちに終わった。

翌朝――いや、寝たのは昼だったから今は夜か――気づけば音はしなくなっていた。

安心して、落ち着いて、腹が減る。

飯を食う。

不幸なことに、所長室には非常用の設備が揃っていた。

この研究所には事故が起きたときのための備えがいくつかあったのだが、それとは別に非常食などが蓄えてあるのだ。

所長権限、というやつである。

どうせ予算は王国がいくらでも出してくれるんだ、個人的な使い方をしたって構わないだろう。

それにもう何年も前のことじゃないか。

そうさ、こんな孤独な場所で、古びた乾燥パンを食べている俺を羨む人間なんて誰もいやしない。

あるいは、助けが来たとしてもそんな俺を責める人間なんていないだろう。

パンをかじり終わると、残る食料と水の備蓄の量を確認。

大丈夫、俺一人なら二週間は生きていける。

まあ、それぐらいならトイレもなんとか誤魔化せるだろう。

しかし何をする? こんな場所に閉じこもって、ひたすら時間が過ぎていくのを待つのか?

それこそ狂うんじゃないか?

そうだ、まだ読み切っていない本があったんだ。

あれを読んでいれば、一日ぐらいは暇を潰せるだろう。

翌日、俺は寂しさに気付いた。

静かになれば救われると思っていたが、孤独なのも苦しい。

しかし考えてみれば、これは生き残ったからこそ湧いてくる寂しさだ。

そう思おう。贅沢な感情だって。

だがオーガが急に活動を停止して、生存した職員が俺を助けに来た可能性だってある。

念の為、壁に耳を当てて外の様子を伺ってみる。

どす、どす、という人でなしの足音がした。

音は、部屋の前で止まった。

いや、気のせいか?

気づいたなら殺せばいい、でもそうしないってことは、気のせいだよな。

ぶじゅるっ、ぶじゅっ。

わずかに聞こえてくる湿った、まるで肉と肉がこすり合うような音も、気のせいさ、きっと。

次の日、俺はベッドの上で荒い呼吸を繰り返していた。

所長室は広めに作ってもらったはずなのに、息苦しい。まるで身動きが取れないように感じる。

静まり返った場所に閉じ込められるのって、こんなに辛いことだったのか?

これじゃあ外で化物に襲われたほうがマシ――いや、それはさすがに言い過ぎか? わからない、どっちがマシかなんて。

どっちも最悪だ。

何か気を紛らわせる必要がある。

部屋にはペンとノートがあった。

何を書く? 研究? ポエム?

いや、日記……か?

意味なんてないが、もしかしたら誰かが見てくれるかもしれない。

ああ、でもそれって……はは、だったら書き出しは『これを誰かが見ているとき、とっくに俺は死んでいるかもしれないが』から始めてみるか?

いいねえ、そんなかっこつけたこと俺の人生でできるなんて思ってもいなかった。

はは……は……はぁ。

なんで、死ぬこと前提で日記なんて書かなきゃならねえんだよ。

そうだ、俺は生きるんだ。生きてここから出るんだ!

出たらどうする? そうだな、いっそ教会に復讐でもしてやるか。

そうだ暴露だ、このくそったれた研究を全部公表してやるのさ! そういう内容にしよう、それがいい!

途端に生きる気力が湧いてきた。

人間ってのは基本クズだ、何かを攻撃するときにこそ本領を発揮できるってもんだろ?

そうさ、だってここで行ってた研究だってそうじゃねえか、あんな化物を作ったって他人を傷つけることしかできないんだからさ。

さっきとは違う理由で呼吸が荒くなってくる。

うるさい心音、汚い人間、上がるボルテージ。

そのとき、ふと――俺は部屋に現れたわずかな〝変化〟に気づいた。

ドアの下、わずかな隙間に見覚えのない封筒があるのだ。

教会の印で封をされた、純白の。

いつの間に? 誰が? どうやって? あのオーガに手紙を書く知能があったとでも?

冷水を浴びせられた気分だった。

立ち上がり、ゆっくりと近づき、震える手で拾い上げる。

おそらくそれは――オーガではなく、教会の関係者の手で記されたものだろう。

あのオーガすらも恐れぬ誰かがここを訪れて、手紙を置いて、俺を助けることなく去っていった。

そういうことなんだろう。

「うおぉあああぁぁあああああッ!」

中身を読んだ俺は、動物みたいに吠えながら手紙を破った。

『必要なデータは回収した』

『研究資料はすべて廃棄しろ』

『お前の脳に残る情報も同様だ』

死ね。

そう書かれていた。

死ね。

俺もあいつらにそう言いたかった。

言えないので、暴れ狂った。

壁を蹴りつけ、床に額を叩きつけ、棚を一つ破壊した。

そして手には木の破片が突き刺さり、血が滲んでじんじんと痛みだした頃、崩れ落ちてわんわんと泣いた。

「っく……俺、どこで間違ったんだろうな……いつ、逃げ出せばよかったんだ? どこが正解だったんだ?」

思い返す。

親の七光りで教会に入ったとき?

このチームに所属したとき?

所長に選ばれたとき?

ああ、そういや二年ぐらい前に、他のチームに引き抜かれて研究所を去ったやつがいたな。

ハーベスト計画。蛇女の保険。

アンヴォロとかいうやつがここに来て、優秀な研究員を見繕っていったんだ。

あれについていくのがベストか?

いいや無理だな、俺は所長なんだから。

所長の立場に縛り付けられた時点で、終わってたんだ。

終わらせられたんだ、あんな連中に……!

再びふつふつと怒りが湧いてくる。

俺はその感情を書き殴るように、日記帳に今日の出来事を記した。

一週間が経った。

俺は正常だ。

部屋には悪臭が満ちている。

頭がガンガンと痛む、手の傷が化膿して悪化している。

健康だ。

俺は日記と向かい合う。

気づけば書いている内容は口からも同時にこぼれ落ちていた。

「何が天啓だ、何が国のためだ。俺はそんなものどうだっていい、ただ、正しいことをしたいと思って入っただけだった」

懐かしい、まだキラキラと輝いていた頃の俺。

あの頃は、教会に入った自分が多くの人を救うんだと意気込んでいた。

「国は人じゃないのか? 俺は国の一部じゃないのか? わからない、あいつらの考えていることがわからない。望まれた通りにやっただけだ、悪かったのは俺が完全では無かったからだろうか。繋がりが足りなかったからだろうか。確かに接続不足だった、知識が足りない。だから間違った? いや、違う、違うはずだ、俺は正しいことをやってきた!」

俺は正常だった。

「俺は俺だ。俺は俺だ。俺は俺だ」

そう、正常だから。

「巡る、いや、巡らない。俺は俺で、だからこそ正しい。けど、本当に正しいものはなんなんだ? ああ、接続している。みんなが接続している」

見えるんだよ、そこかしこにみんなが。

思えば当然のことだ、だってここには大勢の人がいたんだから。

横を見れば目の前で死んだ女の職員が現れてはねじれて消える。

後ろを見れば俺がかわいがってた部下が現れてはねじれて消える。

ねじれて、消えて、ねじれて、消えて、俺とみんなは繋がってるんだって実感できる。

素晴らしい時間だった。

やっぱりオリジン様はすごいなあ!

「巡る知識は叡智に到達するのか、だとしたらそれが本当に正しいものなのか?」

だったら俺はいずれ螺旋の元へとたどり着くことができるのだろうか。

私はあなたになれますか?

いいえ、なれねえよ。

「クソ野郎があぁぁぁああああああッ!」

立ち上がり、叫んだ。

すると嘲笑うように、廊下の方からクスクスと笑い声が聞こえてくる。

「人間の口を使って笑ってんじゃねええぇぇえええッ! あの性悪蛇女の命令通り作ったってのに暴走した失敗作の分際でよお!」

それでも聞こえてきた。

職員たちの笑い声が。

幻聴なんかじゃない、いるんだよ、そこに。

いて、たぶん顔を渦巻かせながら、笑ってんだ。

だってほら、壁に刻まれた綺麗な縦の直線。壁の継ぎ目。

あれがねじ曲がってきてるじゃないか。

その歪みは日に日に大きくなっていき、やがて壁に皺が寄ったような模様が浮かび上がる。

巡っている。

そう、巡る定めなんだ、人も、物も、世界も。

俺はふらふらとその〝皺〟に近づき、そして指をかけた。

固い壁がたわんでいるのだから、当然ながらそれも硬いはず。

けれどそれはまるで、人間の内臓みたいに柔らかくて、指をかけただけでぐにゃりと動いた。

壁が裂ける。

中から、人の顔が見えた。

「しょちょう」

逃げるとき、同じ部屋にいたあいつだ。

「つながりましょう」

口から赤くねじれた、舌のような、螺旋のような何かが伸びてくる。

同時に鼻からも、目からも、耳からも、菟葵が獲物を捕食するときのように、伸びてくる。

「うあわぁぁあああっ!」

俺は尻もちをついた。

久しぶりに人間らしい恐怖を感じた。

途端に錆びついていた心が動き出し、冷や汗が噴き出す。

倒れる瞬間に手に力がかかってしまったのだろう――壁の裂け目はさらに大きくなっていて、そこに見知った顔がずらりと並んでいた。

「所長」

「あなた」

「クソ野郎」

「大嫌いな上司」

「怖い人」

「かわいい」

「しょちょう」

「教会の犬」

「死ぬべき人」

そしてみんな俺と繋がりたくて、顔の穴からうねうねと、赤い肉を吐き出す。

俺は首を振りながら後ずさった。

「いやだ……いやだ……繋がりたくない……俺は、俺はせめて、人間として……」

背中が壁に当たる。逃げ場はもうない。

肉はまだ伸びてくる。

俺の視界は肉塊に埋め尽くされて、やがて血に濡れた生ぬるいそれが頬にピトリと触れて――

「ひっ!?」

そして、俺は目を覚ました。

床に座り込んでいる。寝ていたのだろうか。

じゃあさっきのは夢? それとも気絶したのか?

わからない。

けれど壁の歪みは消えていたし、あいつらの顔が並んでいることもなかった。

俺はしばし呼吸を整えて立ち上がると、机の前に立った。

そして引き出しを開き、鋏を取り出す。

刃を開いて、首に当てた。

「俺は……あんな風に、なりたくない」

幻覚だとは思わない。

だって匂いも感触も覚えているから。

〝ああいうこと〟だって出来たんだ、ならあのオーガには〝そういうこと〟もできるんだろう。

人間性の冒涜。

人類をどこまで弄んで殺せるか。

そんな意思を感じる。

それが蛇女の趣味なのか、教会の嗜好なのかはわからない。

ただ俺は、人間らしく死にたいと思った。

……思ったんだ。

それがただのかっこつけだって知ってても、その瞬間は、本気でそう思った。

けど俺はかっこ悪い人間だから。

「でも……死にたくも、ねえよ……」

鋏がこぼれ落ちる。

死ねない。

生きることもできない。

助けてくれ、誰か、誰か、頼む……。

何日かあと。

「接続したい、繋がりたい。それが叡智に到達する手段だ。俺達は、そうか、ずっとこれを目指してきた、求めてきた、信じてきた。ようやくたどり着けたのに、俺はなんて小さいことに拘っていたんだろうか」

俺は繋がった。

だから繋がったこと、残したいと思った。

日記に書いておく。

「研究員たちはみな接続した、俺も行く。どこへ? 死ぬのか? わからない。叡智は人の身では到達できない地平にある、だからそこに行かなければ。だが、ああ、そこすらもまだ安住の地ではないのか? 真なる叡智は、真なる平和は、実現されるには、裁き、あるいは支配を」

わかった。

すべてはお前のせいだったんだ。

お前が、この世に、生まれてきたから。

「フラム・アプリコット」

みんな怖いんだよ。

お前が、そこに、いることが。

だから螺旋に君の名前を残そう。

遠くない未来、どうか君がねじれて死にますように。

そして役目を果たすと、扉が開く。

導かれるように俺は部屋から出た。

ぶじゅる。

そこには、完全なる時計回りの螺旋に上書きされた幸福なるオーガが立っていた。

「やっとまた会えたね」

俺が子供みたいに笑うと、オーガは親みたいに片手で俺の頭を撫でた。

ぶじゅる。

もう片手で俺の体を力強く掴んで持ち上げた。

ぐちゅる。ぶち、ぐちゅ。

そのまま絞るようにねじって、言い訳や自己正当化の通用しない後悔と苦痛の中、君は醜く死んだ。

おめでとう、

おめでとう。