軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【アニメ第3話放送記念】残骸3 エニチーデについて

王都西区。貧民街に近い路地を進むと、怪しげな店が立ち並ぶ一角がある。

ガラス窓の向こうでは、際どい格好をした女性が腰をくねらせながら客を誘っている。

一方で店の入口では、そんな演者を守るように強面の男がガードマンとして立っていた。

そんな治安の悪さを感じさせる区域だが、他の路地と異なり薬の売買は行われていないし、浮浪者の姿も見えない。

もっと言えば、店に入っていく客は、普段西区ではあまり見ない、羽振りのよさそうな人間も多かった。

そんな通りを、デインは自分の倍ほどの大きさがあるカーニスという男を引き連れて歩いていた。

「デインさん珍しいっすね、こんなとこに俺を連れてくるなんて」

「奢るわけじゃねえぞ。行きたいなら自分で金を貯めて行け」

「えっ、そうだったんですか。俺はてっきり、デインさんがご馳走してくれるのかと」

「馬鹿野郎、例の奴隷商人の一件だって言っただろうが」

フラムを買い、そして殺害された奴隷商人ヤーガ。

違法奴隷を扱う裏社会の人間であり、そういった人間が誰かに殺されるのは西区では日常茶飯事なのだが――なぜかその殺害現場には、教会騎士の姿があった。

通常の殺人であれば王国軍が調査を行うはずだが、そこに教会が絡んでいるため、デインたちは商人が違法薬草の売買でも行っていたのではないか、と目をつけていたのだ。

そして彼らは調査をした教会騎士に賄賂を渡すなどして、商人が保有していた奴隷の一覧や顧客リストを入手した。

そこにフラムの名前があったのは言うまでもないが、デインがこの通りにある娼館を訪れようと思ったのはまた別件である。

彼はとある店の前で立ち止まり、看板を見上げた。

「デインさん、ああいう女が趣味なんすか」

カーニスはガラス越しに誘惑してくる女を見て、鼻の下を伸ばしながら言った。

するとデインは彼の肩を軽く殴りつけた。

「盛ってんじゃねえ、そういう用事じゃねえっつっただろ」

「す、すんません……」

二人が話していると、店内から女性が出てきた。

彼女はどこかオリエンタルな雰囲気を漂わせる、体のラインがくっきりと出たドレスをまとっており、カーニスはまたしても鼻の下を伸ばした。

頭にはシニヨンキャップを被せたお団子が二つ、口にはキセル、瞳は切れ長で目元のメイクは濃く、品定めをするようにデインとカーニスを見ている。

「あら意外、デインのお坊ちゃんがうちに女を買いに来るなんて」

挑発的に笑う女性を見てデインは「はぁ」と大きくため息をついた。

「そういう用事じゃねえって顔を見りゃわかるだろうが、シェンナ」

「この女、誰なんすか」

「シェンナ・フィニアース。俺の遠い親戚だ」

「親戚? デインさんの!?」

「遠いだなんてつれないねえ。子供のころあーんなにかわいがってやったってのに」

シェンナは腰をかがめて、デインの胸元に人差し指でちょんと触れた。

さらにデインの表情が嫌気に歪む。

「遠くなけりゃこんな店なんて持てねえだろうが。くだらない話をするつもりないんだ、早く入れてくれ」

「指名は?」

「お前だ」

「あら大胆ね。子供の頃みたいにお姉ちゃんプレイをご所望?」

「デインさん、マジっすか! この人とヤれ――いってえぇぇっ!」

デインの拳がカーニスの腹部にめり込む。

「そのデカさで弟になれるわけねえだろうが」

「突っ込むのそこなんすか……」

「とっとと行くぞ」

「うっす」

シェンナは二人のやりとりにけらけらと笑いながら、店内へとデインたちを案内した。

◇◇◇

「こんなとこでごめんね、うち応接室とかないからさ」

デインたちが案内されたのは、娼婦たちの休憩室だった。

と言っても、質素な机と椅子が置かれただけの簡素なものだが。

腰掛けたデインは横柄な態度で足を組む。

一方でカーニスは椅子が小さすぎて窮屈そうにしていた。

「それで、デコボココンビさんはなんの御用?」

「ヤーガって名前に心当たりはあるか」

「知らないわねえ」

「嘘一つ目だ、今日はお前の言葉は信用しないことにする」

「ちょっと待ってよお、乱暴すぎない? もう少しチャンスをくれていいじゃない」

「元から信用していないんだ」

「あら賢明。でもね、名前を知らないってのは本当よ。肩書で言ってくれればわかるかもしれないわ」

「奴隷商人」

「ああ、あの太った男? 殺されたって聞いたわよ」

「この女、知ってやがったのか!」

「落ち着けカーニス、シェンナってのはこういうやつだ」

「今どき奴隷商人なんて希少属性ぐらい見かけないじゃない。だから名前抜きでも奴隷商人って言うだけで個人が特定できちゃうの」

「そいつに娼館の女を売っただろ」

シェンナは白々しく首を傾げてみせた。

するとカーニスが脅すように声を荒らげる。

「デインさんはもう情報を掴んでんだ、しらばっくれても無駄だぞ!」

「ふうん、教会騎士が差し押さえたって聞いてたけど、意外とやるのねあんた」

「西区の大部分は掌握してる、これぐらいはな」

「やだ怖い、私たちのお店も危ないかもー」

「ふん、シェンナみたいな小物だけならいつでも乗っ取れるが、ここらの店はバックに誰がついてるかわかったもんじゃねえ。どうせ東区の根が腐った貴族なんだろうが」

「まだ貴族コンプレックスこじらせてんの?」

「黙れ」

「ふふ、かわいいデイン坊や。でもね、そっちは知ってても手を出さない方がいいわよ、お姉さんからの優しい助言」

「連中の悪辣さはちゃんとわかってるさ」

現在のデインは、西区から中央区へと勢力を広げようと目論んでいる最中だ。

もちろん中央区のあとは東区へ手を伸ばすつもりでいる。

そしてゆくゆくはこの街の王となる――それが彼の抱く野望であった。

だからこそ、無策で東区に手を出すつもりはない。

無論、機会さえあれば――とは思っているが。

「それで、どの子について聞きたいの?」

「フィノって女だ」

「ああ、ジャンキーフィノちゃん」

「薬物中毒だったのか?」

「そうね、最後の方はまともに会話するのも難しいぐらいだったわ」

「本物か?」

「どういう意味よ」

「ヤーガはただ奴隷を売っていただけじゃない。〝店〟の中には死体の匂いが染み付いた調理場があった」

「人間を調理してたっていうの? 商品にならなかった奴隷をそういう風に処分してたのかしら」

「だがフィノは仕入れたばかりの奴隷だった」

「そういう記録が残ってた?」

「ああ、処分するには早すぎる。いくら正気を失っていたとはいえ、娼婦をやってたんならそういう目的で買う変態もいただろう」

「ヤーガ……だったかしら? そいつが若い女を食べるのが趣味だったんじゃないの」

「いいや、帳簿に客との金銭のやり取りが記されていた。ヤーガは人間を調理して誰かに売ってたんだ。通常の奴隷を売買するよりも高い額でな」

さすがにそこまでは知らなかったのか、シェンナは不快そうに顔をしかめた。

「……そうだったとして、それがうちと何の関係があるの? 一応言っておくけど、別に私がフィノを売ったわけじゃないわよ。あの子はね、薬ほしさに自分を売ったの」

彼女の言葉を、カーニスはすぐさま理解することはできなかった。

「薬ほしさに自分を売っても、奴隷になったらそっからもう稼げなくなるから意味なくないっすか」

「刹那の快楽ほしさに魂まで売ったってことだ。シェンナはそういう風に女を落ちぶれさせてるらしい」

「あら人聞きが悪い、薬を使うかどうかは自己責任よ。フィノは強制するまでもなく、うちでの稼ぎも全部薬に使ってたぐらいの筋金入りだったわ」

今度はデインが顔をしかめる。

どうやら何か納得できないことがあるようで――

「なあに、その顔は」

「今回の話は少しばかり複雑でな、こっから先は話が変わったと感じるかもしれないが、まあ聞いてくれ」

そう前置きをして、語りだす。

「俺らも薬物の取引については少し経験があってな、一応は自分たちが売った薬がどう出回ってるかは把握してる」

「それが何か?」

「だがあるとき、明らかに俺らとは違うルートから薬を手に入れたやつが出てきた。ごく少量、商売敵になるほどの規模ではない」

「へえ、嫌な感じね」

「だが俺らとは別の勢力が様子見でやってるとしたら看過できねえ、そこで調べてみたんだよ。そしてたどっていったら、お前の店の客に行き当たったんだ。その客が指名してたのが――」

「フィノってこと?」

それが意味するところをデインとシェンナは互いに理解していたが、デインはあえて言葉として発する。

「そう、フィノは薬の横流しをしてた。ジャンキーがそんなことするわけねえし、そもそも横流しする薬をどこから手に入れた? わざわざ自分の金で買った薬を転売してたってのか? 売人が薬物中毒者に転売できる価格で薬を売るわけがねえのに。おかしいよなあ」

シェンナは何も答えない。

だからデインは畳み掛けるように推理を叩きつけた。

「そこで俺は考えた。フィノは薬を買ったんじゃなくて、この店で与えられたんじゃねえかってな」

「何のために?」

「シェンナ、お前の店は意図的に娼婦を薬漬けにしたんじゃねえのか?」

「だからわざわざお高いお薬を出してまで何のためによ」

「そこを――東区の貴族を探るなっつったのはお前だろ?」

「……そうだったわね」

「そしてフィノは薬中に仕立て上げられたが、実はそれは全て演技で、与えられた薬は金に変えられていた」

どうやらシェンナが最も釈然としないのはその部分らしい。

これまでの経験、そして娼館の主としてのプライドから、事実を認めきれないのだろう。

「私が騙されたとでも?」

思わずそう聞き返すと、カーニスがすかさず反応した。

「おいあんた、そりゃ薬漬けにしたってこと認めたってことだよなあ!」

いかにもチンピラらしい、相手に圧迫感を与える言い方である。

シェンナは不快そうに舌打ちをすると、前のめりになり、少し声のボリュームを落とした。

「デイン、取引をしましょう」

「真っ当なギブアンドテイクなら付き合ってやる」

「ある程度の情報をあんたにあげる。だから私の財産を、誰にもバレないように王都の外……そうね、田舎すぎないお洒落な街に持ち出してくれない?」

「オーナーに見切りをつけたのか」

「リスクの分散よ。あんたみたいなチンピラに嗅ぎつけられたってことは、うちのオーナーも長くないわ」

「俺のことを過小評価しすぎてるんじゃねえのか?」

「信用してないから」

「そりゃ賢明だ。いいだろう、手配してやる。代わりに洗いざらい話せ」

「死にたくないから洗いざらいは無理よ、だからフィノについて教えてあげる」

「チッ……まあそれでいい」

シェンナはどこか観念したように、フィノについて知っていることを語りだした。

「あんたの言う通りよ、私は上からの命令でフィノに薬を与えてた。というか、あの娘を娼婦にしたのも上からの命令があったからよ」

「娼婦にする段階からだと? 薬だけじゃねえのかよ」

「フィノは十二年前にエニチーデって村から、希望を胸に一人で王都にやってきた。 伝手(・・) もあったらしくて、しばらくは順調に働いてたんだけど、案の定少しずつ生活は苦しくなっていった。やがて希望も消え失せ、汚い仕事にも手を出すようになり、よくない男にも引っかかって、そして最後は……」

「この店に身を寄せるほど落ちぶれたってか。つまり、希望に溢れた若人が薬物中毒に落ちぶれるまでを、誰かが演出してたと?」

「誰かは言えないけどね」

「デインさん、話と話の繋がりが難しくてさっぱりっす」

「あー……要するに、田舎で暮らしてた純真無垢なフィノって女がいた。その女を落ちぶれさせて、薬漬けにして、最後は調理して食べる。そういう性癖を持った変態が王都に潜んでる……って話だな」

「うげ……それ人間なんすか?」

カーニスのようなクズのチンピラでも顔が引きつるような所業である。

「人間のガワを被った化物なんていくらでもいる。それに、おそらくフィノは途中で自分の人生を演出する〝邪悪〟の存在に気付いたんだろう。だから、抗おうとした」

するとシェンナは、情をにじませた物憂げな表情を浮かべる。

「フィノは生きてるのかしら」

「俺はその可能性が高いと見てる」

わずかに彼女の表情が緩んだ。

デインはその生ぬるい感情が不快で、わずかに目元を細めた。

しかしすぐさま感情を噛み殺し、話を続ける。

「調理されたフィノの価格は金貨五十枚。だが調理しちまえば、別人とすり替わってても区別は付かない。奴隷商人なら似た体つきの女も用意できるだろう」

「フィノは薬物の転売で稼いだお金をその賄賂に使ったのね」

「金貨三百枚ってところか……いや、ヤーガが〝何らかの理由〟で金に困ってたんなら、二百枚ぐらいでも応じるかもな」

フィノの値段が金貨五十枚ならば、そこに二百枚が上乗せされて二百五十枚。

一芝居うつだけで五倍にまで跳ね上がる。

フラムを売りつけられ、金に困っていたヤーガにとって、フィノの提案は渡りに船だったに違いない。

「それで、その金はどこに行ったのかしら。教会が回収した?」

「んだよ、自分の薬を売った金だから取り返そうってのか?」

「そこまでみみっちくないわよ、単純に気になっただけ」

「奴隷商人が殺されたのはフィノにとって想定外のラッキーだったんだろう。賄賂なら帳簿にも書かれてないだろうしな、教会騎士の目を盗んで回収したのかもしれねえ」

「つまり、フィノは潤沢な資金を持って復讐に臨めるというわけね」

そうでなくとも、〝死んだ〟と思われている今のフィノは誰よりも自由の身だ。

これまでの行動から見ても、行動力があり頭も回る。

デインすら敵には回したくないタイプの女だ。

彼女を食らった貴族もどこまで逃げられるかわからない。

「デイン、財産の移動を急いでもらってもいいかしら」

「いいだろう、復讐が終わるより前に済ませてやる」

デインは心理的優位に立ったからか、軽く勝ち誇りながらシェンナと握手を交わした。

◇◇◇

店を後にしたデインは、すぐには通りを去らずに、脇道でカーニスと言葉を交わす。

デインと交渉したシェンナがどういう動きに出るかを見張るためでもあるし、反省会も兼ねていた。

「財産の移動って、何割か貰わないでよかったんすか」

「恩を売っておいて損はねえよ、あれで頭の回る女だ」

「そんなもんっすか……」

「カーニス、お前はもっと人脈を大事にしろ。人と人との繋がりってのは暴力による支配だけじゃねえからな」

「肝に銘じときます」

カーニスはその図体の大きさからチンピラたちを統率することには長けているが、逆にそのせいで相手に威圧感を与えすぎてしまう。

お山の大将は出来ても王は向いていないタイプなのだ。

すると、二人のいる通りの前を、フードを深く被った女性が通り過ぎていく。

デインが覗き込むと、女はシェンナの店へと入っていった。

すると同じようにカーニスも覗き込むが――彼の体は大きいため、明らかに目立ってしまっていた。

「カーニス、お前はデカ過ぎる。下がってろ」

「うっす。さっきの女……シェンナの店で働いてる娼婦ですかね」

「いいや、あの身なりや所作は貴族だ。しかも若いな、奴隷女と変わらないぐらいの年齢か」

「どうするんです?」

「シェンナは東区の連中に手を出すなと口酸っぱく言ってたが、大人しくしたがる理由なんてねえだろ? ここで弱みを握っておけば、将来の備えにもなる」

「デインさん、さすがだ……!」

「褒めるのは成功してからにしろ。しかしあの女――店の利用は初めてじゃないな」

シェンナとも顔なじみのように会話を交わしている。

デインはその口元に視線を向け、意識を集中させた。

「フィノ、か」

「えっ、いたんですか?」

「あの少女の口元がそう動いたように見えた……こりゃあ予想外の収穫かもしれねえ」

少女はフィノの不在を知ったのか、沈んだ表情で踵を返し、通りを後にする。

デインとカーニスはそれを目で追った。

「カーニス、お前は目立ちすぎるから先に帰ってろ、裏道を通ってな」

「俺もついていきます!」

「無理だろその図体じゃ。よっと」

デインは右腕に装着したバックラーからワイヤーを射出すると、建物の屋根に引っ掛け、それに引っ張られる形で飛び上がった。

「あっ、デインさん!」

「ちゃんと家に帰れよ!」

「ガキじゃないんすから……」

そしてデインは屋根伝いに少女を尾行するべく去っていく。

残されたカーニスは大きくため息をつくと、とぼとぼと肩を落として路地の奥へと消えていった。

◇◇◇

少女は娼館通りを出たあと馬車に乗り込むと、中央区に入る前で降りた。

(屋敷まで帰らないのは、身内に あんな場所(・・・・・) に通っていることを悟らせないためか。悪いことをしているって自覚はあるらしいな)

そしてフードを深く被ったまま、中央通りを目指して歩き出すが――その前に、下品な笑みを浮かべる男たちが立ちはだかる。

少女が足を止めると、男たちは「へへへ……」と威圧的な笑みだけを向け、彼女を追い詰める。

そこにデインはさっそうと現れた。

少女の前に立ちはだかり、

「おっとお嬢さん、こんなとこを一人で歩くもんじゃない」

髪をかきあげながら、そう言い放った。

そしてチンピラたちに目配せをする。

男たちはデインの手下――というほど距離の近い関係ではないが、支配下にある連中ではある。

無論、チンピラたちもデインに一目で気づき、慌てて走り去っていった。

「あっ、ありがとうございます」

少女は頭を下げると、その勢いでフードが外れた。

金色の長い髪と、整った顔が現れる。

その表情からしても、育ちのいいお嬢さんであることは明らかだった。

「どうも。俺の名前はデインだ、あんたは?」

「わたしはアデリッサ・レデンプターと申します」

「レデンプター! 東区の名家じゃないか」

デインは大げさに驚いてみせた。

やがて支配下に置くために、東区の貴族の情報も集めてある。

「どうしてそんな家のご令嬢が西区なんかに?」

「い、いえ、大した用事では……ないのです」

アデリッサはデインから目をそらすと、頬を赤く染めた。

(お? 口説き落とせたらと思ってたが、こりゃそっちの方面の話か?)

あの娼館に惚れた相手がいるのだろうか――と思ったが、シェンナの店には従業員を含めて女性しかいなかったはずだ。

オーナーが実は男だったとなれば話は別だが、名前すら教えてもらえなかったのだから、こんな少女が会えるはずもない。

となると、あの店の娼婦に……しかもフィノに惚れていたとでもいうのだろうか。

デインはそれを探るべく、演技がかった喋り方で優しく語りかける。

「もしよかったら、俺が中央区ぐらいまでは送っていくよ」

「ありがとうございます!」

人を疑うことのない純真無垢な少女だ。

西区にいたら、一瞬で食い物にされてしまうだろう。

あるいは――とっくにフィノに食い物にされているのだろうか。

彼女の資金源の一つである可能性すらある。

二人が並んで歩き出すと、アデリッサの方から喋りかけてきた。

「あの、わたしがここにいたことは、できれば……」

「ああ、わかってるよ。ご令嬢の逢引を密告なんてしない」

「あ、逢引!? 別にわたしは、フィノさんとそんな関係では……あっ、フィノさんっていうのは、西区に住んでるお姉さんの名前で、その、仲良くしてもらっていて……」

「ははは、自分から全部白状してるじゃないか」

「あっ……ごめんなさい。あの、さっきの内容も、できれば」

「話さないよ、乙女のプライベートだ。それで、フィノさんには会えたのか?」

「いえ、それが……」

「何かあったのかい?」

アデリッサの表情が見てわかるほど露骨に沈む。

声も震えて、今にも泣きそうだ。

どうやらかなりフィノに入れ込んでいたらしい。

「……待ち合わせ場所に、いなかったんです。きっと今日は都合が悪かったんでしょうねっ」

「そりゃあ悲しいねえ。こんなにかわいい女の子を放り出してどこで遊んでるんだか」

「いいんです。わたしが一方的に慕っているだけ、ですから」

その後も、アデリッサは延々とフィノのことを語り続けた。

どうやら本気で好いているらしい。

だが相手が相手なので、なかなか他人にこうして話すことができなかったのだろう。

(クソッ、俺も聞きたいことがあるのに、ぜんぜん話が終わらねえ)

デインが焦っているうちに、二人は中央区に到着する。

しびれを切らした彼は、アデリッサの話に割り込むように口を開いた。

「ところでそのフィノって女――」

そのとき、前方から品の良い男性の声が聞こえてくる。

「おや、アデリッサさんではないですか」

「リーチおじさま!」

アデリッサの表情が輝いた。

どうやらリーチとアデリッサは知人のようだ。

一方で、デインは気まずそうに目をそらす。

(よりによってこの男かよ。タイミングが悪すぎる)

つい先日、デインの手下がリーチの荷物を盗もうとして捕まったばかりだ。

デイン本人が命令したわけではなく、チンピラたちの勝手な行動ではあるが、気まずくはある。

願わくば、あの二人が自分の手下だったということがリーチの耳に届いていないことを祈るばかりだった。

「そちらの方は……」

「先ほど声をかけられて困っていたところを、助けていただいたんです」

「なるほど、そうでしたか。ここから先は私が東区まで同行しますからご安心ください、デイン・フィニアースさん」

そう言って、リーチは毒気のない笑みを向けてきた。

しかしデインには伝わっている。

これ以上は踏み込むな、私はお前のことを知っているぞ――そういう警告だ。

「大したことはしてないさ、じゃあこっからは任せるよ、リーチ・マンキャシー」

デインにできる反撃は、せいぜいその程度だった。

「お二人はお知り合いなんですか……?」

事情を知らぬ者から見ると不可解なやり取りに、アデリッサは首を傾げる。

対するリーチは、なおも笑顔で答えた。

「お友達のお友達、といったところでしょうか」

「それじゃあ俺はここで。またな、アデリッサちゃん」

「は、はいっ。今日はありがとうございました!」

デインは早々に背を向けて、西区へと戻っていく。

しばしリーチの視線を背中に感じていたが、それもすぐに消えた。

警告に従うのならこれ以上は追わない、ということなのだろう。

「ふぅ……まさかあの男に見つかるとはな。ああも警戒されちまったらアデリッサを利用するのは難しいか」

強さとは力だけではない。

それを知るデインだからこそ、リーチは肉体が非力でも油断ならない相手だと感じていた。

「何も知らなかったとはいえ、マンキャシー商店のトップを狙っちまうとはなあ……ありゃただの優男じゃねえ。人間の黒い部分を知った上で、陽の当たる場所を堂々と歩いてるタイプの商人だ。苦手だ、厄介極まりねえよ」

悪事に誘い込もうとも、断じて乗ってこないタイプだ。

それこそ大事な家族を人質にでも取らないと難しいだろう。

「心情としてはあの奴隷女を憎むしかねえが、理性で考えると奴隷女に感謝するべきだったのかもしれねえな。ま、ドルプたちが帰ってきたら一回ぐらいは墓の前で拝んでやるか」

エニチーデに送り出した二人の手下のことを想いながら、デインはポケットに手を突っ込み、自分の領土へと帰還する。

◇◇◇

リーチと合流したアデリッサは歩いて東区まで戻った。

すると、東区の公園に行列ができているのを発見した。

途端にアデリッサは駆け出し、その行列の一番前にいる人物に元気に声をかける。

「お父様、ただいま戻りました!」

父と呼ばれたエプロン姿の紳士は、大きな鍋から器にスープを注ぎながら、娘の方を見る。

「おおアデリッサ、おかえり。リーチさんと一緒だったのか」

「はい、中央区でたまたま鉢合わせて、ここまでついてきてくださったんです」

「それはそれは、お世話になりましたな」

彼は妻と思しき女性に器を渡すと、丁寧にリーチに頭を下げた。

「いえ、こちらも久しぶりに彼女と話せて楽しかったです」

そして彼は行列を見て、感嘆の吐息を漏らす。

「相変わらずすごい人だ。アンヴォロさんは、今日もこの炊き出しを?」

「ははは、ライフワークみたいなものですよ」

「さすが、東区の良心と呼ばれるだけはありますね」

「恐れ多い呼び名です。私は自分の満足のために、こうしてみなさんのお腹を満たしているのですからな」

男の名は、アンヴォロ・レデンプター。

リーチと同じく商人ではあるが、客は一般人ではなく会社相手が多いため、マンキャシー商店ほど名前は世に知れ渡っていない。

どちらかと言うと、慈善家という側面のほうが知名度は高いかもしれない。

彼は週に何回も、この公園で料理を無料で振る舞っているのだ。

他にも休日は様々なボランティア活動に顔を出すため、東区の良心とまで呼ばれるほどであった。

「王都のみなさんがお腹をいっぱいにして笑顔になる様子……見ているだけで、私の腹も膨れるというものです」

料理を受け取る住民の姿を見て、穏やかに微笑むアンヴォロ。

リーチは彼を見て思う。

(その割に彼は飲食の事業には手を出さない。不思議な御仁だ)

金持ちの道楽と言えばそこまでだが、リーチはそれ以上の〝何か〟をアンヴォロの行動から感じ取っていた。

するとアンヴォロはリーチを「少し話をしませんか」と誘ってきた。

断る理由もなく、リーチは彼と二人で公園の隅のベンチへと移動する。

アデリッサは一足先に、一人で屋敷へと戻ったようだった。

「時にリーチさん、エニチーデという村をご存知ですかな?」

アンヴォロの切り出した話題に、リーチは思わず眉をひそめた。

それはまさに今、フラム、ミルキット、セーラの三人が薬草取りに向かった村の名前だったからだ。

なぜここで、このタイミングで、その話題を?

場合によってはリーチに対する牽制とも取れる発言である。

彼は慎重に答えた。

「……あまり存じ上げません、名前ぐらいしか」

「そうでしょうなあ。以前はそれなりに栄えていたそうですが、今はすっかり廃れてしまって。しかし私は、その静けさが好きでしてね」

その反応を見るに、どうやら偶然ではあるようだ。

しかし、本当にそんな偶然があり得るのだろうか。

不安は拭いきれない。

「静かな村、戯れる子供たち、退屈さを感じるほどの代わり映えしない毎日。王都にいると忘れてしまうそういった景色を、思い出させてくれる場所です」

「いいですね、そういう場所も、私は王都で生まれ育ったので、あまり縁がないもので」

「それはもったいない。あなたも一度、訪れてみるといい。人生が変わるかもしれませんよ」

話はそれで終わった。

ただ、アンヴォロがエニチーデについて語って、自慢したかっただけ。

そう受け取るしかない。

アンヴォロと別れ、一人歩くリーチは考える。

「エニチーデか……あの村に何か隠されているんでしょうか」

そして、今ごろ現地に到着しているであろうフラムたちに思いを馳せた。

◇◇◇

その日の深夜、エニチーデにて。

宿に宿泊していたミルキットは、ふと違和感を覚えて目を覚ました。

そして隣に目を向けると、一緒に寝ていたはずのフラムの姿がない。

彼女は目をこすりながら起き上がり、主を探すべく廊下に出た。

すると、すぐそこにフラムの姿があった。

間接照明の明かりに照らされながら、窓から夜空を見上げている。

「ご主人様」

「ああ、ミルキット。ごめんね、起こしちゃった?」

ミルキットはぎこちなく笑うフラムの隣に並ぶ。

「何か気になることがあったのですか」

フラムの笑顔に寂しげな影がさす。

彼女は再び夜空に目を向けると、「うん……」と相槌を打った。

「王都で泊まった宿屋の店主さんが、私のガントレットと似たものを持つ男の人を見たことがあるって言ってたんだ」

「森で見つけた死体の人物ですか」

「その人、宿に女の人を連れ込んでたらしいんだけど……その相手っていうのが、フィノって人だったみたいで」

「ご主人様のお知り合いですか」

「ミルキットは知らないか。実は、その人も奴隷商人のところにいたんだ」

「つまり奴隷として男性についてきていたと?」

「ううん、宿に連れ込まれたのは奴隷になる前のこと」

「なるほど……ご主人様同様に、あとから奴隷にされたということですね」

「それで宿屋の店主さんがなんで気づいたかって話なんだけど、あの店主さんとフィノさんが同じ村の出身だったらしいの。子供の頃から知ってる子が、男と一緒にやってきたからびっくりしたって言ってた」

「すごい偶然ですね」

「そしてここからがもっとすごい偶然なんだけど……私たちが王都から来たって言ったら、エニチーデの人が『ここから王都に出ていった子もいる』って言い出したの。それがなんと……」

「フィノさん、だったんですか?」

「そう! フィノさんも宿屋の人も、みんなここの出身らしいんだよね」

「……それもまた、すごい偶然です」

「でしょ?」

さすがのミルキットも、目をまんまるにして驚いている。

それは誰かに仕組まれたんじゃないかって言いたくなるぐらい、奇跡的な偶然だった。

エニチーデは元々薬草採取で栄えていて人口もそこそこ多かったらしいので、それだけ出ていく人が多かった、ということなのかもしれない。

「フィノさんは、どうされているんですか」

「奴隷商人に殺されたよ」

「申し訳ありません、余計なことを聞いてしまいました」

「気にしないでよ、話をはじめた時点でいつ言うべきかなって考えてたから。それでさ、せっかくだからエニチーデの人たちにもフィノさんのことを軽く聞いてみたんだ」

「何かわかったんですか」

「うん……だいたい十二年ぐらい前に、この村に王都の貴族が来たんだって。旅行? なのかな、よくわかんないけど」

「珍しい気がします」

「たぶんそうだと思う。別に観光地ってわけでもないだろうし、薬草目当てで貴族本人が来る……っていうのも考えにくいからね」

実際、フラムたちもリーチから依頼を受けてここを訪れている。

薬草目当てだったとしても、本来は貴族本人が来ることは憚られる土地なのだ。

ならばなぜその貴族は、ここを訪れたのか。

「その滞在中、貴族はフィノさんと仲良しになったらしいんだ。それがフィノさんが王都に行くきっかけになったんだって」

「王都に呼んだということですか」

「たぶん。両親は大反対したけど、エニチーデじゃ絶対に稼げない額の仕事を紹介してくれた、みたいな話でさ」

「……怪しい気がします」

「同感。でも村の人が言うには、その貴族は悪い人には見えなかったって言うんだよね」

「有名な方なのですか」

「私もよく知らないんだけど……〝アンヴォロ〟って言うんだって」

ミルキットは首を傾げる。

「私も存じ上げません」

「奴隷売買とかには関わってないんだと思うけど……」

「気になることがあるのですか」

「怪しむ場所なんてないと思うんだけど、なーんか引っかかってさ」

フィノの最期の姿は、フラムにとってのトラウマになっているかもしれない。

一切の責任はフラムにないはずなのに、あまりにひどい現実すぎて、少しは自分にも何かできたんじゃないかと思ってしまう。

「だから、王都に戻ってみたら軽く調べてみようと思う。リーチさんとも知り合いになれたからね」

「確かに、同じ貴族同士なら知っていることもありそうです」

「というわけで、それが気になってましたって話でした」

「なるほど、理解しました」

ミルキットの表情はほとんど変わらないが、フラムからは少しすっきりしたようにも見えた。

ひょっとすると、フラムが何かを隠しているのに気づいて、ずっともやもやしていたのかもしれない。

たとえそうだったとしても、ミルキット自身には自覚すらなさそうだが。

「ふぅ、ミルキットに話せてすっきりした。私もこういうのを一人で抱え込むの苦手なんだよね。さ、部屋に戻って眠ろっか」

「はい……今日は大変でしょうから、しっかり休んでください」

「そっか、もう日付が変わってるから今日なのか。んーっ、キアラリィ探しも気合を入れて頑張らないと!」

フラムは両手を上げて体を伸ばすと、部屋へと戻っていく。

このときの彼女は、エニチーデの洞窟にて想像の何十倍も〝大変〟な目に遭うことになるとは、想像もしていなかったのだった。