作品タイトル不明
第二王妃の仕掛け 4
王家に代々伝わる秘毒だが、製薬方法が記された書物を読めるのは、歴代の王と王宮医務官のみ。
そして、秘毒を所有することができるのは、王と妃のみ。
万一の際、他人に使うのではなく、己の誇りを守るための最後の手段だからだ。
だから。
あの時、王妃がアリアドネに秘毒を与えたのは、明確な違反行為だった。叛意と言い換えていい。
本来ならば、教唆ですらない。『害意はなかった』というのは無理がある。
陛下は、秘毒の外部への流出という重罪を、あえて見逃したのだ。毒杯を賜ることができるように。
「ふふ。王妃と宰相の姦通など、よくあそこまで周到に用意していらっしゃいましたわね? お父様が手を回していたのは、おそらくお家断絶の方ですわ」
あまりに周到で、何よりあまりにも偏愛的だった。
一人息子と、盟友である宰相を見捨ててまで、王妃の誇りを守る方を取ったのだから。
だからこそ、誰にも気づかれずにきた。アリアドネ以外には。
「わたくしが嫁ぐことは、想定外だったのでしょう。少々詰めが甘いのではなくて」
ふふ、と楽しそうな妃を見る陛下の顔色が、どんどん蒼白になっていく。アリアドネは止まらない。
「確かに前王妃は軽率でしたけれど、別に与えられなくとも構わなかったのですよ。やりようはありましたから」
怪訝そうに眉を寄せる夫の眉間を撫でる仕草は、傍目には慈愛に満ちているようにも見える。
「陛下はご存知でしょう。二代目国王は、我が公爵家の者ですわ」
公爵家は、建国時に王弟が興した公爵家だった。
しかし、王は後継に恵まれなかったため、二代目に王弟の子息が就き、王家として続いてきた。
血筋が途絶えないための筆頭公爵家なので、役割としては妥当である。
現在では、血もそこまで近くなくなり、政治的バランスを取る意味合いの方が強いのだが。
「秘毒を最初に開発したのは、二代目の王である。ここまで言えば、おわかりになられます?」
公爵家には、建国時からの記録がしっかりと残っている。もちろん厳重に。
当主しか知り得ない知識を見つけたのは、本当に偶然だった。
乙女ゲームの中で、ヒロインが攻略対象である公爵令息と仲を深める秘蔵書庫。
興味本位で足を踏み入れたアリアドネは、うっかり見つけてしまった。
現在では使用されていない古語で書かれていたが、妃教育で学んでいたため読むことができてしまった。
「作ろうと思えば、作れてしまえるのですよ。我が公爵家は。それでも、 あ(・) え(・) て(・) 秘(・) し(・) た(・) ま(・) ま(・) に(・) し(・) て(・) い(・) た(・) 我が家の忠誠を裏切ったのは、そちらの方ですわ」
まあ正直に言えば、アリアドネにとってはそれすらどうでもいいことだ。
ドミニクの憂いさえ晴れれば、他はどうでもいい。
だから。
「仕方ないから、簒奪することにしましたの」
一瞬にして、痩けた陛下の顔からごっそりと感情が抜け落ちた。
僕たちは正気じゃないのだろうな、と、ドミニクは言った。複雑そうに、でもどこか嬉しそうに。
だから、アリアドネはほんの欠片も躊躇うことはない。
正気かどうかなど、他人の視点でしかない。
アリアドネは本気だ。ひたすら本気で、愛する兄のことだけを考えている。
「安心なさって、陛下。王家はこれからも安泰ですわ」
誰より大切な兄。何より特別な唯一。その心を奪うのは、アリアドネだけでいい。
用意された香に火を入れながら、凄みある美貌が壊れながら微笑む。
「ふふ、大丈夫ですわ。 わ(・) た(・) く(・) し(・) た(・) ち(・) の愛らしい子供たちが、この国を導いてくれますもの」
アリアドネより深みの強い赤毛。公爵家の前当主や、遠縁の分家出身の現当主と同じ。
淡緑の瞳は、公爵家とその家門にしか持ち得ない色。アリアドネと、彼のように。
「ぜひ、長生きなさって。とくとご覧くださいませ」
生涯許さない。でも、復讐は、もうおしまい。
誰もが見惚れる美しいカーテシーをした王妃は、振り返ることなく場を辞した。