作品タイトル不明
第二王妃の仕掛け 5
「アリー?」
薄暗い王宮の庭園で、一人佇む見慣れた後ろ姿を見つけて、ドミニクは慌てて駆け寄った。
月明かりに照らされた横顔は、なんだかぽっかりと心を置き忘れたように心もとない。
「……ドニー?」
「アリー、どうしたの。何かあった?」
今日は珍しく時間が取れたから、陛下のところへ行くと言っていたはずだ。
夜風に冷えた身体が心配で、ドミニクは上着を脱いで華奢な肩にかけた。
人に聞かれてはよくない話があるのかと、ひとまず王妃の秘密基地になっている温室へ向かう。
あたたかな空気に触れて、ふ、とアリアドネが息を吐いた気配がした。
「終わってしまったわ。ドニー」
「え、なに?」
「やり返したいことは、全部やってしまったの。後始末くらいしか残っていないわ」
ああ、なるほど。ドミニクは苦笑する。
ひたすら復讐というか、仕返しのために突っ走り続けていたから、急に気が抜けてしまったのだろう。
どこかそわそわしているアリアドネの手を引いて、寄り添って植物たちの陰に隠れた。
「僕たちは共犯者だよ、アリー。死ぬまで」
「ええ」
「ここからは、僕たちの時間だ」
ぱちりと見開いた淡緑の瞳に、愛おしさが溢れる。
アリアドネが無防備な子供のような表情を見せるのが、自分の前でだけだと思うと、もう。
────唯一無二とは、このことだ。
ドミニクは変わらず、アリアドネを愛している。身も心も、人生でたった一人彼女だけを知っていたいほど。
あらん限りの愛と、同じほどの憧憬。それから、独占欲。
「アリー。お願いだ」
柔らかな赤の髪をひと房掬いとって、ドミニクはこの世で最も繊細な宝に触れるように口づけた。
こんな風に、色っぽい愛を匂わせながら触れるのは、実は初めてかもしれない。
手段でも、目的でもなく。純粋に。
「僕が欲しいと言ってくれ」
欲しがられたい。求められたい。独占したいと思ってほしい。
誰にも何にも、生にすら執着の薄いアリアドネに、ドミニクだけが。
希うように、背を屈めて細い手首の内側にも、そっと唇をつけた。
「────きみの欲を、くれないか」
ああ。あの頃は。ただただ、ここにあってくれと希っていたはずなのに。
いつからこんなにも貪欲に、こんなにも欲張りになっていたのだろう。
嫉妬と憧憬と愛しさに雁字搦めになった幼い頃から、ドミニクはずっとずっと、果てなく。
アリアドネだけに、捕らわれている。
どこか呆然とこちらを見ていた淡緑から、唐突にほろりと宝石が落ちた。
驚いてハンカチを差し出すも、彼女は気づいていないようにドミニクを見上げたまま。
「…………わたくしは、」
迷子の幼子のような、頼りない声。震える指先が、遠慮がちにドミニクの袖を掴む。
瞬いた長い睫毛に絡まった水滴が、ドミニクの手の甲を滑る。
「……嫉妬するわ」
「えっ?」
「ドニーが他のことを考えるのは嫌なの。嫌いとか疎ましいとか、そんな感情すら他の人にあげたくない。好きも嫌いも全部わたくしだけがいい」
急に思考が動かなくなったドミニクは、かちり硬直した。
その間にも、ぎゅうっと服を握りしめたアリアドネが頬を膨らませて言い募る。
「笑うのも怒るのも、名前を呼ぶのもわたくしだけがいい。無理だけど、ずっと思ってるわ。よそ見しないで、誰かの名を口にしないで、誰の声も聞かないで。わたくしだけにして」
「……アリー」
「嫌なの。お兄様、ドニー、どこにも行かないで」
ぽろぽろと涙をこぼして、嗚咽しながら、アリアドネが訴える。
────あ。これは、幼いアリーの本音だ。
物心ついた頃から、前世の記憶があったと言っていた。
けれど、じゃあ最初から大人だったのかといえば、そうとも限らないのではないだろうか。
自分がゲームの悪役令嬢で、ドミニクがいつかヒロインに恋をする攻略対象と知っていたから、必死に押し殺した本音。
きっと、今の今まで、本人すら自覚していなかった心。
衝動的に、ドミニクは妹を抱きしめた。強く、苦しいほどに深く。
やっと。────やっと、届いた。
「もちろんだよ、アリー。僕の半分はきみのものだ」
「……っ、わたくしだって」
「ああ、そうだね、ごめん、気づいてやれなくて」
「甘やかさないで……」
「ははっ」
不遜で豪胆で、達観した破天荒な女の子。
苛烈な独占欲をぶつけられることの、なんと気持ちのいいことか。
離すわけないだろう。生涯、死ぬまで、来世でだって。
不敬極まりない謀りすらも共犯で、この楔はドミニクが彼女をつなぎ止めるためのものだったと、いつか気づけばいい。
狂おしいほどの愛と執着を注ぎ込むように、ドミニクは抱きしめる腕に力を込めた。