軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

九尾之狐⑤

明里ちゃんのケモ度上昇。

人体と獣の境目から黒いモヤが溢れ出し、今も徐々に九尾之狐へと変貌している。

俺がこの後の方針を改めて定めたところで、サトリが声を上げる。

──♪

「サトリ、どうした?」

俺がサトリと話している間にも、九尾之狐の猛攻は続く。

『貴様ら如き、本来我の敵ではないのだ。弱いだの、見た目通りだの、よくも舐めてくれたな。痛みをもって後悔させてやる』

「器の小さい大妖怪だこった」

「また幻影! どうしよう!」

九尾之狐本体だけでも手いっぱいな状況で、幻影が20体も現れた。

これらは幻でありながら、現世に干渉する力を持つ。

記録の通りなら、あまりに精巧な幻影に世界が騙されるとかいう訳のわからん原理らしい。

要するに、九尾之狐が20体に増えたということになる。

「純恋は幻影を抑えろ。本体は俺がやる!」

「うん!」

幻影は本体よりも多少弱い。

縁侍君と純恋ちゃんは役割分担して強大な敵に立ち向かう。

それでも敵うはずがない。

1体2で拮抗していたところへ、この特大の爆弾である。

俺のところにも幻影が向かってきており、最初よりも状況が悪化した。

そこでサトリの出番だ。

──♪

「できるんだな、頼む」

霊獣であるサトリだが、九尾之狐みたいな戦闘能力はない。

その代わりに、御神使から学んだ様々な力を使える。

──♪♪♪──

『この光はぁぁぁぁあああ!』

サトリの体から放つ光が辺り一帯を煌々と照らし出す。

黄昏に染まる世界が、真っ昼間のように輝き始めた。

「幻影が消えた?」

「黒いモヤモヤも消えてる!」

──♪

「よくやった、サトリ!」

サトリ曰く、あるがままを照らす光、らしい。

よくわからないけれど、九尾之狐には特効があった。

『ぐぁぁぁあああ! ようやく馴染んできた体を、よくも、よくも!』

なんか苦しんでる。

人体と獣の境目を執拗に掻きむしっており、攻撃の手が止まっている。

今のうちに紙垂縛鎖陣を動かして、無理やり乗っけるか?

そんなことを考えていた俺は、突如謎の不快感に襲われた。

「うっ、おろろろろろ」

吐いた? なんで?

なんか、気持ち悪い。

戦闘中に突然どうした俺の体!

転生してから今日まで、一回も体調不良になってないのに?!

いや、その方がおかしいんだけど、霊力漲る肉体の強さで病魔なんか蹴散らしてきたから……。

あ、呪いか?

「聖君大丈夫?! 何かされたの?」

「不意打ちされた時の影響が今になって出てきたみたい」

あのダガー、結局どんな効果を持つのか正確にはわかっていない。

簡易結界の崩壊を見るに、侵食とか、腐食とか、そんな感じの呪いだろうか。

それを人体に置き換えると……え、俺死ぬの?

急に怖くなってきた。

いや、大丈夫。

呪い関係は適切な処置を受ければ治癒できるはず。

ん? そういえば九尾之狐が強化したとか何とか言ってたな。

陰気も入り込んでるんじゃないのか?

その場合神の祝福が必要になる。

祖父母の死因じゃないですか、怖。

でもその時と違うのは、俺には御剣家の医者や神の祝福を受けられるコネを持っているということ。

体感的にも、嘔吐と共に不調の波は一旦治っている。

これならすぐに大病にかかって死ぬということもないだろう。

「聖君……」

「心配かけてごめんね。早く戦いを終わらせて、治してもらわないと」

「……うん!」

背中をさすってくれていた純恋ちゃんが、元気の良い返事と共に立ち上がる。

その手に握る刀がキラリと光ったように見えた。

「聖君は私が守るから」

あらヤダ、何そのイケメン発言。

「この陣の上に九尾之狐を追い込めばいいんだよね」

「うん、お願い」

いつも明るい純恋ちゃんが、今は鋭い眼差しで九尾之狐を見つめる。

ど、どうしたの?

なんか覚悟決まったみたいな雰囲気だけど。

『ぐぅぅう、まずはその忌々しい霊獣から殺す!』

「あっ、このっ、俺を無視すんな!」

俺のそばにいるサトリ目掛けて、九尾之狐が突貫してきた。

今なお光を放つサトリがよほど邪魔なようだ。

縁侍君が妨害するも、明里ちゃんの肉体を傷つけるわけにもいかず、通してしまった。

「御剣流奥義──」

純恋ちゃんが迎撃せんと刀を高く上げる。

その構えは、俺が小学生の頃に一度だけ見たことがあるものだった。

鬼気迫るほど集中している純恋ちゃんに、俺は思わず息を呑んだ。

『邪魔だ小娘!』

九尾之狐の姿がブレる。

サトリの光を浴びているのに、幻影で姿を隠してきた。

そんな敵を相手に、純恋ちゃんは極限の集中のなか呟く。

「──御剣」

純恋ちゃんの姿が消え、次の瞬間サトリの横から鈍い音が響いた。

さっきまで見ていた幻影は囮で、本体は姿を透明にして別方向から来ていたようだ。

純恋ちゃんはそれを見抜いていた。

メキメキっと音を鳴らして、九尾之狐が宙を舞う。

峰打ちで九尾之狐を打ち上げたのだ。

ありがとう、純恋ちゃん。

「── 紙垂縛鎖陣」

『またこの術か。こんなもの、破壊して……なにぃ』

──♪

サトリの光が強く輝き、幻影の発生すら許さない。

第陸精錬霊素で強化されている紙垂縛鎖陣は、パワーアップした九尾之狐の力でも破壊することはできないようだ。

「もう一回行きます!」

「おう!」

「うん!」

今度は2人に引っ張ってもらい、全力で行く。

さっきでコツは掴んだ。

2度目の挑戦だ!

「ふんぬぬぬぬぬぬぬ」

「うぉぉぉおおおおお」

「むむむむむむむむむ」

痛い痛い痛い、身体強化しているのに胴が千切れそう!

先に触手の束が千切れそう!

でもその甲斐あってか、九尾之狐がグイグイこちらへ出てきている。

『おのれ、我を相手にこのようなふざけた真似を!』

なんて言っているけれど割と焦ってるな?

肉体さえなければ、業火之札で焼き尽くせる。

こいつは俺の攻撃が致命の一撃になると理解しているのだ。

その証拠に、不意打ちの為にずいぶん時間をかけていたみたいだし。

ズルリ

明里ちゃんの肉体から九尾之狐の霊体が少しはみ出た。

サトリの光はここでも効果を発揮するのか、さっきよりも引っ張りやすい。

この調子なら──。

『言ってやれ! お前の本当の気持ちを! ここで言わねばお前の願いは一生叶わんぞ!』

何を言って……。

九尾之狐の奇行に疑問を抱いた直後、聞きたくない言葉が耳に入ってきた。

「聖さん……私との婚約を解消して」

「明里ちゃん?」

声は全く同じでも、九尾之狐とは明確に違う。

俺の知る明里ちゃんの言葉が聞こえてきた。

「貴方がいると、私は幸せになれない。しー君とも一緒にいられない」

「…………」

「貴方が生贄になってくれれば、しー君は助かる。お願いだから死んでよ」

その言葉は、九尾之狐に言わされたものじゃない。

心からの願いであると、言葉の端々から感じられた。

受け入れたくない、偽物の言葉だと信じたい反面、触手を介して伝わってくる心の声もまた同じことを言っている。

これは、明里ちゃんの本心だ。

「俺は、君を幸せにしようと……」

「幸せかどうかを決めるのは私! 勝手に決めつけないで! 勝手に優しくしないで! 貴方の優しさはむしろ辛くなるの!」

お嫁さんは、俺の人生におけるヒロインだと思っている。

なら、ハッピーエンドを迎える為には、思いっきり優しくして、ヒロインに幸せになってもらわなければならない。

優しさが辛いってなんだよ。

じゃあ、俺はどうすればよかったんだよ。

「私を勝手にヒロインにするな!」

今日一番の痛みが走る。

体ではなく、心に。

これまでの努力が全て水泡に帰す音がした。

あれ、体の方も気持ち悪くなってきた。

なんだこれ、なんだこれ。

吐き出すものもないのに、吐き気が止まらない。

ミシリと触手が軋みをあげる。

ダメだ!

戦闘に集中しろ!

今はまだ、九尾之狐討伐だけを考えろ!

俺は大人だろ! 気持ちを切り替えろ!

やるべきことを成せ!

でも、これ、明里ちゃんが拒否しているのか?

九尾之狐がこれ以上出てこない。

なんで救助対象が抵抗してくるんだよこんちきしょう!

どうする。

これ以上手がない。

全員力を出し切っている。

この状況を変えるには、何か、何か!

「明里!」

「……しー君?」

は?

なんでこいつがここにいる。

神楽が、突然戦場に現れた。

奴は明里ちゃんの下へ駆け抜け、そのまま抱きしめた。

「明里! もうやめてくれ。俺の為に無理をしないでくれ」

「どうしてここに……。しー君の頼みでもそれは無理。しー君を神様から助ける為には、生贄が必要なの。もう止められない」

「 潮舵金哉神(しおだこんかなしん) 様は生贄なんて求めていらっしゃらない。意味がないんだ」

「意味がないことなんてない! しー君が生きていてくれるなら、私は!」

なんだ、この寸劇は?

俺は何を見せられている。

「神様は俺をご所望だ。俺は近いうちに必ず神の御許へ向かう。これは神楽家の責務なんだ」

「そんなの断ってよ!」

「無理を言わないでくれ」

「私と一緒にいてよ! 私とお菓子を食べて、私と遊んで、付き合って、いつか結婚してよ!」

「俺じゃあ君を幸せにできない。すぐにいなくなる男と結婚しても不幸になるだけだ。俺よりも将来性のある男と結婚した方が……」

「私の幸せは私が決める! だから、一緒にいてよぉ」

「昔の明里に戻ったみたいだな。今だけは、一緒にいてやる」

明里ちゃんが涙し、神楽が抱きしめる。

結果、九尾之狐の霊体が動き出した。

『ぐぁぁぁあああ!』

「聖君、合図で一気に引っ張るよ!」

純恋ちゃんの声はなんとか聞こえた。

小さく頷き、俺は触手を全力で握り直す。

「うんとこしょっ、どっこいしょーー!」

「想像してた合図と違ぉぉぉぁぁぉぁああ」

いたたたたたた!

俺の犠牲と武士の全力の牽引により、策は成った。

『ようやく堕とした肉体をよくも!』

知るかボケ。

散々苦労させてくれたな。

消え失せろ。

「急急如律令── 業火之札(死ね) 」

霊体特化の秘術に、第陸精錬霊素をしこたまぶち込んだ。

その威力は、物理特化なら地形を変えられるほど。

『おのれ、おのれぇ! このままでは済まさんぞぉおおおおおお!』

できるもんならやってみろ。

燃え尽きるお前にできるのならな。

全盛期よりも遥かに弱体化した九尾之狐に、新時代の改良を重ねられた札はしっかりと効いている。

最期まで恨み言を溢す九尾之狐を、俺は無情で見送った。