作品タイトル不明
九尾之狐 了
「「「終わった……」」」
九尾之狐の消滅を確認した俺たちは、その場にへたり込んだ。
なんかよく分からない決め手によって、九尾之狐を引き離すことができた。
イメージしていた通りの作戦で倒せたのだ、喜ぶべきだろう。
ただ、俺の戦いだけはまだ続いている。
俺は気力を振り絞って立ち上がり、仲睦まじく抱き合う婚約者と、憎くて堪らない略奪者の下へ向かった。
「明里ちゃん、さっきの言葉は、本心なんだよね」
「……はい」
九尾之狐がいなくなったからか、その顔は憑き物が落ちたように晴れやかだった。
明里ちゃんもバカじゃない。
これから先どうなるか、どんな問題が山積しているかわかっているはずだ。
それでも、彼女は突き進むのだろう。
「聖さん……私との婚約を解消してほしいの」
そりゃあ、そう来るよな。
さっきの三文芝居でずいぶん惚気てくれたもんな。
そこの略奪者とよろしくやりたいんだろう。
「峡部、邪魔をして悪かった。ただ、明里は悪くないんだ。悪いのは全て俺だから──」
「黙れ。お前には何も聞いてない。俺は明里ちゃんと話している」
いかんいかん、つい殺気が漏れてしまった。
九尾之狐との死闘を終えたばかりだから、つい。
彼もまだ高等部の一年生。
子供相手にムキになってどうする。
そんな子供相手に、婚約だなんだと一喜一憂していた俺が間違っていたんだ。
そう、大人になれ、俺。
俺は明里ちゃんに最後の言葉を告げる。
「君にとっては嬉しくなかっただろうけど、俺は俺なりに君の幸せを願っていたんだ」
もう、婚約者ではなくなってしまうけど、それは俺の本心だった。
だから、これは俺が最後に送る優しさだ。
「俺から晴明様へ、婚約解消の申し出をします」
とは言っても、晴明様が事情を把握しないわけがない。
自分の娘がとんでもないことをしたと知ることになるだろう。
それでも、俺も同意したという表向きの言い訳にはなる。
一時でも縁を結んだ少女へ、なけなしの送別である。
俺は明里ちゃんを支える神楽へ視線を向ける。
「さっさと消えろ。2度と姿を見せるな」
思わず殺してしまいたくなるかもしれないから。
神楽は俺の考えを察したのか、神妙な面持ちで首肯した。
神楽は明里ちゃんに肩を貸してこの場を去ろうとするも、上手くいかなかった。
明里ちゃんの四肢が獣化したままなのだ。
どうも獣化した部分が動かせないらしく、神楽が背負って去っていく。
なんでこんなシーンを見せられなければならないのだ。
「…………」
「聖君……」
「聖……大丈夫か?」
いけない、2人に気を遣わせてしまった。
さっさと帰ろう。
そうして、そうしたら……。
「峡部さん!」
「源さん。来てくれたんですね」
暗く沈み込みそうなところへ、龍笛を持った援軍が来てくれた。
もう戦いは終わったけど。
それにしたって戦闘時間は30分くらいのもの。ずいぶん早かったな。
「今日は演奏会で近くに来ていまして……。何があったのですか?」
源さんは珍しく瞠目し、俺の肩を掴んだ。
ジッと目を見つめられると、心を読まれているような気になる。
「ちょっと、私的なイザコザがあったんです。気にしないでください」
「できません。そんな顔をしている貴方を一人にしたら……」
そんな酷い顔をしているのか?
してるんだろうな。
何も事情を知らない源さんがここまで心配するんだから。
「もしかしたら、呪いの武器でやられたせいかもしれません。早く帰って治療を受けたいので、この場は──」
とにかく早く帰りたい、そんな俺の願いは踏み躙られた。
ザザザ
初めはただの波の音だと思ってた。
次第に音が大きくなり、岸壁が揺れ始める。
ビービービー
スマホのアラートも鳴り始めた。
これはもしや。
俺の予感は、通知を読んだ源さんによって確信に変わる。
「九尾之狐の封印だけでなく、海坊主の封印が解かれていたようです」
大妖怪にしてはずいぶんあっさり消えたなと、不思議に思っていたんだ。
やっぱり悪あがきしてきたか。
海坊主といえば、海に潜む黒い坊主頭の巨人が船を襲うことで有名だ。
実際に幾多の海難事故を引き起こした大妖怪として、今なお名前が知られている。
煙が弱点とか、穴の空いた柄杓を渡せば助かるとか、いろんな伝承はあるが、陰陽師から見た海坊主は怪獣のような存在である。
とにかく巨大で、体が海水でできており、倒すことのできない化け物。
想像するだけで強いだろう。
海にいるからいくらでも回復できるし、水という質量兵器で面攻撃されればひとたまりもない。
昔の陰陽師は討伐を諦め、これを封印することで海運業の発展に寄与した。
九尾之狐と同じレベルの大妖怪である。
その封印が解かれたとなれば、全国レベルの大ニュースになって当然だ。
「注意喚起の連絡ですが……」
「まぁ、来ますよね」
ザザザ
ザザザザザザ
ザザザザザザザザザザザザ!
『我は不滅だ。絶望せよ。この程度の島国、海に沈めてくれる』
「聖君、あれって、九尾之狐だよね」
「おいおい、どうすんだよこりゃ。爺ちゃん連れてこないと太刀打ちできねぇぞ」
「峡部さん、あれを倒すことは可能でしょうか」
なんで九尾之狐が海坊主になってるんだよ。
封印されていた海坊主を不意打ちで乗っ取ったってことか?
肉体捨てて弱体化するどころか、不死身の大妖怪に知能が搭載されてヤバさ倍増してるだろ。
しかもだ。
「みんな、陰気を吸い込まないように! 俺の御守りを顔に近づけて!」
「わかった!」
海周辺は己の領域であると示すかのように、広周囲へ陰気をばら撒いている。
こりゃあ、公園全域どころか大阪の都市部までやられてるかもしれないな。
俺は御守りを持っているから大丈夫……あれ、破れてる。
そうか、ダガーで斬りつけられた時に胸ポケットもやられたんだ。
つまり、俺は今、陰気をもろに吸ってる?!
ぐっ、やばい、やばい、早くなんとかしないと!
……あ、この感じ。
クラゲ型妖怪にやられた時と同じ、ネガティブな思考に……。
……。
…………。
………………。
婚約破棄だぁ?
どうして俺がこんな気持ちにならないといけない?
俺が何か悪いことをしたか?
いつまで大人を演じなければならない!
前世でも成し得なかった婚約にはしゃいで何が悪い!
婚約者にはすでに想い人がいた?
だったら最初から断れよ!
なんで俺が馬に蹴られなければならないんだ!
狐のダガーで斬りつけられたから尚のこと悪いわ!
今日まで俺がどれだけ努力したと思ってる?
陰陽術の練習も後回しにして、百合華ちゃんと長時間デートコース練ったんだぞ!
時間も話題も金も準備も全部俺が用意した!
こんなん見返りも無しにできるかよ!
未来の家族になる相手だからと、俺なりに頑張ってきたんだ!
その結果がこれだ!
とんだお返しだなこの女狐!
言うに事欠いて生贄だぁ?
ぶち殺してやろうか?!
なんで俺が野郎のために死ななきゃならない!
ヒロインじゃないだぁ?
だったらテメェは何者なんだよ!
俺のヒロインはどこにいるんだよ!
前世から探してるのにどっこにも見つからねぇ!
俺は神楽の野郎との恋路を邪魔するお邪魔虫かよ!
どうして、どうして、俺を受け入れてくれない?
こんなに力も金も実績も得たのに、俺は今も女性に選ばれないような男なのか?!
結局顔かよぉ!
もう、もう嫌だ。
帰りたい。
早く、家に帰りたい。
「峡部さん?」
帰ろう。
家に。
『さっさとこの身を使えばよかった。力もない娘を使うまでもない。貴様ら全員はたき潰してやろう』
あぁ、その前に、コイツを殺そう。
日本を沈めるつもりらしい。
家を沈められたら困る。
「聖君、どうしたの?!」
「おい、聖、御守りはどうした?」
消そう。
何もかもコイツが悪いんだ。
「始祖紅葉様よ、御照覧あれ。末代の子孫が峡部家の未来を潰した敵を滅さん──」
目の前の何もかも、全部、全部、消してやる。
第漆精錬霊素──純霊素。
どこまでも純粋な力の本流は、絶大な威力を生み出す。
試し撃ちした時は、札に少し込めただけで山が一つ消えた。
じゃあ、いっぱい込めればどうなる?
「峡部さん、陰気に呑まれて? この御守りを使ってください! 峡部さん、しっかり!」
「つ、津波が来たよ!」
「いや、海坊主の手だろ。デカすぎて意味分からんが。受け流すとかそういう次元じゃない。聖、札を使うなら早くしてくれ。担いで逃げるから」
海坊主の再生力なら、耐えられるか?
九尾之狐、てめぇの悪あがきがどの程度のものか見せてみろ。
「急急如律令── 捻転殺之札(全て消えちまえ) !」
札が飛び、敵の眼前で力を解き放つ。
岸壁から広がる海全体を効果範囲に指定した札は、溢れ出る力のままに空間を捻り切る。
それだけなら水にはあまり効果がないだろう。
でも、その繋がりが全て断絶された時、海坊主の体はどれが本体になる?
今目の前にある水全てがこの世から消えたら、いったいお前はどこから再生するんだ?
純霊素とは、凡人が超常を引き起こせる局地のひとつだ。
「何、これ、聖君がやってるの?」
「真っ黒なあの壁は、何なんだ? 海坊主が全部呑み込まれたみたいだが……」
「峡部さん、しっかりしてください。無理はしないでください」
「無理なんかじゃない。この程度、俺には普通のことです」
あの忌々しい声も捻転殺の範囲から出てこれない。
空間を捻り切って、その空間を全て抹消する。
空気も、光も、ありとあらゆるものを細切りにして、異空間へバラバラに吹き飛ばす。
はて、飛んだ先はどこなのやら。
やがて札の効果が消え、海辺の景色が元に戻る。
いや、戻らなかった。
そっか、全力で使うとこうなるのか。
捻転殺之札の範囲内が、ポッカリ空いている。
その空間に海水が流れ込むこともなく、光だけは通過できるようだ。
ふーん。面白いけど、今はあんまり興味がわかない。
「海坊主というか、九尾之狐は、どこ行ったんだ?」
「さぁ?」
「お前が倒したんじゃないのかよ」
「……どうでもいい」
「聖君、どうしちゃったの? 大丈夫?」
あーぁ、全部使っちゃった。
純霊素、ストックゼロになっちゃった。
でもまぁ、効いたみたいだし、いっか。
もう帰ろう。
「サトリ」
──♪
俺の唯一無二の相棒は俺の気持ちを理解してくれた。
疲れ切った俺を労るように、そっと寄り添ってきてくれる。
サトリだけは、俺を絶対に裏切らない。
あっ、結構無理してたみたいだ。
なんか、疲れが一気に襲ってきた。
呪いの影響もあるのかな。
アドレナリン切れたのかも。
サトリの首に縋りついた俺は、心の底から呟く。
「帰りたい」
──♪
サトリが何か言っている。
連れて行ってくれるの?
じゃあ、お願いしようかな。
「峡部さん!」
源さんが手を伸ばしてくる。
その光景を最後に、俺は意識を手放した。
この辛すぎる現実から目を背けるように。