軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

粘液と奥の手

「へぇ、目付きが変わったねぇ」

虹色美少年が目を細めた。

「通行人って顔で逃げるつもりだったのにぃ、それができないから正体を見せたって感じかなぁ? 怖いねぇ」

相変わらず目は淀んだ灰色だ。

「だけどねぇ」

淀んだ瞳を唇を弓のような笑みの形で固めたまま、虹色美少年は続ける。

「ボクの結界の中にいる時点で、もうアウトなんだよねぇ」

そう言われた瞬間、急に胸が苦しくなった。

「うっ、ぐっ……っ‼︎」

突然の嘔吐感に逆らえずに床にぶちまける。

ああ、そう言えば昼食はまだだったなとか、固形物がほとんどない吐瀉物を見て思い、そしてそれを見つけた。

胃液に混じって、なにか黒い糸クズみたいなものがたくさんある。

それは生きているかのようにうねり、暴れ回っている。

「知ってるぅ? ナメクジってぇ、粘液に人間にとって危険な寄生虫やら菌が付いてたりするんだよぅ」

ナメクジ?

糸クズみたいなものは、よく見ると墨で書いた文字のように見えてきた。

米粒の表面に文字を書くようなサイズの小さな文字だ。

こんなものがこんな緊急時に読めるって……僕の身体能力ってやっぱり上がってるな。

後、気持ち悪いけど、けっこう冷静だな。

「だからぁ、迂闊に触ったりぃ、通った後を触るのは厳禁なんだぁ。つまりはぁナメクジの作った結界だって同じことぅ」

こいつは自分のことをナメクジだと思っているみたいだ。

いや、もしかしたら本当にナメクジなのかもしれない。

人の姿になれる蛇の真白みたいなのもいるんだから、そのナメクジバージョンがいたとしてもおかしくないか。

そして、蛇と敵対している?

なんで?

真白は?

いや、いまは動かないでもらった方がいいか。

ああ、でも気持ち悪い。

気持ち悪いのが胸から腹の下の方まで回ってきた。

「もうボクの術は十分に回ってるんだよぅ。だからぁ、君はもう死ぬだけぇ。大人しくぅ蛇を差し出しておけばよかったねぇ。愚か者ぉ」

「そう、かい」

ああもうやるしかないと、覚悟を決めた。

まさかいきなり出番があるなんてね。

「なら、後悔するなよ」

「へぇ? まだそんなことが言えるんだぁ? なにができるのぅ? そんな様でぇ?」

「奥の手だ」

「へぇ」

右手を開き、握る。

右手の甲に紋様が光る。

「解錠」

キーワードは単純に、だけど誤作動しないように一つだけにはしない。

「蛇殻武装」

そう呟いた瞬間、姉の悪ふざけが結実する。

右手の甲に記された略唱紋が動作とキーワードによって発動し、詠唱破棄された召喚魔法が実行される。

アイテムボックスに安置された昨夜の苦労の集大成が僕の全身を覆う。

「は?」

虹色美少年が間の抜けた声を漏らした。

「変身?」

ああ、そうだよ。

大量のブラックサーペントの素材を外装に使用し、姉が各所のダンジョンを回って手に入れた希少な金属やらなにやらを組み合わせて作ったのは変身ヒーローが着るようなスーツだよ。

ただし、僕も姉も、デザインは一号二号やブラックやジョーカーやらの、シンプルイズベストなのが好きなのであまりごちゃごちゃはしていない。

ブラックサーペント皮で作ったレザースーツにグローブにブーツ。

赤のベルトに赤マフラー。

頭部デザインは色々と悩んだ結果、ブラックサーペントの頭骨を利用して、牙の間にバイザーを入れることにした。

デカすぎるから相当いじったけどね。

「くたばれ」

【忍者】のジョブは活きている。

俊足で虹色美少年に接近して腹パンする。

「ゲフッ!」

虹色美少年は反応もできずに吹っ飛んだ。

その瞬間、灰色の空間に色が差した。

即座に【透明化】で姿を消したんだけど、この反応は正解だったみたいで、周囲に人がたくさん現れた。

虹色美少年が気絶したのか死んだのか知らないけど、結界? が解けたのだ。

日曜らしいたくさんの人がいきなり吹っ飛んだ虹色美少年にびっくりして悲鳴をあげたりしている。

僕はその騒ぎの間に変身を解き、そそくさとその場を離れた。

向かった先はトイレ。

気持ち悪さはまだ残っているんだ。

上から下に大騒ぎとか、変身ヒーローにあるまじき醜態だ。

だから僕は変身ヒーローになったわけではない。

「いま、回復の呪を送っていますから、そのまま全部出してください」

そして、こんな時になって真白は動き出す。

でもその回復の呪とやらが効いているらしくて、徐々に気持ち悪さがなくなってきた。

「なんなのあいつ?」

気持ち悪いものを出し切れたのか、なんとかすっきりした。

トイレから出て見つけたソファで休みながら、僕は真白に聞いた。

真白は蛇のままなので、ジャケットの中だ。

スマホに耳を当てて、通話している振りで話をする。

「ナメクジです」

「ナメクジ?」

「ナメクジの妖どもの集団『斜九字』です。断鬼とは敵対関係です」

「妖怪で敵対関係とか、どういう……」

「ま、ましろたちは神ですから!」

なんてことを言ってるけど、僕には違いはわからないや。

「それにしても、なんでナメクジ?」

「あ、カエルもいます」

「は?」

「知りませんか、三すくみ?」

「ああ……ええと……」

ヘビとナメクジとカエルの三すくみ。

なんか、聞いたことがあるかも。

ヘビはカエルを飲み、カエルはナメクジを食べ、ナメクジはヘビを溶かす、だっけ?

じゃんけんもそうだし、シミュレーションゲームの兵士の相性表みたいな感じでもあるよね。

「え? ただのたとえ話じゃないの?」

「本当にあるんです」

と、真白はしみじみと言った。

「今後は気を付けてくださいね」

「気を付けてって……」

どう気を付ければいいのやら。

食欲も無くなったし、本屋に戻る気にもなれない。

ロッカーに預けた荷物を回収して帰ることにした。