作品タイトル不明
親友
「生きている……か」
ユイ・イスターツはベットの上で意識を取り戻し、目を見開いた瞬間にそう呟いた。
そして体全身に力が伝わることを把握すると、しばらく動かしていなかったためかすっかり重く感じる上半身をゆっくりと起こし、そのままグルッと周囲を見回した。
「だ、旦那! 旦那が起きやしたよ!」
ユイが突然起き上がったのを目にしたクレイリーは、泣きそうな声でそう口にする。すると、隣の部屋に控えていたカインスとセシルが、バタバタと部屋の中へ入ってきた。
「ああ、みんなお久しぶり。しかし、私の部屋で見守る役はどうせならセシルにしてくれよ。最初に見た顔が泣きそうなハゲヅラのおっさんだったから、一瞬現実かどうか悩んだじゃないか」
「旦那ぁ、それはないですぜ」
目元に涙を浮かべながらクレイリーが文句を口にする。するとユイも悪かったとばかりに、苦笑いを浮かべて頭を掻いた。
「はは、ごめん冗談だよ。それよりも私は何日寝ていた?」
「十日間よ。彼があの魔法を使ってくれてね、すぐに呼吸がもとに戻ったからみんなでここに運んだのよ」
セシルが彼の疑問に対し返答すると彼女は視線を自らの後方へと向ける。その彼女の視線の先には、いつの間にか怒りをあらわにした表情のリュートが立っていた。
リュートはユイの視線が自分へと移ったことに気がつくと、彼の側へと歩み寄りゆっくりと右手を前へとつき出す。その行為に周囲の者たちが、握手をするのかと思った瞬間、彼はその手を振りかぶるとユイの頬を真っ直ぐに叩いた。
「いっつ! ……はは、随分な挨拶だね」
「ふざけるな! 本気で怒っているんだ、俺は」
頬をさすりながら弛緩した笑みを見せるユイに対し、リュートは心底怒りを込めた声で彼を怒鳴りつける。
「ああ、ごめんよ。いや、これにはね……多少事情があって」
言い訳を口にしようとしたユイに向かい怒りに震える視線をぶつけると、先ほどはたいた右腕を今度は引き戻す形で再度ユイの逆頬を叩く。
「今度という今度は、言い訳は聞かん。いいか、お前は自分の立場を本当にわかっているのか? 本当に今回のことが許されるような立場だと思っているのか? わざわざこんな偽物の計画書を作ってまで、俺達を騙そうとして」
「いや、わかってはいるつもりだよ。だからさ、君たちには黙っていたんだ……たぶん止められるってことが、わかっていたからね」
リュートが本気で怒っていることを言葉だけではなく全身で感じながら、ユイは表情から笑みを消し俯き加減にそう返答する。
するとその言い訳を耳にしたリュートは、ユイに向かって更に強い口調で詰問する。
「いいか? 俺達は既にお前と一蓮托生なんだ。カーリンからお前を慕って連いて来た奴らも、士官学校からお前を慕って親衛隊に入った奴らも、セシルもアレックスもエインスも、今この国を背負われているあの方も、そしてこの俺もだ。俺達はお前がいなくなったらどうすればいい?」
「それは……もちろん考えないわけではなかったさ。だけど、親衛隊にはアレックスもエインスも、そして君も居るんだ。だから——」
「馬鹿野郎!」
ユイがそんな反論を口にするや否や、リュートは三発目となるビンタをユイの頬に叩きつける。そして彼はユイの襟元を両手で掴むと、彼に視線を合わせ真剣な表情で語りかける。
「本当はわかっているはずだ。お前はただわからないふりをしているだけでな。だからこの際はっきりと言ってやる。いいか、お前の代わりはいない。お前の代わりはいないんだ」
その一切の含むところのない純粋なリュートの言葉に、ユイは真顔になると小さく一つだけ頷く。そしてゆっくりと表情を緩めると、頭を掻いた。
「ああ、わかったよリュート。もうこんなことはしないさ。約束する」
「ふん、お前の口約束ほど当てにならんものはないが……その言葉、俺は忘れんからな」
リュートはそれだけ口にすると、ユイの襟元にかけていた手を放し、ゆっくりと部屋の隅へと移動する。
「えっと……それで、ユイ君。これからどうしようか」
少し硬くなってしまった場の空気をほぐそうと、意図的に柔らかい口調でセシルはユイに向かい声をかけた。
「そうだね。まずは魔法の普及が最初かな。リュート、先日君が使った魔法は君の部下たちに扱えるかい」
「すぐには無理だ。だがうちの連中の半分でいいなら一ヶ月程度で仕込めるだろう」
最初からこの要求が来ることを予測していたリュートは予め予測を立てており、ユイの発言に対してすぐさま返答する。
「まぁ、そんなものかな。分かった、それで構わないから手配してくれないか。それとここにいる——」
「それは既に済ませている。お前がのうのうと寝ている間にな。この部屋にいるもの全員は既にアンチルゲリル処理を俺が行った。クレイリーやカインスに発症の心配はない」
ユイが頼みを口にするより早く、リュートは既にクレイリーたちに抗ルゲリル病対策を済ませたことを口にした。すると、ユイは肩をすくめながら彼を称賛する。
「はは、さすがだね、君は。だとしたら、計画の第一段階は終了さ。ここからはレムリアックの第二幕に移ることになる」
「第二幕……ですかい? だけど、これでルゲリル病対策は出来たんでやすし、一体これ以上何をするっていうんでやすか?」
クレイリーがユイの発言を耳にすると、訝しむかのような表情を浮かべ疑問を口にする。
「クレイリー。ルゲリル病対策は今回のレムリアックの改革における一番大きな要ではあるけど、別に目的ではないんだよ。目的はこの土地を豊かにすることさ。そしてルゲリル病が治ったとすれば直ぐにでも新しい問題が生じることになる。だから、今回は先回りして対策を取らなければならない」
「はぁ、新しい問題でやすか……」
ルゲリル病の対策が生まれたということは、プラスになることはあってもマイナスになることはない。そう考えていたクレイリーはピンと来ない表情で、首を傾げる。
「ああ、新しい問題さ。なので、まずカインス。君は今すぐ実家に帰っておやじさんをここに連れて来てくれ。そしてリュート、君にもう一つお願いがある」
「なんだ?」
チラリと視線だけをユイに向けると、リュートは一言だけ返事を返す。
「申し訳ないが、魔法士のついでにもう一人ほど助っ人を呼んでくれるか。できれば赤い髪の男がいいが、ダメだったら金髪の女たらしでいい」
「さすがに金髪は無理だ。赤髪で我慢しろ、だったら呼んでやる」
リュートの回答を耳にして、ユイは満足そうに頷くとニコリと笑みを浮かべる。
「ああ、それで十分さ。ついでに彼の下にいる眠そうな剣士も呼んでおいてくれ」
その依頼に対して、リュートはわずかに思案する表情を浮かべる。しかしすぐにユイの狙いを把握すると、彼は黙ったまま小さく頷いた。
一方、ユイがなぜ戦力を必要としているのか理解できない他の者達は、二人の会話の意味が理解できずにいた。
「あの……隊長。なんであの方たちが必要なんですか。差し当たって、このレムリアックは別に治安も悪く無いですし、問題無いと思うのですが」
「ん、それは簡単さ。喧嘩を売りに行くからだよ」
不穏な香りが漂うユイの発言を耳にすると、カインスは僅かに目を細めて訝しげな表情を浮かべる。
「喧嘩? 誰とです?」
「そりゃあ、ここに喧嘩を売りにきそうな相手のところさ。喧嘩ってのは先手必勝だからね」
セシルはユイのその発言を受け、突然ある存在が脳内でクローズアップされると、驚きの声を上げる。
「……もしかして、ユイ君」
「ああ、多分君が思っている通りのところ……つまりノバミム自治領さ」