軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

うつろいゆく意識の中で

「旦那!」「隊長!」

セシルからの連絡が届くなり、クレイリーとカインスは全速力の勢いでこのロマオウリへと駆けつけた。そして彼等は大声を発しながらユイの家へと飛び込む。

そうして中へ入り込んだ彼らの視線の先には、体全体を使って喘ぐようにしながら、どうにか呼吸を行っているユイの姿があった。

「あ、ああ……お前たちか……元気そうだね」

荒い呼吸をしながら途切れ途切れにそう口にしたユイは、意識下に表情筋を操る形で、どうにか歪な苦笑いを浮かべる。

すると、そんな彼の姿を目にしたクレイリーは、一瞬その場に呆然と立ち尽くす。しかし、すぐにハッと我に返るとそのまま彼の側へと駆け寄り、必死の形相でユイを揺さぶった。

「旦那、旦那! なにやってるんですか。早く立ち上がってくださいよ。こんなところで苦しそうにしているなんて、全く旦那らしくないじゃないですか。いつもみたいにあっしをからかっているだけだって、早く言ってくださいよ」

「ごめんね……君をだますのは嫌いじゃないんだけどね……思えば初めて会った時もそうだったか……でも今は演技をしてあげる余裕が無いんだ……私でも計算外のことはあるものさ……それも結構頻繁にね」

「なに弱気なこといっているんですか。あれでしょ、どうせあっしらが必死になったところで、いつもの様にケロッとして一体どうしたんだいとか言い出すんでしょ。あっしにはわかってるんですぜ。だから、だから、起き上がってくだせえ!」

クレイリーはその強面の顔を涙でくしゃくしゃにしながら、縋り付くようにユイの体を揺さぶる。すると、彼の後ろに控えていたカインスが、慌てて彼を羽交い絞めにした。

「兄貴、止めてください。隊長が苦しがってるじゃないですか。落ち着いてください」

「バカヤロウ、こんな時に落ち着いていられるかよ」

「でも、でも!」

必死にカインスを振りほどこうとクレイリーはもがくも、二人の力の差は歴然であり、彼の拘束を脱し得ない。そんな必死に彼に近づこうとするクレイリーの姿を目にして、ユイは残された力で右腕を動かすと、ゆっくりと頭を掻く。

「ありがとう……クレイリー……君の気持ちはさ……わかっているつもりだから」

「旦那、あっしやカインスだけじゃねえんですぜ。王都に居るフートもナーニャも、それからクレハの奴も、今か今かと旦那の帰りを待っているんです。こんなところで寝ている場合じゃないんですぜ、旦那!」

クレイリーはいよいよ人目も気にすることなく、両目から大粒の涙を流しながら、声を張り上げてユイに叫ぶ。

するとユイはわずかに申し訳なさそうな表情を浮かべ、ほんの少しだけ首を縦に動かして、自らの気持ちを彼へと伝えた。そしてそのままユイはわずかに視線を動かすと、セシルに向かって声を発する。

「セシル……そこの本棚の二段目に……赤い背表紙の本が入っている……持ってきてくれないかな」

「わかったわ、ユイ君」

これまでずっとユイの側に付き添っていたセシルは、ユイの頼みを受けて椅子から立ち上がり、指定された日誌を手に取った。

「ごめん……あとペンも頼む……そこの引き出しに入っているから」

ユイの頼みを受けてセシルがペンを手にすると、彼女はそれを震えるユイの手に握らせた。

「ありがとう……セシル」

ユイはセシルに向かって感謝の言葉を告げると、力の抜けきった震える手でその本の中に文字を記していく。

セシルは一体何を書いているのかと思いユイの手元をそっと覗きこむと、そこには膨大な量の魔術式がすでに書き記されていた。そしてその本に書かれている魔術式の中には、いくつかの空白にされたままの部分があり、ユイは力を失って何度もペンを落としながらも、その空白部を一つ一つ埋めていく。

「私とアズウェル先生で……埋めることが出来なかった空白……これで埋めることが出来たね」

そしてそのまま無数にあった空白を全て埋め終わると、ユイは自らとアズウェルとで編み上げたその術式を目にすることが出来ないことだけが心残りと感じ、わずかに寂しそうな表情を見せる。

そしてユイは一度胸郭全体を使った大きな深呼吸を行うと、そのまま力を失って手に持ったペンを地面へと落下させた。

「ユイ君!」

「大丈夫だよ……セシル……ほんの少し疲れただけだから……それよりもこれを……王都に送ってくれるかな……アズウェル先生に……ね」

ユイは息も絶え絶えになりながらセシルにそう告げると、彼女を心配させないように笑みを浮かべる。すると、セシルは瞳に涙を溜めながら、ユイの手を握りしめた。

「あなたが作ろうとしていたものはこれなのね。でも、せっかくあなたがこの魔法を編み上げたのに、私じゃこんな複雑なものとても使えない……ごめんなさい」

本を受け取ったセシルはすぐに中の記述に目を通そうとした。しかし、あまりに複雑な魔法式がそこに記載されており、その記されている内容の断片さえ理解できないことを嘆く。

するとそんな彼女の声を耳にしたユイは、かすかに首を左右へと動かすと、彼女に向かって慰めるように声を発した。

「君のせいじゃない……私の読みが甘かっただけだよ……ユニバーサルコードにアクセスすることが……病状の進行を加速させるなんてね……世界と同調するということは……自分を外部と同一化させ……抵抗の壁を取り払うこと……か。なるほど……本当に甘かった」

長い間マジックコードにしかアクセスしていなかった為に、ユニバーサルコードを完全に甘く捉えていたユイは、自らの見通しの甘さを恥じて自嘲気味に笑う。

そして彼はゆっくりと手を動かし頭を掻こうとしたが、もはや彼の腕は意志の力では意図したとおり動かすことが叶わず、そのまま糸が切れた操り人形のようにベッドの下に向かって垂れ下がった。

「旦那ぁ!」

カインスに羽交い絞めにされたままであったクレイリーは、そのユイの姿を目にして悲鳴にも近い叫び声を上げる。

「ああ……これはいよいよ……かな……もう首さえ動かせないや……セシル……カインス……クレイリー……ありがとう」

ユイは四肢や首に全く力が伝わらないことを理解し、視線を宙に向けたまま一言一言呟く。

虚空に向けられた彼の瞳には、カーリンに来たばかりの時の厳ついクレイリーの姿が、戦略部でいつも爽やかに笑っていたカインスの姿が、そして士官学校時代の美しい宝石のようなセシルの姿がそこに浮かび上がっていた。

そこに写るはずのないそんな姿を目にしたユイは、ほんのわずかに満足そうな表情を浮かべると、その両目を静かに閉じていく。

彼のその瞳を閉じて行く姿は、その場にいた三人にとって、彼の終わりを告げる動作のようにも写った。だからこそ彼等は、その瞬間にユイの名前を叫ぼうとする。

しかし、そんな彼等の叫びがまさに喉元から発せられようとする瞬間、突然大きな音を立てて部屋の入り口のドアが蹴破られる。そして、その悲痛な空間を切り裂くかのように、銀色の髪をした長身の男が部屋の中へと飛び込んできた。

「うちの馬鹿がいる部屋はここか!」

目をつぶりかけていたユイはその声を耳にすると、まだ彼が動かすことができる眼球をその声の主に向かってゆっくりと動かす。そして彼の両目は、王都最高の魔法士の姿をそこに捉えた。

するとユイはその瞬間、わずかに表情筋を収縮させると、万感こもった声で呟く。

「はは……どうやら私は……まだ死ねない運命のようだね」

そう言葉を吐き出すと、ユイの意識を支えていた緊張の糸は消失し、全てを彼の親友に委ねる安心感の中でゆっくりと意識を失っていった。