作品タイトル不明
犯罪者より手の早い英雄
クラリス王国の南西、そして帝国から北西の方角にノバミムと呼ばれる自治領は存在する。
元々この土地はノバミム共和国と呼ばれる小王国が存在していた土地であり、共和国自体は四十年ほど前に帝国により侵略され、地図からその国家の存在は完全に消滅している。
それではなぜこの土地が現在自治領となっているのか。それには多少の事情があった。
まずこの土地を侵略した帝国は、当初の予定ではこの土地をそのまま併合する予定としていた。しかしながら、元々のこの小国が共和制により運営されていたことも有り、帝国の帝政文化とはなかなか馴染みにくい土地であった。
それ故に、帝国はいくつかの段階を経てこの国を統治していくこととした。つまり当初は自治領として属領扱いとし、ある程度この土地の思想や文化が馴染んだ段階で帝国に併呑するといった計画である。
しかしながらこの計画はいくつもの問題を生み出すこととなった。
それは帝国領土でありながら、完全に帝国が統治している土地ではないということで、これまで帝国で活動しづらかった様々な暴力組織やならず者達が、こぞってこの土地に流入して来たのである。しかも帝国国内の治安担当者は、この犯罪者集団の移動が帝国内での犯罪率の低下に繋がると考え、意図的にこの移動を黙認したのである。
この臭いものに蓋をしただけとも揶揄される帝国からの犯罪者の大量流出は、ノバミムへの犯罪者の大量流入とセットであり、それに伴い急速にノバミムの政情は不安定となっていく。
この政情不安定自体、帝国としてはかの地域を併呑する為の口実として当初利用するつもりであった。しかしながら、この時点で国内の有力者達からノバミム併呑に対する反対意見が噴出することとなったのである。
それは各地の領主たちとしては犯罪者や組織の減少により明らかな治安の向上を認めていたこともあり、ノバミムを併呑することで再び犯罪者達が帝国の各地域に戻ってくることを嫌ったためであった。
一方、帝国への併呑を主張する者たちは、ノバミムに巣食う犯罪者達を軍事力で持って一掃すると強気に主張した。しかしながら、これまで帝国の治安担当者の手から逃れ続けてきた者達を本当に一掃できるのかは疑問視され、その成功を信じきることは誰にも出来なかった。
そういった議論が続けられること早二十年。結局結論が出ないまま、ノバミム自治領は犯罪者やチンピラ、闇社会に関わる人々の天国として今日も存在し続けている。
「自治領主。要するにあんたが言っているのは、俺らにレムリアックに行って、魔石を分捕ってこいってことだな」
ノバミム自治領に数ある犯罪組織のうち、その半数を従えていると噂される最大組織セラーレム。その組織の長であるオメールセンの自宅に、ノバミム自治領主の姿があった。
「……ああ、その通りだ。理解頂けて助かるよ。先程も言ったように、かの地域はどうやら本当にルゲリル病を克服したらしい。だとすれば、あの土地には膨大な魔石資源がまるまる眠っているということになる。それをみすみす放置する手はないからな」
「ただなあ、領主さんよ。あんたらこの自治領の正規の人間が今回の作戦に参加しないってのは、少々虫が良すぎるんじゃないか?」
オメールセンはまるでもやしのような官僚然とした自治領主を睨みつけると、ドスの利いた声でそう告げる。
「わかっているのだろ、オメールセン。この自治領は表向きは帝国ではないが、明らかに帝国との関係は根深い。それ故に、我らがノバミムの者として彼の地へと侵攻すれば、ヘタしたら戦争の切っ掛けとなる。だからこそ、正規の兵士ではないお前たちに依頼しているのだ。それにお前たち組織のほうが私達より力を持っているしな……出来れば、私にこんなことを言わせないでくれ」
自治領主のポナパルトは悔しそうな表情を浮かべながらそう口にする。
このノバミム自治領においてセラーレムの力は絶対である。
確かにこの土地には帝国から大小様々な悪党が移ってきている。しかしながら、セラーレムの頭であるオメールセンは、もともと表向きは帝国の大商人であり、そして裏の顔は帝国の暗黒街の顔役の一人であった。そんな彼が築き上げたセラーレムの組織力は、他の小勢力とは比較にならず、既に組織の力は自治領主のそれを明らかに上回っていた。
「ああ、ちゃんと理解しているんだな。だったら話しがはえぇ。今回、レムリアックを落としたら、あの地域で上がる収益の三割をよこしな。それが最低の条件だ」
「三割だと、馬鹿な。あそこにある魔石をまともに掘れば、帝国の年間の魔石消費を優に超えるだけの収穫があるんだ。その三割など払えるものか。第一、そんなことを認めれば、帝国自体がきっとお前たちを潰しにくるぞ」
ポナパルトはオメールセンのあまりの強欲ぶりに、驚きの表情を浮かべると、首を左右に振りながら反論する。
「ふん、本当にあの土地からルゲリル病が消えたかの確証はねぇ。そんな場所に、自らの手を汚す事無く、俺たちを送り込もうとするんだ。それくらいだしてもらわねぇと釣り合いが取れねぇな……まあ、嫌なんだったら俺達はやらないだけだ」
「くっ……わかった。だが今は即答できないから少し待ってくれ。帝国の担当者と、クラリスの貴族院の内通者と相談し、近いうちにもう一度条件を提示させてもらう」
「早いとこしてくれよ。俺達としちゃあ、別にあんた達に言われなくても、勝手にあの土地に攻め入って必要な分だけ魔石を分捕る形でもいいんだぜ」
オメールセンは自分が優位に交渉を進めていることに満足すると、笑みを浮かべながらポナパルトにそう告げた。
「分かった、分かったから。我々が条件を提示するまで動くのは待ってくれ。すぐに返事はする」
ポナパルトは自らの不利を悟り、そう口にすると、悔しそうに歯ぎしりしながらオメールセンの部屋から退出していった。
「ふん、奴も所詮は帝国の犬か。まあ、あれくらい弱気の領主様だと、俺達も仕事をしやすくて助かるといったもんだ」
ポナパルトの後ろ姿を見送ったオメールセンは、満足気な表情でそう呟くと手元のグラスにオー・ド・ヴィを注ぎ込む。そして彼はゆっくりとその香りを楽しみながら、喉が焼ける喜びを噛み締めていった。
「頭……ちょっといいですかい?」
そんなオメールセンの至福の時間を横から邪魔したのは、右頬に傷を持つ彼の部下であった。
「一体、なんだ。馬鹿の相手をしたばかりで疲れているんだ。どうでもいい事なら後にしてくれ」
「へぇ、それがウォール商会なるところの者が、頭に会いたいとここを訪れておりまして……実は直接、頭への面会を求めております」
頬に傷のある男は、やや戸惑った表情を浮かべつつ事実を端的に説明する。
「ウォール商会? 何だ、その商会は。初めて聞く名だが」
「どうも、従業員も数名しかいないような小さな商会のようなのですが……ただ面白い話を持ってきたから取り次いでくれと、その商会の代理人と名乗る黒髪の男が入り口で騒いでいるようでして」
この大組織であるセラーレムの頭の家に、そのような小さな商会の人間が正面から堂々と訪問するなどということはまさに異例である。それ故に、部下達もどのように応対するべきか苦慮していたのであった。
「ふん、そんな小さな商会など相手にしていられるか。うるさく言っているのなら、適当に腕の立つやつを集めて叩きだしてこい」
「……分かりました。すぐに手配します」
オメールセンのやや怒気を含む言葉を耳にするなり、部下の男は部屋から立ち去ろうとその場を立ち上がる。しかしそのタイミングで、また次の別の部下が部屋の中へと慌てて駆け込んできた。
「報告します! ウォール商会と名乗る者たちの一団ですが、うちの警備のものがちょっかいを掛けたことを機に、下のロビーで暴れております」
「馬鹿野郎! そんなことはいちいち報告せずに、その連中をさっさと排除しちまわねえか!」
「そ、それが、奴らの中に異様に腕が立つ剣士が三人ほど混ざっておりまして……特に赤髪をした剣士は、一人で十人単位の警護の者を傷ひとつ受けずに倒す有り様で」
「ああん? 剣士が三人? なんでここに商売に来た商人の中に、剣士が混じっているんだ。お前の報告の意味がわかんねえよ」
オメールセンが睨みつけるような視線を送りながら叱責すると、またしても新たな部下がオメールセンの部屋に飛び込んできた。
「魔法士です! 赤髪の女魔法士が奴らの中におりまして、廊下を好き放題に破壊し、現在この部屋に向かっています」
「また、赤髪か。というか、魔法士ってなんだ。そいつらただのカチコミじゃねえか、馬鹿野郎! さっさと屋敷内の全員に招集をかけて囲んじまえ!」
オメールセンは怒声を吐き出すとともに椅子から立ち上がると、部下たちに向かって指示を下す。
「む、無理です。とても俺達の手に負えるような奴らではありません。すぐにでもここに乗り込む勢いで迫っています。急ぎ脱出の準備を!」
「何だと? 馬鹿な。ここの屋敷には百名以上の護衛を入れているんだ。中には帝国の正規兵だった奴もいる。それを数人程度で乗り込んできて、ほんの数分でここまでたどり着くなんて、普通できるわけねえだろ」
「いやぁ、普通はそうなんだけどね。ちょっと今回連れて来た人間が非常識な連中でさ、迷惑をかけるね」
そうしてオメールセンの怒号が発せられている合間に、いつの間にか部屋の後方に、だらしな気な黒髪の男が入り込んでいた。
その気の抜けた声を耳にしたオメールセンの部下たちは、慌てて後ろを振り返ると、形相を変えて彼に向かって飛びかかる。
しかしながら、彼らが黒髪の男の下へたどり着くより早く、部屋の外からほとんど目の開いていない半分寝ているかのような女剣士が飛び込んでくると、彼等は剣の腹の部分で殴り飛ばされ次々に昏倒させられた。
「だ、だれだ、てめえは!」
「私のこと……かな? 私はウォール商会の代理人でユイ・イスターツと言うものなんだけど。君が頭のオメールセン君かな?」
頭を掻きながら苦笑いを浮かべると、ユイはそのように自己紹介を行った。
「ああん、ユイ・イスターツ? 知らん名だな。俺のこのセラーレムに喧嘩を売りに……ん、ユイ・イスターツ……ちょっと待て、まさか貴様!」
自治領内の組織や商人の名前を脳内で検索するも、オメールセンの辞書にその名前は全く記載されていなかった。しかしながら、ユイ・イスターツというあまりに有名な名前は、彼にすぐある人物を連想させる。
「ああ、自己紹介が足りなかったかな。一応、ウォール商会の代理人なんだけど、私の本職はクラリスのレムリアック伯爵領を経営している。そっちの方が通りがいいかもね」
「……旦那、当たり前ですぜ。ウォール商会なんて名前、カーリンのカインスが住んでいた田舎村の奴以外、知るわけ無いでしょう」
ユイの後方に控えていたクレイリーが、自らの頭を撫でながら、ユイの紹介に呆れてそう指摘する。
「たしかにそうだ。でも、結構好きなんだよ。ウォール商会の代理人という役職」
「英雄……ユイ・イスターツ。まさか本物か……」
オメールセンはわずかに後ずさりながら、ゆっくりとつばを飲み込む。彼からしてみれば、まさに青天の霹靂と言っていい出来事であり、いま大陸の西方で最も有名な男が目の前に居るのである。
「はは、そんな呼ばれ方をすることもあるかな。でも、帝国に近い君達からしたら僕は敵役であっても、英雄というのは当てはまらない気がするけどね」
「……なるほど、完全に甘く見ていたのは俺達だということか。ここまで攻めこまれたら諦めるしかねえが、実は先程まで自治領主とあんたの土地に攻め入ろうといった話をしているところだったんだ。しかしそんなことを実際にしていたとしても、この現状を見るだけで、結果はわかりきっていた話だな」
先ほどのポナパルトとの会談を思い出し、彼は自分の考えを恥じた。彼の中での認識は、レムリアックがかつてのクラリスに放置されていたレムリアックのままだと考え込んでいたのである。
しかしながらそれも無理の無い一面がある。なぜならば、今までレムリアックを治めていた者達は、ほとんど王都から間接的な統治を行っており、その後同地の所有権が王家に移ってからも同様であった。それ故に、ユイが領主になろうと、まさか英雄と呼ばれるユイ・イスターツ自身が、直接彼の地に入っているとは考えていなかったのである。
「はは、まあ間一髪といったところかな。実際、いずれ君たちが私達の所に来るんじゃないかと思ってはいたんだ。ただね、一度戦端が開かれてしまえば、今後友好的に話し合うことができなくなる可能性が高い。だから今日は平和的に話をするために、こうして君のところを訪れたんだ」
「……俺には、脅しに来たとしか聞こえねえがな?」
たとえ先に手を出したのが自分達の方であろうとも、ユイの連れてきた連中は先ほどまで彼の部下たちをさんざん弄んでいたのである。にもかかわらず、あっさりと平和という建前を口にする目の前の男に対し、オメールセンは言い知れぬ恐怖を感じていた。
しかしながら、彼とて大組織の長である。それに恥じないように精一杯の虚勢を張り、ユイに向かい対峙する。
一方、あからさまな警戒を受けたユイは、ゆっくりと首を左右に振ると、彼に向かって微笑みかけた。
「そんなことはないさ。うちの連中には命は取るなと言ってある。今、フートと対峙した彼等もそうだし、多分君の部下たちも大方は無事だよ」
ルゲリル病対策に忙しいリュートの代わりとして、呼んでもいないのに勝手にやってきた赤髪の女性のことがユイの脳裏を一瞬掠めた。それ故に、加減を知らない彼女のことを考慮して、ユイはオメールセンに向かい断言はしなかったもののそう説明する。
「へぇ、手加減してまでこれだけの力があると……なるほど、噂に聞く親衛隊という組織の力は、これほどのものというわけかい」
もう脱帽せざるを得ないという心境で、オメールセンはそう口にすると、ユイは親衛隊の名前まで出されるとは思わず、意外そうな表情を浮かべる。
「ふむ、なかなか詳しいじゃないかい」
「なんせあんたは有名人だからな。帝国はもちろんだが、このノバミム自治領でもあんたの名前を知らない奴はいないさ。そしてあんたが組織したって言われている親衛隊の存在もな。それで、今日は俺に何の用だい? 攻められる前に、直接俺のタマを取りに来たってわけではなさそうだが」
「ああ、できればそういうことはしたくないかな。私は面倒事が嫌いでね。今日は君と商売をしに来たんだよ」
ユイが両手を左右に広げながら彼に向かってそう口にすると、オメールセンは額に皺を寄せて思わず聞き返す。
「……商売?」
「さっきも言っただろう、今日の私はウォール商会の代理人としてここに来ている。それでオメールセン君、もし良かったら君の表向きの顔であるオメールセン商会の会長として、私と取引をしないかな? 君にとって決して損をさせない話だと思うんだけどね」