軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

二つの計画書

「申し訳ありません……ユイ」

「止めてください、エリーゼ様。もう女王になられたんですから、そんな軽々しく頭を下げないで下さい」

ユイは弱ったように頭を掻きながら、エリーゼに向かってそう告げる。

エリーゼの女王就任式典の翌日、ユイ達はラインバーグやエインス達とともに王宮の親衛隊室にて今後の方針を検討することとしていた。そうして約束の時間ぎりぎりに到着したユイが、部屋にはいるなり目にしたものは、自分に向かって頭を下げるエリーゼの姿であった。

「でも……私の先走りのせいで、貴方をレムリアックなんかに封じる羽目になってしまって」

帝国軍の侵攻以降、ユイをどうしても貴族へと取り立てたいと考えていたエリーゼは、これまでそのことごとくを貴族院によって阻害されてきていた。しかし先日のラインドルの件は、貴族院に対して格好の交渉材料だとエリーゼは考え、当初は男爵か子爵あたりの階級を与える形で交渉するつもりであった。

そうして貴族院を取り仕切るブラウとの交渉に挑んだ彼女は逆に貴族院の側から伯爵号の提案を受けることとなったのである。彼女はいささか驚きながらも、好条件を得たとばかりに即断し受け入れた。

しかしクラリスにおいて伯爵号とは、単に貴族としての階級を表しているわけではなく、伯爵領の領主を意味するのである。伯爵より下の男爵や子爵であればあまり大した領地を持たなくても爵位を名乗ることが許されているが、伯爵となるとそうはいかない。

そして現在のクラリスにおいて伯爵と名乗れるだけの領地として、国内で空いている土地はただ一つしかなかったのである。それこそがレムリアックであり、だからこそ貴族院は、ユイの伯爵号を積極的に推奨したのである。

「まさかレムリアックを押し付けてくるなんて、誰もわかりはしませんよ。私としては、別に失敗して当たり前という気持ちでやれますし、逆に新米貴族としては気楽だというものです」

ユイがエリーゼを気遣うようにそう話すと、反対の方向からエインスが笑みを浮かべながら口を開く。

「そうですよ。それに先輩は往生際が悪いですからね。この間の会の時も、土壇場でブラウ公に向かってとんでもないこと言い出しますし」

「税の減免のことかい?」

「そうです。それと十倍の税金を払うって話もです。正直言って、また無茶を言い出したと思いましたよ」

エインスは呆れたような口ぶりでそう告げると、ユイは弱ったように頭を掻いた。

「おいおい、最初に無茶を言ってきたのは向こうじゃないか。順番を間違えないでくれよ」

「ブラウ公が難癖を付けてくるのは今に始まったことじゃないさ。それよりもどうするつもりだ、あんな大見得を切って」

それまで石像のように腕を組んで押し黙っていたリュートが、ユイに視線を合わせながらゆっくりと唇を動かす。

「ん。十年後に十倍の税を納める件かい?」

「そうだ。行ったことも見たこともない土地に関することをあんな簡単に決めてしまって……一体どうするつもりなんだ?」

「どうするって言われてもな……逆に聞くけど、彼等が本当に十年も私をあの土地においておくつもりがあると思うかい?」

「なるほどね。どうせすぐに難癖を付けて領地と爵位を奪い取りに来るだろうから、十年後の約束など空手形同然だと言うわけだ」

その場に同席していたアレックスがいつも以上に目を細めてそう呟くと、ユイは苦笑いを浮かべつつ小さく頷く。

「半分は正解かな。どちらにせよ、彼らの真の狙いは私の失脚だろうから、彼等が難癖付ける前にもらえるものはもらっておこうと思ってね。もちろん住民には迷惑をかけない形でという前提条件はつくけど、十年後全くダメだったら私が責任をかぶって逃げてしまえばいいだけだしね」

「はぁ……どうせそんなとこだろうと思っていましたよ」

エインスは呆れたように溜め息を吐くと、目の前の机に突っ伏す。そんな彼に目をやりながら、ユイは時間を気にする様子を見せていた。その仕草に気がついたアレックスは、その会議にて一つだけ残された空席に視線を向けると口を開く。

「しかしラインバーグ大臣は如何されたのでしょうか。あまり時間に遅れるような方ではないのですけどね」

「ふん、ユイの奴とは違うんだ、なにか理由が有られるのだろう」

リュートが腕組みをして目を瞑ったまま、ラインバーグを擁護する。しかしその発言の中に含まれていた毒に、ユイは思わず頭を掻いて反論した。

「おいおい。それじゃあまるで、私が会議に遅刻してばかりみたいじゃないか」

「それ以外の何かに聞こえたか?」

突然槍玉に挙げられたユイは苦笑いを浮かべながら反論するも、リュートはそれをバッサリと切り捨てる。

「いいかい、リュート。正直言って、ここ最近の会議に私が遅れたことはないよ。嘘だと思うなら調べてみたらいい」

ユイは両手を広げそれだけ告げると、言いたいことは言い切ったとばかりに、大きなあくびを一つ行った。

「そりゃあ、先輩は自分に関わる全ての会議を午後に開くようにしてしまいましたからね。しかし、ただでさえ自分の都合で会議の時間決めているのに、なんで今日も眠そうにしているんですか……先に言っておきますけど、いつものように会議中に飽きて昼寝するのは止めてくださいね」

「勘弁してくれよ。私がちょっと昼寝をするぐらいで誰に迷惑をかけるというんだい……って、こんな事を言っている場合じゃない。もう次の予定が入っているんだ。申し訳ないけど、私はここで失礼させてもらうよ」

ユイは時間を確認しながらそう口にすると、苦笑いを浮かべつつ困ったように頭を掻く。

「ちょっと、どこに行くつもりですか先輩。まだ会議は始まってさえいないんですよ」

「いや、そうなんだけどね……どうしても外せない用があってさ。あ、これを作っておいたから各自目を通しておいてくれ。今回のことで必要になるものと人員の草案だから。もっともこのあと大きく変わるかもしれないけどね」

ユイはその場から立ち上がると、今後の計画について三枚の用紙にまとめた計画書を皆に配る。そこには今後領地経営を行っていく上で必要となる物資、人材やそのコストがおおまかに記されていた。

皆の注目がその紙面へと移ったことを見計らうと、ユイはそっとその場を立ち上がり、部屋の入口へと移動する。そんな彼の動きに気がついたエリーゼは、彼の背中に声をかけた。

「ちょっとお待ちなさい、ユイ。別にこの会議を抜けるのは構わないけど、行く前に一つだけ聞いておきたいことがあるの」

「何でしょうか、エリーゼ様」

「先日あなたは二つお願いを口にしましたよね。その二つ目としてあなたは伯爵号を名乗らないことを口にしました。ずっと気になっていたのだけど、あれには何か意味があったのですか?」

エリーゼはあの日から気になっていた疑問を、ユイに向かってぶつける。するとユイは、一瞬なんのことかわからず首をひねった。

「名前の件って……何か有りましたっけ?」

「……先輩。先日ブラウ公を前にして、フォン・レムリアックを名乗らないと言っていたじゃないですか。その件ですよ。やはりこの時間でもまだ寝ぼけているんですか」

エインスがジト目でユイを睨みながら、彼の記憶の助け舟を出す。すると、ユイはようやく伯爵名を名乗らないといったことを思い出した。

「ああ、あれね。あった、あった。えっと、あれはさ、もしユイ・フォン・イスターツなんて長ったらしい名前になったらすごく面倒なことになると思わないか? 主に署名する時とかにさ」

「まさか、署名するときの文字数が増えるのが嫌だったとか……冗談ですよね?」

エインスはユイのことであるから、事実である可能性は低くないと認識していた。しかしながら、ユイの口にするあまりにひどい理由に、彼の脳は理解することを拒む。

しかしそんなエインスに向かって、当の本人は彼の当たってほしくなかった予想をあっさりと肯定してみせた。

「冗談ですかって言われても……そんなに変なことを私は言っているかい? 例えばフォンなんて一度書くだけなら三文字だけど、仮に月に一万枚の書類にサインするとすれば、三万文字も書く量が増えるんだよ。場合によっては伯爵号も記載しなければいけないし、そんな面倒なことはやってられるわけないよ。あんなのはさ、どこぞの貴族なんかが、せっせと書いていればいいんだよ」

「先輩は以前からどこか価値観がおかしいと思っていましたが……だいたい僕もどこぞの貴族なんですよ、それも結構大きな」

エインスが心底呆れた表情を浮かべて肩を落とすと、ユイはあまり気にしていないのか、頭を掻きながらエインスに向かって軽口をたたく。

「ああ、そういえばそうだったか……じゃあ、お前も辞めれば?」

「できるわけ無いでしょ! 全く先輩はこれだから……リュート先輩も何とか言ってやってくださいよ」

「俺に振るな。こいつの性格に関しては、とっくの昔に諦めている」

ユイの書いた草案を目に通すことに忙しいリュートは、期待に満ちた目で見つめてくるエインスに対し、条件反射的にそう口にする。

「ともかく私は行くよ。あまり待たせたらへそを曲げる人物との約束だからね」

「ユイ。君がこの時期にわざわざ会いに行くへそ曲がりの人物ということは、今から学園に行くということかい?」

「ああ、ちょっとあの頑固親父に会わなければいけなくなってね。そういうわけで、あとはよろしく」

それだけ口にすると、ユイは後ろを振り返ること無く部屋のドアから出て行ってしまった。

「すいません、エリーゼ様。せっかく今日はエリーゼ様もお越しになられたというのに、相変わらずあの人はマイペースで」

「いえ、構いませんよエインス。今日は私が突然おじゃまして、彼に謝りに来たわけですから。特に気にしていません」

エリーゼはニコリと微笑んでそう口にすると、ユイが書いた手元の草案へと目を落とす。そうして皆がその資料を読み始めて会議室が静まり返った頃に、当然部屋のドアがノックされる。そしてゆっくりとドアが開けられると、白髪の老人が姿を表した。

「すまんな、ちょっと遅くなってしまった」

「お待ちしていましたよ、ラインバーグ。しかしあなたが遅れるなんて珍しいですね」

エリーゼは申し訳なさそうに部屋へ入ってきたラインバーグを目にすると、微笑みながらそう口にする。

「エリーゼ様もお越しでしたか、申し訳ありません。実は内務省経由でここへ来たのですが、先ほど王城の入り口で帝国の外交大使と顔を合わせてしまいまして。それで多少時間を食ってしまったのですが……それはともかく、ユイのやつはどこへ行かれました?」

「先輩なら先約があると行って、先ほどこの手抜きの資料だけ残して出て行ってしまいましたよ」

エインスが手元の走り書きに等しい草案の紙を示しながら、困った表情を浮かべてそう告げる。するとラインバーグはあいつらしいと苦笑いを浮かべると、手近な椅子へと腰掛け、余っていた草案の紙を手にした。

「……そうか、ならヤルムの奴からの伝言はまた今度じゃな。ともあれ、まずはこの資料とやらを目に通させてもらおうか」

「こんばんは、アズウェル先生いらっしゃいますか?」

アズウェル教室のドアをノックすると、ユイはどうせ返事が期待できないと知っており、気にすることなく中へと入る。

「……なんじゃ、誰かと思えば貴族に成り上がりおった元校長か。こんな時間にワシに何のようじゃ?」

額にしわを寄せながら、机の上の書類から視線を動かすことなく、アズウェルは返事する。いつになっても変わらぬその姿に、ユイは苦笑いを浮かべながら、散らかり切った部屋の真ん中に放置されている椅子に腰掛ける。

「いや、この時間に訪問しますと、昼には届くように手紙を書いておいたつもりですが」

「ん、手紙? ……ああ、これか。ふん、この論文よりはどうでもよさそうだったからまだ読んどらんわ」

「はぁ……どうせそんなところじゃないかと思っていました。取り敢えず、今日は先生に見て頂きたいものが有りまして、その採点をお願いしに参った次第です」

「なんじゃ、ワシは忙しいんじゃ。今はお前の相手をしとる暇などないぞ」

取りつく島も無いようなアズウェルの拒絶を耳にして、ユイは頭を二度掻くと、椅子から立ち上がりアズウェルの机の側へと近寄る。

「ええ。ですが、決して無駄な時間にはしませんよ。まあ騙されたと思ってこれを見て下さい」

ユイはそう口にするなり、先ほどの会議で提出した草案とは明らかに分量が異なる数十枚からなる書類の束を、アズウェルの読んでいる論文の上へと置く。

「しつこいやつじゃな、お前も。ふん、最初の一ページだけは目を通してやる。それがくだらんかったら、それ以上はもう読まんからな。なになにユニバーサルコード理論を応用したレムリアックにおける諸政策について……おい、ユイ。お前……」

「まぁまぁ。そんな怖い顔をせずに、中に目を通してくださいよ」

厳しい表情をしながら始めてユイに向かって顔を上げたアズウェルに対し、彼は両手を前に突き出して落ち着くように告げる。すると、内容への興味が勝ったためか、アズウェルはすぐに視線を紙面へと戻すと次々に読み進めていく。

そうして、アズウェルが幾許かの時間をかけて最後の一枚を読み終えると、彼は大きな溜め息を吐き出した。

「さて、私の貴族への取り立てを知っていらっしゃるということは、レムリアックを任地にされたこともご存知だと思います。この際正直に言いますが、普通にやってもあの地をまともに発展させるなんてどだい無理な話なんですよ。ですから、少し私なりのアイデアを盛り込んで、計画を立てて見たのですが、如何でしょうか?」

「本気でこの内容でやるつもりか? 貴様はどれくらいの確率でうまくいくと思っておる?」

アズウェルはユイを睨みつけるかのような鋭い眼光を放ちつつ、彼にそう問いかけた。

「そうですね……正直言って、現段階では五分五分くらいがいいところでしょうか。やってみないとわからない不確定要素が多すぎますからね」

「そうか……五割か」

ユイの予測を耳にしたアズウェルは、自分の考えをまとめるためにそのままの姿勢で腕を組む。

「ええ、そんなものだと思います、私一人の力ではですが。そこで今日は先生のところへ足を運んだのですよ。おそらく先生の力を借りることが出来れば、もう少し分の良い賭けになると思いましたので、昨日徹夜でそれを書き上げたんですよ……それで私が立案したこの答案ですけど、採点はいかがでしたか?」

「なんじゃ、本当に採点して欲しかったのか? ふん、零点じゃ」

「えっ……そんなにお気に召しませんでしたか?」

「ふん、内容には問題などありはせんわ。こんなものお前以外の誰も書くことはできん。しかしな、こんな汚い字で書かれたものなどに点数をやることができるか。学生の答案なら突っ返してやるところじゃ」

アズウェルが鼻息を吐き出すような形でそう言い切ると、ユイは苦笑いを浮かべつつ肩をすくめる。

「ははは、それは失礼。なにぶん時間が全然ありませんでしたので、それくらいはお目こぼしいただけると助かります」

「まあいい。それよりもお前がレムリアックに封じられたことはクレハから聞いたが、ブラウの奴にどんな無理難題を押し付けてきたんじゃ?」

「あらら、お見通しですか。いや、あまり大したことじゃないんですけどね、十年の間だけ税を軽減頂くことと、自由な商取引を行わせることですよ。もちろん十年後以降に現在収めている十倍の額の税を国庫に払うという約束と引き換えですがね」

「……貴様、ブラウを嵌めよったな」

アズウェルは口元を皮肉げに歪めながらそう口にすると、ユイは弱ったように頭を掻く。

「えっと、何のことでしょうか?」

「ふん、この詐欺師め! しかし面白くなってきたわ。お前がここを立つ予定は何日じゃ?」

「今のところ、十日後の予定です」

「十日か……ふむ、ならば今は少しでも時間が惜しいな。今日から雑用は全て部下に任せて、貴様はここでワシと合宿じゃ。良いな? では、早速今からとりかかるぞ」

アズウェルは面白い研究材料を見つけたとばかりにそう口にすると、ユイの返事を確認することなく、視線を資料へと移す。

そうして元校長と教授の合宿は、まさにその瞬間から開始されることとなった。