軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

女王誕生……そして

就任式典。

それは過去から現代に至るまで、国王を始め、宰相や大臣など、国内の要職の担い手を明確化する目的でクラリスでも続けられてきた儀式である。その儀式が開かれる役職として、この国では一度も使用されたことのなかった女王という名称が歴史に加わる。

そしてこの国の歴史で最初の女王となるのは、歴代のこの国の指導者の中で、もっとも若く、そして最も美しい女性という事実があり、王都であるエルトブールは湧きに湧いていた。

その一端を表す出来事として、エリーゼの女王就任式の二日前より城下町では既に飲めよ、歌えよのお祭り騒ぎとなっており、その光景は昨年この国を襲った戦争に対して、完全に別れを告げるかのようであった。

そんなお祭りの様な騒ぎは、城内で執り行われた就任式の後に、エリーゼが国民たちの前にバルコニーから姿を表した時に最高潮となる。

実質的この国のトップに立ってからのエリーゼの評価は、市民から見ても絶賛とは言わないまでも、そう悪くないものであった。

もちろんそれは、彼女に対して無条件で与えられたものではない。なぜなら彼女が無軌道王女と呼ばれていたことは、貴族だけではなく、庶民にも知れ渡っており、先日の戦争が始まるまではただの変わり者の王女としか思われていなかったのである。

そんな彼女が現在のような評価を得るに至ったのは、復興に向けての彼女の努力ももちろんであるが、何よりもこの国の英雄であるユイ・イスターツを地方にて見出し、そして取り立てたという一点につきる。

なぜならばユイ・イスターツは、大半の国民と同じ庶民の出身であり、彼の立身出世の物語は、今やこの国の子供たちの憧れであり、そして目標であった。

一方、貴族達からの評価というと、それは真っ二つに分かれている。

彼女を高く評価するライン公やラインバーグなどの存在もいれば、常に真っ向から対立している貴族院議長のブラウ大公などの勢力もあり、女王として満場一致で承認されたとは言い難い状況である。

そんな彼女の微妙な立ち位置が引き起こすことになったある騒動は、就任式の後に執り行われた就任パーティーの場から始まった。

「エインス……パーティーとは本当にめんどくさいものだね。貴族の人たちはいつもこんなことをしているのかい?」

立場上、しぶしぶ出席せざるを得ない羽目になったユイは、忙しなく淑女達の中を駆け回る仕事を終え、一息つけに戻ってきた後輩に向かってそう話しかける。

「めんどくさいなんて言わないでくださいよ。誰が聞いているかわからないんですから。いいですか先輩、こう言った場は矢や魔法は飛び交いませんが一つの戦場なんです。武具を持たない貴族の武器は、何時だって流言なんですから」

「そんなものか……ますます私には程遠い世界だとよくわかったよ。まぁ、義理もあって今回は参加したけど、こんな式に参加するのはこれが最初で最後だろうから、精々いい思い出にすると考えようか」

ユイは苦笑いを浮かべながらそう口を開くと、エインスは呆れた表情をしながら彼を嗜める。

「また先輩はすぐそんなこと言うんですから。先輩の立場なら今後も頻繁に呼ばれることになるんですから、少しは慣れて下さい……それと義理なんて言葉はもう少し小さい声でしゃべってくださいね。先ほども言ったように誰が聞いているかわからないんですから」

「……ほんと最近お前ってリュートに似てきたよな。いかんぞ、あんな小言人間になっては」

ユイが半目でエインスを見ながらそう口にした時、突然彼の頭を鈍い衝撃が走った。

「誰が小言人間だ、誰が?」

「ああ……いたのか、リュート」

自らの背後に、凶器となった鞘に収めた剣を手にしているリュートを目にしたユイは、叩かれた頭を抑えながら苦笑いを浮かべる。

「今回は女王就任式だからな。このパーティーの運営は貴族院主催だが、当然警備は親衛隊が執り行っている。だから親衛隊の者は大忙しなんだ。どこぞの親衛隊を設立したのに手伝わない顧問様や貴族としての役目とはいえ部下を働かせて女の尻を追いかけ回っている隊長様と違ってな」

「ははは、エインス。お前も言われているぞ」

自分だけが怒られているわけじゃないことになぜか気を良くしたユイは、隣の後輩に向かって笑いかけようとする。しかしそこにはすでに彼の姿はなかった。

「いつからあいつはこんなに逃げ足が早くなったんだ……やはり私生活の影響かな?」

「馬鹿な上司の影響に決まっているだろ。全くお前がいつもあいつを甘やかすから、一向に親衛隊の長としての威厳が身につかんのだ」

「それは外の私ではなく、あいつの部下に問題が……いや、何でもないよ」

本気で睨みつけてくるリュートに対し、ユイは両手のひらを前に突き出しながら、慌てて発言を修正する。

「フン、まあいい。それよりも先ほど決まったばかりの事だが、至急貴様の耳に入れておきたいことがある」

「私にかい? なにかな」

「実は、今回の女王就任に当たって、どうも一つの取引が―—」

リュートがそう話し始めたところで、彼の話を遮るように一人の男が彼らの前へと姿を表した。

「おい、庶民共。貴様等がなぜこんな所に顔を出している」

ユイたちは何処かで聞いたことのあるその声に、思わず彼らの正面へと視線を移す。するとそこには先日まで帝国の捕虜の身にあった同級生のムルティナの姿があった。

「ああ、ムルティナか。久しぶりだね、無事帰って来られたみたいで何よりだよ」

「おい、イスターツ。私を呼び捨てにするな。この晩餐会の席は戦場ではない。たとえ貴様が三位であろうと、そんな階位などこの席では関係ないことを知らんのか?」

「そうかもしれないけどさ……ほら同級生じゃないか」

ユイが弱った様に頭を掻きながらそう口にすると、ムルティナの視線は殺意を含むかのように険しくなる。

「ふざけるなよ、このど庶民が。年が同じだからと言って、私と貴様が同格であるはずがなかろう」

祝賀の会に相応しいとは言い難い怒声がその場で発せられると、二人を中心に凍りついたかのような空気が流れた。周囲にいた者達も一斉にムルティナとユイに視線を向ける。

リュートが仕方なく二人を分けようと介入しかけたその時、そんな彼を制するように、今回の警備主任を務めているもう一人の同級生が、背後から二人に近づいて声をかけた。

「おやおや、いかがされましたか? ……って、ユイとムルティナ君じゃないか。こんな祝いの場で揉め事は困るな」

笑みを浮かべながらも警告するかのようにそう言葉を発するアレックスは、普段以上にキツネ目を細めて、ムルティナを睨みつける。すると、彼の存在に気がついたムルティナは急に表情を青くさせると、頬を引きつらせつつ、わずかに後退する。

「む……そうであったな。私としたことが、つい薄汚い庶民を目にして、落ち着きを失ったようだ。はは、これにて失礼させてもらおう」

少しずつ後退りながら、それだけを口から発すると、ムルティナはそそくさとその場から退散する。

「助かったよ、アレックス。昔から彼は、君の言うことは耳を傾けてくれるみたいだからね」

「まぁ、彼とは色々と愉快な出来事もあったからね。それよりも先ほどの耳にした会話の様子だと、ユイにはまだ伝わっていないのかい?」

アレックスはリュートに向かって視線を移すと、そう言葉を発する。

「ああ、今話そうとしたんだが、あの馬鹿が絡んできてな」

「なるほど……ね」

そう口にして頷きあう二人の姿を目にして、ユイは首を傾げると二人に向かって問いかける。

「二人して、何の話なんだい?」

ユイの問いかけに対して、どちらが答えるか顔を二人が見合わせると、そんな彼らの背後から大きな歓声が聞こえてきた。

「あらら、間に合わなかったか。まあいいや、現実を理解してもらう意味でも、ユイは直接彼女の口から聞いた方がいいかもしれないかな。とりあえず僕は警備に行ってくるから。リュート、あとはよろしく」

「おい……くそ、あいつめ」

リュートはパーティー会場の前方に用意された壇上に上がろうとするエリーゼに向かって、慌てて駆け寄るアレックスを目で追いながら、一つ舌打ちする。

「だから、一体何のことなんだい。どうも私に関わる何かがあるみたいだけど」

「ああ……まぁすぐに分かるさ。エリーゼ様のスピーチを耳にすればな」

リュートはユイに向かってそう口にすると、そのまま壇上のエリーゼに視線を向ける。彼の視線を追うように、壇上へと視線を動かしたユイの目には、ちょうど来場した者たちに語りかけ始めるエリーゼの姿があった。

来場への感謝、亡き父への思い、そして皆への協力の要請。その一つ一つを丁寧に、そして真摯に語りかけるエリーゼに対し、ユイを含めた聴衆の大多数は彼女に視線が釘付けとなる。そうして彼女の演説に一区切りが付いた所で、水鏡のように静まり返った会場は、割れんばかりの拍手に包まれる。

そんな会場の反応をゆっくりと見渡すと、彼女は大きく一つ頷き、再び口を開く。

「このクラリスを支えてくださっている皆さん。私は皆さんに二つのことをお約束します。一つは皆さんにとって誇ることができる国へとこの国に導くことを。そしてもう一つ、この国を支えて下さる皆さんが安心して頂ける国づくりを目指すということをです」

そこでエリーゼは一度言葉を止めて間をとる。そして一瞬やや陰りのある表情を浮かべた後に、会場を騒然とさせる発表を口にした。

「……そのために、私は皆さんに御報告することがあります。皆さんは我が国を苦境から救い、そして先日は同盟国であるラインドルを崩壊の危機から救った一人の英雄をご存知だと思います。この度、私の女王就任に当たり彼の功績を称え、伯爵に任命することを貴族院の方々とともに決定しました」

会場はその言葉を受け、一瞬どよめきが上がる。貴族院に属する極一部の貴族を除いた皆々は、何十年ぶりかの新貴族の誕生、それも伯爵待遇という前代未聞の扱いに、驚きを隠せない。

しかしそんな会場の戸惑いを余所に、自らのことを指し示していると気がついた当人は、表情を強ばらせながら今にもその場から逃げ出したい気持ちに包まれていく。

だが、そんな彼の心情を誰も一人推し量ることもなく、時間は時計の針を先へと進めていく。そしてユイがわずかに冷静さを取り戻した時には、先程の宣言を口にしたエリーゼの隣に、どこかで見覚えのある老人が並び立っており、ゆっくりと一枚の証書を読み上げていく。

「ユイ・イスターツ三位を、今日を持って伯爵とし、彼の者にレムリアック領を与える。これは貴族院及び王家の決定事項である」

その宣言がなされた瞬間、先ほどとは明らかに異なる種の驚きが会場を埋め尽くし、下位貴族に芽生えようとしていた嫉妬心は、一瞬の内に消え失せていく。そしてそれとともに、無数の哀れみを含んだ視線が、一斉にユイへと向けられていった。

一方、そんな周囲の反応など気にする余裕もなく、先ほど壇上の老人より発せられたレムリアック領という言葉が、彼の脳へと深く突き刺さっていた。

そんな呆然としているユイに向かって、老人は視線を向けると、満面の笑みを浮かべながら彼に向かって祝福するように口を開く。

「ユイ・イスターツ三位。今日を持って君はユイ・フォン・レムリアック伯爵と名乗ることを許可される。さあ、この任命書を受け取りに、こちらへ来てくれたまえ」

その含むところの有りそうな笑みを目にした瞬間、ユイは眼前の男が貴族院議長であるブラウ大公であることに気がつくと、表情をわずかに強ばらせる。そしてそれとともに、隣に並び立つエリーゼの申し訳無さそうな姿を目にした瞬間、ユイはすべての事情を理解した。

ユイは弱ったよう苦笑いを浮かべる。そして三度頭を掻いて、脳内を一度白紙にすると、壇上に向かって一歩ずつ歩み始める。それとともにユイは急速に現在とり得る最善手を模索し、ブラウ達の描こうとするキャンバスを上から塗り潰すためのシナリオを編み上げていく。

「おめでとう、ユイ・フォン・レムリアック伯爵。これからは君も我々の仲間だ。共にこの国のために働こうではないか」

思考を進めながら、ゆっくりと自らの正面へと歩み寄ってきたユイに対して、ブラウは喜色を隠すこと無くそう口にする。

その歪んだような笑みを目にしたユイは、脳内で構築し終えた彼のシナリオに基いて、彼らしくない爽やかな笑みを浮かべる。そして、微笑みかけるようにブラウに向かって口を開いた。

「ありがとうございます、ブラウ大公。ただ私は庶民の出であり、浅学非才の身であります。ですので、伯爵などというだいそれた爵位をうまく勤め上げることができるか自信がございません。そこで、大公とエリーゼ女王陛下に二つほどお願いがあるのですが……」

ブラウ大公はこの状況でまさかユイがそのようなことを言い出すとは考えておらず、想定していた進行とは異なる事態にやや戸惑いを見せる。

「ほう。英雄と呼ばれる其方が、自信がないとはいささか意外であるが……それで願いとは何かね?」

「レムリアックと言えば、あのクラリス南西部に位置するレムリアックのことであると考えます。あのような厳しい地域を私に与えてくださったということは、逆に私に対する深い期待と受け取ってよろしいでしょうか?」

「もちろんだ、伯爵。確かに彼の地を見捨てられた土地などと悪く言う者も少なくはない。しかしながら、彼の地にはこの国で最も多量で上質な魔石が埋蔵されていることもまた事実である。それ故、いやだからこそ、英雄と呼ばれる君に期待して彼の地を任せるのだよ」

ブラウの返答を耳にして物は言いようだなとユイは内心で苦笑いを浮かべる。

レムリアックは王国で最も上質な魔石が大量に埋蔵されている土地であること、それ自体は偽りではない。しかしながら、そんな土地に人が移り住んで行かないことこそ、彼の地に根ざす深い問題があることを端的に示していた。

「なるほど、それほど期待して頂いているとは光栄の極みです。ですが、あの土地はたしか大病としてしられるルゲリル病の発生地と伺っております。そのせいで命を落とすものも少なくなく、外から働き手を呼び込むこともなかなか難しいかもしれません。ですので、一つ目のお願いなのですが、十年ほどの間だけで結構ですので、人を呼び込むためにも税を軽減頂き、彼の地での経済活動に関して自由に商取引を行なわせて頂ければと考える次第ですが、いかがでしょうか?」

「むぅ……税の軽減と申すか」

完全にシナリオ外の提案に、ブラウは一瞬考え込む。病がある限り、如何に彼の地が税制面で優遇されようとも、人など集まらないことは明白であると思われる。しかし、少しでも可能性の芽を摘むという意味では、わざわざ奴に少しでも有利な条件を提示することもないと考えると、口を開こうとした。

しかし、ブラウの考え込んだほんの僅かの時間の隙間に差しこむように、ユイはエリーゼに向かって視線を動かすと、言葉を滑りこませた。

「エリーゼ様、残念ながら現在彼の地は、ほぼ税が納められていない状態であると伺っております。しかし、もし願いを聞き届けてくださいましたら、十年後以降は今の年間に収めている税の十倍の額を収めることをお約束致しましょう。如何でしょうか?」

ユイは一気にそうまくし立てると、悲痛な表情をしているエリーゼに向かって笑みを見せる。すると、彼の意図の一部を察知した彼女は、会話の主導権をブラウから奪い取り、この場にいる全ての貴族に聞こえる声を発した。

「いいでしょう、伯爵。もし今の十倍の額の税を納めるというなら大変なお話です。そこまで王国に富をもたらして頂けるというのでしたら、貴方の提案を断る理由なんてありません。そうですよね、ブラウ公?」

「いや、しかしそれは……何より本当に十倍の税など納めることができるとはとても……」

先ほどエリーゼに対して、ユイの伯爵任命という提案を飲ませたばかりのブラウは、急速に動き出した状況の変化に、思考が追いつかない。そんな彼をたたみかけるように、ユイは微笑みながら彼に向かって口を開く。

「はは、ブラウ公。あなた方が期待し信頼して下さった私を信じて頂けませんか? もし私がこの約束を違えるようなことがあれば、私は伯爵位及び軍部での役職を辞する所存です」

そのユイの言葉が発せられた瞬間、会場は再びどよめきに包まれる。

この国に住まうものでルゲリル病を知らぬものはほとんどいない。それは風土病ともいうべき病であり、その病にかかれば体が次第に動かなくなっていき、最後には呼吸も心臓も止まってしまう死に至る病である。その病の存在がある為、どれほど魔石が埋蔵されていようとも、古来より彼の地に住むもの達以外の住民は存在せず、未だに放置され続けているのである。

そんな土地であるからこそ、その場にいた大多数は、ユイの提案は自暴自棄のようにしか映らなかった。

そうして一瞬会場に空白の間が生まれると、突如会場内にいた一人の男が、笑い声を上げ始めると、沈黙を切り裂くように壇上のブラウに向かって口を開いた。

「良いではありませんか、ブラウ公。あの英雄殿が自らの進退をかけると言われておるのです。この英雄殿の意気込みを汲み取らずして、この国を発展させる事ができましょうか」

その言葉を発し、会場内からの視線を一身に集めた者は、メレンバル侯爵家の長子であるフィールであった。彼の自信に満ちた姿をブラウは目にすると、一度重々しく頷き、そして口を開く。

「うむ、汝の申すとおりだな。エリーゼ様もお認めのようであるし、伯爵の手腕に期待する意味でも、その提案を認める方向で調整させて頂こう」

ブラウのその言質をとった瞬間、ユイは満面の笑みを浮かべると、今度は申し訳無さそうな表情を浮かべながら、頭を掻きつつ口を開く。

「ありがとうございます。では、もうひとつのお願いに関しまして、述べさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「うむ、しかし二つとは伯爵も欲張りだな。だが、今日はエリーゼ様の女王就任と君の伯爵就任という正にめでたい日だ。どうぞ言ってみたまえ」

ブラウは口にした内容を耳にした瞬間、ユイは頭を掻きながら苦笑いを浮かべると、その場の誰もが予想もしない願いを口にする。

「実は庶民出身の私が、皆様と同じようにフォンの称号を名乗るのを非常に恐れ多く感じております。ですので、ご温情をかけて頂いた皆様に恥ずかしくない実績を積むことができる時までは、今までどおりユイ・イスターツと名乗らせて頂きたいと思っております」