軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

外務省省外会議室

「先輩……またわけのわからない本をこんなに持ち込んで」

軍務庁舎の旧親衛隊室に足を踏み入れたエインスを待っていたものは、机にそびえたつように積まれた本の山と、その大量の本に埋もれたまま机に突っ伏して眠っているユイであった。

「ん? ああ、エインスか……おはよう」

エインスの声で起こされたユイは、机に投げ出していた体をゆっくりと起こすと、寝ぼけ眼でそう挨拶する。すると、エインスは呆れたような表情を浮かべながら口を開く。

「おはようじゃないですよ、もうお昼を過ぎているんですからね。もしかして昨日からこの部屋に泊り込んでいたんですか?」

「ああ、そういえば、そうだったかな……いやぁ、本を読んでいたら、帰るのがめんどくさくなっちゃってね」

まだ思考が働いていないのか、のんびりとした返事をすると、ユイが目を擦りつつ大きな欠伸をする。

「はぁ……せっかくあんなに立派な官舎を与えられたのに、少しくらいは使ってあげてくださいよ」

ユイはどれだけの期間ラインドルに赴任することになるか、予想できていなかったため、自らの官舎を一度引き払っていた。

しかし予想よりも早い帰国となったため、ユイが以前使っていた官舎に戻ろうと申請したものの、官舎には既に他の人間が入居していたのである。

とはいえユイは国の英雄であり、路上に放り出すことも出来ず、現在は他国の大使など提供するための邸宅を貸し与えられているのである。

「すぐ散らかるだろ、家って。何かをするにしても、あんな広い家はどうにも馴染まなくてね」

「ここが散らからないのは、先輩が散らかしても、クレイリーさんたちが掃除してくれているからですよ。ほんと先輩は一人では生きていけない人なんですから……いい加減、良い歳なんですし、結婚でも考えられたら如何ですか?」

エインスからの小言を耳にして、ユイは苦笑いを浮かべると、頭を数回掻く。

「私がかい? はは、相手もいるわけじゃないのに、結婚なんてできるわけないだろう……それに何より」

「何より?」

エインスは嫌な予感を感じながらユイに視線を合わせる。するとユイはだらけた表情で、一言言い放った。

「めんどくさい」

「……はぁ」

その言葉に呆れたエインスは、全身を脱力させて深い溜息を吐く。するとユイはさすがに気を悪くし、エインスに向かって反論した。

「おいおい、そんな呆れた顔をするなよ。それにお前こそいい加減、腰を落ち着かせたらどうなんだ。大公の子息たるもの、あまりフラフラしてるのは、どうかと思うけどな」

「ぐぅ……また痛いところをつきますね。昨日も父さんに言われましたよ」

昨夜も深夜にこっそりと帰宅したところをジェナードに見つかり、さんざん説教を受けたエインスは、思わず渋い表情を浮かべる。

「ははは、あの人らしい」

「……まあ、その話はいいでしょう。それより一体何を読んでるんですか? 士官学校の貸し出し禁止本ばかり、こんなに持ちだして」

エインスが机の上に並べられた本の数冊を手にとってパラパラとめくる。白魔法原論、世界構造学概論、根源論、ワームラー冒険譚、病理気学大全、標準呪術学といったジャンルも内容もバラバラの本が、積み上げられており、中にはエインスの知らない言語で書かれたものまで混じっていた。

「ああ、これ全部アズウェル先生の私物だよ。どうも教授室と研究室に本が収まらないから、こうやって貸し出し禁止にして、図書館に置かせてもらっているみたいだね」

「いつものことながら、先輩の趣味ってわからないですよね。まあ、ちゃんと返してきてから次を借りてきてくださいよ。ここは先輩の私室ってわけじゃないんですからね」

エインスは首を左右に振りながら、呆れたようにそう告げる。するとユイは誤魔化すような苦笑いを浮かべながら、頭を掻きつつ口を開く。

「ああ、後ろ向きに検討しておくよ」

「後ろ向きってなんですか、後ろ向きって……全くまた勝手に入り口の看板を書き換えているし。いつからここは外務省の部屋になったんですか」

「おいおい、物事は正確に言ってくれ。ここは列記とした親衛隊本部だよ。たまたま外務省省外会議室を兼ねるだけでさ」

「前は校長室でしたよね……」

エインスが口にしたのは、この物置小屋を改装した親衛隊本部の外に立てかけてある看板のことである。親衛隊本部と書かれている隣に、ユイが士官学校の校長を務めていた頃は第二校長室の文字が書かれていた。それが今は縦線を引いて消され、外務省省外会議室と書き直されている。

「部屋を有効に活用することは、良いことだと思わないかい?」

「先輩……先輩はもう三位なんですから、外務省に専用の部屋があるでしょ。そこを有効に使いましょうよ」

ユイは三位の位階を有しているため、彼専用の部屋が外務省に用意されてはいた。もっとも、ユイ自身は一度案内された際に足を踏み入れたきりであり、その後は一度も訪れていない。

「やだよ、めんどくさい」

「めんどくさいって……普通は三位になって専用の部屋をもらうことって、結構な憧れなんですよ。しかも先輩は今度二位になるんですから、そろそろ自分の本庁にいないと他の者も迷惑するんですからね」

エインスが困った人を見る目をしながらそう口にすると、ユイは寝耳に水が入ったように驚いた。

「ちょっと待てエインス……二位だって? 私が二位になるって言っているのかい?」

「ええ、もっぱらの噂ですよ。ラインドルでの政変を片付けたユイ・イスターツが次は二位になるとか、外務省もしくは戦略省の次官になるとかね」

先日、貴族などが出入りするバーで見聞きした内容を、エインスは口にする。するとユイは本気で嫌そうな表情を浮かべ、愚痴を吐き始めた。

「勘弁してくれよ。また仕事が増えるじゃないか。そういった偉い人がやる類の役職は、やる気がある優秀な人がやればいいんだよ。何で私がやらなければいけないんだい?」

「そりゃ、先輩が優秀だからでしょう」

「私はやる気がある優秀な人といったんだ。本人のやる気の問題はどこにいった?」

ユイは子供っぽい言い訳を口にするも、エインスはあっさりした口調で彼に反論した。

「まぁ、噂には当人のやる気は反映されませんからね。見る人が見れば、先輩なんかエリートコースをひた走る、出世欲の塊ですよ」

「どんだけ歪んだ眼鏡をかければ私をそう言った目で見られるんだい。私は二度も左遷されているんだよ……全くどうなっているんだ、本当に」

ユイとしては出世のために働いたことは一度たりとて存在しない。それ故、自分をエリートだと思ったことは皆無であり、エインスの発言に対して、露骨に嫌そうな表情を浮かべる。

「困ったのは先輩の方ですよ。ラインドルに行く前は、ようやく少しやる気を出したかと思ったのに、気がついたら元に戻っているし」

「あれは宿題みたいなものだったからね。今は宿題も終わらせたわけだから、ゆっくり休んでもいいじゃないか……エインス、お前なんか最近リュートに似てきていないか?」

「先輩がだらしないからでしょう。アレックス先輩はともかく、リュート先輩の気持ちは痛いほど分かりますよ」

「はぁ……全くみんなして私を一体何だと思っているんだ。とにかく私はもう一眠りさせてもらうからね、お休みなさい」

ユイは小言はもう十分だとばかりに、ふて寝しようと机に向かって突っ伏す。するとエインスが慌てたように、ユイに向かって声を上げた。

「ちょっと、ちょっと先輩。待って下さい」

「なんだい、私は忙しいんだ」

顔を起こすことさえ無く、ユイはそのままエインスに返事を返す。するとエインスは諦めの境地に達したのか、ユイに向かってそのまま話しかけることにした。

「寝るのにでしょ……それより先輩に本題を伝えるのを忘れていました」

「本題? なんの?」

ユイはそのままの体勢で耳だけを働かせると、エインスに向かって問いかける。

「エリーゼ様の女王就任式典の日取りが決まりました。それについて先輩に連絡しておこうと」

「そう言えば私がラインドルに行く前にそんなことも言っていたな。それで、いつなんだい?」

「十日後です」

エインスの回答を耳にして、ユイは突っ伏した姿勢のまま、エインスにわからないように、僅かに頬を引き攣らせる。

「……へぇ、そうなんだ」

「なんか他人事の反応ですね。先輩も出席するんですよ。なにしろ先輩の帰国をエリーゼ様は待ってらっしゃったんですからね。はぁ……先輩はこれだから」

エインスが突っ伏したままのユイに対し、問題児を見るような視線を送る。しかしユイから帰ってきた反応は、彼の想像を 裏切るものであった。

「ああ……休みが一日消えた」

「……先輩、もともと休みの日じゃないんですから、全然消えていませんよ。一体、仕事というものをなんだと思っているんですか」

「食い扶持を稼ぐ手段」

ユイはあっさりした声でそれだけ返答すると、そのまま黙ってしまう。

「はぁ……とにかく当日は遅刻しないように、父さんと迎えに行きますからね。ちゃんと準備しておいてくださいよ」

エインスは処置なしと諦め、ユイにそれだけ告げるとそのまま部屋から出て行く。そしてドアが閉じる音を確認すると、ユイはゆっくりと体を起こし、一つ伸びをした。

「さてこの時期に女王に就任されるのは、吉と出るか凶と出るか……サイコロの目には最近嫌われているけど、今回はいい方に出てほしいものだね」

そう独り言をつぶやくと、ユイは山積みにしていた本の山の中から新たな一冊を取り出す。そして本と同化するかのように、そのまま本の世界へと没入してしていった。