作品タイトル不明
会議から幕は上がり
クラリス王国にとって、数十年ぶりの戦争が引き起こされ、早一年を迎えようとている。
崩壊しかかった国家体制も、少しずつではあるが、ようやく落ち着きの兆しを見せ始めていた。しかし戦争によって深く刻まれた傷跡は、未だ消えてはいない。そしてその傷跡の治癒の仕方に不満を持つものも少なくなかった。
例えばとある四大大公家の公爵邸において、ある一団がこの国の未来と彼らの現状を憂えていた。
「どうやらラインドルの内乱も、収束を迎えたようだ。次期国王はカイラ第一王子に内定したらしい」
今回のこの集会の旗振り役となった戦略省次官のテムスは、目を瞑ったまま円卓の周囲を囲む者たちに向けてそう告げる。
「ほう……まぁ、ムラシーンが排除されたのは、この国にとっては喜ぶべきといえるかな」
「いや、ことはそう単純ではないのだ」
彼とほぼ対側に腰掛けている青年貴族であるフィールの楽観的な発言に対して、ブラウは首を横に振ると、彼の発言を否定してみせた。
「ん、何か問題でもあるのか?」
「この一件に奴が深く関わっている」
苦々し気な表情を浮かべ、テムスがそう言葉を発すると、その若い貴族は訝しげな表情を浮かべ、テムスに向かって問いただした。
「奴? 誰のことだ?」
「おそらくユイ・イスターツのことだろう。そうじゃないのか、次官?」
部屋の奥を零時方向として三時方向に腰掛けていた壮年の男がそう口にすると、テムスはゆっくりと頷く。
「その通りだ。奴がラインドルの外交大使として赴任して早々ということだ」
「あの男か……」
四時方向に鎮座する男が、溜め息とともに渋い口調でそう吐き出す。
「僅か四十日前後でムラシーン体制を崩壊させ、旧国王派を国の主流へと返り咲かせた。奴の手腕なのだとしたら、全く見事だとしか言いようが無いな」
テムスは全く心のこもらぬ称賛を口にすると、八時方向に位置する陸軍省次官のエミリオッツが重い口を開いた。
「ユイ・イスターツ。救国の英雄か……確かに有能であることは認めるが、少し癖が強すぎるな」
「ああ。軍中枢に置いていては危険だと思い、士官学校へ飛ばしたわけだが……こんな事態を引き起こすことになるとはな。やはり奴は目の届くところに置いておくべきだったということか」
テムスはユイを士官学校へ左遷することを強硬に主張した男であり、軍内部でのユイ嫌いの筆頭である。彼の見るユイという男は、まさに得体のしれない男であった。
「気にするなテムス殿。士官学校の生徒たちを青田買いして、自らの派閥へと組み込むといった行動に出るなど誰も想像せんさ。士官学校から外すという決断は当然だろう。たとえ奴の人事要求を飲まざるを得なかったとしてもな」
「どちらにせよ、全てはラインバーグだ。軍人事の主導権は我らが握っているが、それでも奴が軍のトップであることは事実だ。奴とあの男が結託し続けるうちは……」
テムスは前軍務大臣であったメプラーの後継者と目されていた男である。ラインバーグよりは若く、そしてコートマン事変にて彼との出世競争に勝ったと目されていたため、軍の二番手としての現状の立ち位置に満足しているわけではなかった。
そしてそれ以上に彼の足元を脅かす眩い恒星の誕生と、その恒星がラインバーグと繋がっていることを誰よりも早くから危険視していた。
「しかしもし今回のラインドルの件で、あの男に何らかの功績があるとしたら、いよいよ奴は二位だ。少なくとも軍部三省か外務省の次官ポストを空けねばならん」
「馬鹿な、次官だと? 庶民を次官に任命するなど、認められる訳がない」
エミリオッツが疲れた声で、ユイのポストのことを口に出すと、途端にフィールが激怒する。
「ならどうするというのだ? もし二位の位階となるのなら、それほど高位のものを職も付けずに遊ばせておくわけにはいかんぞ」
「ふん、まだ二位への昇進が決まったわけではない。それにもし奴がラインドルで功績があったとしたところで、所詮他国の事。適当な勲章を渡してごまかしておけば良いではないか」
「しかし奴は未だ二十代半ばの若さだ。奴に渡せる勲章などどうせすぐに尽きる。今回のことをそれでやり過ごしたとしても、このまま行けばそう遠くない内に二位、そして一位へと昇進させねばならん事態も起こりうるぞ」
フィールの反論に対し、苦々し気な口調でエミリオッツがそんな未来を語る。すると、フィールは忌々しげな表情を浮かべて、吐き捨てるように口を開いた。
「庶民出身の大臣だと? ……馬鹿馬鹿しい」
「しかし万が一奴が大臣になどなった日は、悪しき慣例がこの国に残ることになる。そして我々が息子たちのために引き継いでいかねばならないポストは、ますます少なくなるわけだ」
この円卓における零時方向、つまり部屋の最も奥に位置する男は、悲しむかのような口調でそう口にする。するとその場にいた者たちは、考え込むかのように黙りこんでしまった。
そんな部屋を覆った沈黙の空気を打ち破ったのは、六時方向に位置していた最も若い貴族の男であった。
「ならば、私に一つアイデアがあるのですが、聞いてもらえますか?」
「何かね? 拝聴しよう」
テムスはその若い男に向かい先を促すようにそう告げる。すると、彼はわずかに微笑んだ後に、この場の誰もが予期せぬ事を口走った。
「前例が破られるのを防ぎたいならば、そんなことは簡単です。奴を貴族にしてしまえばいいのですよ」
その男がそう口にした瞬間、フィールは激怒して椅子から立ち上がると、彼を睨みつける。
「馬鹿か、お前は! あんな奴を貴族になどできるか!」
「落ち着けフィール。反対するのは、最後まで聞いてからでも遅くはないだろう……それで奴を貴族にすることで、我々に何のメリットがあるのか教えてくれるかね」
テムスはいきり立ったフィールを落ち着かせると、他の者の動揺を落ち着かせるように、低く重厚な声でそう告げる。
「ええ、もちろんです。利点としては奴を貴族にすること自体が奴に対する褒章ということになりますから、階位も進めなくてもいい。そして万が一奴が今後昇進した場合でも、名目だけとはいえ貴族しか次官以上になれないという伝統を汚されずに済むということ」
「……まさに名目だけだがな」
その場にいた別の貴族の男が、茶々を入れるようにそう口を開く。すると、その若い貴族は苦笑いを浮かべる。
「それは致し方ないと思いますよ。どうせこのまま手を拱いていては、彼等に主導権を握られ続けることになりますから。それに最大の利点は、奴をこの王都から追い出せるということですしね」
「……一体どういうことかね?」
エミリオッツが理由がわからないとばかりにそう問いかける。するとその若い男はゆっくりと説明し始めた。
「要するに彼を貴族として、地方領主に任命してしまえばいいんです。領地経営など行ったことが無いものが、王都にいながら自らの領地を運営できると思われますか?」
「……なるほど、貴公の狙いがわかってきたぞ」
「うむ、奴の軍で働ける時間を奪うというわけだな」
テムスとエミリオッツが次々とそう口を開くと、若い貴族は満足気に一度大きく頷く。
「その通りです。そもそも王都に戻ってからの彼の躍進は、貴族の義務も持たずに、全ての時間を出世のために費やし、エリーゼ様やラインバーグに媚を売っているからに過ぎません。皆さんのような高貴な義務を負った貴族には、そんな出世のためだけに、働くなどとおぞましいことは不可能ですからね。つまり彼から王都で働く時間を奪い取る事が、最良の策というわけです」
「確かに面白い提案だが、万が一奴の領地経営が奴抜きでも反映するくらいまで軌道に乗ればどうする? あの男のことだ、またなにか妙な方法や伝手を使って、対処しかねんぞ」
ある貴族の男が、僅かな懸念を口にすると、若い貴族は首を左右に振って、その意見を否定する。
「ええ、その可能性も考えていました。ですので、私はレムリアックを彼に治めさせる方向に話を持っていけばいいのではないかと考えています」
「レムリアックだと!」
クラリス南西の悪評高き地名を耳にした瞬間、その場の少なからぬ者たちから、驚きの声が上がる。
「はい、彼の地なら如何に彼が不可思議な手段をとったとしてもどうすることも出来ないでしょう。あの土地に根ざす問題は、人の身ではどうすることもできません。これがうまく行けば、彼は完全な死に体になると思います」
「レムリアック……見捨てられた大地か。なるほど、彼の地ならば確かに奴とてどうにもできまい。だが、レムリアック全体となると、いささか大きすぎる。少なくとも男爵や子爵の持ちうる土地ではないぞ」
「伯爵にしてしまえばよいでしょう。いかに彼とて全知全能だというわけではありません。いずれ時が来れば、領地経営を満足に行えていないとでも理由をつけて、伯爵職を返上させればいい。この策がうまく行けば、今回の恩賞の件も解決して、一石二鳥と思われますが如何でしょうか?」
若い貴族は零時方向に腰掛けるこの館の主に視線を向けると、彼に向かってそう問いかける。すると、その老人は目を閉じたまま深々と頷き、彼の提案を肯定した。
「いいだろう、ワシの方から貴族院の方へも働きかけよう。では、皆の者、それでよいな?」
老人のその問いかけに、その場に同席したものは次々と同意を示していく。こうして四大大公家の一つであるブラウ家で行われた一つの会議は、次の議題へと話を移していった。