軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

褒美

ラインドル建国以来初の内乱が終演を迎えて早七日。一時は混乱の極みにあった王都セーブルも、アルミム国王の病の完治と、内乱の終結宣言が行われてより、急速な秩序の回復を認めていた。

それは取りも直さず、ムラシーンへの不満が国内に充満していたことと、国王への信頼が厚かったことを如実に示していた。そのように急速に国内に光が差し込み始めたラインドルにあって、クラリスからの外交大使であるユイは一つの書状を手に、深い溜息を吐いていた。

それはアルミムより外交官としての面談を要請する親書であり、彼は渋々王宮へと出向き、会談を行う羽目になっていた。

「昔から苦手なんだよ、貴族とか、王族とかってさ。誰か代わってくれないかな」

国王の指定した謁見室へと続く長い廊下を、ユイは嫌そうな表情を浮かべつつトボトボと歩く。すると隣を歩くクレイリーが、ユイを窘めるように口を開いた。

「はぁ、今日何回目でやすか。何度も言ったように、既にリュートの旦那もアレックスの旦那も、クラリスへ帰っちまいやしたから、旦那に代わる人間なんざいませんぜ」

「それはそうだけど……しかしあいつらも友達甲斐のない奴らだと思わないか? 後始末を全部私に押し付けて、自分たちはクラリスに帰ってしまうなんて」

ムラシーンとの戦いが終わった後に、さっさと帰国してしまったリュートとアレックスのことを、ユイは卑怯だとばかりにそう愚痴った。

「元々旦那が人材が足りないからって、忙しい中を無理やり借りだしただけじゃないですか。あの二人があまり長期間抜けると、きっと親衛隊長の髪は薄くなっちまいやすぜ」

クレイリーは、リュートとアレックスを連れて行かれる際のエインスの表情を想像すると、彼の心労に対して思いを馳せた。

「そんなもんかなぁ……若いうちは苦労を買ってでもしろと、昔の人は言ってたものだけどねぇ」

「だったら旦那もあっしより若いんですから、もう少し苦労を買ってくださいよ」

若い彼の上官の発言に対し、クレイリーは呆れた眼差しを送りながらそう呟く。

「ん、私かい? 私はいいんだ、心が老成しているから」

「それ、言い訳としてどうなんですかね……」

相変わらずな上官の発言に、クレイリーが大きなため息を吐き出したところで、ようやく指定された謁見室へと辿り着く。その部屋の前には二名の近衛と、先日は戦場で肩を並べたマルフェスの姿があった。

「よう、久しぶりだな」

「マルフェスさん、その姿は……近衛に戻られたんですね」

レジスタンスでのやや着崩した格好と違い、全身指定された近衛の服装を纏うマルフェスの姿を見て、ユイはそう口に出した。

「まぁな。今回二年ほど王宮の外にでて、もう一度戻るか迷ったんだが……陛下に頼まれてしまってな。結局、元の鞘だぜ」

やれやれとばかりにマルフェスは両腕を広げると、ゆっくりと首を左右にふる。

「元の鞘と言うことは、近衛兵長に戻られたんですね。これはおめでとうと言うべきなんでしょうか?」

「さあ、どうだろう」

マルフェスは苦笑いを浮かべながらそう返事すると、彼は部下に向かって視線を移す。するとユイの到着を国王へ報告して来た兵士が、準備はできていますとばかりに一つ頷く。

「まぁ、俺のことはどちらでもいいさ。それより既に陛下が中でお待ちだ、さっさと中に入っちまえ」

そう言って、彼は部屋の扉にノックを行い確認を取ると、そのまま入口のドアを開ける。そうして謁見室の中へ通され、ユイの目に写ったものは、直立したままユイを出迎えるカイルと、ソファーに腰掛けたアルミムの姿であった。

「ユイさん。お久しぶりです」

ユイが到着するのを、今か今かと待ちわびていたカイルは、やや驚きの表情を浮かべるユイに向かい、満面の笑みを浮かべた。

「……ああ、そうか。カイルは……いや、カイラ様はこの国の第一王子様でしたよね」

「はは、様は止めてください。公式の場ではともかく、普段は今までどおりカイルと呼び捨てにしてもらった方が、嬉しいんです」

やや畏まった態度を示すユイに向かって、カイルはそう告げると、ユイは思わず首をひねった。

「公式の場では……って、今回はクラリスの外交大使としてお招きと伺いましたが?」

ユイはカイルの対応を踏まえて、当初考えていた謁見とこの空間に大きなズレがあることを感じ、アルミムに向かってそう尋ねる。

「ああ、あれは嘘じゃ。いろんな者に聞いたんじゃが、其方は面倒事は回避する癖があると聞いたからのう。そこで大使としての業務と言えば、さすがに顔を出すだろうと思ってのことじゃよ」

「それはまた……でも、アルミム様のお呼びでしたら、最初から正直に言ってくださっていても、当然馳せ参じましたよ」

アルミムの発言に、一瞬ユイは図星を突かれたかのように弱ったような表情を浮かべた。しかし、すぐに気を取り直すと、苦笑いを浮かべながらそう返答する。

「はは、それは申し訳なかった。何も其方を騙すつもりではなかったんじゃ。ワシはただ此度のことのお礼を言おうと思ってな。イスターツ殿、此度のこと、このアルミムは心より感謝しておる」

アルミムは、ユイに向かってそう述べると、あろうことか彼に対し深々と頭を下げる。すると、慌てて息子であるカイルもユイに向かって頭を下げた。

予想だにしない王族の反応に、ユイは一瞬その場に硬直すると、次の瞬間には恐縮のあまりに二歩後ろへ引き下がり、慌てて両手を体の前に突き出すと、二人に向かって頭を下げるのを止めるように懇願した。

「や、やめてください。アルミム様、それとかい……カイルも。すぐ外には近衛の兵士たちもいるんですよ」

「構わんじゃろ。其方は既にただのクラリスの英雄ではない、ラインドルの英雄でもあるんじゃ。英雄に対して、国王が感謝を示したところで問題なかろう。ましてや其方は、ワシの部下というわけではないのじゃからな」

アルミムはそう口にして、ニンマリと笑みを浮かべると、ユイは弱ったように頭を二度掻いた。

「それはそうですが……って、英雄なんかじゃないですよ、私は。今回はただ教え子を連れ戻しにきただけの、引率の先生にすぎません」

「ふふ、引率の先生か。それが其方がこの国にわざわざ赴任してきた理由じゃったのか? ムラシーン相手には人事異動と言っておったみたいじゃがのう」

ユイはムラシーンとの会談内容を、復帰したばかりのアルミムが掴んでいることに、素直に感心すると、この国の統制が回復しつつあることを理解した。

「既にそんなことまでお耳に入ったのですか? まぁ、私はクラリスで士官学校の校長をしておりましたからね。誘拐された学生を連れ戻すために、この地に来させて頂いたのは事実です」

「なるほどのう。しかし其方は嘘を言っているわけではなさそうじゃが、ワシが思うにそれ以外にも狙いがあったのではないか?」

意味ありげな表情を浮かべるアルミムに対し、ユイは内心の動揺を表情に表すこと無く、そのまま聞き返した。

「……といいますと?」

「おそらく其方の真の狙いは、クラリスにとってラインドルの脅威を防ぐことにあったのではないか? より正確に言えば、国力の落ちているクラリスへ、強硬派のムラシーンが侵攻する可能性を未然に防ぐことであろう。そうでなければ、いくら誘拐された学生たちを連れ戻しに行きたいなどと主張したところで、上層部が其方ほどの者を国外へ送り出すとは考えにくいからのう」

その発言からユイは、今回の旅の副産物として考えていた狙いを、アルミムが正確に読み取っていたことを理解した。そしてそれとともに、アルミムが誤解していることに対して苦笑を浮かべると、隣に座るクレイリーへと視線を送る。すると彼もユイに向かって苦笑を浮かべた。

「旦那もここでは評価されてやすね」

「全くだよ。我が国のお偉方には、散々なのにねぇ……」

ユイがため息混じりにそう呟くと、アルミムは怪訝そうな表情を浮かべ、ユイに向かって尋ねた。

「ん、一体どういうことじゃ?」

「僕も噂で聞いただけなのですが、どうもユイさんはクラリスの中ではあまりいい扱いを受けてないようです。こう言っては失礼かもしれませんが、その……ユイさんは貴族ではないので」

カイルはユイに向かって申し訳なさそうな表情を浮かべながら、遠慮がちにアルミムにそう説明する。するとアルミムは呆れたような表情を浮かべ、苦言を呈した。

「はぁ……全く愚かな話じゃ。そうじゃ、もし其方が良ければ、我が国に仕えんか? 其方が望むなら、その能力に見合うだけの待遇も用意しよう」

「そうですね、三食昼寝付きで良ければ……わかっているよ、クレイリー。そんな目で見ないでくれ」

隣から厳しい視線を感じたユイは、あわてて逆方向へ視線を外しながら、そう口にする。

「全く……旦那のことですから、油断するとひょいひょい引き抜かれそうでやすからねぇ」

「冗談だって、あまり本気にしないでくれ。アルミム様、ありがたいお申し出なのですが、申し訳ありません」

ユイはアルミムへと向き直ると、彼の表情を伺いながら拒否の意を彼へと示した。

「なぜじゃ、カイラや其方の部下の反応が正しければ、其方は正しく評価されているとは言いがたいのではないか?」

「そうかもしれません。でも生活するには困らない程度のものは与えて頂いておりますし、なにより両親があの地に眠っておりますから。それと大変失礼な話となりますが、フィラメント出身の魔術士を重用して国内の混乱が生じたばかりです。そこにクラリス出身の者が国家の重職を担うなどといったことがあれば、更なる混乱が引き起こされかねませんよ」

申し訳無さそうな表情を浮かべながらユイがそう述べると、アルミムは顎に手をやり、わずかに考えこむ。

「むぅ……そうか。ならば今は其方のことを一時諦めることとしよう。できれば、来月にも発表される新国王の右腕として働いてもらいたかったのじゃがな」

「「えっ!」」

アルミムの何気なく発したその一言に、その空間に居たものは思わず驚きの声を上げる。

「当然じゃろ。ワシは二年も国政を空けてしまっておるし、体調も万全とは言えん。ならば、レジスタンスを率いて、この国の立て直しの一躍を担った息子に任せるのも、そう驚くことではあるまい」

「陛下……」

カイラはやや不安そうな表情を浮かべながら、父であるアルミムを見つめる。するとアルミムは柔らかい笑みを浮かべ、彼に向かって口を開いた。

「カイラよ。お前はまだ若い。しかし、その分だけ可能性があると考えよ。そして苦境の中でそなたを支えてくれた者たちを信頼し、この国を立て直してくれ。そう、目の前の男が喜んでお前に仕えに来るような国にな」

「……分かりました。浅学非才の身ではありますが、私の力の及ぶ限り、この国を守って参ります」

頭を下げて、やや言葉をつまらせながらもカイルはそう言い切った。その覚悟に、アルミムは満面の笑みを浮かべると、息子を自慢する親の表情でユイへと向き直る。

「そうか、よう言うた。ふふ、これでワシも安心して余生が過ごせるわい。どうじゃ、イスターツ、羨ましいじゃろう」

「ええ、本当に限りなく」

ユイは二つの意味で簡潔にそう答えると、アルミムに向かって笑みを返した。

「それではワシの最後の仕事をするとしようか。さて、最初に話したように、今回ここへ出向いてもらったのは、其方に礼を言うためじゃ。それでのう、ワシとしては其方になにか褒美を与えたいと思っておる」

「褒美……ですか」

オウム返しのようにユイが返事をすると、アルミムは笑みを浮かべながら大きく一度頷いた。

「ああ、そうじゃ。目的が誘拐された学生を助けることであれ、クラリスを守るためであれ、結果として其方はこの国に多大な貢献をしてくれた英雄じゃ。其方の望みがあれば、ワシに可能なことならば、出来る限り叶えてやりたいと思うておる。さて、何か希望はあるかね?」

「いえ、私は他国の者ですから、そんなご好意に甘えるわけには……」

「構わん、構わん。むしろ他国の者だからこそじゃ。我が国の恩人である英雄に対し、何一つ褒美を与えぬ忘恩の国とは呼ばれたくないからのう」

辞退しようとするユイの言動に、アルミムは豪快に笑いながら、再度ユイに希望を告げるように促す。

「いや、直接何かを頂きましたら、他国から賄賂を頂くようなことになりかねませんので……あ、ちょっと待って下さい。もしよろしければ、お言葉に甘えて一つだけお願いが」

「なんじゃ、遠慮せず言ってみたまえ」

ユイはなんとか理由をつけて辞退しようとしていたが、不意にあるものの存在が頭をよぎると、途端に方針転換を図る。

「実は今回のレジスタンスの活動を協力する中で、不可抗力にもひとつの失われてしまったものがありまして……それでですね、もし可能でありましたら、それを再び使用出来る形にして頂ければと」

「ふむ、失われてしまったものか。ワシのために使ってもらって、誠に申し訳ないのじゃが、あの過去写しの鏡は我が国の技術では……」

失われたものと言うユイの言動から、アルミムは彼を助けるために使用し、破損してしまった過去写しの鏡の存在が脳裏に浮かぶと、申し訳なさげにそう口にした。

「いや、あんなものはどうでもいいんです。実はそれではなくてですね、もう少し大きな別のものなのですが……」

ユイは左右に首を振りながら、遠慮がちにそう口にすると、アルミムは途端に笑顔を浮かべ直し、ユイに向かって再度尋ねた。

「別のものか。ふむ、あれ以外のものであれば、なんとでもなるであろう。あいわかった。其方の望むものを修復することを約束しよう。それで一体なにを直せばいいんじゃ?」

アルミムの言葉を聞き、ユイは頭を掻きながら苦笑いを浮かべると、一拍間をおいた後に、その場の誰もが予想しなかったものの名前を告げた。

「いや、そのですね……うちの大使館をですね……ちょこっと修復して頂けたりなんかすれば……非常にありがたいのですが」