作品タイトル不明
野望の終焉
「あらら、行っちゃったね」
ユイがその場を立ち去り、その場に残されたアレックスはやや残念そうな表情を浮かべた。
「お前、あの宰相とやりたかったのか?」
「そういうわけじゃないけど……ほら手加減して戦うってのは、どうにもストレスが掛かるものだからさ」
アレックスがいつもの笑みを浮かべながらそう口にすると、リュートは大きく息を吐きだし、呆れたように呟いた。
「お前というやつは……」
「ふふ、それはそうと、君と背中を合わせて戦うなんて、本当にいつ以来かな」
アレックスが、やや感慨深げにそう口にすると、リュートは一瞬考えこむ素振りをみせたが、すぐに今の状況を省みて表情を引き締めた。
「さあな、どちらにせよあいつ絡みだったことは間違いないさ。とにかく無駄口は終わりだ。さっさと終わらせるぞ」
「そうだね。さて相手は十二人か……取り敢えず、僕と君は一人当たり四人でいいかな?」
アレックスが四人を同時に相手どることを、なんでもないことのように提案すると、リュートもわかったとばかりに二度頷く。
「いいだろう。ならアンナ、エミリー、君たちは右手前の二人を相手してくれ」
「「分かりました!」」
リュートの声に、二人が真剣な眼差しでそう答えると、アレックスも後方に控えるレイスへと視線を移す。
「ならレイス。えっと、君は左手前の二人を担当ね」
「えっ、あいつらは二人で二人なのに、俺は一人でふた……いや、はは。な、なんでもないです、師匠」
レイスは一瞬抗弁しかけたが、その瞬間アレックスの表情から笑みが消えたことに気づくと、慌てて口を噤む。そしてすぐさま視線を外すと、誤魔化すように剣を握り直して、魔法士たちへと向き直った。
「さて、魔法士君たちも準備できたようだし、それでは御相手するとしましょうか」
そう言って、アレックスは魔法の準備を調えた魔法士たちに視線を移すと、彼らを目がけてその場を駈け出した。
「スーペルフードル!」
アレックスたちの戦いが幕を開ける寸前から、既にムラシーンは右手でユイへと巨大な稲妻の魔法を放っていた。
それは自分に向かって一気に間合いを詰めてくるユイを牽制するためであり、ユイは一つ舌打ちをしながら直角に進行方向を変更して、その稲妻の軌道を回避する。
一方、ムラシーンはユイのその反応を予測しており、続けざまに左手で魔法を構成すると、再びユイの進行方向に向けて稲妻をもう一筋放った。
「なるほど、ワルムの使っていた魔法ですね。さすが師匠、彼のものより一回り大きいというわけですか」
ユイはムラシーンの圧倒的な魔力をその目にし、やや表情から余裕をなくすと、二筋目の稲妻をぎりぎりのタイミングで斜め後方へステップすることで回避する。しかし息つく暇もなく、そんな彼に向けて三筋目の稲妻が襲いかかる。
「ふん、あんな出来損ないと一緒にしないで欲しいものだな。それよりも得意の魔法改変は使わないのかね、イスターツ君?」
ムラシーンは事前の調査から、ユイの能力のある限界を予想していた。それはおそらく二つ以上の魔法を同時に改変することができないという点である。その調査結果を元に、ムラシーンは間断なく魔法を放ち続けることで、ユイに魔法改変をさせないという戦略をとっていた。
「もし貴方が魔法を途切れさせてくれるなら、喜んでいつでもお見せしますがね」
ユイはムラシーンの口ぶりと戦術から、自分の魔法改変がひとつの魔法にしか及ばないことがバレていることを理解した。彼自身は帝国との戦いで魔法改変を使ったその日から、いつかこういった日が来ることを漠然と予測していた。しかしいざ実際の戦闘で、その欠点を突かれるということは、思っていた以上に、彼に苦労を強いていた。
「ふふ、君の魔法改変は非常に面白い能力だが、種が割れてしまえば対策の打ち方はいくらでもあるのだよ。そう、このように絶え間なく魔法を打ち込むだけでも、君は私に近づけまい」
「……これもおそらくワルムからの報告ですか。まったくうちの国はスパイ天国ですね」
ユイが四筋目の稲妻の魔法を躱し、苦笑いを浮かべながらそう口にする。
「御名答。君の国に拘留されているといっても、我々の連絡網が途絶えているわけではない。あんな廃棄物でも、このような役に立つこともあるのだから、馬鹿にはできんものだ。それにこんなものも伝えてくれたしな、ライトニング」
その瞬間、フードルに酷似した魔法構成ながらも、より速度の早いクラリス式の稲妻魔法が解き放たれる。
「うちの国の魔法まで……ですか。写本は回収したというのに」
その可能性を考えていなかったわけではないが、突然の事態にさすがのユイも動揺を表情に表す。そしてわずかに反応が遅れたため、ぎりぎりのところでその眩い稲妻の直撃は免れたものの、右側腹部をわずかに掠める羽目になった。
「ちっ、外れたか。だが、これはどうかな? 自分の国の魔法に焼かれ死ぬがよい。フレイムアロー!」
ムラシーンが続けざまにクラリス式の魔法名を唱えると、彼の眼前には彼の身長と同程度の炎の矢が生み出される。そしてその矢がユイ目がけて射出されると、次の瞬間には同様の炎の矢がムラシーンによって瞬時に編み上げられる。
そして連続して生み出され、射出される炎の矢を、ユイは次々と躱していったが、貧血の後遺症もあり段々と呼吸が荒くなり始めていた。そしてその疲労の蓄積とともに、ムラシーンにより射出された炎の矢と、回避した際の体の距離が段々とぎりぎりの距離まで近づき始めていた。
一方、回避一辺倒のユイの姿を見て、当初は余裕の笑みを浮かべていたムラシーンであるが、その回避行動にわずかに違和感を覚え始めていた。それは自分の放つ魔法以外のことに、ユイの意識の一部が割かれているように感じたからである。
その考えがムラシーンの頭に浮かび上がった瞬間、彼はある種の疑心暗鬼に囚われ始めていた。それは彼の眼前にいる英雄などとも称される策士が、なにも策を弄する事無く淡々と回避だけを続けていく現状に、慎重な彼は不安を覚えたためである。
そんな何か奥歯にものが挟まったような心境のムラシーンが、何十発目かの炎の矢を解き放つと、ユイはそれを背部にかすらせながら、直撃すること無く回避する。その一連の回避運動を注視してみていたムラシーンは、ついにユイの動作に含まれる、不必要な動きに気が付いた。
「貴様、一体どこを見ている。魔法を躱す度にわずかに視線を動かしているようだが、なにを企んでいるのか?」
「企む……ですか? いやぁ、なんのことでしょう」
そうユイがとぼけて、次の炎の矢を躱したところで、ムラシーンは決定的な瞬間を目に捉えた。そう、ユイは魔法を躱す際に、必ず後方での戦闘の一部を視野に収められるような形で、回避運動を行なっていたのである。
その動きの法則性に気づいた瞬間、ムラシーンはユイの視線に釣られるように初めて視線を後方の戦闘に移すと、彼の魔法人形たちが、わずか五名相手に苦戦を続けている光景がその目に写った。そしてその光景を見るやいなや、ムラシーンの脳裏に一つの仮説が組み上げられると、ユイの取っていると仮定される策が、彼の脳内にてひとつの形となっていく。
「もしや貴様、最初からただの時間稼ぎが目的か! 他の仲間がわが人形どもを排除し、私との戦闘に合流するのを待っているのだな」
動揺のあまり一瞬連続させていた魔法を途切れさせて、ムラシーンがユイに向かって問いただすと、ユイは荒い呼吸をしながらも、頭を二度掻いた。
「ふぅ……いやぁ、バレちゃいましたか? だって、さっきから貴方が私との戦闘だけに集中するから、彼らに魔法での指令も送れていないようですし、魔力も供給できていないでしょ。主のいない人形状態の彼らでしたら、所詮新米に毛が生えた程度の魔法士に過ぎません。ならばたとえ人数が少なかろうとも、うちの連中ならすぐに彼らを排除してくれるでしょうから」
ユイはムラシーンの使用している呪術の特徴を的確に把握していた。その最たるものは、ムラシーンが誘拐した学生たちを彼の忠実な手駒として利用するため、彼らの自由意志を封印していたことである。
この呪術を利用すれば、通常の戦闘時はムラシーンの指示の下で、彼らはまさに手足のごとく連携を取ることができ、先ほどのレジスタンス突入時のように、圧倒的な戦闘力を見せつけることができた。しかし、ムラシーンの指示を前提とした戦闘兵器ということは、彼の指示が途切れれば、ただの判断力の劣る魔法士の寄せ集めに過ぎなかった。
しかもその魔法士としての戦闘能力は、いくら優秀な学生を選別して誘拐したとは言え、所詮は学生レベルにすぎない。つまりムラシーンから供給される魔力の補給と彼の指示がなければ、脅威足りえる要素は皆無に等しかった。
「ちっ、所詮は使い捨ての人形か。こうなれば敗北するだけの人形などいらん、スーサイドボミング!」
ムラシーンはあっさりと人形たちの敗北を悟ると、彼らに魔力を注ぎ込んだ上で、体ごと自爆させる魔法を組み上げ始める。彼は人形たちを自爆させると同時に、自らは魔法結界を編み上げて回避し、混乱の中で逃亡することを企てていた。
一方、ムラシーンに敵対する者達のうち、魔法を操ることができる者たちは、ムラシーンがその呪文を唱え始めると、彼の操る魔法士たちの魔力が急速に収束しだしたことに気が付く。そしてその魔力の変調は、各国で禁呪指定されている自爆魔法の発動前と、ほぼ同じ前兆であると感じ取り恐怖の表情を浮かべた。
かつて魔法学の指導を受けたこともあるカイルもその一人であり、ムラシーンの唱えようとする魔法の被害を予測すると、レジスタンスと近衛の皆をその場から逃がそうと、慌てて退避を指示する声を張り上げる。
そうして誰もが恐怖に包まれる事態を前に、その場でただ一人、会心の笑みを浮かべる男がいた。
「そう、このタイミングを待っていたんです! マジックコードアクセス」
「なに!」
ムラシーンは自らが編みあげた魔法が急速に侵食されていき、全くの別の構造式へと変化していく感覚に、全身を身震いさせる。そして次の瞬間には、その再構成された魔法式の内容が彼の目に入ると、思わず目を見開き、驚愕の表情を浮かべた。
「クラック!」
その呪文をユイが唱えた瞬間、ムラシーンによって操られていた十二人の学生たちは、急速に瞳に理性の色を灯すと、一瞬の間の後にその場に崩れ落ちた。
「いいかげん演技も終わりかな?」
「ふぅ、本当にあいつは手の込んだことをさせる」
目の前で対峙する学生たちが、一瞬正気に戻り、その場に崩れ落ちたことを確認すると、リュートはようやく安堵のため息を吐いた。
「まあ、いいじゃないか。僕は久しぶりの実戦に近い感覚で、剣を振るうことができて楽しかったよ」
「お前は、全く……」
リュートが剣術バカにつける薬はないとばかりに両手を左右に広げると、アレックスは軽い苦笑いを浮かべ、先ほどまで奮戦していた新人たちに視線を向ける。
「ところで君の教え子たちだけど、なかなかやるじゃないか。人形相手とはいえ、完全に彼らを上回っていたよ」
「それはレイスもだ。魔法士でもないのに、二人相手にあそこまでよくやる。お前、この短期間にどんな鍛え方をしたんだ?」
リュートの言葉に、アレックスは少し考え込むそぶりを見せたが、笑った表情を崩すこと無く、師匠としての評価を口から発した。
「ん、レイスかい? 言うほど激しい訓練はさせていないんだけどね……それにあれぐらいの相手だと、手を抜いてでも三人くらいは同時に相手してもらわないと」
「……勘弁してくださいよ、師匠」
数的不利の戦闘を強いられた為、疲労困憊状態のレイスであったが、そのアレックスの声が聞こえたのか、弱々しげに抗議の声を上げる。
「ん、まだまだ余裕があるようだね。ならば戻り次第、フートくんとの打ち込み練習を増やすことにしよう」
「し、師匠……」
その容赦の無い一言に、レイスは心底口答えなんかするんじゃなかったと後悔して、その場にへたり込む。一方、彼に訓練を命じた男は、レイスに一瞥することもなく、大玉座の間の奥へと視線を移すと、いよいよ戦闘の終焉を迎えようとする、二人の戦いをその瞳で追っていた。
「貴様、一体なにをしおった?」
「いやぁ、彼らに送るあなたの魔法を勝手に弄らせてもらいました。しかし、あれだけ後方の戦いを意識するような仕草を繰り返していたのに、あなたがなかなか気づいてくれないから、すっかりくたびれちゃいましたよ」
右手で自らの肩を、トントンと叩きながら、フゥっと息を吐きだす。
「と、ということは……貴様が私の魔法を躱し続けていたのは、私が人形どもへ指示を送るのを待っていただけということか!」
「ああ、ようやく気づいて頂けましたか。実はかなりめんどくさいんですよ、あなたを倒した後に彼らへの呪術を消すのって。その点、あなたの魔法にタダ乗りすることができれば、一度で十二回分美味しいじゃないですか。なにしろ、私は楽をするのが好きなもので」
そう言って、ユイは苦笑いを浮かべると、ゆっくりとその場で頭を二度掻く。
「くそ、イスターツ……ユイ・イスターツ!」
「さあ、そろそろ終幕です。うちの学生たちの時間を奪った貴方のことは許しませんので、そろそろ覚悟を決めてください」
ユイは頭を掻いていた手を止めると、そのまま手を左腰に備え付けた刀の柄へと運ぶ。
「ふふ、私も終わりか……しかし最後に貴様の命だけは貰い受けるぞ、スーペルフードル」
やや自嘲気味にムラシーンは笑うと、次の瞬間一度目をつぶり彼の中での覚悟を整える。そしてそのまま、それまでで最大級の魔力を込めた稲妻の魔法を編みあげていくと、ただユイの姿だけを両目で捕らえ、まっすぐに彼に向けて解き放つ。
しかしながら彼が最大の威力を込めて一心不乱に編み上げたその呪文は、彼の手元から解き放たれた瞬間、ジャッカルに狙われる得物のように、あっさりとユイにより侵食を受け始める。
「マジックコードアクセス」
「させんわ! スーペルフードル!」
自らがどれほど精緻な呪文を編み上げようと、それが一度解き放たれれば、次の瞬間にはクラックされるであろうと想定していたムラシーンは、当初の作戦と同様に、間髪入れず彼の注ぎ込める限りの魔力を乗せて二発目の稲妻魔法を解き放つ。
ムラシーンの計画は、ユイに乗っ取られた稲妻と、今解き放った二発目の稲妻が相打ちとなり、均衡状態を作り出す。そして間髪入れず三発目の魔法を放つことで、その均衡状態を押し切り、自らの勝利を得るというプランを想定していた。
しかしそんなムラシーンのプランを、完全に読み切っていたユイは、わずかに笑みを浮かべると、迷いなく一発目の稲妻を乗っ取り、そして彼の持つ魔力を、その稲妻に上乗せしていった。
「クラック!」
ユイがその呪文を口にした途端、ムラシーンの放った最初の稲妻は、彼が編み上げたものの三倍以上の光の束へと生まれ変わり、彼に目がけて反転を始める。その稲妻の膨大な魔力量は、相打ち狙いで放った稲妻をあっさりと飲み込み、ムラシーンへと疾走する。
「スーペルフ――まずい、ロカパレー!」
予想外の事態にムラシーンは、編みかけていた三発目の稲妻をキャンセルすると、防御魔法を急速に編み上げ、稲妻の直撃寸前に、眼前に彼の全魔力を注ぎ込んだ重厚な岩の壁を生み出す。
巨大に膨れ上がった稲妻がその岩の壁へと直撃し、周囲に光と熱を撒き散らす。足元の絨毯は焼け焦げ、空気は急速に乾燥し、膨大な光量は、その場にいる者達の視界を一瞬にして奪い去る。
その光の氾濫が収束した時、その場には多数の深い亀裂を有し、今にも崩れ落ちそうになりながらも、稲妻の直撃に耐えぬいた岩の壁が残存していた。
そして眼前の壁を確認し、ユイの奥の手を防ぎきったとムラシーンは確信すると、ほんの僅かの時間、そう極一瞬の思考の空白が彼に生じた。
それは油断であったかもしれないし、単純な安堵であったかもしれない。しかしそれにより生み出された刹那の時間に、ムラシーンの死角となる岩壁の正面へ、彼の対峙者の接近を許すと、別れを告げる声が発せられた。
「終わりです。さようならムラシーンさん」
ユイはその言葉を言い終えるか否かの瞬間に、一気に左腰に差した長刀を抜刀する。その剣閃はバターを切り裂くナイフのように、亀裂の入った岩壁ごと背後のムラシーンの胴体に真一文字の断面を生み出していく。
そしてほんの僅かの時間差で、切断された岩とともに、ムラシーンはその場に崩れ落ちていった。
ユイはその光景を見届けると、その場で大きなため息を吐き、両目を閉じる。
そうすることで、彼は外界からの情報を断ち切り、クラリスを旅立った日のことを思い起こしていった。
今回の旅路の目標と、出会い、騒動、そしてその結末。それらは走馬灯のようにほんの一瞬の駆け足で彼の元を通り過ぎていく。そうして彼の胸の内側に残ったものは、校長時代に自らに課した宿題を、ようやくやり終えたという安堵であった。
彼はその感覚にしばらく身を委ねた後に、ゆっくりと後方へ振り返り、瞑っていた両目を少しずつ開いていく。
そこでユイの視野に飛び込んできたものは、それぞれの立場により全く違う表情を浮かべている人々の姿であった。彼らの視線はそれぞれ異なる色彩を帯びながらも、その場にいる意識あるもの全ての視線が、ユイに向かい収束していることに彼は気づく。
彼はその様々な感情に彩られた視線を受けて、思わず彼らに対してなにかを宣言しようと口を開きかける。しかし自らに注がれる視線の一つに、彼のその行為に期待するカイルの視線が含まれていることを、不意に彼は感じ取った。
その瞬間、彼はその場で首を左右に数回振ると、開きかけた口をゆっくりと閉じる。
そして曖昧な笑顔を浮かべながら、いつもの様に頭を数回掻くと、なにも口にすること無く、ゆっくりと仲間たちのもとへと歩み寄っていった。