軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

反攻作戦

王都でクラリス大使館の全焼事件が起こってから十二日あまりが過ぎ、事件の騒動も少し落ち着きを見せ始めたある日の昼下がり、ムラシーンはいつもの様に口数少なく執務に取り組んでいた。

そんな彼の元へ、治安警備部のジーセン部隊長が予定にない報告を行うため、彼の執務室を急遽訪れる事となった。

「隊長、どうしたのかね? 今日は君から報告を受け取る予定はなかったはずだが」

「申し訳ありません。本来でしたら、お約束を取り付けてから、ご報告の時間を割いて頂くところですが、事が事だけに……」

ムラシーンが、予定外の訪問者の来訪を嫌うことは有名であり、ジーセンも彼の冷たい眼差しに、やや弱々しい口調となっていた。

「ふむ、一体なんだ? 時間は有限なんだ、簡潔に説明し給え」

「じ、実は各地の地方領主に決起を促すこのような封書が……」

額に汗を浮かべながら、ジーセンはそれだけを告げると、持参した手紙をムラシーンへと手渡す。するとムラシーンはジーセンをひと睨みした上で、手紙へと視線を落とし、その内容に目を通して行った。そうして一通り内容を確認したところで、彼は視線を手紙の文面に固定したまま、ジーセンへと問いかける。

「隊長、これは本物なのかね?」

「はい、レクターン領のヒルムス領主より届けられましたので、この手紙自体が本物であることは間違いないかと思われます」

ムラシーン派の一人であり、地方領主を務めているジーセンと親しいレクターンが彼に対して、わざわざこのような手の込んだ嘘を付くとは思えず、ジーセンはこの手紙が偽物であるとは考えていなかった。

「やはり王子のやつ生きておったのだな……奴だけいつの間にか私の監視下から逃れ、拘束することができなかったが、レジスタンスが奴を匿っておったのか。いや、案外奴こそが、レジスタンスを作り上げたのかもしれんな」

国王と似て、当時の王宮内の誰もから好かれていた第一王子の横顔を脳内に浮かび上がらせると、ムラシーンは憎々しげな表情を浮かべ、そう口にした。

「ですがムラシーン様。王子の名を、レジスタンスの連中が勝手に使っているだけかもしれません。あんなお人好しの王子に、レジスタンスを作り指導することなど、とてもできるとは思えないのですが」

ジーセンがそう王子を批評すると、ムラシーンは顎に手を当て、王子の人柄を思い起こす。しかし、王子の後ろにいるであろう、かつて外務大臣をしていた男の顔が脳裏をよぎると、やや忌々しげな表情を浮かべた。

「……だがビグスビー辺りが協力していたとすれば、十分に可能性はありえるだろう。国王派だった奴も、いつの間にか姿をくらましているからな。しかし今はそんなことはどうでも良い。問題はこのような手紙が存在し、それが地方の領主へ届けられたということだ。奴らの中には、依然私に協力的な態度を示さない者も存在する。そんな連中がこの内容に反応したらめんどうなことになるな」

「如何なされますか?」

ジーセンの問いかけに、ムラシーンはやや悩むそぶりを見せる。僅かな逡巡の後に、彼は決断を下すと、途端に表情を引き締めた。

「とりあえず、地方領主の中で私に普段から反抗的なものをリストアップし、そ奴らの領地の近くに、演習の名目で軍を派遣しろ。それをみれば、奴らもバカな真似はせんだろう」

「軍でもって、先制の警告を行うということですね。なるほど」

ジーセンがすかさず相槌を打つと、ムラシーンは大きく一度頷き、厳しげな表情の中にわずかな笑みの成分を含ませる。

「ふふ、実際に反乱を疑わすような動きを見せたものは見せしめに、その領主を叩き潰しても良いな。他の領主たちに対して良い警告となるだろう」

「わかりました、至急そのように手配いたします」

ムラシーンの描こうとする絵を、ジーセンは理解すると、彼も思わず口角を緩める。

「まあ、これを機に、うまくレジスタンスの連中をヤブから突き出すことが出来れば、一石二鳥というものだな。しかし隊長、この手紙の内容は情けないと思わんかね。もしこの手紙を書いたのが王子本人だとしたら、地方領主に頼らなければ、かつての家臣一人さえ排除することができないとは、そんな王家の者など滑稽としか言えんよ」

「全くですな。ラインドル王朝も天命が尽きたということでしょう。では、小官は早速軍の配備へと向かいますので、これにて失礼いたします」

ジーセンはムラシーンの意を受け、すぐさま行動に移すために部屋を飛び出していく。そして部屋にはムラシーンがただ一人残されると、彼は再び机の上の書類へと視線を落とし、執務を再開した。

「ユイさん、これが現在集められるだけ集めた、レジスタンスの全員です」

レジスタンスの基地の前には、彼らのうち戦闘参加が可能な全員が招集され、基地前の広場には所狭しと、各々が準備を進めていた。

「非戦闘員を除いて、だいたい三百人ちょっとと言ったところかな」

「すいません、出来る限り戦闘に参加できるものは集めたのですが、これだけの数しか……」

カイルはユイに対し、人員の不足を詫びた。ムラシーンが操るであろう全軍は、総数二万人規模であり、いくら彼らの戦力を分断させたとしても、その戦力差は圧倒的であった。

「いや、カイルが謝ることじゃないさ。それに大事なことは、限られた戦場を設定した場合、そこにそのタイミングで、どれだけの人員を動員できるかということさ。普通に考えれば、数が多い方が有利なのは当然だが、今回は王城内という限定された空間を、極短時間だけ戦場に設定する。その場合、お互いの人員差はかなりの部分が無視出来ると考えていい。そうなった場合、最後にモノを言うのは、兵一人一人の士気と練度さ」

戦端を開くタイミングと、戦場を規定できることの優位性は、先日の会議の際もユイはカイルたちに説明したが、この場で改めて強調する。するとその言葉を受けて、カイルは緊張で硬くなっていた表情をわずかに和らげた。

「ありがとうございます。ユイさんにそう言ってもらえると、本当に勝てるような気がして来ました」

「気がするじゃなくて、必ず勝つさ。そう思ってなきゃ駄目だ。大将が弱気なら、他の兵士にも波及するからね」

ユイが自分でも似合わないセリフを吐いているなと思いながら、若き指導者に向かってそう檄を飛ばす。すると、ユイの後方に控えていたクレイリーがその発言に思わず吹き出してしまう。

「ははは、旦那がそれを言いますかね。だったら旦那のやる気の無さも、あっしたちに感染ってしまいやすから、あっしら皆、ダメ人間になってしまいやせんかね」

「おいおい、私ほど勤勉な男はいないだろ。こうやって若き友人を手伝うために、戦場に立とうとしているんだ。それのどこが勤勉じゃないというんだい?」

ユイは両手を広げながら、そう抗弁したが、クレイリーはその仕草を見て首を左右に振ると、周囲の兵達に聞こえない声で、そっと呟いた。

「そりゃあ、今回の旦那の役回りでしょ」

「そうかい。私は十分な仕事を受け持ったつもりだけどね」

ユイは頭を掻きながら、クレイリーにそう反論する。そして話がそれたと思い、慌ててカイルの方へと向き直ると、彼は嬉しそうな笑みを浮かべ、ブツブツと呟いていた。

「友達。ユイさんが僕の友達……僕、僕、絶対にこの戦いに勝ちます!」

パッと顔を明るくさせて、カイルがユイに向かって満面の笑みを浮かべると、ユイはその勢いに押され、やや後ずさりながら苦笑いを浮かべ、返事をした。

「あ、ああ……では手はず通り、レジスタンスの指揮をお願いする。日が落ち次第、夜の闇に紛れて城内に侵入し、まっすぐにムラシーンの元へと突入するんだ」

「わかりました!」

カイルの元気の良い返事に、本当は指導者は君なんだけどと思いながら、ユイは頭を掻く。そして、ふと大事なことを再確認しなければと思い出すと、すぐにカイルに向けて口を開いた。

「それとだな、もしクラリス式の魔法を操る魔法士が、前に出て来た場合なんだが……」

「わかっています、できる限りユイさんの部下に任してくれってことですよね」

カイルが、ユイの背後に控えるクレイリーやナーニャたちに視線を向けて、一度頷く。

「ああ、無理な頼みだと思うが、可能な限り善処してくれると助かる。そのために、こいつらの指揮権も預けるから」

「しかし旦那。例の助っ人が、まだ到着していませんが……」

クレイリーがやや心配気にそう口にすると、ユイは説明していなかったことを思い出し、気まずげな表情で口を開いた。

「ん? ああ、あいつらな。えっと、あいつらには王都の撹乱作業を最初に行なってもらうため、既にセーブル内に潜入してもらってるんだ。予定では、街の中で騒ぎを起こして、王宮内の衛兵を釣りだした後に、お前たちに合流して貰う予定だから、そのつもりでいてくれ」

「……はぁ、わかりやした。では、手筈通りに」

クレイリーはそう返事すると、早速ナーニャたちと打ち合わせを開始する。その行動を確認したユイは出陣する兵士たちの元を離れると、基地の近くで今回帰りを待つことになるリナとノアの元へと足を進めた。

「ノア、リナのことを頼むよ」

「はい、任せてください。でも本当にいいんですか、私で……」

そう口にして、ノアはわずかに表情を翳らせながら、不安そうにユイに問いかける。その姿に、ユイは昨日のことを思い出すと頭を二度掻いた。

「閣下、お話があります」

レジスタンスから療養用の意味も兼ねて、ユイに与えられていた個室の扉がノックされたのは、もう空が夕暮れに差し掛かる頃であった。

「ああ、開いているよ。どうぞ」

室内の机で、翌日の作戦の最終確認を行なっていたユイは、ノアの声を耳にすると、彼女の入室を許可した。

「お忙しいところ、急にお訪ねして申し訳ありません」

ノアは部屋へ入室するなり、ユイに向けてそう謝ると頭を下げた。その緊張感の漂う姿と訪問のタイミングから、訪室の理由をユイはある程度理解した。そのため、彼女に部屋のドアにカギをかけるよう指示し、その上で、手近な椅子へと腰掛けるよう彼女に勧めた。

「それで、君みたいな美人さんを部屋に迎えられるのは歓迎だけど、一体私になんの用かな?」

「実は閣下に話しておきたいことが……」

ユイに促され、口を開いたノアであったが、そこで次の句を継げなくなってしまう。そんな彼女の姿を見てユイは、頭を一度掻くと、優しい口調で彼女に語りかけた。

「過ぎたことを謝りに来たのなら、必要ないよ。君にどういう事情があったかはわからないけど、進んで彼らに与していたとは思えないからね」

「……御存知だったのですね」

ユイの能力からいって、既に看破されている可能性を考えていたノアは、その一言に肩を落としながらそう呟いた。

「さすがにラインドルの連中の対応が早すぎたかな。昼間の街での小競り合いの報告が上がってからにしてはね。私の立場のこともあるし、曖昧な情報ではあんなに素早く軍を動かすことはできないさ。つまりある程度の正確な情報、それもレジスタンスとともに行動しているという、即断するに足る内部情報が、彼らに伝わりでもしない限りはね」

ユイが理由を告げると、ノアは更に縮こまるように俯いてしまった。

「申し訳ありません」

「……それで、どうして私に真実を告げようという気になったんだい?」

その問いかけを受けて、ノアは体をビクッと震わせると、小さな声で少しずつ語りはじめた。

「私には妹がいるんです。小さい頃から私をずっと慕ってくれている、笑顔の絶えない子でした。二年前に急な病で臥せるようになるまでは、ですが……」

ノアは、病気の妹がいること、その妹を治療するのには莫大な費用がかかること、そして最終的にはその経済的な弱みを理由に、ラインドルのスパイ網の一端として、いいように使われるようになってしまったことなどをユイに話した。ユイはノアの話を優しく頷きながら、最後まで聞いた。

「……そっか。うん、だいたい話はわかったよ……それでこれからどうしたい?」

「これから?」

ユイの言葉の意味を理解できず、ノアはオウム返しのようにそのまま聞き返す。

「うん、これから。君はまだ仕事を辞める訳にはいかないだろ。妹さんのことがある限りはね」

穏やかな表情を浮かべながら、ユイはゆっくりと彼女に向けて問いかけると、ノアは驚きの表情を浮かべ戸惑いをみせた。

「それは、そうですが。でも、今日は閣下に裁いていただくつもりで、ここに参りました。そんな温情をかけていただくわけには……」

「はは、私は美人のお嬢さんには弱くてね。それに私は誰も彼も幸せにできるなどと考えてはいないけど、せめて私に関わる人には不幸になってほしくない。それが君であれ、君の妹さんであれね」

「でも、私は……」

ユイの意図を察したノアは、気まずげな様子を見せながら、二の句を告げなくなる。そんな彼女に向けて、ユイは諭すように彼女に向けて語りかけた。

「基本的に現状を評価した場合さ、過程はともかく、結果だけを見ればさ、ほとんど君が行ったことは、私の現段階における行動予定に影響を与えていないんだ。もちろん全く気にしなくていいとは言わないけど、私は結果にしか興味が無いからね。だから君がこれから私たちに協力してくれるつもりがあるなら、そうしてくれるだけでいいさ」

ユイはそれだけを言い切ると、彼女に向けて穏やかな笑みを浮かべる。その表情を見て、ノアはほんの少し表情を緩ませながら、涙を流すと、少し拗ねたような口調で、ユイに向かって口を開いた。

「閣下……閣下は甘いです」

「ん? 私は成果主義者なだけだよ。もし君が今後、私に関わる誰かを不幸にさせるようなことをするなら、その時は容赦なく切り捨てるからそのつもりでいてくれ。それだけ理解してくれたら、下がってくれていい」

その言葉を聞いたノアは、わずかにその場で逡巡をみせたが、やがて涙を拭いて一礼すると、ほんの少しだけ穏やかな表情を浮かべ、彼の部屋を出て行った。

「今の子が、例のスパイかい?」

「ああ、なかなか良い子そうだろ。クレハが既に背後関係を洗っているから、彼女は白だよ」

ユイは彼の後方の衝立から発せられた声に、やれやれとばかりに返答する。

「しかし本当に君は甘いよ。例え、金銭で脅された者とはいえ、敵の手の内にあったものを早々信用するなんて。僕は首を刎ねておくべきだと思うけどね」

そう言いながら、赤髪の男はユイの背後から、前面へと回りこむと、先程までノアの座っていた椅子に足を組んで腰掛けた。

「おいおい、アレックス。物騒なこと言うなよ」

「言っておくけどユイ、僕は本気だよ。クレハ君に君の護衛を頼まれた以上、僕は僕なりに君を完全に護衛してみせる。君はもう少し自分の立場に自覚を持ったほうが良いよ」

両手を左右に広げながら、茶化すように誤魔化すユイに対して、アレックスは、いつもの笑みを表情から消す。

「みんなしてそう言うんだからな。お前たち結託しているんじゃないか、全く。ともかく護衛は今日限りだ。明日は途中からリュートと前線で働いてもらうつもりだから、そのつもりでいてくれ」

「ユイ!」

真剣の刃にも似た、鋭いアレックスの声に、ユイも初めて表情から笑みを消すと、ほんの僅かに低い声で、彼に対して返答した。

「大丈夫さ、私は私にしかできないことをやる。そして君たちには君たちにしかできないことをやってもらう。それだけのことだよ」

ユイはそう告げると、アレックスの殺気も交じるキツネ目から視線を一切外さない。そして幾ばくかの間、空間が硬直した後に、先に折れたのはアレックスであった。

「……わかったよ」

アレックスは呆れたような響きを含む声で、そう口にすると、ようやくいつもの笑みを表情に張り付かせる。

「さて、それじゃあもう少し計画を詰めようか。明日までそんなに時間もない、やれることは今のうちにやっておかないとね」

「何時言ったことか忘れたけど、君に話したとおり私は成果主義者だからさ、結果にしか興味ないんだ。こんなに彼女に合う服を見繕ってくれた君なら、リナのことを他の誰よりも信頼して任せることができると思う。だから君を選んだ、それだけさ」

白く可愛らしいワンピースに身を包んだリナを横目で見ながら、ユイは昨日の会話を脳裏に浮かべ、ノアにそう告げた。

「閣下……分かりました、お任せください。それと御武運をお祈り申し上げます」

「ありがとう。それとリナ、しばらくお別れだけど、ノアの言うことを聞いて、いい子にしているんだよ」

ユイはリナの目線まで屈み、彼女の頭を撫でながらそう言い聞かせると、リナは大きく一度頷いた。

「うん。おじちゃん、必ず帰ってきてね」

「ああ。それじゃあ行ってくるからね」

ユイはリナに向けて、笑みを浮かべ直した後に、彼女たちの元を離れ、再びレジスタンスたちの元へと歩み出す。

「……はは、しかし成果主義者か。我ながら全く私に似合わない言葉だね」

彼は苦笑いを浮かべながら、独り言のようにそう呟くと、表情を引き締め直し、これからの戦いに向けて気持ちを入れ替えた。