作品タイトル不明
作戦会議
カイルたちがレジスタンスの基地へと到着して、三日目の夕刻。レジスタンス首脳部の面々は、これからの方針を決定するため、基地内の会議室に集まっていた。
「どちらにせよ、現状ではムラシーンに表立って戦いを挑むのは時期尚早だと思いますね」
その会議に参加している四名の中で、唯一の女性である元宮廷魔法士長のレリムは、慎重論として、そう自らの意見を表明する。
「だからといって、このまま手をこまねいているわけにもいかんだろ。奴らの勢力は日増しに拡大し、ムラシーンの足元はますます安泰だ。状況は厳しくなる一方だと思うがね」
オールバックの赤髪を撫でながら、反論を口にしたのは、かつて近衛兵長であったマルフェスであった。
「それはそうだが、何か手を打つとしても、具体的になにをやるというのかね。君に何か腹案があるのなら、拝聴させてもらうが?」
マルフェスの発言を聞いて、会議室の中で最高齢となる元外務大臣のビグスビーが、彼にそう尋ねた。その発言にマルフェスは、右の掌をひらひらと左右に動かすと、自嘲気味に苦笑いを浮かべながら口を開いた。
「そんなんあったら、既に動いているさ」
マルフェスのその発言に、会議室は沈黙が訪れる。彼らは十日に一回のペースで、この場で会議を重ねてきていた。短期的な提案や作戦は何度も話し合われ、そして実行に移されてきたものの、最終的な目的となる王都の奪回に関しては、未だ雲をつかむように、何一つ有効な方向性を示すことができないでいた。
そうして今回の会議の行き詰まりを感じたカイルが、珍しく積極案を口にする。
「どちらにせよ動くしか無いと思います。王都の中は、以前にもまして兵士の数が増えていました。これまで独立を貫いていた地方の領主の方の中にも、そろそろムラシーンに恭順の意を示し始めたものもいるようです。マルフェスの言うとおり、このままだといずれジリ貧になるのが関の山でしょう」
先日、王都で調べてきた情報を、カイルなりに解釈し、彼なりに自らの見解を示す。すると、その内容ではなく、カイルの取る行動に対して、ビグスビーが彼をたしなめるように苦言を呈する。
「お話はわかります。しかし、いつも言っていることですが……カイラ様の王都の情報は貴重ですが、もういい加減、このような真似はおやめください」
ビグスビーは、歳の離れた孫に言い聞かせるような口調でそう告げると、深いため息を吐いた。
「で、でも、僕しかあの通路は使えないから。だから王都の偵察は僕の役目で……」
カイルはビグスビーに対して、すぐさま反論を行うも、何らかの心境の変化があったのか、いつも彼らに反論する時よりも弱々しい声であった。
「いつも言っているように、他の者に通路の在り処を教えればいいじゃないですか。確かに先祖代々の秘密であるとはいえ、状況が状況です。御身自ら、偵察に赴くのは自重いただきたい」
「その通りです。それに今回は全くの部外者に例の通路を使わせたと聞きます。だとしたら、もはや秘密とはいえないでしょう。今後偵察は別の者に行わせるべきです」
ビグスビーとレリムの両者から、立て続けの説教を受けて、カイルは体を小さくすると下をむいて、レリムの意見に抗論した。
「それは……でも、あの時は止むを得なかったので」
「だとしてもです。私が地方領主の説得から帰ってきてみれば、何処の馬の骨かわからない者を連れてきていると聞きますし、もう少し自覚を持ってくださいませんと」
レリムは間髪入れず、カイルにそう話すと、急にカイルは視線を上げて、語調を強くした。
「馬の骨じゃないですよ、あの方は——」
カイルは、ユイたちを馬鹿にしたようなレリムの言動を抗議しようと声をあげたタイミングで、その言動を遮るように、急に会議室のドアがノックされ、警備の者の声が会議室内に響いた。
「失礼します、先日カイラ様がお連れになられましたユイ・イスターツと名乗るものが、会議室への入室を希望しておりますが……いかがでしょうか」
その声が会議室に伝わるなり、会議室内に居たものは、顔を見合わせた。
「ユイ……イスターツだと、おい、親父。本物なのか?」
普段は飄々としているマルフェスも、予想外の人物名を耳にして、思わず動揺を隠せなかった。
「ああ、どうもそのようだ。噂の英雄殿だよ」
「な……」
マルフェスはビグスビーの肯定を受け、一瞬その場に硬直する。そして一度つばを飲み込み、目をつぶると、無理やりいつもの軽薄な笑みを浮かべ直し、この部屋に入ってくるであろう客に備える。
「では、通してください。あの方の意見を聞かせて貰いたいので」
「カイラ様!」
ユイ・イスターツと言う名前を聞いてなお、この自分たちの会議に他者を招くことに拒否感を覚えたレリムが抗議の声を上げた。しかしカイルは首を一度左右に振ると、彼女の抗議を退ける。
「あの方は紛れもない本物です。毎週行なっているこの会議も、いつも同じ意見の繰り返しで一向に進展がない。だったら外部の者の意見を聞くのもいいでしょう。ましてや相手が英雄と呼ばれる程の人物ならね。さあ、どうぞ通してください」
外の警備兵に届くよう、大きな声でカイルがそう指示を口にすると、入口のドアが明けられ、少し青い顔をした、だらしな気な男が会議室内に迎え入れられた。
「どうも。クラリスのユイ・イスターツです。このたびはお世話になりまして」
頭を掻きながら、苦笑いを浮かべてユイがそう話すと、彼の存在を知っていたビグスビーは一つ頷いたのみで、表情一つ変えなかった。しかし彼とカイル以外の二人は、目の前の人物と、噂で話されている英雄像とのギャップに驚き、確認するようにカイルに視線を向けた。
しかしカイルは、そんな視線に見向きもせず、歩けるまで状態が良くなったユイを見て、笑みを浮かべた。
「ユイさん、どうぞ座ってください。そちらに席が余っていますので」
カイルはそう言って、マルフェスの隣の空席を指し示すと、ユイは一つ頷き、その席にゆっくりと腰を下ろした。
「あんた、本当にあのユイ・イスターツなのかい?」
隣に座ってきたユイに対して、マルフェスは訝しげな表情を浮かべながら、確認するようにそう問いかけた。
「はは、最近どこに行っても噂が先行しているみたいでね。実物を見ると、信じてもらえないことが多いんだけど、残念ながら私がユイ・イスターツです。がっかりさせましたか?」
「いや、これは失礼した。ビグスビーの親父やカイラ様が言うのなら、あんたが本物なんだろう。これは面白くなってきた」
そう言ってマルフェスはユイに対して好意的な笑みを浮かべる。その光景を見てカイラは満足そうに一つ頷くと、会議を再開するため声を上げた。
「さて、話が途中になりましたが、議題はこれから我々がどうするかということです。ユイさんはどう考えますか?」
「そうだね、今までの皆さんの話を流れを聞いていなかったので、なんとも言いづらいところだけど、もし戦う意志があるのなら急いだ方がいいだろうね」
ユイのその発言に対し、慎重論を唱えていたレリムが目を見開くと、部外者に好き勝手言われたくないとばかりに、猛然と噛み付く。
「なんでですか? 急いで不十分な準備で、ムラシーンに挑むのはただの無謀ですよ。それとも貴方が帝国を薙ぎ払ったように、一人で王都の兵士を片付けてくださるのですか?」
「はは、それは無理ですよ。残念ながら、痛い目を見て運ばれて来たばかりの身ですから、そんな大言壮語は言えません」
ユイはその勢いを受け流すように曖昧な笑みを浮かべる。するとユイが室内に招かれてから、沈黙を保っていたビグスビーが口を開く。
「だったら、君はどうして急ぐべきというのかね?」
「それはそろそろタイムリミットが来てしまうからです」
簡潔にユイがそう述べると、ビグスビーは疑問符を浮かべたような表情になり、ユイに説明を求める。
「タイムリミット? なんのだね」
「国王陛下の命のですよ」
「なっ……」
再びあっさりとした回答をユイが述べると、その内容に会議室は居た者達は思わず絶句する。そして僅かな思考停止の後に、レリムが怒りを伴わせながら、ユイに向かって詰め寄った。
「貴方は一体何を言っているの? 全く意味がわからないわ。陛下が病で倒れられているのは事実だけど、なんで貴方が陛下の病状を知っているのよ」
その剣幕に、ユイは少しでも距離をとるように椅子にもたれかかると、両手を前に突き出し、落ち着くように彼女にアピールした。
「いや、私は国王陛下にお会いしたことは無いので、病状は知りませんよ」
「だったらなんでそんなことを言うの? 未来予知でも、魔法でできるのかしら」
他国人をあまり好きでないレリムは、皮肉交じりにユイにそう告げると、ユイは弱ったように頭を掻いた。
「はは、私はほとんど魔法が使えませんから、未来予知なんて魔法は持っていませんよ。私ができるのは、あくまで状況証拠から導かれた未来予想です」
「未来予想……ですか。ユイさん、貴方がその結論に至った理由を教えてくれませんか?」
苦笑いを浮かべるユイに対して、カイルは彼の予測の根拠を提示することを求めた。
「そんな大した話じゃないですけどね。たしか国王陛下が倒れられてから二年ですか……もし二年前の段階で国王陛下が暗殺されていたら、ムラシーンはすぐにラインドルを掌握出来ましたか?」
「暗殺だと、貴様!」
ユイの不謹慎な仮定の話に、レリムは椅子から立ち上がり、思わず彼を睨みつけた。その一触即発の状況を制したのは、ユイの隣に座っていたマルフェスであった。
「落ち着けレリム。あくまで仮定の話だ。そんな目くじらを立てる必要もないだろ。君の問いには俺が答えさせてもらおう。ムラシーンが掌握できたかどうかだが、正直無理だっただろうな。そのまま主権が第一王子様へと移譲されて終わりだったと思うよ。もしそれまで妨害したら、まだ当時のムラシーン相手なら、地方領主共も一斉に反旗を翻し、奴も権力の座から排除されただろうな」
マルフェスの見た目以上に理知的な回答に、ユイは笑みを浮かべながら一度大きく頷いた。
「その通りです。だから二年前の時点では、国王陛下はまだ健在である必要がありました。しかし今は? 宰相という地位を利用して、着々と基盤を固めた現在のムラシーンに、国王陛下の存在は必要ですか?」
ユイの再びの問いかけに、彼の意図するところを理解すると、その場に居たものは表情をしかめた。そして、カイルが表情を曇らせながら、ユイに向かって口を開いた。
「ユイさん……つまり貴方は、そろそろ陛下が殺されると、そう言いたいわけですね」
「そういうこと。もしムラシーンに反旗を翻すなら、陛下の御存命な間に行うべきでしょう。陛下が御存命だからこそ、旗色を決めていない地方領主もいれば、あなた方に協力している者たちもいるのですから」
ビグスビーはユイの話をゆっくりと頭の中で反芻すると、苦い表情を浮かべながら重い唇をゆっくりと動かした。
「現状が永遠に続くと考えるべきではないということだな……ふぅ、貴公の言うとおりだ。私たちは陛下を思うあまりに、その生命が失われた場合の可能性について、目を背けていたのかもしれん」
「仕方ないですよ。私も部下や教え子が命を落とす可能性なんて考えたくもないですから」
ビグスビーの話を受けて、ユイは彼に関わる人達の姿を脳内に浮かべると、頭を振りながらそう慰めた。
「……さて、そこまで考えているんだ、なんかアイデアも用意しているんじゃないのかい?」
「はは、差し出がましくなりそうで、どうやって切り出そうかと思っていましたが、そうやって聞いて頂けると助かります。では、あくまで部外者の意見だと思って、聞き流してくださって結構です」
マルフェスの覗きこむような視線を浴びながら、ユイはそう前置きをすると、自らの作戦案を口にし始めた。
「私が考えている方法を行うには、いくつかの準備が必要になります。その第一段階として、カイル君、君の本当の名前で、各地の地方領主に決起を促す檄文を送ってくれるかい」
「……やはり気づいていたんですね」
「とっさに偽名を使おうとして、似た名前を口にしてしまったのが一番の理由だけど、それ以外にも君の立場でないとありえない行動や会話があったからね」
「最初に名乗った時に、やってしまったと思いましたから、その後は慎重にやり通したつもりなんですけどね……まあ、過ぎたことはいいです。それより、どういった文章を書けばいいんですか?」
教師に間違いを指摘された生徒のような表情をカイルは一瞬浮かべたが、すぐ表情を真面目なものへと切り替えた。
「なんでもいいんだ。最終的に武装蜂起を促す文面でありさえすれば、それだけでいい」
「だがそんな文章を送ったところで、実際に立ち上がる者は、ほとんどいないでしょう。地方領主を味方につけて、ムラシーンと対峙しようとする貴方の策は、所詮机上の空論に過ぎません。それに領主の中に密通者がいた場合、我々の反攻作戦があっさりと露呈してしまいますので、そんな安易な方法は如何なものかと思いますが?」
レリムの棘を含んだ反論に、ユイは弱ったように頭を二度掻いた。
「それで別にいいんですよ。この作戦はむしろムラシーンに、このような動きがあることを気づいてもらわなければいけません。だから内通者の存在はむしろ好都合です」
「どういうことか説明してくれるかね」
目的の見えないユイの話に、ビグスビーは眉間に皺を寄せながら、説明を求めた。
「ええ、この手紙を送る目的は一つ。それはムラシーンの警戒を、地方へと拡散させることです。ムラシーン自身、未だ地方領主の全てを抑えているわけではなく、彼に反目している領主も数多く存在します。例え彼らが決起しなかったとしても、彼らを牽制するために、ムラシーンは中央の兵士を、地方へと割かなければいけなくなるでしょう。もっともどこかのお調子者の地方領主が、何かの拍子に実際に兵を挙げたり、反抗的な態度を見せてくれたら、それこそ万々歳ですけど、取り敢えずそこまでは期待していません」
ユイは淡々と作戦の意図を説明していくと、ビグスビーの表情は次第に理解の色を浮かべ始め、彼は重く一度頷いた。
「ふむ、中央を手薄にさせるということか。確かにそれは悪くない方法だ。しかし我々の数は、それでもなおムラシーンの操る王国軍に比べ著しく少ない。それだけでは、不利はまぬがれんと思うのだが」
「ええ、正面からぶつかれば、多少兵士が減ったくらいでは一溜まりもないでしょう。ですから、第二段階として市内で政府関係の建物等を破壊し、騒ぎを引き起こします。そうして、王都内の兵士を誘導したところで、レジスタンスの有する限りの人員を王宮へと突入させます」
ユイがそこで言葉を切ると、マルフェスが一度大きく息を吐き、ユイに向かって確認するように、問いを口にした。
「……話は分かった。そのために例の通路を使うのもだ。俺達だって、いざという時は、カイラ様の許可を頂いて、例の通路から逆侵攻することは検討していたんだ。ただそれがうまく行ったとしても、王宮内には近衛を含む多数の警備兵が常駐している。元近衛兵長の私が言うのもなんだが、彼らは最近ムラシーンが集めたゴロツキどもとはわけが違う。敵を分散するという君の策がうまくいったとしても、彼らをどうするんだい?」
「そうですね、仰るとおりそこが最後の難関となるわけです。そこで彼らを出来る限り無力化したいわけですが……では、近衛兵長だった貴方に訊ねますが、近衛と言う部隊は、もし国王陛下と宰相が対立した時にどちらに味方しますか?」
マルフェスはその問いに対して、顎髭をなでながら少し考え込んだ後に、口を開いた。
「そりゃあ……わかんねえな。もともと近衛は国王陛下の直属で、他の部隊に比べれば、はるかに陛下を慕ってる者が多いのは事実だ。ただムラシーンがこれだけ幅を利かせていれば、ムラシーンに付くヤツもいないとはいえねえが……ははぁ、王子を前面に出して、近衛を味方につける気か。確かに陛下に比べりゃ弱いが、こちらについてくれる奴も、中にはいるかもしれないな。なるほど、多少リスクのある案だが、それもありか」
かなりの自信を持って答えたマルフェスであったが、隣に座る男はあっさりと首を左右に振り、彼の予想を否定した。
「いいえ、そんな不確実な方法は取りませんよ。では具体的な作戦案を説明しましょう。おっとその前に、一つ皆さんに尋ねておきたいことがあります」
ユイの突然の問いかけに、その場に居た三人は怪訝な表情を浮かべたが、年長者であるビグスビーがユイに向かって先を促す。
「何かね? 言ってみたまえ」
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて尋ねさせて頂きますが、二年前に国王陛下が倒れられた正確な場所と日付を教えてもらえませんか?」
頭を掻きながら、会話の流れとまるで関係のないユイの質問に対して、三人は訝しげな表情を浮かべながら、思わず顔を見合わせた。