作品タイトル不明
目覚め
「ん、ここは……」
窓から差し込まれる陽の光を浴びたユイは、ふと目を開ける。すると、彼は見知らぬ部屋に自分がいることに気がついた。重い上半身をゆっくりと引き起こし、状況をつかむように左右を見回すと、部屋の壁に溶けこむように背を預けるクレハの姿を視界に捉えた。
「ようやく起きたのね。どう、目覚めの気分は?」
クレハはわずかに安堵のため息を吐き出し、ユイに向けてできるだけ平静を装うと、わざと素っ気なく問いかけた。
「起きたてに美人を最初に目にすることができて、気分は最高だね。とは言え、さすがに体が重い……か」
ユイは両手を何度も握っては開く運動を繰り返し、力の入りが鈍いことを確認して、弱ったような笑みを浮かべる。そんなユイの言葉と行動を見て、クレハは呆れるように一つため息を吐いた。
「当たり前よ。ナーニャがいなければ、失血死してもおかしくない所だったのよ。少しは反省しなさい」
「はは、全くだよ。私も英雄だのなんだの言われているうちに、少し浮かれていたようだ。迷惑をかけたね」
そう言って、ユイは苦笑いを浮かべ、頭を掻いた。その仕草を見て、クレハは左右に首を振ると、いつもの冷たい目でユイを見つめる。
「お礼を言うなら、普段から貴方にくっついて動いてる連中と、そこで寝ている子に言うことね」
ユイはクレハがわずかに動かした視線の先を辿ると、ユイの足元で前のめりの姿勢をとり、寝息を立てている小柄な体に気が付く。
「……リナ」
「その子、一昨日からずっと貴方に付き添ってたのよ。おじちゃんに助けてもらったって言ってね」
クレハはいつもの無表情の中に、ほんの僅かなほほ笑みを混ぜてユイにそう告げた。
「そうか……ありがとう」
ユイは彼女を起こさないように小さな声でお礼を告げると、寝ているリナの髪をそっと撫でる。そして二度、三度と彼女の髪を梳いたところで、視線を上げると、クレハへと向き直った。
「それで状況は? あれからどうなった」
「王都の井戸を降りた辺りまでは、起きていたわよね。あの後、カイルの案内で迷いの森に向かったの。ここは森の中心部にあるレジスタンスの基地よ。ここについてから、二日間も貴方は眠りこけていたんだから」
カイルの先導でユイたちが王都を抜けだした頃には、魔法によるダメージと貧血による倦怠感からか、カインスの背中でユイは睡魔に襲われ、そのまま意識を失っていた。そんな彼を一行はレジスタンスの基地まで運び、それからまる二日も彼は眠っていたのである。
「そっか、二日か……はぁ、せっかく二日も寝れたのに、なんでこんなに寝足りないのかな。なんか損した気分だよ」
ユイはまだ体に充満する眠気のためか、まぶたが重いことを自覚しつつ、苦笑いを浮かべそう呟く。
「単純に血が足りないだけでしょ」
「はは、違いない」
クレハはユイのくだらない物言いには付き合っていられないとばかりに、あっさりとした口調でそう言い放つ。その反応に、ユイは彼女らしいなと感じながら、笑みを浮かべて、その意見を肯定した。
「それで、これからどうするつもりなの?」
その問いかけに対し、ユイは現在の状況の分析の説明が足りないと思い、さらなる情報をクレハに問いかけようと、口を開きかける。しかしクレハがそれ以上説明しないということは、大きな状況変化がないことを示しているとすぐに思い直した。
そうして、現段階の状況を彼なりに整理した上で、非常にシンプルな方針を口に出した。
「……そうだね、取り敢えずはレジスタンスの人たちと話してみる。そして彼らとともにムラシーンと対峙するってところかな」
ユイの口にした方針に対して、クレハは一度小さく頷く。そして視線をそのままに、自らの役割を彼に問いかけた。
「そう。それで私はどう動けばいい?」
クレハの問いかけに、ユイは今後の詳細な計画を練っていく。そして未だ確認していないレジスタンスの能力を未知数として除外した上で、最低限彼の計画に必要な事項を脳内にリストアップし、欠かせないピースをクレハに頼むことにした。
「もう少し人手がほしい。数名でいい、戦場で使えるやつをここへ呼んできてくれ……腕は私と同じくらいで十分だから」
「……またエインスの坊やが泣くわよ」
ユイの求める人材像をクレハは正確に把握すると、生真面目で神経質そうな銀髪の男と、ニコニコしている底のしれないキツネ目の男を、脳内に浮かべる。そして二人が抜けることによる影響に考えが及ぶと、彼らの上司に当たる人物への負担が容易に想像できた。
「この前のクラスの魔法士を、なりふり構わず突破するだけなら、今の面子だけでも相手できるかもしれないね。だけど今回は、他の不確定要素が含まれたとしても、相手をきっちり無力化できる人間じゃないと意味が無いんだ。そんなに長いこと借りるつもりじゃないから、エインスのやつが死ぬ気で働ければ、しばらくは問題ないさ」
ユイが悪びれもせずそう告げると、クレハはわずかに表情を変化させる。それを見たユイは、彼女からの反論が飛んでくることを予測し、スッと視線を落とした。
「正気なの? 言っておくけど、一昨日みたいに何かあった時、次も命が助かるとは限らないのよ。いい加減甘い考えは捨てなさい。もうあの頃のように、暗い部屋の片隅で膝を抱えながら、帰らない両親を待ち続ける子供じゃないんだから」
「……手厳しいね。だけど今回は譲るつもりはないよ」
ナイフで刺すかのような視線を送ってくるクレハに対し、意見を変えることはないとばかりに、視線を彼女に向けること無く、下に落としたままユイは断言した。
「ほんと貴方という人は……いいわ、貴方の言うとおりにしてあげる。なら、私はここを離れるから、今度やらかしたら自分で何とかしなさいよ」
僅かな怒りを込めながらそう告げると、クレハはもたれていた壁から体を引き離し、そのまま真っすぐ部屋の出口へと歩いて行く。そしてドアノブに手をかけたところで、普段は決して見せない表情を浮かべると、一度だけ後ろを振り返った。しかし次の瞬間には、周囲に溶けこむ様に存在を殺すと、あっさりとその場を離れていく。
そうしてその場には、ユイとリナだけが残される形となり、ユイは一度大きくため息を吐いた。
「はぁ、君の気持ちはわかるけどね……ともかく賽を振ることにしたんだ、後は吉が出るか凶が出るかだな。さて、ムラシーン君には悪いけど、ちょっと脚本を修正させてもらうことにしようか。私は楽をすることは好きだけど、負ける戦いは好きじゃないからね」
ユイはそう口にすると、レジスタンスの面々に挨拶するため、ベッドから起きるかどうか迷う。しかし、睡魔の誘惑にあっさり負けると、体をベッドに預け、再び瞳を閉じた。