作品タイトル不明
182.勇者ビビアの誘い
182.勇者ビビアの誘い
~ルギ視点~
買い物の途中に襲撃があった、その夜。
「おいおいおいおいおいおい、なっさけねーなー、ルギちゃんよう!」
「勇者様ですか……」
僕が個室で今日の出来事を返す返す後悔しているところに、勇者ビビア様は、また何の気配もなくやってきた。
やはり勇者様ともなれば、気配を気取られず部屋に入ることなどお手の物なのでしょう。
ただ、そんなことよりなにより、勇者様の言葉は僕の心を棘のようにチクチクと刺した。
そして、棘から回る言葉の毒が、全身を徐々に侵食するような錯覚をする。
「でも、今回は不意打ちの事件でした。うまく立ち回ることはできませんでしたが、しかたない面もあります」
「馬鹿かよ! それで仲間の女を危険にさらすなんて、恥ずかしいと思わないのかねえ! 俺だったら仲間に顔向けできねえぜ、かー!!!」
勇者様が心底侮蔑しきった罵倒の言葉を吐いた。
あまりの厭味ったらしさに、嫌悪感を覚えたのは確かだ。
でも、
「おっしゃる……通りかもしれないですね……」
勇者様の言葉には一理あると思わざるを得ない。
思った通り、勇者様はそんな僕の内心までお見通しのようで、せせら笑うように続けた。
「かもしれないじゃねー!!! 確信してんだろーが! 自分が無力・無才の非力な男だってことをよう! だからこうやって買いもんから戻ってきてウジウジしてたんだろーが! 強くなろうともせずに、机の前でウジウジってよー!! かー!!! 俺だったら更に強くなるために努力に努力を重ねてるところをよう!!!!」
噂によれば、勇者様たちはこの世界を救うために、アリアケ先生の指示のもと邪神と戦ったらしい。
ご本人が吹聴するには、勇者様たちが決定的に重要な役目を果たしたとのことだ。
その噂を踏まえれば、勇者様の発言には重みがある。
だとすれば、
「アリアケ先生に鍛錬をお願いして……」
「おいおい、正気かよ、ルギちゃんよう。まーだ、周りに迷惑をかけようってのかぁ? ああん?」
「うっ」
それを言われると言葉に詰まる。
先生たちは一生懸命やってくれている。今回ミスをしたのは、単に僕の力が不足していたからだ。
でもどうしたら……。
「安心しな。邪神を打倒した決定的な役割を果たした俺がいるじゃねえかぁ」
「えっ?」
にちゃり、と笑顔を浮かべる勇者様の態度に僕は驚いた。
「僕は魔族ですが、勇者様に思う所はないんですか?」
「あたりめえだろう? 俺ほどの人格者じゃなけりゃ勇者にはなれねえ。それに魔族との争いは邪神が仕組んだものだったんだよなぁ。なら、過去のことは水に流そうや」
「勇者様」
勇者ビビア様の笑顔は唇をいびつに歪めた何とも形容しがたい笑みであった。しかし、勇者様の言葉自体は僕が今抱えている悩みを解決してくれる蜜のような甘美さがあった。
まるで魔術を使われているような錯覚すら覚える。
「この人格者であり、実力者である英雄の俺が、稽古をつけてやるよ。そうすりゃ、お前はもう仲間を傷つけるようなクソ雑魚から脱出できる」
「ほんとですか? もうフィネにかばってもらうようなこともなくなるんですね」
「ああー。もちろんさー。一歩間違えりゃ、串刺しになってたフィネ。そんな事態は二度と発生しねえよう」
「まるで見てきたように言うんですね」
「ったりめえだろうが! 俺は勇者様だぜ? アリアケの親友だぞ? この中立国の半分は俺が建国したようなもんさ」
この国の建国に関わっているという話は初耳だったけど、邪神の打倒にかかわっていることは確かなので、特段疑うような話ではないと思った。
「でも、どうして僕に稽古を?」
「似てるからさぁ」
「似てる?」
ああ、と勇者様はまじめな顔で頷いた。
「強くなろうとあがく姿が昔の俺にそっくりだぁ。そんな奴を放っておけねえよ。むしろ、この学校にいちゃあ、おめえは強くなれねえからもしれねえなぁ。こんなぬるま湯じゃあな」
「え?」
「俺は今、教主『ジャルネル・ギルメイザー』に仕えてる。どうだ、強くなる為に一緒にこねえか? あそこなら強くなる為の修行に打ち込むことができるし、これは秘密だが強くなる為の秘薬があるらしい」
「ワイズ教!?」
僕は一気に警戒心を強める。
「あの孤児たちを監禁していたっていう……」
「ああ、あれはアリアケたちの勘違いさ。あの宗教は実力主義の国。だからこそ、見込みのない奴らに食わせていくことができなかった。だからこそ、他の豊かな国に移送するために一旦一か所に集めてたってわけさ。この国に運んでくれたのは、むしろありがたがってたぜえ?」
「そう……なんですか?」
本当だろうか? 実力主義の国だからこその仕打ち……。実力がなかったから、檻に閉じ込めてよその国に移そうとしていた?
でも、仮にそうだったとしても、
「ですが、僕は仲間たちと一緒に強く……」
「なーにぬるいこと言ってやがる。ちょっとだけここを離れるだけだろうが。んで、強くなって帰ってくりゃいい。そうすりゃあ、もう足手まといにならなくてすむ。なにより」
勇者様は人類の守護者とは思えないほど、唇をいやらしく歪めて笑うと、
「フィネっていう、てめえを守ってくれた女な。あいつを守ってやることもできるんじゃねえか? なぁ」
ビビア様はペロリと舌なめずりすると、
「元四魔公の一人がトリドスの息子、ルギウス・アーツロイ公爵令息様?」
「父のことは!!」
「邪神に操られ不死の軍勢として人類を攻撃した首魁。お前の立場は微妙なんだ。こんなところでまごついてる場合じゃねえだろうが! さっさと強くなって、四魔公の後継者として実力を魔王リスキスのやろうにも誇示しなくちゃいけねえんじゃねーのかぁ?」
「ぐっ!」
その通りだった。
僕にはのんびりしている暇なんてない。
この学園に集められているのは、みんな種族の壁を超えて活躍すると思われて、あの大英雄という言葉では言い表せないほどの英雄、大賢者アリアケ王に集められた子供たちなのだ。
その期待はきっと大きなもの。だから、僕が強くなることは絶対に必要なことだ。
それに、
(今度同じ襲撃を受けた時、フィネがまた無事かどうか分からない)
僕をかばって死んでいたとしたら、僕はその後どうすればいいだろう?
どうしてフィネにそこまで僕が執着するのか。
それは僕にも分からない。
だけど、今日の襲撃から守ってくれた時の彼女の必死の形相を、僕は忘れられない。あれは自分が死ぬ可能性を考慮してでも僕を守ろうと決意した誇り高い顔だ。美しい顔だった。
「彼女に二度とあんな顔をさせてはいけない」
「そうだ。へへへ、決まりだなあ。なら、分かってんな? 明朝にここを立つ。準備しろ。朝の4時に裏口から出るぞ」
彼はそう言うと、前回と同様にフッと姿を消した。
相変わらず、どうやって出入りしているのか分からない。
だけど、だからこそその実力のほどが垣間見える。僕も早くその領域に到達しなくては。
そうして父の後を継ぎ、魔王様に認められないといけない。
そして、仲間を……フィネを余裕で守られるほどの力を手に入れるんだ。
ワイズ教の聖都『マリード』。
そこに行けば強くなれるんだ。
「力が……欲しい?」
僕は自問する。
その答えはすぐに口から出た。
「欲しい。そして仲間を守りたい」
僕はすぐに勇者様の指示通り出発の準備を始めたのだった。