作品タイトル不明
第15話 金貨三枚の理由
「我々はセレスティア様のお帰りをお待ち申しておりました。どうぞ、ご命令を」
そう言う店長の背後では従業員が皆、頭を下げています。
しかしこの状況で商売など成り立たないでしょう。私は辺りを見渡します。
いつもは人々で賑わう大通り。大通り沿いにはひしめき合うように露店が建ち並び、多くの商店が店を構えているとおりなのです。ですが、開いている店はほとんどなく、露店も見当たりません。
「食材の在庫はどれほどあるのかしら?」
「余りあるほど、ございます」
「そう。では、在庫がある限り炊き出しを行い、王都の民たちに配って、もちろん給金は特別手当をつけるわ」
「かしこまりました」
ここの損失を別のところで補填しなければならないわ。
まぁ、交渉相手には事欠かないですから、なんとかなるでしょう。
私は自分たちで王都に残ることを決めたのなら、これ以上言うことはないと、踵を返しました。
って、なぜに私の背後にリヒトがいるのですか!
「立ち話でよかったのですか?」
「はい。思っていた以上に王都が閑散としていたので、商会の者たちが残っていてよかったと思っていたところです」
私が馬車のほうに戻ろうとしたところで、手を取られてしまいました。
え?何ですか?
「別に急ぐ用もありませんので、中を拝見させてもらってもよろしいでしょうか?」
……急ぐ用はありますよね?
いいえ、所詮皇帝が全てを決めるのです。
敗戦国の王族など待たせておけばいいということなのでしょう。
しかし、これはこれで問題なのではないのですか?
「急な予定の変更は、護衛の方が困られるのではないのですか?」
クオンが私を睨んでくるのですけど?
「侍女殿がティア姫の側に常にいるのは、そこが一番安全だということですよね?」
「……そうですね」
「ならば、問題は何もありません」
ええ、ライラが側にいるのは私の側が安全だからというのは否定しません。ですが、私が全く以て魔道具類を使えないので、ライラに側にいるようにと言っているのも事実です。
「セレスティア様。このお方は……」
店長のトラメリスが聞いてきましたが、これは普通に答えていいでしょうか?
私はリヒトを見上げます。
すると、頷いてきましたので、紹介していいということなのでしょう。
「ラスデニア帝国の皇帝陛下です」
すると店長をはじめ従業員たちが一歩下がり更に深々と頭を下げてきました。
そうですよね。こんなところに皇帝陛下がいるなんておかしいですよね。
あと、流石セレスティア様だという言葉を漏らした者に、その意味を問いたいところですが、私はリヒトを店内に入るように促したのでした。
「以前、来たときにも思ったのですが、雑多という感じで、王族の姫の商会だと思えなかったのです」
リヒトは店内を見渡しながら私に聞いてきました。
どうやら王都で、私と接触した前後に商会を見に行ったようですね。
そうですね。店の中は生鮮食品や加工食品。そして壁側には多種多様な布地がおかれ、鍋などの調理器具に、何に使うかわからない四角い箱や金属の棒などが陳列されているのです。
「一般庶民向けのお店ですから」
「それは別の店もあるということですか? 調べた限りなかったと思うのですが?」
「はい、セレス商会のみです」
貴族相手に商売をするには色々問題があるのです。
そもそも商人というのは、独自のルートがあるので、介入が難しいのです。なので、貴族相手の商売は厳しいのです。
「このような物が売れるのですか?」
リヒトが謎の箱をさして聞いてきました。
ライラがその箱をとって、近くのテーブルに置きます。
箱の上部には穴があいており、そこに金属の棒を突き刺します。金属にはレバーハンドルがついており、ライラが動かすとそこから水がでてきたではありませんか!
「用途によってシャワーヘッドや両方をつけることが可能です」
ライラはいろんな種類の蛇口をリヒトに見せています。
「そもそも金貨二枚というものを出せないでしょう」
リヒトは値段設定のことを言っているようです。確かに庶民に手が届く値段ではありません。
私は指を三本立てました。
「金貨三枚です」
「あ……」
「人頭税と贅沢をしなければ金貨二枚で四人家族であれば暮らせます。私が渡した金貨は私の商会で使ってねと言って、最初はばらまいたのです」
王都の水源は川です。だから、大雨が降ると病が流行るのです。汚水が混じるからです。
貴族は水の魔道具を持っているので、自分たちは汚水混じりの水を飲むことはないのです。
「自分でばらまいて回収するなんて無意味な行動ですが、これのお陰で子供の死亡率が減ったのです」
第六王女の道楽と思われていた金貨のばら撒きでしたが、これはこれで意味があったのです。
戦争で夫を亡くし、病で子供を亡くした女性たちの嘆きは、私に癒すことはできません。
ですから、水が悪いという理由で死ぬ子供が減ればと思ったのでした。
「もちろん使う使わないは本人しだいですが、病気をしにくくなったと広まれば、良かったのですよ。まぁ、私がお腹を壊したのがきっかけだったのですが」
あれは死ぬかと思いました。
生水が恐ろしいというのを身をもって体験したのです。
そんな面倒なことをせずに、魔道具をばらまけばいいと思われるでしょう。
しかし、魔道具はいわゆる貴族のステータスと言っていいほど高級品なのです。
そんなものをおいそれをばら撒くと、貴族からの反感が大きくなり、面倒なことになるのが目に見えています。
なので、第六王女の道楽と思える行動をして、貴族の目をごまかしていたのです。
まさか、多くの王都の庶民が高級品の魔道具を持っているとは思っていないでしょう。
商品の購入したところを見られても、ただの箱と怪しい金属の棒なのですから。
「聖女というのは、その魂すらも高潔なのですね」
「え? 私はそのような話はしていませんよ」
リヒトの言葉に私は首をかしげるのでした。