作品タイトル不明
EP 7
女神ルチアナ、酔っ払って登場
天使長ヴァルキュリアの降臨によって、聖教国の騎士団は完全に沈黙した。
だが、信仰の拠り所を失いかけているボルジア枢機卿だけは、狂乱の 縁(ふち) で踏みとどまっていた。
「認めん……! 断じて認めんぞ!」
彼は血走った目で叫んだ。
「天使長様が、あのような農婦の格好をして、異端者に味方するはずがない! これは悪魔が見せている幻術だ! そうだ、貴様らは集団催眠にかかっているのだ!」
ボルジアは天を仰ぎ、最後の祈りを捧げた。
「お救いください、創造神ルチアナ様! この不届きな偽物たちに、真の裁きを! あなたの敬虔な信徒である私に、御力をお貸しください!」
その悲痛な叫びが、農場の空気に波紋を広げた。
そして――願いは聞き届けられた。
ただし、彼が想像していた形とは、180度違う方向で。
「――あ~もう、うるさぁぁぁぁいッ!!」
屋台『龍神軒』の赤提灯が揺れた。
のれんをバッと跳ね上げて出てきたのは、一人の女性だった。
金色の髪はボサボサ。
上はヨレヨレの芋ジャージ、下はスウェット。
右手には飲みかけの生ビールジョッキ、左手には齧りかけの焼き鳥(豚バラ)を持っている。
顔はほんのり赤く、足元は千鳥足だ。
「せっかくの休日なのに! デュークのラーメンと龍魔呂のカクテルで優勝してたのに! ギャーギャー喚いて、酒が不味くなるじゃないのよ!」
彼女はゲップを漏らしながら、ボルジアを睨みつけた。
「な、なんだこの女は……?」
ボルジアは呆気にとられた。
神聖なる戦場に、場違いな酔っ払い女が現れた。
「ええい、下がれ 下民(げみん) ! 私は今、創造神ルチアナ様と交信しているのだ! 貴様のような薄汚い酔っ払いが……」
「あぁん?」
女性がこめかみに青筋を浮かべた。
その瞬間、彼女の全身から『神気』が爆発した。
ズドオオオオオオオッ!!!!
大地が悲鳴を上げ、空の色が七色に変わる。
天使長ヴァルキュリアの時とは比較にならない、世界そのものを構成する根源的なプレッシャー。
だが、その圧力には微かに「アルコールの匂い」が混じっていた。
「だ・れ・が、薄汚い酔っ払いよ?」
彼女の背後に、光の 輪(ヘイロー) が出現する。ただし、少し歪んでいる。
「ひっ……!?」
ボルジアが息を呑む。
この圧倒的な存在感。魂が本能的に平伏を強要されるこの感覚。
まさか。嘘だろ。
その時、空中に浮いていたヴァルキュリアが、慌てて地上に降りて跪いた。
「も、申し訳ありません! ルチアナ様! 私が処理に手間取ったばかりに、お手を煩わせてしまい……!」
「ル……ルチアナ……様……?」
ボルジア、聖女アリア、勇者カイル、そして騎士団全員が石化した。
ヴァルキュリア(本物の天使長)が、あのジャージ女を「ルチアナ様」と呼んだ。
「そ、そのお姿……まさか……」
ボルジアは教典の挿絵を思い出した。
純白のドレスを纏い、慈愛に満ちた微笑みを浮かべる女神ルチアナ。
目の前にいるのは、ジャージを着て、焼き鳥のタレを口につけ、ビール片手に仁王立ちする女。
【理想】 vs 【現実】
パリンッ。
ボルジアの中で、何かが砕け散った。
「う、嘘だぁぁぁぁッ!! 私の女神様が、こんな 干物女(ひものおんな) なわけがなぁぁぁいッ!!」
「誰が干物よ! 私はありのままの自分を愛してるの! 文句ある!?」
ルチアナはジョッキを地面に叩きつけ(割れないように加減して)、指を鳴らした。
「いいわ、そんなに疑うなら証拠を見せてあげる。【 世界改変(ワールド・エディット) 】!」
彼女が酔った勢いで世界に干渉した。
一瞬にして、空から「おつまみの 雨(スルメやナッツ) 」が降り注ぎ、農場の近くの川が「ビール」に変わった。
神のみぞ行える、理不尽な奇跡。
「見たか! これが神の力よ! ついでにアンタらの鎧、重そうだからジャージに変えてあげるわ!」
シュンッ!
騎士団500名の白銀の鎧が、一瞬で「学校指定の芋ジャージ(えんじ色)」に変わった。
聖女アリアの法衣も、勇者カイルの装備も、全てジャージだ。
「い、いやぁぁぁ! ダサい! ダサいですわぁぁ!」
スッピンのアリアが絶叫する。
これで確定した。
目の前の酔っ払いは、紛れもなく、この世界の創造主である。
「神よ……なぜ……なぜなのですか……」
ボルジアはその場に崩れ落ちた。
信仰していた神が、自分たちをジャージに変えてゲラゲラ笑っている。
地獄の方がまだマシだった。
――そんなカオスな状況に、一人の男が割って入った。
「こらー! ルナちゃん(偽名)! また飲みすぎたのか!」
カイトだ。
彼はピザカッターを持ったまま、創造神に駆け寄った。
「お客さんに失礼だろ! それに、魔法で衣装を変えるイタズラはやめなさい!」
カイトはルチアナの手からビールジョッキを取り上げ、代わりに「お冷(水)」を持たせた。
「ほら、水飲んで! 頭冷やすんだ!」
「むぅ……。だってカイトぉ、こいつらがうるさいんだもん……」
ルチアナがむくれる。
世界を創造した女神が、一人の農夫に叱られ、シュンとしている。
「うるさくても、お客さんは神様だろ? ……あ、ルナちゃんも自称女神様だったっけ。ややこしいな」
カイトは呆れたように笑い、ルチアナの背中をさすった。
「ほら、向こうで座ってて。あとで味噌汁作ってあげるから」
「……ん。カイトの味噌汁なら許す」
ルチアナは大人しく屋台の方へ戻っていった。
†
その光景を見ていたボルジア枢機卿は、今度こそ完全に理解(誤解)した。
(あ、あの男……。創造神ルチアナ様を『ルナちゃん』と呼び、酒を取り上げ、説教し、味噌汁で餌付けした……?)
神を使役する男。
いや、神すらも「手のかかる同居人」として扱う男。
彼こそが、この世界の真の 支配者(フィクサー) 。
「ひっ……ひぃぃぃ……!」
ボルジアは失禁しながら後ずさった。
勝てるわけがない。神に挑むどころか、神を飼っている男に喧嘩を売ってしまったのだ。
「に、逃げ……」
ボルジアが逃亡を図ろうとした、その時。
農場の影から、冷酷な声が響いた。
「……お会計はまだだぞ」
次回、鬼神龍魔呂が動く。
「閉店時間だ。帰れ」