作品タイトル不明
EP 15
悪人専門の弁護士と、未来への祝杯
翌朝。
ポポロ村に、暖かく穏やかな朝日が降り注いでいた。
『BAR 鬼龍』の店内は、開店前特有の静けさと、淹れたての珈琲の良い香りに包まれている。
カウンターの中では、ワイシャツ姿の龍魔呂がグラスを磨き、その横で10歳になったユウが、一生懸命にコースターを並べていた。
カラン、コロン……。
ドアベルが鳴り、一人の女性が店に足を踏み入れた。
パリッとした上質なスーツを身に纏った、凛とした佇まいの美女——日本政府・首席国際法務官にして、「悪人専門の法律事務所」を束ねる桜田リベラ(30歳)である。
そして彼女の足元には、知的な瞳をしたシェパード犬・アモンが付き従っていた。
「いらっしゃい。……まだ開店前だが」
龍魔呂がグラスを拭く手を止め、静かに声をかける。
「あら、ごめんなさい。少し人探しをしていてね」
リベラはカウンターの席に腰を下ろすと、懐からスッ……と『金製の 煙管(キセル) 』を取り出した。
彼女は、法の網の目を潜り抜け、裏社会で暗躍していた【死を呼ぶ四番(DEATH4)】という男の痕跡を追って、このポポロ村までやって来たのだ。
だが、時空改変によって「ユウが死んだ事実」が消滅した今、DEATH4という凶悪な死神の記録は、宇宙のどこにも存在しない。残っているのは、ただの噂という名の『バグ』だけだ。
リベラが煙管に口をつけようとした、その時。
「お姉さん、いらっしゃいませ! お水、どうぞ!」
ユウが、満面の笑みでリベラの前にグラスをコトリと置いた。
「……あ」
リベラの動きが、ピタリと止まる。
彼女の瞳が、ユウの笑顔と、その名札に書かれた『ユウ』という文字を捉えていた。
(……ユウ……)
彼女の愛する5歳の息子と、同じ名前。そして、噂に聞いていた「死神が守れなかった弟」と同じ名前。
リベラは、目の前で優しく微笑み合う龍魔呂とユウの姿を見た。
そこに、血の匂いは一切ない。あるのは、どこにでもいる、弟を溺愛する不器用な兄の姿だけだった。
「……アモン。どう思う?」
リベラが足元の相棒に視線を落とす。
「ワン。(……完全に、白だね。僕の鼻には、極上の珈琲の匂いと、幸せな家族の匂いしかしないよ)」
喋るシェパード犬・アモンが、鼻をピクリと動かして小さく吠えた。
「……そう。なら、私の出る幕はないわね」
リベラはフッと優しく微笑むと、手にした金製の煙管をそっと懐にしまった。
子供(ユウ) の前で煙草の匂いをさせるわけにはいかない。それに、ここには彼女が救うべき「悪人」など、最初から一人もいなかったのだから。
「マスター。……美味しい紅茶と、甘いお菓子はあるかしら?」
リベラが、ふわりと柔らかな声で注文する。
「あぁ。ユウが焼いた、特製のパンケーキがある。……最高の味だぜ」
龍魔呂が、これまでで一番の、穏やかで優しい笑顔を見せた。
「おっ! パンケーキと聞いて飛んできたぜ!!」
バンッ! と勢いよく扉が開き、麦わら帽子のカイトがクワを担いで乱入してきた。
「ちょっとカイトさん! 村長の私を置いていくなんてズルいです!(ヤンデレダッシュ)」
「あーっ! 私も甘いもの食べますの! スパチャで払いますから!」
「オレは角砂糖だけでいいぜー!」
キャルル、リーザ、ポチ。さらには、執事のリバロンや商人のニャングルまで雪崩れ込んできて、静かだったBARは一瞬にして大騒ぎの大宴会場と化した。
「……フフッ。賑やかなお店ね。岡山弁、出ちゃいそうだわ」
リベラは淹れたての紅茶を啜りながら、その騒がしくも温かい光景に目を細めた。
神々すら恐れた【死神】は、ついに真の安息と、最高の家族(仲間)を取り戻したのだ。
【神界セレスティア —— 女神のコタツ部屋(最終配信)】
『……うぅ、ズビィィ。よかった……本当によかったわぁ……!』
ルチアナが、山のように積まれたティッシュの真ん中で大号泣していた。
カグヤも扇子で隠しながら目を潤ませ、リリスはもらい泣きでしゃくり上げている。
『ユウ君のパンケーキ食べたい……』
『龍魔呂、幸せになれよ!!』
『最高のハッピーエンドだった! 赤スパ全弾発射だァァァ!』
ゴッドチューブの画面には、虹色のスーパーチャットと祝福のコメントが滝のように流れ続けていた。
そして。
『……よし。俺も……大切な誰かを守れるように、明日、ハローワーク行くわ』
『俺も。ずっと引きこもってたけど、カイトみたいに畑耕してみる』
ユウの「おかえり、兄ちゃん!」という声が静かにフェードアウトしていく中。
全宇宙のニート神たちが、この狂気と愛に満ちた物語に心を打たれ、次々とパソコンの電源を落として立ち上がった。
宇宙のトップであるユニーバも、「私も……猫動画見るのやめて、ちゃんと仕事するわ!」と決意の涙を流していた。
【神々(ニート)の勤労意欲が宇宙規模で向上する】という、誰も予想しなかった奇跡。
最強の農民と、不器用な死神たちが地獄を耕して生み出したその「豊穣の果実」は、全宇宙に温かな希望の光を灯し——物語は、静かに幕を閉じる。