作品タイトル不明
EP 13
帰還。そして『書き換えられた世界』
カァァァァァァァァン……。
宇宙の因果律が書き換わる、優しく、そして荘厳な鐘の音が鳴り響く。
カイトの放った新緑の光と、ポチの巻き戻した時間の光が混ざり合い、地獄の空間を白一色に染め上げていった。
「……にいちゃん」
光の中。
龍魔呂の腕の中にいた、泥だらけの5歳のユウの体が、ふわりと温かい光の粒子となって溶け出していく。
「ユウッ!?」
龍魔呂が慌ててその小さな体を抱きしめようとするが、ユウの顔に恐怖はなかった。
彼は、かつての絶望に満ちた表情ではなく、太陽のように無邪気で、安心しきった笑顔を浮かべていた。
「ありがとう、にいちゃん。……おうちで、待ってるね」
その言葉を最後に、ユウの魂は完全に光に溶け込み、新しい宇宙のタイムライン(現在)へと還っていった。
「ユウ……!」
直後、彼らの意識もまた、圧倒的な光の奔流に飲み込まれた。
***
——ヴォン、と。
控えめなエンジン音が鳴り、龍魔呂はハッと目を見開いた。
「……ここは」
手には、愛車であるランドクルーザー70系のハンドル。
窓の外に見えるのは、赤黒い地獄の荒野ではない。穏やかな月光に照らされた、見慣れたポポロ村の路地裏だった。
「どうやら、無事に『根付いた』ようだな」
助手席で、カイトが麦わら帽子を指で押し上げながら、夜空を見上げてふっと笑う。
後部座席では、キャルルが安全靴の紐を締め直し、リーザが「あー、喉が渇きましたわ」と欠伸をし、ポチがルナイーツの保温バッグの上で丸くなって満足げに鼻を鳴らしていた。
何も変わっていない、いつものポポロ村の夜。
だが、龍魔呂は自分の体に起きた「決定的な変化」に気づいていた。
(……軽い)
呼吸が、信じられないほどに軽いのだ。
これまでずっと彼の心臓に纏わりついていた、ヘドロのようにドス黒い殺意。弟を守れなかったという自責の念。
裏社会を恐怖に陥れた【死を呼ぶ四番(DEATH4)】としての、血の匂いと重圧が、嘘のように完全に消え去っていた。
「死んだという過去」が消滅したのだ。
復讐鬼としての龍魔呂は、もうこの宇宙のどこにも存在しない。
ガチャリ、とドアを開け、龍魔呂は夜の路地裏へと降り立った。
目の前には、見慣れた木製の扉。
彼が営む隠れ家、暖簾を下ろした『BAR 鬼龍』の看板が、温かな間接照明に照らされている。
景色は同じだ。
だが、あの扉の向こうに、本当に「書き換えられた事実」が存在しているのか?
もし、全てが夢だったら? パラドックスの修正が完璧ではなく、やはり自分は一人ぼっちの死神のままだったら?
神界の最高位(帝釈天)を相手にしても、地獄の絶対的支配者(閻魔大王)を前にしても、決して揺らがなかった男の右手が、今、ひどく震えていた。
ただの木製の扉のノブを握ることが、恐ろしくてたまらなかった。
「……」
龍魔呂が扉の前で立ち尽くしていると、ポン、と力強い手が彼の肩を叩いた。
「何ビビってんだ。神殺しが聞いて呆れるぜ」
カイトだった。
彼はニカッと、太陽のように笑って、木製の扉を指差した。
「行けよ。俺の耕した畑と、ポチの時間を信じろ。……最高の『種』が、元気に芽吹いて待ってるはずだぜ」
その言葉に、龍魔呂の瞳から、スゥッと迷いが消えた。
「……あぁ。そうだな」
龍魔呂は深く息を吸い込み、震えの止まった右手で、アンティーク調の真鍮のドアノブをしっかりと握りしめた。
そして、ゆっくりと、祈るように、扉を押し開ける。
——カラン、コロン……。
夜の静寂に、優しいドアベルの音が響き渡った。