作品タイトル不明
EP 10
最強農民の『勇気』と、地獄の土壌改良
「ルチアナに地獄を開かせ、俺はユウを取り戻す。神界が邪魔をするなら、俺が神を殺す」
静まり返った夜のBAR『鬼龍』。
宇宙の因果律そのものを捻じ曲げ、世界を敵に回すという龍魔呂の壮絶な誓い。
始祖竜であるポチすらも、その重すぎる覚悟とスケールのデカさに息を呑み、完全に沈黙していた。
ショパンの『 夜想曲(ノクターン) 』だけが、重苦しい空間に虚しく響いている。
……だが。
その張り詰めた空気を、ジョッキを置く「カツン」という軽い音が打ち破った。
「……そうか」
麦わら帽子を深く被ったS級農民・カイト。
彼はエールの泡をドテラの袖で拭うと、神への反逆者である龍魔呂に、極めて真面目な顔でこう尋ねたのだ。
「所でよぉ……【地獄】って所の土は、栄養はあるのか?」
「…………なに?」
龍魔呂の漆黒の瞳が、パチクリと瞬きをした。
今、自分は『宇宙の理をぶっ壊してでも弟を救う』という壮大なダーク・ファンタジーを語っていたはずだ。
それなのに、目の前の男は【土の栄養価】について質問してきている。
「お前の過去の事、そしてその重い覚悟は分かった。……けど、俺は農民だ。どうしても、新しい土地(地獄)と聞くと『作物の事』を考えちまう」
「いや……地獄だぞ。言ってみないと、作物に良い土壌なのか分からん」
「そうか。じゃあ、試してみる可能性はあるな」
カイトは腕を組み、「地獄の未開拓土壌」に思いを馳せてニヤリと笑った。
彼の農業特化のサイコパスフィルターは、神への反逆すらも【究極の新規就農(地獄開拓)】へと見事に変換してしまったのだ。
「お、おい! ご主人!?」
ポチが慌ててカイトの肩で羽ばたいた。
「地獄に行く気かよ!? いくらなんでも相手がヤバすぎるぜ! 地獄の悪魔どもに、天界の神々、宇宙神ユニーバ様まで敵に回すことになるんだぞ!?」
カイトは、パニックになるポチをチラリと一瞥した。
「……ポチ。相手がデケェから、引っ込むのか?」
「えっ?」
「ダチが、困ってんのにか? ……勇気がねぇな」
カイトの静かな、だがずしりと重い言葉が、ポチの胸に突き刺さる。
「!? そ、それは……」
ポチが言葉を詰まらせる。かつて世界を滅ぼしかけた覇王としてのプライドが、現在の「ルナイーツ配達員」としての平和な日々の間で揺れ動く。
カイトはドテラの懐から手を出して、ポチの小さな頭をポンと撫でた。
そして、店の窓から見える夜空——無数の星々が輝く宇宙を見上げて、こう言い放ったのだ。
「勇気ってのはなぁ。相手を見て、出したり引っ込めたりするんじゃねぇ。どんなに相手がデカくても、絶対に曲げられないもののために、ただ真っ直ぐに突き出すもんだ」
カイトの瞳には、神も悪魔も関係ない。
ただ土を耕し、命を育て、友の背中を押す『最強の農民』としての確固たる信念が燃えていた。
「——だから、輝くんだ。あの空の星々よりも、銀河よりも、宇宙よりもな」
ドンッ!
その言葉は、まるで衝撃波のように店内の空気を震わせた。
神を恐れ、尻込みしていたポチの心に、かつての『始祖竜』としての熱い血が再び沸騰し始める。
「ご主人……!」
ポチの目から、ポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちた。
「……分かった。俺も、覚悟を決めるぜ。俺の『時間操作』の力、ダチ(龍魔呂)のためにフル稼働させてやる!!」
「おう。それでこそウチの農場のエース(配達員)だ」
カイトがニカッと笑う。
カウンターの奥で、そのやり取りを静かに見ていた龍魔呂。
孤独に血の泥をすすり、たった一人で世界を呪い、地獄へ堕ちる覚悟を決めていた彼の心が、今、名もなき村の農民と、小さな竜の言葉によって大きく揺さぶられていた。
「お前たち……」
龍魔呂の口元から、冷酷な【死神(DEATH4)】の影が消え去る。
彼の顔に浮かんだのは、愛する弟・ユウに見せていた頃のような、不器用で、だが優しく温かい「本来の龍魔呂」の笑顔だった。
「……ハッ。地獄の土を耕す農民に、時を戻すウーバー配達員か。……最高のパーティー(共犯者)じゃねぇか」
龍魔呂は、新しいグラスを三つ用意し、極上のエールを注いだ。
そして、自分も『角砂糖』を一つかじり、カイトとポチに向けてグラスを掲げる。
「……俺の宿願に付き合わせて悪かったな。だが、もう遠慮はしねぇ。地獄の果てまで、俺の『家族』を取り戻す旅に……付き合ってもらうぞ」
「あぁ。地獄の土壌改良、俺の【赤ペン】と【クワ】で完璧に仕上げてやる!」
「オ、オレも! 地獄の閻魔大王に熱々のラーメン届けてやるぜ!」
カチンッ!
三つのグラスが、夜のBARで高らかに鳴り響いた。
神への反逆と、兄弟への純愛。
そして、未開の地獄への『農業開拓』。
決して交わるはずのなかった三人の男(?)たちの狂気と勇気が重なり合った時、アナステシア世界、いや、宇宙全土を巻き込む最大の騒動——【地獄開拓・神界戦争編】の幕が、静かに、そして熱く切って落とされたのである。